『Scene 2』

お父さん、お母さん。
どうか、愛しい娘の愚行をお許しください――。

そもそも始めは感じられるかどうかも明確ではない小さな違和感だったのです。普段ならどうと言うことのない、幽かなそれ。
私も日常に生きる身です。日常のままに振る舞うこと――それのどこに不明慮な点が?非日常への穴――と言うのは少々行き過ぎなのかもしれませんが、兎も角、想定の範囲外、と言うものはいつでもどこにでも広がっているものなのですが、そこに入ったとして、果たして私達は日常のままに振る舞う以外に、どういった事が出来るのでしょう?

私にとっての非日常は、それは突然の唐突に、予測もつかないものでした。
住宅街を歩く私を、どうしようもないほどの衝動が襲ったのです。思わずその場に蹲ってしまいました。
しかもその衝動は、時を経る毎に徐々にその規模を増していくのです。解き放て、解き放てと、意識に釘を打つように語りかけてくるのです。
私は住宅街に来てしまった自分のことを呪いました。同時に、予兆に全く気付けなかった自分の迂濶さも――。

時間は残されていませんでした。近くに全く人影はありません。当然です。
今の日時は平日昼一時。世の男性方は働きに、女性方も働きに出る、あるいは昼メロを眺める、子供達は学校で校則に拘束されて残り少ない昼休みを惜しんでいる――そんな時間です。
私にとって更に運が悪かったのは、今が冬だと言う事実。北風がこの街に雪を降らす、と言うわけでもありませんが、時として痛みすら感じる刺激の強い冷気が、私の体にちくちくと、爪楊枝で突かれるような刺激を与えてきます。その度に私の中にあるどうしようもない程の衝動が、全身を執拗なまでに駆け巡り、私の精神的な耐久力を徐々に擦り減らしているのです。RPGでいう毒状態、あるいは、と言った方が分かりやすいかもしれません。
衝動を抑えるために、自然と歩きは内股気味に、手も自然と股の辺りに被さってしまいます。
小走りに辺りを見渡しながら、私は必死で公園や、公衆の利用する空間を探しました。しかし、全くそのようなものが見当たらないほどに、この場所は『住宅』街でした。

私は、なるべく最終手段は使いたくありませんでした。だってそうでしょう?もし人前でしてしまったなら、他の人にどう思われるか――。
最悪の一歩手前で止められればまだ幸いなのかもしれません。ですが、それすら私としては避けたい――!

そう思って、私は必死で探しました。ですが、もう体と心の我慢は限界のようです――。


――なので私、今はお手洗いを借りるために家々を訪ねています。



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