風色の少女





ボクが彼女に出会ったのは、親元から離れて暫く経った、散歩道の帰りだった。
いつものように塀の上を歩きながら、ざわざわ騒がしい人間達の横を通りすぎるボク。
たまに「ねこたくぅゥゥゥ!」とか「にくきうぅゥゥゥ!」とか叫びながらボクを追い掛ける人がいるけど、あれは例外だと思いたい………思いたい。
っと何思い出してるのさボク。今は気分転換の最中。そんな暗い気分でどうするのさ!
……な〜んてとりとめも無いことを考えながら塀をただ真っ直ぐ(じゃなきゃおかしいけど)歩いていた、そんな時のこと。

――塀の上に先客がいた。
それだけならまだある。相手の縄張りに間違って入っちゃった時とかね。そのときは謝りながら逃げる!に尽きるんだけど………。

塀にいるのは人間だった。しかも、普通の人とは明らかに変わって――ううん。違っていた。
北風が寒さを運ぶ季節。首にマフラーを巻いているのに、着ている服はワンピース。お洒落なのかもしれない。でも――お洒落では済ませないことが一つあった。

彼女の服は透けていた。服どころじゃない。体も服も、まるで風のように透けていたんだ。

本当に昔、お母さんはこんな事を人間が話していたのを聞いたらしい。
『猫は、私達には見えないものが見えている』
成程。確かにこれじゃ人間には見えないや。
………って納得してどうするのさボク!幽霊なんて見たこと無いよ!?
明らかにパニックになるボクに、その原因である透けた人間は気付いていなかった。相変わらず塀に立ったまま、ウエストポーチから便箋を取り出して――向かいの家の窓に放り投げた。……ガラス張りの窓に。
ぶつかって落ちるかと思ったボクは、次の瞬間には、自分の目がおかしくなったのかと、思わず顔洗い用の水を探してしまった。

真っ直ぐ飛んでいった便箋は、そのまま窓をすり抜けて、家に入ってしまったのだ!

『――――』

ボクはただ呆然としていた。ありえない――と思ったことが、目の前で起こってしまったから当然だろう。当然だ。
そんな僕の様子を知ってか知らずか、彼女は満足げに便箋の行く末を見守ると――。

ボクと、目があった。

『…………えっ!?』
向こうもまさか目が合うとは思っていなかっただろう。当たり前だけど。素早くボクに近付くと、そのまま体を両手で掴んできた。呆然として体が全く動かせなかったボクは、そのまま持ち上げられて――ってえぇっ!?幽霊なのに体を掴めるのっ!?

驚いた表情を見事に見逃しながら、その人はボクに聞いてきたんだ。
『ねぇ?キミは私の事が見えるの?』
顔がドアップなのには正直ビビった……じゃなくて、突然の質問に、ボクはただ頷くだけだった。もっ正しく言うなら、首が縦に動いただけだったかも――きゅ!
『わぁっ!やったぁっ!初めてだよ!キミが初めてだよっ!』
わあぁあぁあぁあぁあぁあっ!いきなり抱き寄せられて頬擦りしないで首が揺れるぅうぅうぅう!
『ねぇねぇキミの名前は?家はどこ?甘いものは好き?集会とかは出てる?ねぇ色々教えてっ!!』
もうだ……め、首がち……ぎ……れ……そ………。

そこでボクの意識は一度途切れた。最後に聞いたのは………やっぱり質問だった。


――――――――――


『全くぅ、初対面の相手を普通気絶させたりする〜?』
『だからゴメンって………つい嬉しくなっちゃって』
目が覚めたボクは、目の前にやや泣き腫らした目をしたその人が、心配そうに眺めていたのが目に入った。
意識が確認でき様にまた抱きつこうとしたその人を紙一重で避け、ある程度の距離を取りながら、ようやく彼女が落ち着いたところでボク達はようやく、話しを始められた。
彼女の話では、彼女は人々の色んな思いの詰まった言葉を伝えるのが、役目だっていう。そして、その姿は基本的に誰にも見えないって事も。そして、ボクがその最初の発見者――猫?だって事も。
『ねえ………こうやって出会えたんだしさ…………私と友達になってくれる?』
ボクは一瞬考えた。初対面がアレだし、少し抵抗を持つのも事実。でも――。

『―――』

こくん。

頷くと同時に回避した。全く、抱きつく癖はどうにかしてよ………。


………とまぁこんな感じで、ボクと彼女は知り合ったわけで。ついでの勢いで言葉を届ける仕事も手伝うことになったわけで。
そりゃまぁ色々と騒がしいこととか煩わしいこととかあるよ?一人の方が楽だったり、とか思ったり。
でもさ――不思議とそれが気持良かったりもするんだよね。二人でいるだけで、何と無く心が休まるし。


もし季節外れの暖かい突風が、突然吹くときがあったら、それはボクら来た証拠。
今度は、もしかしたらキミの町に行くかもね。
じゃ、出会えたときに。






――――おまけ―――――

いつか、聞いたことがあること。
『どうして人に言葉を届けるの?』
そしたら彼女はこう答えたんだ。


『だって私達は完璧じゃないから。迷いながらでもいい。伝えたいことがあるなら伝えるべきだと思う。私は、それを手助けしたいんだ』


ボクはそれを聞いて、案外生物はそんなものかもしれないな〜、とか何と無く考えていた。



fin.



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