『Scene 1』

「あ…………貴方の家に入れて下さいっ!」

何ですか?このシチュエーション。

「私………もう………もう………」


今、僕の目の前に、顔をやや恥じらい気味に赤らめた女性。手にしたバッグに付いたバッジから、僕と同じ大学に通っている事は分かる。無論、僕の彼女ではないし、クラスメートでも、サークル関係の仲間でもない。
そして、親戚を探したって、このような顔の女性は見当たらない。自分の親族は言うに及ばず、その妻や夫、従兄弟に至るまで、何一つとして彼女の身体的特徴を備えたものはいない。そもそも同じ大学に通っているなら、「そうそう、あんたの従姉妹があんたと同じ大学通ってるそうよ。あんたより頭良いらしいから勉強に詰まるようだったら教えてもらったらどう?あっでも机を並べるのは駄目よ。彼女顔も良いらしいからあんたとは釣り合わないし確実に周りから殺意を抱かれるわね。あぁ何なら家に呼んであげようか?紹介の意味を込めてって何言わせてんのあんたは!」等と母親の暴走トークを聞かされた挙げ句逆ギレされると言う謎の展開を経験するのはもはや必然だ。
そうなりかねないほど目の前の女性は、確かに可愛かった。詳しい描写は変態に思われるしとてつもなく陳腐になるので控えるが、子犬を思わせる瞳がとにかく可愛らし女性だった。

「もう………我慢できないんです………!」
さて、これを読んでいる皆さんは、このシチュエーションをどう読むだろう?
顔を真っ赤にして、呼吸を荒げながら体を小刻に震わせ、下半身をバッグを持つ両手で押さえてもじもじさせながら「家に入れて」と叫ぶ初対面の人物。それも中々の美人。
彼女が僕に一目惚れ?それも盲目レベルで?
残念なことに僕にそんな人間的スペックは備わっていない。昔からの友人が「黙って座っていればモテる」とおいおいそれじゃスタチュー創って家に飾ってくれと言いたくなる一言を遠慮なく告げてくれたのも良い思い出だ。万が一にも自分に対して一目惚れなど、あったら良いと思うが有り得ない。あったとしても、親切な友人が諭すだろう。「あの男はやめとけ」と。
新手の勧誘?――有り得そうだ。最近は別れさせ屋なるものが存在するくらいだからな。夫婦関係が冷えきった家庭の妻が、夫から別れを持ちかけさせて浮気の賠償金をせしめるために、夫好みの女を付き合わせる手法をとるような。そう言えば男性を宗教に勧誘する時に女性を使って勧誘する例もあるし。
だがそれも外れ。やり方がお粗末だし。出会い頭に『家に入れて』ではいそ―ですかと招くような時代ではない。嗚呼悲しき治安悪化の時代。
他にも様々な『それ何てエロゲ?』的シーンやら妄想も良いところの犯罪が浮かぶが、現実離れが過ぎるので割愛させてもらう。

………さて。
このままだと泣く展開なのは目に見えている。もし泣かそうものなら近所のゴシッパーおばちゃんズ(ラウドミックス)がいらん尾ひれつけて話題を深海魚のようなグロかつ理解不能な話題へと進化変貌させるのはもはや王道中の王道。だがしかし、見ず知らずの女性を家にあげるのもな………。
………近くの公園までの距離を考えてみたが――この調子じゃ我慢するのも難しそうだな。
俺は少し考え………そして彼女に告げた。

「なるべく早く済ましてくださいね」

そしてドアを開け――彼女を家の洋式トイレまで案内した。



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