Painful Rain Slashes What's Called 'Himself'





罪を裁くためには、罪を重ねることしか出来ないのか………。

――私は、何をしているのだろう――
降り頻る雨は、全てを洗い流しはしない。ただ薄め、広げるだけ。表面は消えたように見えたとしても、痕跡は地下深くに残る。そして存在すら忘れた頃に、首筋に舌を這わせるように緩慢に、しかし確実なる不気味さをもって心を蝕む。

――私は――
聖騎士団長カイ・キスクは、愛剣であり、雷の法力を常に纏う神器、『封雷剣』を抜き身のまま手にし、雨の中を一人、何かに憑かれたようにさ迷っていた。
その瞳は、普段の彼が持つ、理性や正義感、優しさを思わせる要素が抜け落ち、ただ暗憺たる闇、底知れぬ空洞を思わせる紺が広がっていた。

その日の任務は、町の近くに潜伏した野盗のアジトを壊滅、野盗を抹殺する、と言うものだった。
規模も、兵力も、完全に情報はこちらに出回っている。後は作戦を立て、出撃の号令を出すだけだ。
しかし、それでも心優しきカイ・キスクは悩んでいた。何故捕縛ではなく抹殺なのか。正義とは、罪を裁くことも必要ではあり。だが、それを行う権限が、果たして自分達にあるのだろうか。相手は自分達と同じ、人間なのだ――。
任務であり命令だと理解出来ない程にはキスクは子供ではなかったが、任務であり命令だと割りきれる程には、大人ではなかった。
結局、強引に心に決着をつけ、最も自軍に被害を与えない作戦を、上層部に伝えた。

任務の決着は、あまりに呆気なく着いてしまった。実際の野盗の戦力は、こちらの予想していた量の、多く見積もっても五分の一も無かったのだ。
戦局は自軍の過剰なまでの有利。野盗の退治は、最早一方的な虐殺へと変化していた………。

『ケッ!テメェも俺らと同類じゃねぇか!反対するものは殺すんだろ!?良いよなぁお上から殺害許可証が出ている身分はよぉ!
所詮テメェらは俺らの事を虫ケラのようにしか思ってねぇんだろ!?口では綺麗事を抜かしやがって――』
野盗のボスが死ぬ直後に放った言葉。仕留めたのは――キスク自身。
ここから先の台詞を聞けなかった。聞きたくなかった。

――野盗と変わらない――
――口では綺麗事――

――違う――
否定しようにも、その否定の言葉すら、今はただひたすらに弱々しい。
現に、実際、野盗同然の行為を自分達は働いてしまったのだ。圧倒的な戦力差にモノを言わせ、相手を蹂躪する行為を。

――私も、野盗も、大差ない――

赤黒く染まった野盗の返り血。それは白を基調とした騎士団服を汚していく。
それは迷い。カイ・キスク自身が抱いている迷いそのものだった。

降り頻る雨の中、騎士団服は仄かに薄桃を帯びていく。袖口に至っては、繊維自体が赤に染まってしまっているかのよう。

――………――
雨に濡れて重くなった、右腕の包帯。仄かに赤く染まったそれを、カイ・キスクは徐に投げ捨てた。
包帯の下、現れたのは生々しい傷跡。それも一つではない。幾多にも刻まれたそれの数は、自身の年齢すら越える勢いにまで迫っている。

――………――
この傷を見る度、カイ・キスクはどうしようもない無力感にさいなまれる。任務で人を殺す度、命令で剣を振るう度、彼が自分でつけた傷だ。――罪人の証として。

――………――
幾度となく手を入れた所為で、口が緩くなったポケットに、今一度手を突っ込む。皮紐の感触がしたら、それをほどいて、そのまま握り、袋より出す。
彼の右手に握られた、一振りのナイフ。それは本来、良き将を表すものとして賞与された物であった。だが、幾度と血に浸した所為で、その刃はどこか黒ずんでいる。
彼はそのナイフを左手に持ち、鈍く光る刃を皮膚に沿えた。そして、刃を立てながら――左手を引く。

――………つっ………――
思わず痛みに顔をしかめるカイ・キスク。血管と、その周囲の痛覚神経を傷付けてしまったらしい。
徐々に溢れ出す、血。それすらこの男にとって、見慣れたものになってしまった。腕に落ちた雨粒が、赤き命を拐っていく。

――今日もまた、引けなかった――
腕に十字を刻むとき、それは全ての罪を受け入れ、罪と共に生きると決意したときだと、いつしか、カイ・キスクは思うようになっていた。それがただの'逃避'に過ぎないと言う感情は、時と回数が全て薄れさせていった。

――僕は………弱い………――
法力によって回復力が高められた体、痕を残し塞がる傷を眺め、カイはあの事件以来何度目か分からない、虚ろな弱音を吐いていた………。

雨が全てを流すのは、まやかし。
痛みを伴うそれは、心を蝕む――悪魔。


fin.



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