クリスマスのその裏で





耳元では、相変わらず激しく風が豪豪と音を立てて流れている。
目の前一面には雲一つない青空。雲がないのは当然だろう。下を見ると広がっている白い絨毯が雲なのだから。
ついでに言うならば、足元の感触はない。つまり………。


「―――なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」


上空一万メートルから自由落下中なのである。


―――――――


男の名はゲイズ。名前の前半部からやたら筋肉室の男にばかり話しかけられる悲しい過去を持った男だ。その過去は現在に連なっていたりもするがそれはさておき、何故空にいるのか、それは彼の服装を見てもらえれば分かる。
裏に白いファーびっしりの赤いコート。
白いボンボンのついた赤い三角帽子。
同じく白いボンボンのついた赤い手袋。
さらに白の長靴下に赤く長いブーツ。
そして手に持つのはパラシュート………ではなく白い大きな袋。
お分かりであろう。彼はサンタクロースなのだ。

ここで少し疑問を持つ人も出てくる。トナカイはどうした?と。だが考えてほしい。先進国では少子化とはいえ、子供は沢山いる。その一方で化学全盛の時代であるので、魔力という観念があまり通用せず、廃れかけている。
元来サンタクロースは、魔力(当人達は『奇跡』と呼ぶ。キリスト教に由来していると思われる)の素質のあるトナカイに、サンタ特別性の魔力入りの樋爪をつけ、その魔力をもって空を飛んでいたのだが、そういった素質のあるトナカイ自体が今では希少価値のある存在となっていて、熟練した職人サンタでない限り使えないのである。
代わりに、機械化の時代に合わせて、ブーツと手袋にある仕掛けを施しているのだが…………。

「くっそぉぉぉぉっ!パチモンつかまされたぁぁぁぁぁっ!」
ゲイズは悪態を切迫した(当たり前だ)声で叫びながら、指定されたボタンを連打していた。


――――――――


《聖夜のアルバイト!時給$500!経歴問わず!》
クリスマス商戦にあたふたしている街の一角に、このような張り紙が張られていた。この就職難の御時勢によくもまぁこんな虫のいい話が、と半信半偽にゲイズが申し込んだのが一週間ほど前、そして今日、すなわち12/24が面接日。
夕暮れ時、町外れの一軒家での面接試験。早々に担当の人Aに着替えさせられたのがサンタ服。あぁ、サンタに扮して売り子をやれって事だなと一人合点し、にしてもこんな割りの良いバイトに殆んど誰も申し込まないのは何故だ?と疑問に思ったのが十分前。そして、『試験の開始後、袋を持った状態で1224と押し、適当なタイミングで左手のグラブの紐を引いて下さい。紐が抜けたら、今回は運がなかったということで―――』というやる気無さげな担当の人Bのオリエンテーションの直後、

唐突に床が抜けた。

構造的に有り得なかった。ゲイズが入った家は一階建て。エレベーターもない。そもそも海抜五十メートルもない場所に建てられていた筈なのに。ゲイズの今いる場所は、明らかに上空一万メートルもいいところだ。

と、ここで最初の場面に戻る。

「くそっ!くそっ!どうして作動しねぇんだよ!」
突然の落下の所為でパニクったあまり、間違った番号を打っているからなのだが、当人に気付くはずもない。当然更にパニクる、間違う、パニクる、間違う。
そうしている間にも落下速度は増し、そろそろ雲に突っ込みそうだった。
雲の位置は高いようで意外と低い。精々二千〜三千メートル程度の高さだ。その事実が彼を更に焦らせた。

しかし、雲に頭を突っ込んだ瞬間、彼に諦めの感情がよぎった。
「あぁ、このまま俺は死ぬんだろうな………」
諦めの感情は、これまで焦っていた彼の心情をあっさりと静め、落ち着きを取り戻させた。
唐突に浮かぶ正式手順。心理ではなく本能的に、彼は正しい番号を押し、左手の紐を、


引いた。


カチッ。


瞬間、


突き上げられる感覚。耳元にも違和感。足元から爆音………ではなく鈴の音。
「………は?」
自分でも何が起こったのかよく分かっていないゲイズは、自分の足を見て愕然とした。


サンタブーツが、いや、サンタブーツの底が、ジェット噴射をしているのだ。

『合格、番号6741、ゲイズ=ボーディバン、合格です』
耳元で電子音が響く。いや、電子音ではなく、ノイズが大半入った担当Bの声だ。
耳の違和感の正体、それは三角帽が耳元を覆う形に変化したことから来たものだった。
更に、左手の平には現在の位置と目的地を示すレーダーが、プレゼントを持つ右手の甲には立体映像でプレゼントが映され、その下には目標までの距離がメートル単位で数値化されて表示されている。
まさにメカニカル=サンタクロース。それが今のゲイズの姿だった。

『では、オートモードにさせてもらいますね』
通信が切れると同時にゲイズの全身は彼の意思では動かなくなり、望むわけでもなく雲の向こう目がけてジェットをフルスロットルさせていた。
「ちょ、ちょっと待てよ!いきなり何すんだよおま――――」
最後まで文句を言い終えないうちに、

「―――なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

ゲイズの体に強烈なGがかかり、彼は気を失った………。


「おい!担当!てめぇ俺を殺す気か!」
帰還後、これがバイトの面接だという前提を完全に忘れた様な勢いで―――実際彼は忘れていたが―――ゲイズは担当Aの胸ぐらに掴みかかった。しかし担当Aは動じない。掴みかかる手を払い除けると、そのまま見事な一本背負いを決めてのけた。
担当Bは、倒れたままのゲイズに手に持った紙を見せた。それは街に張ってあったあのバイト募集用紙だった。

《聖夜のアルバイト!時給$500!経歴問わず!
――ただし、心臓の弱い方、高所恐怖症の方はお断りします。
面接は仮想実技も入りますので、ご注意願います。

世界サンタクロース連盟》


『仮想実技では、実際の道具を仮想空間で装備し、その適正を見るためのテストです。
ですから、地面に接触した瞬間に現実世界に引き戻しますので、死ぬことはありません。
説明は、しっかり読んでくださいね』
ゲイズは自分の迂濶さ加減に呆れて何も言えなかった。バイトの面接内容くらい、いや、バイトの主催くらい確認しても良かっただろうに。
世界サンタクロース連盟。略して世サ連。この業務が何を意味するかは推して知るべし。
そもそも、仮想空間の仕組みは分からずとも、自分は夕焼け時に会場に来ているのだ。青空がこの地で望めるはずもないことなど、分かって然るべき事であるのに。
「………すいませんでした。掴みかかって」
ゲイズは一先ず謝る事にした。どんな仕事であれ、疑問は様々にあるが、時給$500は魅力だ。折角合格したチャンスをみすみす逃すのは何とも馬鹿らしい。
その行動に誠実さを感じたらしく、担当Aは笑顔で返答した。
『いえいえ。毎年のことですから』
つまり毎年掴みかかられているわけだ、とゲイズは思った。そしてそれは実際のことなのだろうとも。そうでなければ、あそこまで慣れた体つきで背負い投げを決められたりしないだろう。
「それで………仕事はいつからですか?」
ゲイズの質問に、担当Bはあっさりとした口調で答えた。
『今からです』
「へっ?」
思わずゲイズは自分の時計を見た。夕焼けを通り越して、夜中もいい時間帯を示していた。恐らく大通りでは、ネオンライトが盛大に輝いているだろう。
「いつの間にこんな時間に――」
『それが仮想実技クオリティ、ですよ』
驚くゲイズを尻目に、慣れた口調でそう言い放った担当二人は、後ろの白い袋を手に取ると、ゆったりとした足取りでドアから出ていった。
数秒後、鈴の音が外から響いた。


ゲイズは暫く立ち止まっていたが、やがて近くにあった袋を慌てたように手に取ると、二人の後を追ってドアの外に駆け出た。


鈴が、また一つ鳴り響いた



―――聖夜に降る流れ星は、サンタがプレゼントを渡しに行く姿。
時として起動が滅茶苦茶な星もあるけど、それは微笑ましく見守ってね。
その星は、アルバイトサンタが賢明に仕事する姿だから―――


fin.



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