名無しの戦士に花束を





なぁ、ジョー?
お前がこの場所に来てから何年経ったんだろうな。

………六年、か。
世界も変わったもんだな。
栄光を信じていた奴らはお前のことを口にしてはいるが、心ん中じゃどうか知らねぇ。大よそ次の選挙のことでも考えてるんじゃねぇか?
ははっ………笑えねぇか。

とんだパンドラの箱に手を伸ばし、巻き込まれるのはいつも俺達、か。不安には力を、破壊を!何度繰り返された台詞だ。ジャップの野郎共もきっとこんな気持だったか?いや………寧ろドイツだな。
犠牲の上に成り立つのが国家、かよ。それじゃあいつらは命を賭けて何かを成し遂げようとしているのかよ!

………すまねぇ。頭を少し冷やすよ。

………開けたパンドラの箱は、あらゆる災厄を引き起こす、か。一番の災厄は不安だろうさ。これがあるだけで、人は落ち着かなくなる。ピリピリする。余計ないざこざが増える。主観的な言い争いほど結末がつかねぇものはねぇからな。
そして無気力。希望などこれっぽっちも信じられやしねぇ。自分すら省みねぇからその日の事しか考えやしねぇ。ったく………最悪な刹那主義だぜ。
まぁ今は、落ち着いてきてはいるらしいがな。ジョー、お前の死は無駄じゃねぇよ。引き継ぐ奴はいる。そいつらが平和を取り戻そうと尻拭いしてるぜ。
言い方が悪いか?すまねぇな。

あの馬鹿デケェビルがぶっ倒れた時、俺もお前も心の底から悲しみ、怒り、テロリスト共は皆殺しにしてやろうとすら思ったよな。感情に間違いはねぇ。ただな。その後の展開がまずかったんじゃないか、俺は最近、そう思うようになったぜ。
歴史にifは禁物か?そう固いこと言うなよ。定めた時は一方向にしか進まねぇ。それくらい、十分了解の内だぜ。分かってら。
処刑されたあの独裁者。あれを育てたのはこの国なんだってな。ハハッ、飼い犬が手を咬んだのか。となるとあの処刑は躾か!ハハッ、こりゃ傑作だぜ!飼い犬はあんたそっくりに育っているっつうにな!
ハハ………ハハハ………ハ…………ハァ。

………分かってるさ。いくら笑っても、お前は戻ってきやしねぇ。
ただなジョー、お前の帽子と勲章、それが俺の元に届いてから………俺の時は止まっちまってんだ。
お前の遺した家族、あいつらはもう受け入れ、新たな時を歩んでるのにな………ハハッ、六年間も何やってんだか。

そうそう。お前のワイフから預かってるもんがある。偶然電波が混線した時に聞いた曲らしい。
俺も聞いたが………これ、MADE IN JAPANらしいぞ。信じられねぇだろ?

あぁそうさ。
俺達は天国に住んでるわけじゃねえ。
世界なんざ間違いだらけに決まってら。
暴力、犯罪、争いなんざ珍しくもねぇ。
俺もお前も暴力で育ち、罪を犯し、争いの中に生きてきたクチだ。

だがな、いつかは正しい方向へと進む。進まなけりゃいけねぇ。
この世界を神様が残してんのは、まだ神に慈悲があるってこった、っつー事よ。
ったく、よく考えたもんだぜ。戦いを止めるのは、神じゃなくて人間だ。始めたのも人間だしな。神がその気になりゃ、世界の一つや二つ、壊しちまってもしょうがねぇかもしれねぇが、それをわざわざしねぇのは、神が人間に期待してるから、だとよ。
――ほんっとに、よく考えたもんだぜ。

お前には悪いが、もう帰る時間だ。済まねぇな。
ほらよ。
お前の好きな、リコリスの花だ。大事にしとけ。
………じゃあな。



………俺が涙目だったこと、誰にも言うんじゃねぇぞ。


fin.



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