無垢なる銃口と駆け巡る過去





小さい頃、ピストルを手に入れた。
子供の頃、誰しもあるでしょう。路上に落ちている物を、宝物として大切に持ち帰る事くらい。
私の場合、それがたまたま――本物の銃だっただけ。
やがて私は、当たり前のように学校に入った。他の子供がそうであるように――軍事修練学校に。
昨日の友達が、今日はいない。そんな世界が私達の周りには広がっていた。
乾いた破裂音が、目覚まし代わりでもあった。爆音は始まり。終わりも爆音。
道は一つだと思っていた。
疑問なんて抱かないと思っていた。

あの日、こいつに出会う前は――。

戦場で見かけた、明らかに戦闘に向いてなさそうな、線の細い青年。明らかに敵の服装を着ていたけど――私は撃てなかった。
何十人何百人と葬ってきた筈の私の手は、この男を撃ち抜く力を発揮することがなかった。
気付けば、私は拘束され、捕虜となっていた。

撃てなかった理由。
今になって私は思う。
私が彼を撃てなかった理由。それは多分――彼の瞳を見てしまったから。
あまりに澄んだ、青緑の瞳。
まるで全てを受け入れ、死を待つ殉教者のような瞳。
その不思議な輝きに、私は思わず魅入られてしまったのだ。

学校で、そんな瞳を見たか?
見たことはない。
戦場では?
彼以外には全く。
どうしてあんな瞳をしているの?それが、私が初めて――興味・好奇心と言える感情を抱いた瞬間だったかもしれない。

捕虜といっても、武器を取り上げられ、爪を切られ削られ、舌を噛むのを禁じるように猿轡を噛まされた事以外は、特に何をされるわけでもなかった。
自分以外の兵士は、一体どうなったのだろう。私以外の、同年代の兵士は、少なくともここにはいないらしかった。
抜け出す気も起きなかった。抜け出したところで、恐らく待っているのは銃殺だろう。敵の手に落ちた兵士にかける情けは、あの国にはない。
籠の鳥。今の私を象徴するのに、これ程的確な言葉もないだろう。

数日後、私がうつらうつらと眠りにつこうとした、その時だった。
「――」
夢の世界に放ったように、湿った破裂音が響いた。夢と現実の狭間で微睡んでいた私の手を引いたのは――不思議な目をしたあの男だった。
彼はそのまま私を抱き抱えると、銃で相手を威嚇しながら、走っていった。

監視カメラの目を掻い潜るように収容所を抜け出した私逹は、逃げ場を確保するために、第三国に逃げようとした。
私は彼と話そうとして――名前も何も全く知らない自分に気がついた。
もどかしいまでの沈黙がつのる。

ぎゅっ

それは無意識での事だった。私が彼と――利き手を繋いでいたのは。
私の心に湧いた、名前の知らない感情。
知らない、知らない、知らない。
私の周りにある、今まで不要とされてきた未知。それが今は、たまらなく知りたいと思った。
もうすぐ夜が明ける。そしたらまた逃げよう。逃げて、逃げて――色々なことを知りたいから。

逃げ着いた先、その国もまた戦争中だった。いや――戦争とは違う。相手が死ぬわけじゃないそれは――。

『TROOPERSへようこそ』

電子音声が鳴り響くと、彼は懐からカードを二枚出して、装置に翳した。
重々しい音を立て、門が開く。
私達がその国に足を踏み入れ、門が閉まった瞬間――

彼は突然、力が抜けたように倒れた。俯せに倒れた彼の口から吐き出されたのは――血。

この時、私は心の底で動揺していた。初めてだった。ここまで心が揺さぶられたのは。
咄嗟に体を横向きにし、気道を確保し、中に溜まった血を掻き出した。呼吸音を確認すると、まだ幽かに息があるらしい。ただ脈は――弱い。私は叩き込まれた応急救護の能力をフル稼働させて、彼に心臓マッサージをして――はじめて口付けを交わした。
仄かに、血の香りがした。

「……後で名前を聞いたとき、どうしてそんな瞳をしているのかも分かったんだ」

透き通る瞳。あれは全てを受け入れた瞳。この先起こるであろう自らの運命を、全て甘受して、それでも今を生きるものの瞳だってことを、あの後私は知った。

彼の名前は『走馬灯-the Last Song-』

そして私の名前は――

『the trigger of innocence』

fin.



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