第十回:鏡の中で小さく祈る





実質、これがこの家での最後の昼食だ。
スパイダーマン愛食の歪なカーニバルピッツァ。カーニバルと言うだけあって、大きさが半端ねぇ。テーブルから若干はみ出してやがるぜ………。
「お代わりあったらぁ〜焼きますよぉ〜」
いや、玄武。この人数でそうそうお代わりなんざ望めないだろ………。スピカは重度の宿酔いで熟睡中。ポ論は繚乱ヒットチャートを迎えに行き、マーマー二人は何か心此処に在らず、だしよ……。まともに食えそうなのは俺とムンチャとリトプレと玄武とあと――ん?
リトプレの隣に、昨日までは見えなかった小さな子供が、椅子にちょこんと座っていた。その視線は、ただ目の前の巨大ピザに向けられている。――心なしか、少し引いているような。
「………おい、ムンチャ?」
巨大ピザを切り分けようとするのを制止されたムンチャは、少し不機嫌そうに眉を寄せながらこっちを見た。
「ん?どうしたの?ドッペルゲンガーでも見た?」
何でお前は俺に死亡フラグを成立させようとするかなぁ?つーか寧ろこの場にドッペルいるなら気付けよ!
「違うわ。………リトプレの隣にいるのは誰だよ。昨日までいなかった筈だろ?」
ムンチャはリトプレの方に顔を向け、そしてこちらを――心なしにやけながら見つめ出した。
「――やっぱり君はロリコンだったんだね………」
「違ぇっ!つーか何だその素敵解釈!?」
本来は一人多い!のノリだろうが!何でいきなり存在を認めてんだよ!
「それはだね?」
「だからモノローグに割り込むなっ!」
ムンチャ!お前は何者だ!
そんな俺の思いを受け流し、ムンチャはそのまま続けた。
「この子が僕等の新しい兄弟なのさ。名前はneu。君の………」
突然口を開けたまま固まるムンチャ。
「俺の?俺の何だ?冗談でもフィアンセとか言ったら吹っ飛ばす」
仄かに階段を出すような体勢をとった俺だが……ムンチャは冷や汗をかいたまま全く動く気配がない。フリーズしたか?
「お………おい、どうした?」
その間にも手はピザを切り続けている辺りが何とも器用だがそれはさて置き。
俺はリトプレに助けの視線を向けた。すぐに目が合ったリトプレは、視線の意味をすぐに察したらしい。
「えっと………兄さんは多分、ノイの性別について迷ったんだと思います」
「性別について迷う?」
不思議そうな俺の口調に、リトプレ自身も困惑の口調を浮かべながら話を続ける。
「この子――ノイには、性別がないんです。だから、弟と呼ぶべきか、はたまた妹と呼ぶべきか、判断がつかなかったのではないでしょうか」
……そういや、どっかの漫画にあったな。男でも女でもない性の存在、あるいはそもそもどちらの性も存在する場合も。
話題の中心の筈のノイは、ただ黙々と目の前のピザを食べている。こうして顔を見てみると、確かに少年とも少女ともとれる顔付きだ。
「…………」
流石に一番分かりやすい判別法を行うのはマズイ事ぐらいは俺にも分かる。そもそも――リトプレがした後だろう。そのリトプレが性別を分からないと言っている以上、もしかしたら本当に性別が無いのかもしれない。
「――お〜い、ムンチャ」
俺はもう一度ムンチャに呼び掛け、反応しないことを確認すると――。
「………」
タイミングを計り、ただ虚空をさ迷うピザカッターを動かす腕を止めた。もしかしたらそれで正気に戻るかもしれないしな。
硬直した表情のままこちらを向くムンチャ。実質、見つめ合った状態になる。そのまま一定時間の硬直………。
…………。
今の構図を考えてみた。
腕を掴む俺。
その俺と見つめ合うムンチャ。
そのまま互いに硬直。
――つまりこれわ、見る人が見たら桃色のトーンが張られると言うことではなかろうか!?
「…………////」
ちょ!ムンチャ!顔を赤らめるな!どうしたよお前!
「こうして見ると、A、君って可愛いね………?」
や、ヤバイ………完全に目がイッてやがる!
「だ、誰か!ムンチャを止めてくれ!頼む!」
言うが早いか、既に動いていたか、玄武はムンチャの背後に立つと、軽動脈を閉めてあっさりと落とした。
「何か悪いものでもぉ〜、山の中で食べたんですかぁ〜?」
俺の方に困ったようなにっこり笑顔を向けて聞いてくる玄武。んな事は俺の管轄外だ。
「知らねぇよ。こっちは色々と大変だったんだからよ」
「へぇ〜そうなんですかぁ〜」
相変わらず凄まじいスローペースで話す玄武。俺もそこまでせっかちではない。低速部分があるから耐えられるが、最近出てくる超高速曲とか――精神的に耐えられるのか?この遅さ。
「ではぁ〜、こちらは回収していきますねぇ〜」
既に落ちたムンチャを担ぎ上げると、玄武はどこかの部屋へと去っていった………。
…………。
何だったんだ今の茶番劇は。呆然とする俺をよそに、ある種話題の中心だったノイは、
「…………(まぐまぐ)」
ただ目の前に置かれ、等分にされたピザを黙々と食べていた………。
「…………」
辺りに沈黙が満ちたところで、俺とリトプレは、目の前の巨大ピザを食べ始めた。
妙に旨かったのが何とも泣ける。
会話がないだけに寂しさが募る。
つか、パーティ料理の一番の旨味調味料は、会話なんだがなぁ………。


――――――


「あ、気付きましたねぇ〜」
「………ん?ここは何処かな?」
「――私の寝室ですよぉ〜」
「私?あ、あぁ、玄武?」
「そうですよぉ〜。にしてもぉ〜、随分早い到着ですねぇ〜」
「Votumのリミが思ったよりすんなり行ってね〜。あ、そうだ。そっちにノイが来てない?」
「来てますよぉ〜。歪なカーニバルピッツァをあっちで食べてますぅ〜」
「良かった〜。ちょっと目を離したスキにどっか行っちゃったからさ」
「監督不行き届きで訴えますよぉ〜」
「(´∀`)HAHAHAごめんごめんだから圧縮オブジェをさりげなくちらつかせるのは止めてもらえる?ムンチャには許可もらって体を借りてるんだから――」
「いつもぶつけられてるから大丈夫ですよぉ〜。一度食らってみますぅ〜?」
「いやだから止めてって」
「………仕方ないですねぇ〜、今回だけですよぉ〜?」
「(――怖っ。次回に忘れてることを祈ろうかな――)」


―――――――――


『ヘェーイ!』
『スカーイ!』
『ポコー!』
音響寺では、実験と称して独自言語所持者にMCをやらしていた――分かるかぁっ!せめて副音声に訳をつけろ!
――後日、その放送が多大な反響を呼んだらしいが、今の俺にはそんなの関係ねぇ!そんなの関係ねぇ!はいオッパッピー!
「…………」
いい加減一人突っ込みは寂しいから止めようか。
「…………」
っつーか、wac氏はまだかよ?リミックス予定時刻は目と鼻の先だぜ?不安とwktkが止まらない俺の感情が暴れまくってるぜ。
「…………」
だが悲しいかな、待つ以外のことは出来そうにないのがこの状況だ。さて、何をして待つか………。


ガララッ。
……ん?こんな時に誰だ……!?

「………お話がありますが、少々お時間よろしいですか?」
――りっ!
「リトプレ!?」
んな唐突にっ!?これは神が与えたチャンスか!?
………いや待て。いくら女に飢えている俺でもそんな展開を期待しないぐらいの常識を持ち合わせているぞ?それに昨日の今日会って告白も何も、一緒にいてそんなフラグゼロじゃねぇか!そもそも大して一緒にいねぇ!
んで結論。会話はとりとめの無いもの。そういう告白ではない。よって互いの単なる時間潰し。
「…あ、ああ………」
だが、俺の内心の動揺を、声は隠し切れていなかったりしたがな。全く、我ながら情けないぜ………。

「………こんな場所に登るんだな」
「意外ですか?」
「………ああ。意外」
正直、一家の常識人的立場のリトプレが、家の屋根の上に登って会話する、なんて姿、想像も出来ないからな………。
「そうですか………ふふ?」
こんな風に笑うのも意外だ。
意外ずくめの視線でリトプレを見つめている俺。マーマー辺りにならラヴラヴ(仮)とか言われそうだが………つか、(仮)って何だよ。
そんな俺を知ってか知らずか、リトプレは澄んだ空気を静かに吸い込み――。

♪眠れなくていつか
登った屋根から
コンペイトウの街
キラキラ
宝石箱と信じていた♪


「――」
この歌は――そうか。
「………よくよく聞いてみれば、確かに登ってるな」
彼女自身の歌詞に書いてあれば一目瞭然だ。
納得の行った俺に、リトプレは心なしか微笑んだ。――正直に言う。ドキッとしたぜ。使い古された表現だが、彼女の笑顔が、素敵すぎて………な。
笑った奴は後で高速階段の刑だ。

「――私が屋根に登ったのは、ムンチャ兄さんに誘われた、三年前の夜の事でした」
顔を昼過ぎの、うっすら黄色が混ざる青空に向け、誰に話すわけでもなく――いや、俺に話してるんだろうが――リトプレは滔々と語り始めた。
「Aさんは聞いたことがありますか?ギタドタワーの話」
俺は少し考え、首を縦に振った。
メモリーズの奴がColorsの仲間と集まる時に、going upがいつも他のバージョンすら羨ましがっていた、とよく話していた。
『だって実力があれば隠しは開くんだろ?うちは実力があっても開かないんだ』

コンマイの紅き虚塔、それが通称ギタドタワーだ。
団体戦で、いくら個々が良い成績を出しても、物量戦で来られたら隠しが解禁しない。しかも、運が悪ければ実力があっても全解禁しないと言う、プレーヤーにとっても閉じ込められる曲にとっても、ある種の拷問ともとれるシステム………。
「――私は当時、二階に配属される事になっていました。入ったら、当分出ることは出来ないと言われる場所、ギタドタワーの、二階へ」
階が上がれば上がるほどに、解禁される確率は低くなることを考えると、リトプレはまだマシな方なのかもしれない。だが、それをマシと思うかどうかは、本人次第だ。
もし俺がその立場なら――耐えられねぇな。暴れさせるようドアを叩きながらひたすら叫ぶ姿が楽に想像できる。
「私が出発する前日、寂しそうにしていた私に、ムンチャ兄さんが誘ってくれたんです」

『空には流星。掴めないと分かっていたとして、それでも掴みに行かない?』

………何ともあいつらしい誘い方だ。回りくどい事この上ねぇ。
「私は最初は断ったのですが、兄さんは何度も誘い――最終的には強攻手段で私を外へと引きずり出しました。『部屋の中で、心まで閉ざしてどうすんのさ?前を見るのが無理なら、上を見れば良いじゃない』、と晴れやかに言いながら」
………本当にあいつらしい誘い方だな。まるで前後に繋がりがねぇ。それでいて不思議とまとまってやがる。どっかの社説の新聞とは違うらしいな。
リトプレは一度、まるで何かを思い出すように目を閉じて――ふ、と漏らした。

「引きずり出されながら見た夜空。それは今まで見たどんな空よりも、とても綺麗でした………」

不思議な表現かもしれない。前後の表現的に。でもその表現こそが、リトプレの本心なんだろうな。
「眠れなくていつか登った屋根………私にとっては登らされた屋根でしたけどね」
ふふふ、と笑うリトプレ。スピカとは大違いだ。あいつの場合、一升瓶片手に親父笑いするからな。
「コンペイトウの街――この場所から見たのは地面じゃなくて、空でした」
「話を聞けば想像はつくさ。多分――夜空に照る無数の星の事を言っているんだろ?」
ええ。と微笑むリトプレ。その行動の一つ一つが、この時の俺にはとても可愛らしく感じたのは事実だ。
「あの光一つ一つに、様々な世界がある。夢がある。思いがある。それはとても素敵なことだと思うんです。だから――宝石箱なんです」
中に何があるかは分からない。だが、外から見る分には、中には輝かしいものが詰まっているように見えてしまう。
それが――宝石箱の意味するところなんだろうな。
「ムンチャ兄さんは言っていました。
『どんな箱でも、自分で動かなければ開くことはないよ。先が闇だって分かっていても、もしかしたら光があるかもしれない。この世界に完全な闇はない。止まり続ければ闇しか見えないなら、動けば良いじゃない』
環境に行って耐えるのではなく、環境の中で様々に行動することが必要だって、兄は私に教えてくれたんです」
――純粋に良い奴じゃねぇか、ムンチャ。少しは感心したぞ。言ってる事は相変わらず理由分かんねぇが、ま、あいつなりの激励なんだろう。
「この言葉のお陰で、タワーの中での気分は、幾分か楽にすることが出来たんです。………まだトラウマですけどね」
ふふふ………と遠い目で笑うリトプレ。あの塔の被害者が目の前にいるぜ………。
「………ま、夜空の魔力、か」
ムンチャの意図は成功したわけか。
空、海、大地。大きく広がるものは心を受け入れる力がある。
あいつはきっと、あいつなりにリトプレの心を軽くしてやろうとしたんだろうな。
リトプレの言葉が、何よりそれを証明している。

「だから私………兄には感謝しているんです」

やれやれ………フラグの気配もありゃしねぇ。
ま、そっちの方は時間をかけて考えて行こうか。


「A!どうしたA!応答しろ!エェ〜スっ!」


「………メタルギア乙」
あの酔いどれ………今更起きたのかよ。って考えてみりゃ今は夕方か。よくもまぁこんだけリトプレと話したよ………へくちっ!
「………うぅ寒」
案外秋風って寒いな、思わずそう感じちまった。
「では、風邪を引かないうちに家に入りましょうか」
リトプレに、俺は同意し、梯を後から降りた。………前から降りると変態扱いされるぞ、注意しよう。特にスピカは問答無用で大量のオブジェをぶつけるからな。




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