『Scene:3』
時代は進めど、変わらないものがある。それは人間の恋愛感情だ。
他者を好きになる、あるいは嫌いになるというのは、生命の根元を為す衝動である物であると同時に、生物が生物たる所以でもありうる。それらは概ね本能から沸き上がる情のままに、生物を突き動かすのだ。
だが、人の愛は広い。動物以上に広い。動物ならば目的が生殖である以上、相手は限られるであろう。だが人は、時として生殖を目的としない愛を育む。
一方的な愛、物に対するそれなどは最たるものだろう。人形を愛でる、その行為に愛の字が入っている事からも、それが分かる。
-philia、という単語は、-愛者、という意味であるのは知っての通り。死体愛好家のnecrophiliaがその好例だろう。そこまで行かずともManiaと呼ばれる存在ならば、一つの物質に対して相当量或いは過剰量の愛情を捧げることが出来る筈。熱意も愛情の一つとして捉えられるならば、そのような解釈も可能にはなる。
――話がずれたようだが、兎に角、人は人以外の物にすら愛情を注げるという点で、他の動物とは違っているのだ。……まぁ尤も、その愛の大半は異常として認識されてしまうわけだが。

さて。
私がここまでダラダラと自説を述べるのには理由がある。何も自らの思想を他者に押し付けるために語ったのではない。そんなもの、同じ志を持つものが共鳴すれば事足りる。
これから述べることを理解するのに、まず私の思想を前提にしないと、私の抱える悩み、というものが理解しづらいであろうからだ。私なりの、話を理解しやすくするための配慮だと思ってもらえれば幸いだ。

さて、本題に入ろうか。……愛の範囲の広いことで、果たして何が問題になるか?
種の保存?それも一つ。
他者との円滑な関係が築けなくなる?それもまた一つ。
そもそも異性以外の恋が異端だ?日本の古典にどれだけ異種婚憚があるかを知らないのか?有名な陰陽師である安倍晴明も、あれは狐と人の混血だ。

……また話がずれた。どうも私の悪い癖が出るようだな。……で、どの愛が一番問題になると思うか?
やはり人間と人形の愛?それとも死体との愛?まぁそれは生理的嫌悪こそ催すかもしれんが、実際のところそこまで問題ではない。
私に言わせてみれば、人間同士の愛の方がよっぽど問題になる。

私は、受け持つクラスのある女生徒から恋の相談を受けている。その女生徒はおずおずながら私に話し掛けてくる。
「私………好きな人がいます」
何と言うか、落ち着きがないのは何故だろうか。時折不安そうにこちらを見たりしているのだが。
「その人は………で………で……なんです」
当人としては好きな男性の姿を理想的に夢見がちに述べているのだろうが、声が凄まじく小さくて聞き取りづらい。まぁ、聞き取れたところだけでも情報は十分だ。
典型的なスポーツマン。バスケ部出身の長身、PF。そしてレギュラー候補。これだけ揃えば女生徒が惚れるのも無理はないことだ。優れた運動は、時として芸術になるのだから。
「……下手なアドバイスは出来ないが、まずは好きならば、話しかけてみるのがいいのではないか?情報収集をして、相手が好きなものに関する話題をあらかた頭に入れておくとなお良いと思う。難しいと思うが、まずはきっかけを作らないことにはどうしようもない。私が関わりたいのは山々だが、それはあまりにも不自然だろう」
彼女が所属する部がバスケ部なら、あるいは好きだという男がクラスにいるのなら、まだ方法があるのだが。
「済まない、役に立てずに」
簡単なアドバイスで、さすがに完全に納得、とはは行かないようだが、彼女はそのまま、やや弱々しい笑顔を浮かべ、
「いいえ、お話を聞いてくださって有り難うございました」
と、生徒相談室を出ていった。

「……ん……?」
妙な違和感。バスケ部のレギュラー候補?PF?長身?
私はバスケ部の部員を思い出して――、

愕然とした。

「何という人物に惚れてしまったんだあいつは……!」

あの女生徒は、よりによって男性趣味のある男に惚れていた!しかも彼氏候補もいる奴にだ!
「うわ………」
私は迂闊なアドバイスをした自分を呪ったが、もうどうにもなるまい。後は運を天に任せるつもりだ。
もし万が一、あの女生徒が思い込んだら一直線だというタイプで、バスケ部員に彼氏がいたとしたら………妙な三角関係が成立するな。絶対に。

後日、私の危惧通り、他の生徒の噂で聞いたが、一人の男の取り合いが男女間で行われているらしい。

全く。相手が生身の人間の場合、愛持つもの同士での取り合いが起こりうるから厄介なのだ。これで相手が人形やら明確な意思を他者に伝えられないものならば、奪い合うなどと言うことは有り得ないというのに。

近いうち、あの女生徒はここを訪れるだろう。はてさて、何を相談されるのやら………やれやれ、恋愛相談など慣れないことは、するものではないな。



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