真笊ヶ丘市の商店街、人口六十万の需要を満たすために日々奮闘するその場所は国家的に見ても割と巨大であり、構えている店の種類も異様に多い。
表通りに各種ブティックや化粧品、紳士服などが軒を連ねる一方で、少し裏に入れば昔ながらの八百屋だったり本屋だったり靴屋だったりと、馴染みの客の多い老舗が建ち並ぶ、何とも不思議な新旧交差した商店街である。
表通りに新たな店が出来れば行列を作り商品を購入する購買意欲の高い住民がこの辺りには多い。
このくらい消費する動きが広がれば現実世界の景気は上向きになるだろうにと筆者としては思わずには居られないのだがそれはさておき。
「……ん〜……何処だ……?」
そんな商店街の表通りを、性別的にもアウェー感漂う成りをした一人の少年が歩いていた。その手には、最近新装開店したというコスメティックのチラシ。
右に左に視線をずらしつつ、時折チラシに記された地図に落としながら、彼はその店を探している。別に彼に女装趣味があるわけではない。
少なくともやや小柄とはいえスポーツ刈りで両腕の筋肉が発達している彼に、女装は似合いはしないだろう。
彼がその店に行く理由、それは彼が通う高校の……憧れの先輩のためだ。
真笊ヶ丘高校二年、斉藤高菜。彼とは色々と付き合いがあるが、彼氏彼女という関係には遙か遠い。まだ自分が恋慕している状態だ。
伝えようにも二人の付き合いの理由を考えると、タイミングとかその他の理由を含めて言い出せずにいた。
このままでは流石に不味いというか嫌なので、彼女の誕生日に合わせて、男として一つプレゼントをあげようと考えたのだ。とはいえ、あまり子供っぽい物をプレゼントしたくはない。
年下の子供のように見られたくはないのだ。そうした背伸びも込めて、改装キャンペーンを行う『Three bee.』に訪れたのだった……。
「……う゛っ……」
店に入った彼だったが、まず男性には馴染みのない激臭に満ちた空間に、顔をしかめた。化粧とは無縁の生活を送っていた彼にとって、香水の原料不明の激臭は鼻に堪える物があった。
以前石鹸専門店の前を通ったことがある彼だったが、そこでの匂いよりも相当きついのは確かであった。よくもこんな物が作れるな、と思ってしまうほどに強烈である。
「……キツイぜ」
だが、ここでへこたれているようではプレゼントなど夢のまた夢である。キツいなら、すぐに出ればいいだけ……そう思い直し、近くにいた店員に話しかけることにした。
「いらっしゃいませ♪」
『Three bee.』の店員は、他のコスメティックとやや違う格好をしている。
本来婦人用の香水を販売するミスミセスの店員は高級感を出すために、灰色のスーツの上下を着用していることが多い。
ところがこの店の店員は皆、黄金色に近い黄色で縁取られた黒のスーツを身に纏っている。首元にはお洒落なのかほわほわのマフラーが巻かれている。まるで蜂のようである。
妙な出で立ちに彼はやや驚いたが、すぐに用件を思い出し、チラシを提示する。
「セールのご案内ですね♪ご来店、誠に有り難う御座います♪」
にこやかな笑顔で一礼した店員は、そのまま隙一つ無い挙動で彼を売場へと案内する。蒸せ返るような香水の匂いの中、くらくらするのを何とか堪えながら進んでいくと……。
「……ん?……」
店員が案内する先には、多種多様の香水が……無かった。在るのは、ただ一種類。黄金色の液体が入った瓶が、幾つも並んでいるだけだった。
「こちらが『Three bee.』ブランドの新作香水、『shanib raw』です♪対象年齢はお洒落に目覚め始めたお年頃からマダムまで、老若問いません♪
新装開店セールでは、お一人様につき一瓶限定で、通常価格8000円のところを、半額の4000円でご提供いたします♪試用も受け付けております♪」
一通りの紹介を終えたところで、店員はそっと耳打ちするように、彼に向けて呟いた。
「プレゼントにお悩みの方も、心配はありませんよ。相手がどんな方であっても、この香りはその方の美しさを引き立て、より魅力的に致しますから♪」
新作故に自信があるのだろうか、店員が件の香水を非常に推してくる。彼はそれを怪しいと思った。
プレゼントにしてもいいのか迷う彼に、店員は……ポケットに仕舞っていたと思われる小さな箱を取り出した。店で売られているサイズよりも小さい、目薬サイズだ。
「良ければ、試供品を差し上げますが……いかがでしょうか♪」
にっこりと勧める店員に、彼は少し思考を巡らせた。この店以外にも、斉藤高菜に似つかわしいプレゼントはあるだろう。
だが、開店セールで8000円を4000円で買えるとあれば、相当お得である。
幸いセールはまだ数日続いている。ならば、ここで決めず、後で候補を絞ってから考えるのも良いかもしれない……。
「……あ、頂きます」
彼は試供品のそれを受け取ると、そのまま一礼して外に出て行った。
またのお越しを、お待ちしております。そんな店員の声が、彼の背中を駆けて遙か追い抜いていった……。
――――――
「結局、俺が買えるのはこれくらいか」
あの後、彼は様々な店を回ったが、どれも学生の小遣いなどでは手が出せるようなものではなかった。
女性向けのアクセサリも良かったが、それだとまだ餓鬼のように思えたのだ。安物アクセサリーくらいなら、まだ中学でも買えてしまう、と。
寮にある『泉』と書かれた表札のあるドアを開き、自室に戻ってから試供品の箱に入っていた瓶を取り出し、中の黄金色の液体を揺らしながら、彼――泉章は独りごちていた。
香りというのは人の魅力の一つではある。誰だって剣道の胴着を着けた直後の人間の側にずっと居たいとは思わんだろう。
だが、彼にはどうしてあそこまで香りに拘れるのか、それが理解できなかった。
女心男知らず。近頃は細かいところに気を付けている男が増えているとはいえ、彼はまだその域には達してはいない。
「あんな鼻がもげそうな香りの、どこが良いんだか……」
そう悪態をつきつつ、彼は瓶の蓋を取ろうとする……が、流石に直に嗅いだら不味いことくらいは、先輩である斉藤高菜がアンモニアの実験で他の人がやらかした失敗(直に嗅ぐと気絶しかねません。絶対にやらないか?じゃなくやらないでください)について語っていたことから分かるので、取ったらティッシュを瓶の先端に当て、中の液体を一滴垂らすと、ティッシュを取ってそのまま蓋を閉めた。
空気が運ぶ香りは、どこか蜂蜜を思わせるもの……。
「……」
彼は、ティッシュを手に取ると、直にティッシュに顔を近付け……ず、扇ぐように自分の方に風を送り、香りを嗅いだ。
「……お……」
表皮から、細胞を潤して、神経を通って体に香りが染み込んでいくような、そんな感覚を彼は受けていた。
適度に香りを含んだ空気は、あの香水店の暴力的なそれとは縁遠く、柔らかな絹が体を包み込むような、そんな優しい暖かさすら感じられた。
もう一滴垂らし、ゆっくりと体全体に染み渡らせるように、香りを嗅いでいく章。徐々に強ばった体の力が抜け、体重を保てなくなった体が椅子にその身を預け始める。
男なのに香りに魅せられることなんて無い、以前彼が思っていたことを、今の彼は無惨にもぶち壊している。
彼自身はその異常に気付かない。いや、気付くことが出来ない。彼の心は、既に蜜の香りに囚われていたのだった……。
時刻は夕方。まだ店は開いている時刻である。章は、普段に比べると幾分か気力の抜けた表情で財布を手に取ると、ふらりふらりと家を出たのだった……。
『いらっしゃいませー♪あ、またいらしてくれたんですねー♪……はい、はい。お二つ、一つはラッピングですね♪畏まりましたー♪では、しばし休憩所にてお待ち下さい……♪』
――――――
「……」
彼のぼやけた意識が、再び形を取り始める。
明確な、視界を伴って。
「……?」
記憶を辿りながら、章は今まで何をしていたか、何をしてきたかを思い出そうとした。だが、どうしても自室に帰ってからの時間が曖昧である。確か、様々な店を回って、収穫が無くて……自室に入って……それから試供品を取り出して……その香りを……!?
「――なっ!」
今度こそはっきりと目覚めた章は、その眼に映る風景に愕然とした。知らない場所だから、と言うわけではない。寧ろこれは、あってはならないという意味での愕然である。
必要最低限度、しかし太くしっかりとした柱によって支えられた、コンクリートで固められた空間。それはさながら倉庫の一画のようであった。少なくとも今章が居る一画は、間違いなく。
だが、章の視界の先に立ち並ぶ……いや、建ち積み重なる物体、人が数名は入れるであろう六角形の空間は何か。
そして、その中の幾つかに入っている、白くふわふわした物体は、どこか繭を思わせる……!
「これは……くっ!」
いつでも現場に駆けつけられるように変身ベルトを着けている彼だったが、如何せん彼自身はまだヒーローとしては半人前である。
そのため連絡手段として携帯をいつも所持する必要がある……が、今はどういうことか持っていなかった。
携帯を奪われたか、或いは気を失ったときに置いていったか……何れにせよ、ここは一人で切り抜けなくてはならなくなった。
犯人だけははっきりしている。この町に出没する謎の悪の組織、イタンヘの怪人に違いない。ならば……!
「……変身!」
周りを見渡した後、彼は変身ポーズを取り、叫んだ。
声に(ポーズではない)反応して、彼のベルトが溢れんばかりの眩い光を放つと、その一瞬で彼の身に付けていた服が粒子状に分解され、情報としてベルト内に保存される。
生まれたままの姿となった彼の全身を、ベルトから溢れ出す光が覆っていく。
そのまま光が形を変えると……そのままメタリックカラーを基調とした様々な色を帯びていく。
足周りはメタリックシルバーに彩られた靴に伸縮性と防御力を兼ね備えたラバー状のスーツを身につけ、軽さと丈夫さを両立させている。
銀に輝くベルトから首元までを覆うのもまた、メタリックシルバーを基調としたスーツである。
若干の筋強化が施されるそのスーツは、体に受ける衝撃を相当量和らげる。
彼の戦闘スタイルであるボクシングスタイルに合わせるように、両手には拳保護と威力強化を可能にするグローブが填められる。
そして全ての変化が終わったところで、章――いや、アクセルは、高らかに叫んだ。
「正義の味方、アクセル、参上!」
光の反射によって白く見えるスーツだが、今は光が殆ど無い中、やや色は沈んでいる。
それにさして気を払わず、章――アクセルは気配を探り、駆けた。
何となく、何となくだが敵はそちらにいる。そうアクセルは強く感じていた。
本能の赴くように――彼は駆ける。六角の巣の横に開かれたドア、そこに身を潜らせた彼。
果たして敵は其処にいた。
「うふふ〜♪素敵に生まれてきてや〜♪さてはよ運ばんと〜……ってあら?」
まず確認できたのが、背中に生えた二対の羽。翅脈の通ったそれはヴン、と震え、それの体を地より数10cm程浮かせている。
羽の生えている背中から、腕や足の先端に至るまで、黄色を基調に黒の縞模様で彩られている。
ラバースーツを身につけているようにも見えるが、首辺りを見るとそれは皮膚が変化したものらしい事が分かった。
膝から下や二の腕はその上から黒の外角が生え、足はまるでハイヒールを履いているかのよう。
其処から幽かに視線を上げると、其処には黄色と黒の縞縞が目立つぷっくりとした柿の実状の昆虫の腹部が、その存在を主張していた。
それら異質な部位と人体との境界を隠すように、手首や足首、首元にはほわほわとした白い毛がリングを作っている。その数は九。
腕と脚が、人間に比べて二本ずつ多いことから、この数字となった。
人と蜜蜂、そして蜘蛛を人間をベースにして融合させた怪人は……今し方手に掛けたばかりと見られる繭を手に飛び立とうと振り返り……アクセルの姿を確認して、きょとんと首を傾げた。
「やっぱりイタンヘの怪人か!ここで何をしているんだ!」
部屋に押し入ったアクセルは、出会い頭に怪人に叫ぶ。叫ばれた怪人は、しかし落ち着いた様子で微笑むと、四本の腕を前に一礼した。
「あらあら……ようこそおいで下さいました、正義の味方さん♪」
どうやら感覚的にどこかずれているらしい。そのままお出迎えをしないと、と手袋の感触を確かめる怪人に、苛立ちを隠せないアクセルは再び叫ぶ。
「何をしているんだと聞いている!」
そんな声にも怪人は動じることなく、手袋を整え終えるとアクセルに向き直った。ぽたり、ぽたりと、昆虫の腹部の先端から液体が垂れ落ち、揮発していく。
「うふふ……すぐに分かりますよぉ〜♪」
言うが早いか、昆虫特有の瞬発的加速で怪人は一気に詰め寄ってきた!
「――アクセルパンチ!」
だが、それに反応できないほどアクセルは弱くはない。身構えた姿勢から、向かってくる敵に合わせて右ストレートを放つ。
すぐさま上に回避する怪人。その尾から垂れる液体を、アクセルは距離を取って回避した。
手の届かない距離にいる怪人に、アクセルは歯噛みした。もしここにエカテリーナが居れば、狙撃手段なり何なりとれただろうに、と。
「んん〜、流石にそう甘ないか〜」
そうこぼしつつも、怪人は余裕そうな様子でぽたり、ぽたりと液体を垂らし続ける。
アクセルはそれが当たらない位置に移動しつつ、どう攻撃を当ててやろうか、そう思案するのだった。
相手が宙に浮く以上、狙うならばまずはカウンター、それを着実に当てることだ。
そう身構えつつ、垂れ落ちる液体をかわしていくアクセル。
「攻めて来んのー?」
宙に浮かびながらアクセルを挑発する怪人の声を黙殺しつつ、アクセルはキッと蜂の怪人を睨みつける。
既にこの場所に一人でいる時点ではめられたようなものだが、ならば一人でも倒してみせる。その正義感が彼の体を支えていた。
「……」
一方の怪人側も、アクセルに対して攻め倦ねていた。正直なところ、隙がない。ボクシングをやっている人間全般に見られる特徴として、攻撃に対する的確な反応がある。
兎に角、迂闊な攻撃をしてしまえば、後は相手に好きなように攻撃されてしまう。やるかやられるか。蜂の一差しは、斯くも強力なのだ。
しばらく見合う二人。足音と羽音が満たす空間で、先に動いたのは――怪人。
「あぁもぅ、まどろっこしいわぁ〜♪」
どこか喜んだ風にも聞こえる声と共に、羽を振るわせ一気に距離を詰める怪人。アクセルはそれに対して身構え、必殺の一撃をくれてやろうと、力を溜める。
タイミングを見計らって――アクセルは、一撃でしとめるため、取って置きを――!
「……食らえ、必殺!アクセル・ダイナマイト――」
「――あらぁ、おいたはだぁめぇよぉ〜♪」
――放とうとした瞬間、アクセルの手から力が消えた。それだけではない。驚愕の表情を浮かべたまま、まるで筋肉が弛緩したかのように、地面に崩れ落ちたのだ。
「……あ……ぁあ……?」
次第に舌すら麻痺したかのように、ただ呻き声をあげるアクセルを怪人は抱き上げ、胸のラバーから胸を出した。
瑞々しい肌色のそれは明確な弾力を持ち、アクセルのスーツ越しに柔らかな感触を伝えていく。
「うふふ〜、やっぱり体は正直よねー♪正義の味方も、私のことが好きになるんだってよぉく分かったわぁ〜♪」
むぎゅぅ、と動けないアクセルの顔を自身の双球に埋め込む怪人。
うにうに、むにむにと顔を沈み込ませるのと同時に、鼻孔と口から入る空気の量を一気に減少させる自然の凶器に、しかしアクセルは何も対抗できなかった。
反発するための力すら、奪われてしまったかのようだ。
事実、彼は奪われていた。他ならぬ彼自身の意志によって。
「うふふ〜♪私の蜜の香り、気に入ってくれた〜?」
笑顔で尋ねる怪人にも、もはやアクセル――章は何も反応できない。ただ、怪人のなすがままだ。
先程から室内に垂らされていた液体、それは彼女の蜜であった。
その効果は、香りを吸い込んだ人の体の自由を奪い、彼女の元に意志とは関係なく近付くようにするものであった。
ただし、効果は人によってまちまちであるため、どの程度の量を体に取り込めば効果が出るのかは個人差がある。
この香りの恐ろしい点は、操られている期間の記憶を一切忘れている所にある。
それでいて与えられた影響はじわりじわりと精神を浸食するのだ。
そして……再び香りを嗅いだときに、浸食は一気に速まる。
「うふふふふ〜……もう、貴方は私の虜……♪」
深く自身の胸に埋め込みながら、怪人はアクセルをさらに抱き締め、体から漂うフェロモンをさらに強める。
自身の蜜を濃縮したようなその香りは、嗅がされている章の精神をさらに崩しにかかっている。
「……」
既に、肉体は怪人の支配下に置かれていた。今の章に、抵抗する力はない。
ぽたりと地に垂れる蜜はなおも、部屋においてその空気中の濃度を高めている。
其処に同時に強烈なフェロモンの追撃があっては、陥落も時間の問題であった。
むにむにと、顔を揉むように乳を押しつけ、沈み込ませていく怪人。その表情は、何ら始めと変わらない。ただ柔和な笑みを浮かべているだけだ。
「うふふ〜♪……さぁ……て♪」
十数分間、章を抱き締め続けていた怪人が何かを確かめるように、章の体を支える力を抜くと……。
「……」
「あら〜♪かわい♪」
すとん、と地面に崩れ落ちる章の顔は、最早心此処に在らずといった様子である。
魂が抜かれ、笑顔も涙も失ったような、蕩けきった顔を眺めつつ、怪人はどこか妖艶な、しかし母性的にも見える笑みを浮かべた。
それは、さながら性欲と愛情を注ぐ対象として、目の前の少年を見つめているかのような……。
惚けたまま怪人を見つめ続ける章の顔を眺めながら、はし、と再び掴むと、そのまま先程まで埋めていた胸の片方の先端を、彼の口にそのまま含ませた。
「……んっ……ぁぁ――♪」
章の歯の先がニプルに触れる度、怪人は体をびくん、と震わせる。
もっともっととせがむように、彼女はさらに胸を押し付け、絞り出すように片胸を根元から揉み上げ、口に押し付ける。
意志を無くした章は、怪人のなすがままに乳を吸う。その様子はさながら子に食事を与える親のようにも見えた。
――ぷぴゅ
「……んぁ……っ♪」
いとも呆気なく、彼女の胸から何か粘っこい液体が飛び出し、章の舌に直に掛けられた。
乳腺を擦るように吐き出されたそれは、彼の味蕾にすぐに染み渡り、体内に取り入れられている。
既に体全体に香りが染み渡った彼は、その液体――蜜に込められた力の影響もすぐに体に現れ始めた……。
「……♪」
普段の生意気で自信過剰な彼の様子からはとても想像つきようがないような、柔らかな笑顔を浮かべていた。
どこか女々しさすら感じられるようなそれは、まるで彼の存在の根本が変化を遂げたかのよう……。
「うふ……♪」
彼女に委ね、蕩けきっているような彼の表情に、怪人は心の底からの喜びの笑顔を浮かべると、さらに絞り出すように胸をもみ、とろとろと蜜を彼に飲ませ続けた。
ぴくん、ぴくんと、彼女の昆虫の尾が脈打つと、その形が変化を始める。蜂を思わせるものからさらに大きい――蜘蛛を思わせるものに。
蜜を垂らし続けた先端が閉じたかと思うと、別の先端がくぱぁ、と音を立てて開き、とろりとした白い液体を幽かに漏らす。
漏らされたそれは空気に当たると、まるで空気そのものを包むようにふわりとした柔らかな幾束もの繊維に変化した。
「んっ♪……あふぁ……♪……ふぁ……ふぁぁ……♪♪」
蜜を吸われる快感に悶える怪人。その腹部はピクピクとさらに震えていく。
本能的にそれを感知した怪人は、自然と彼の体を抱き上げると、そのまま壁に寄せた。
「あ……んんぁ……んん……♪」
そのまま胸を離すと、怪人はもじもじと股の辺りをすり合わせた後、昆虫の尾を股から通し――!
――ぶしゅるるるるるるるるっ!
「……んはぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁ……っ♪」
――先程白い液体を漏らした穴から、大量の白い……ふわふわした糸を放った!
放たれた糸はそのまま章の周りを取り囲むように回り、彼の体を包み込んでいく!
肩や腕、脚にべっとりと貼り付くくと同時に、白い糸の内側に、内側にと彼の体を押し込んでいく……!
ふしゅうっ! ふしゅうっ! 怪人の尾は、彼を完全に糸で包み込んだことを確認すると、その上から形を整えるように新たな糸を吹き付けていく……。
ただの糸の塊から、楕円形の塊……繭にするために。
糸を吹き付ける度に、怪人の体は電気が走ったような快感を覚え、下腹部には春の陽気のような温もりを感じていった。
そして……よく聞けば、股間の辺りから何やら水音が耐えず起こっている……。
「……うふふ……♪」
やがて、尾が糸を出すのを止めたとき、其処には人一人が収まった、新たな繭が鎮座していた。
中から、とくんとくんと命の証明を告げる音が響く。何かが攪拌されるような音もまた、その場所から響いていた。
嬉しそうに下腹部をさすりながら、繭を六角状の巣に持ち出そうとする怪人。繭に投げかける視線は、まるで我が子を待ち望む母親のそれであった……。
――――――
『作戦は順調かね?ハニィーン』
「ええ〜、今のところは〜」
『フフフ……町で怪人を暴れさせるのも良いが、こういう陰で密かにやると言うものも、また違った趣があるな』
「ですのー♪」
『ところで、その香水の原料は、お尻の蜜だけではあるまい?』
「ですの〜♪……んっ……んあ……♪」
『おお、成る程』
「……あぁはぁ♪新しい子が出来ると思うと……濡れちゃって……こうしてお股にシリコンの袋を着けているのですの〜♪」
――――――
「……まぁーだかなぁー……んぁぁっ♪」
繭が詰められた六角形の巣を眺めながら、怪人――ハニィーンは今か今かと待ちつつ、腕四本を使った盛大な自慰を行っていた。
二本の手を使い広げた陰唇に、もう二本の手を入れ、肉襞に沿って手を動かしたり、陰核を直に持ってくりくりといじったりしている。
彼女の尾は蜂のそれに戻り、先端部にはチューブのようなものが付けられている。
その先には……二リットルサイズのペットボトルがあった。自慰の間に尾から漏れる蜜は、良質な香水の原料となるのだ。
「んっ……んぁぁぁぁぁぁぁっ♪♪」
絶頂を迎えたハニィーンの股間から、透明な液体がぷしゃあ、と吹き上がり、地面に落ちるとそのまま気化した。
何処か甘酸っぱい香りが、彼女の周りに広がっていく……。
どっぷっ、どぷっ……。彼女の尾もまた、大量の蜜をペットボトルに注ぎ込んでいる。
後一回絶頂を迎えたら、間違いなくペットボトルは溢れ出すだろう。
「……んふぁ……んぁぁ……♪」
月の光も届かぬ深夜、蜂蜘蛛怪人の自慰の声が響く倉庫に……ついに、別の音が響き渡った。
「……ん……ぁぁぅ……」
「――あ……♪」
ついに待ち望んだときが来た、そう彼女は確信した。うれしさの余り鳴らした羽に、確かな感触が伝わってくる。
娘の、存在という感触が。
「……ぁぁ……んんぅ……♪」
「……んぁ……ぁはぁ……♪♪」
次々と、繭の中から声が響く。
何処か舌っ足らずで、けれど邪気の欠片も見られない、高めの声が、蜜の香りに満ちたこの倉庫に命のハーモニーを響かせている。
びり、と破れ始める繭もあった。音がした場所から、徐々に液体が染み出し、その傷口を広げていく。
その様子に、ハニィーンは嬉しそうにお腹をさするのだった。そして――!
――ずるぅぅぅっ♪♪♪
「……んんー……んぁ♪」
繭の中から、一人の少女がずるりと這いだしてきた。
基本フォルムは人間だが、髪を突き抜けるように二本の触覚が生え、腕と脚は四本ずつあり、背中からは二対の翅脈が入った羽が生え、尾てい骨からは蜂の尾が生えている。
次々と、繭の中から生まれ落ちていく、ハニィーンの娘達。これらは全て、彼女の尻尾の蜜の香りに惹かれ、訪れた人々であった。
ハニィーンは彼女達を繭に包む事で、自身の部下であり娘である蜂娘怪人へと転生させることが出来るのだ。
しかも転生できるのは、何も女性だけではない。
「……んぁぁ♪」
今し方生まれてきた、何処かボーイッシュな雰囲気を放つ蜂娘怪人……その顔は、どこか章の面影を残していた。
繭の中では、男性も女性も平等にハニィーンの娘に生まれ変わるのだ。人間だった頃の記憶はあるが、その根底はあくまでもハニィーンの娘としてのものとなっている。
それは嘗てアクセルとして様々な怪人と対峙してきた、泉章と言う人間も例外ではない。
「あはぁ……おかあさまぁ……♪」
顔一面に何処か恭順的な子供特有の笑みを浮かべつつ、伸びきった羽を震わせてハニィーンの元に飛ぶ章だった蜂娘怪人。
それに合わせるように他の蜂娘達もハニィーンの元に群がる。色とりどりの笑顔を向ける娘達に親愛の笑顔を向け、ハニィーンは目の前の子から順に抱き締め、キスを額に与える。
それだけで娘達は瞳にハートマークを浮かべて、女王であり母であるハニィーンを何よりも大切であるように思うようになるのだ。
「うふふ〜♪よく産まれてきたね〜♪えらいえらい〜♪」
娘達に言い聞かせるように心の底から幸せそうな声でそう告げると、ハニィーンはぽたり、と尾から蜜を垂らす。
すぐさま揮発して辺りが蜜の香りが満たされ始めると、直ぐに娘達は顔を赤らめてもじもじとし始める。
よく見ると、娘達は蜂の尾をピクピクと震わせていた。恐らく無意識下でやっていることだろう。
「うふふ〜♪もう溜まってきたのかな〜♪」
ハニィーンはそんな娘達の中から、特に手前にいた一人の蜂の腹部の先端を撫でる。
ひゃうっ!と強ばるその体から、ぷしゅり、と綺麗な黄金色をした液がハニィーンの手に放出された。
「……ぁ……ふぁ……」
気持ちいいやら恥ずかしいやらで赤面する娘の前で、ぺろりと蜜を舐めるハニィーン。そのまま少し目を瞑り――ちゅっ♪
「!!!!!!!!」
ぼふんっ!と言う音がした。唇と唇が触れ合った娘が、興奮のあまり意識のヒューズを落としてしまったらしい。
そんな娘の様子にあらあらとなりつつ、ハニィーンは娘達に告げる。それは親として――と言うよりは、女王としての意味合いが強かった。
「――みんな〜。私達はね、こうやって甘い蜜を出して、人間をおびき寄せることが出来るの〜。だから恥ずかしくなんかないのよ〜♪
寧ろ、無理しない範囲でどんどん出して、いっぱい人間を呼んで、い〜っぱい妹や娘を増やして……この町を、蜜の香りで埋め尽くしましょう♪」
――その言葉を聞いた娘達は、女王の放つフェロモンにくらくらしつつも、本能的にやるべき事を理解したらしい。
何処か色惚けしたような笑顔を見せて肯きつつ、思い思いの場所に散っていった。
ある娘は自身の蜜を瓶に詰めていき、またある娘は人間だった頃の姿に戻り、その蜜を忍ばせて仮初めの日常に戻っていく。
人間の体に擬態した娘が、蜜の香りで人々を引き付け、この『Three bee.』に連れてきて……そしてハニィーンが繭にし、新たに娘を増やしていく。
何れ娘も成長すれば繭を作れるようになる。そうすれば――この町はイタンヘの、ハニィーンの手に落ちたも同然となるのだ。
そのためには……目下の障害を排除しなければならないことも、ハニィーンは知っている。
故に今回、章を自らの軍勢に引き入れられたのは彼女にとって幸運であった。
ハニィーンは章であった娘を呼んだ。不思議そうな顔をして来た娘に、ハニィーンはそっと耳打ちした。
「ねぇ……正義の味方だった貴女の仲間って、どんな娘が居たのかしらぁ……♪」
ハニィーンのその言葉に、章だった蜂娘は、少しはにかみながら、全てを話したのだった……。
――――――
「うふ……うふふっ……♪待っていてね、サリーヌちゃん達……♪貴女達も、アクセルちゃんみたいに可愛い娘にして、たぁっぷり愛してあげるからね〜……♪」
fin?
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