天使になれたらいいなって、ずっと思ってた。
優しさを人に与え続けられる、そんな存在になりたいって願ってた。
でも同じくらい……自分では無理だ、って、そう思っていた。
優しさが分からなかったから。
優しくされる、それがどういうことか分からなかったから。
中学二年の春、私の通う女子校に、珍しく転校生がやってきた。
「初めまして、向日 葵(むかいび あおい)ですっ!」
凄く元気の良くて、笑顔を絶やさない子だった。媚の無いレベルでの人懐っこさ、話題の切り返しの速さ、話の面白さですぐに女子と打ち解けていった。あっという間に、クラスの一員になったのだ。
「ひまちゃんって、どうしてあんなに元気が良いんだろうね〜」
「………さぁ」
廊下から葵とその取り巻きによるかしましいお喋りが聞こえてくる中、私――水藤 仙花(すいとう せんか)は机に臥せりながら、横の席に座って気の抜けるような口調で話しかけてくる紫 陽花(シ ヤンファ)に気の無い返事をした。
確かに彼女の元気の良さはすごい。その分おつむの方がどうの、って雰囲気はあるけど。解ける一歩手前で間違えるというより、考え方が合っているのに計算で間違っている感じか。それが全科目でそうだから、いわゆる『ずれている』子としても認識されている。でも特徴的な、α波をこれでもかと言うほどに発散する笑顔と、年齢から-3歳したような外見が他の生徒の母性本能をかなり刺激している。あれもある種の才能なのかもしれない。
「何て言うか……癒されるんだよねぇ〜……あの子を見ているとさ〜」
世界の終わりを迎えてものんびりと過ごしていそうな声で、彼女は私に話しかけてくる。
今に始まったことじゃない。この中学に入学したときから、彼女はこんな感じだ。ついでにいうなら、その時から今まで、たわいもない話を私に吹っ掛けてくるのも彼女だけだったりする。
最初の方は鬱陶しいと思えたけど、いくら話し掛けられないようなよそよそしい態度をとっても、それでもずっと話し掛けて来るから、最後には私が折れて、今では二言三言会話を交わす程度の関係になった。彼女は、別に私について根掘り葉掘り聞いてきはしない。ただたわいもない会話だけを交わしに来ている。
――何が楽しいんだろう。私にはそれが分からない。私なんかと居て、何が楽しいんだろう……。
私の家は、物心ついた頃には完全に崩壊していた。両親は常に苛々していて、会話を交わすこともなくて、それは親子間でもそうだった。
何の事もない、ただの学校での出来事すら、話し掛けても何も反応しなかった。無視されたと思って大声で言ったら、うるさい、ってぴしゃりと言われてしまった。
私は構って欲しかったのだろう。学校でも、クラスの子に色々話し掛けていた。でも、話がそこまで上手でなかった私と話す子は、段々と減っていった。
笑顔も、次第に忘れていった。そして気付けば――一人。
寂しくなかった、といえば嘘になる。でも、どうしようもなかった。
話し掛けることで無視されて、傷付くくらいなら、始めから話さない方がいい。小学生の頃の未熟な自己防衛は、中学生に上がった今でもまだ続いている。
だから、私はまだ、優しさを知らない。言葉を持つ暖かみも、笑顔がくれる温もりも――。
六月になると、私は妙なことに気付いた。
「………?」
クラスメートの数が、減っている。欠席じゃない。机の数自体が減っているのだ。
それが誰かは……分からない。クラスメートの席順すらろくに覚えていなかったから。
葵は相変わらずの笑顔だ。取り巻きのメンバーが毎日変わっているのには気になったけど。陽花も時おり混ざっては色々話すみたい。でも、彼女の話がどんなものかは知らない。
いっそ自分から聞いてみてもいいのかもしれないけど、それは出来なかった。――怖いのだ。今まで話しかけなかった相手に、いきなり話しかけるという行動が。行為が。
話すと言う行為を避けていた私の抱く枷、それが今の私を縛り付けている。
空に飛び立つことも出来ずに。
翌日になると、机の数が元に戻っていた。まるでずっとその場所にあったかのように、寸分の狂いもなく元の位置に戻されていたのだ。
相変わらずクラスの中ではいつも通りの日常が行われている。葵の周りには取り巻きがいて、いつも笑顔で話している。
………そういえば、陽花が最近私に話しかけなくなって来たような。清々すると言えば清々するけど………少し寂しい気もした。
何でだろ………。
その後も、机が一つ減ってはまた戻る、そんな事が続いていった。
減る机の場所は決まってはいなかったけど、一度消えた場所は二度と消えることはなかった。当然、真ん中の方の机が無くなることもあった。
だけど他のクラスメートは全く気が付いてないようだった。気が付いていない振りをしているにしては、あまりにも行動が自然すぎる。まるで、最初からそこに何も存在していなかったように。そして、また現れたら現れたで、そこにずっとあったように行動する。
変化はそれだけじゃなかった。段々と、クラスメートの雰囲気が変わってきたのだ。始めは幽かに感じるだけだったのが、次第に明確な違和感として認識されていった。
静かな笑顔。それが周りのクラスメートに次々と伝播していった。普段通りに笑っている様に見えて、実はそれが全く別の性質持っていた。クラスメートが、喜びとか嬉しさとか、愛とかその辺りの感情しか持っていないように感じられた。
そういえば……。
「……あれ?」
出てこない。何かを思い出そうとしたのだけれど、それが何なのかが全く思い出せない。
辺りを見回す。机は……減っている。丁度私の隣の席だ。いや、元から私は一人席じゃなかったか?隣の席なんて、初めから無かったんじゃ?
そんな筈はない、と私は頭を振ったけど、虫に食われていくように、その意識が、認識が薄れていく。強引に、かなり強引に忘れさせようとしているかのように、私に穴が開いていく……。
怖かった。
何かが怖かった。
その何か怖いという感情すら、薄れていくのが感じられた。
異常に気付いているのは、クラスから外れた自分だけ。他の子達は気付いていない。
……それともこれは、ただの私の妄想なんだろうか。本当は彼女達が普通で、私がおかしくなっただけなんだろうか。
分からない。
全く分かる気がしなかった。
それにもし変わっていたとして、誰にそれを問い詰める?原因は?
考えれば考えるほど、私の精神は磨り減っていった。家ですら休まることの無い精神が、そろそろ悲鳴を挙げそうだった。
「ねぇ……仙花〜、たまには一緒に帰らない?」
放課後、私は久々に陽花の声を聞いた気がした。最近話しかけられてなかったからなのか……。
「………」
特に、陽花には他で感じたような違和感は無かった。普段通り、別段変わった様子もなかった。他のクラスメートは、すでに帰ってしまっていて、教室に残っているのは私と陽花だけ。普段の見慣れた光景だ。別におかしい所なんてどこにもない。
何を疑ってるんだろう、私。――ううん、単に慣れていないだけか。人と一緒に行動する、その行動自体に私が慣れていないだけ。
怖い、けど……。
「………うん」
私の口が、自然とYes.の言葉を紡いだ。
久々に二人で交わした会話は、やっぱりとりとめの無いものばかりだった。それも、陽花が私に対して一方的に話すもので、私はただ聞くだけ。
別にそれでも良かった。少なくとも私に話す話題がない以上は、彼女が喋って聞かせてくれる話題に合わせることが、私にとっての会話だったから。それで十分だったから。
「……でね〜、ひまちゃんがこんな話をしてたんだ〜……」
……ただ、何故か向日葵の話が多かったけど。
「……へぇ〜……」
教室のような違和感が感じられないだけに、何とも言えない気分。何と言うか、大切なものが遠くに行ってしまったような、自分が置いていかれたような、そんな気分だった。
「………」
陽花の事、鬱陶しいと思っていたのに……何でだろう……悔しい。
結局そのまま、家の近くまで私は彼女の口から聞かされる葵の話をずっと耳にし続ける事になった。
そして彼女にサヨナラを告げて、家のドアを開けた瞬間――。
「……気がついた〜?」
いつの間にか気を失っていたらしい。私が目を開くと、目の前に映る陽花の顔。弩ズームのせいで周りの景色が見えない。背中の感触から、アスファルトって言うより、テーブルやタイルのような平らな場所に寝かされているみたいだ。
起き上がろうとして、私は全く体に力が入らないことに気付いた。それだけじゃない。声を出そうとしても全く出ないのだ。
「?どうしたの〜?」
何が起こっているのか分からない、といった声で陽花は私に尋ねてきた。私はそれに口をぱくぱく動かして答えようとするけど、喉は震えることがなく、ただ唇の動きを相手に伝えるだけだった。
そんな私の様子を見て、陽花は少し考え込んだような様子を見せると……突然目を瞑った。その途端――!?
「!?」
陽花を包む空気が――変わった!?いつもの親しげな雰囲気から、クラスメートが纏っていたような、あの愛情以外を忘れてしまったような、そんな気配に……!
唇に笑みを湛えながら、陽花は瞳を閉じて、何かを呟いている。まるでこの場に居ない誰かと会話でもしているかのように。私にはその様子が不気味に見えてしょうがなかった。
「………ぁ、御免ね〜。怖がらせちゃった〜?」
相変わらず微笑んだまま、私に近付いてくる彼女。その気配は、明らかに昨日までとは違っていて、私を恐怖させるのに十分すぎた。
「――!」
私は声になら無い叫びをあげて、身を捩った。このくらいの力はあったらしい。でも、その動きすら陽花の腕によって押さえられてしまった。
「仙化……ごめんね……怖がらせて……」
やや困ったような表情を浮かべて、私の上に跨がっていく陽花。ぞのまま彼女は腕を私の背中に回した。
抱きつかれた私が感じたのは恐怖と戸惑い、そして……何故か安らぎだった。彼女の肌から服越しに伝わる、何とも言えない暖かさ、中学生の柔らかくて瑞々しい肌の感触が、私の心の刺を取り除いていく……。
「――?」
ふと、甘い香りがした。甘い……と言うよりは、まるで春の花のそれのような、優しい香り。それはどうやら、彼女から発されているようだった。香水でも付けているのか……?
とくん……
――どうして?私、女だよ?どうして陽花にときめいたりなんかしているの……?
「でも大丈夫だよ〜。怖いことなんか無いんだから〜」
彼女が耳元で囁く。その吐息の暖かさが、耳から私の体に染み渡っていく――!?
はむっ
「(!!!!ひぅっ!)」
陽花が私の耳たぶに噛みついてきた!優しく歯形を残すように、舌で舐め解しながら歯を当てていく!ぞわぞわと私の中で何かが巡っていく!
そのまま彼女は私の服をゆっくりと脱がしていく!私が抵抗できないのを良いことに、彼女の手は確実に私のボタンを捕らえ外して、着せ替え人形にするように身に付けているものを外していく!
「(はぅっ!ひうっ!いやぁぁぁっ!)」
ついには、上半身の服が完全に脱がされてしまった。力なくバンザイさせられた私の腕から、何の抵抗もなく服は抜き取られてしまったのだ。
「ごめんね……まだ苦しいんだよね……恥ずかしいんだよね……怖いんだよね……」
心の底から謝るような声を、陽花は私の耳元で囁きかけた。その間も彼女の手は私の体を優しく撫で続ける。裸にされたせいで、さわさわと撫でられる感覚が直に皮膚に伝わって、私の体はびくびくと震えた。
「(ひっ……ぃぁぁ……ぁぅ……)」
とくん……
「(ひぁうっ!?)」
彼女の愛撫に反応するように、私の心臓が高鳴った。その一鼓動が、私の脳にある事を伝えていく。
そう――私は、今されている行為を'気持ちいい'と感じている――。
「(いあっ!……そんなっ!……そんなことが……はふんっ!)」
優しく、なぞるように這い回る腕。服の生地のさわさわとした感触が、産毛をそよ風のように撫で、若々しさ溢れる両手が爪を立ててこりこりと軽く皮膚を引っ掻いていく……。その度に私はびくびくと体を震わせ、どくどくと心臓を高鳴らせていく――!?
「(いぁぁっ!ぁふぁっ!……ふぁぁぁぁっ……)」
陽花が愛撫を止めたとき、私はあまりの気持ちよさに体を震わせていた。暖かくて、ふわふわで、まるで雲の上にいるような気分……。
いつの間にか、私の中から恐怖心が薄らいでいた。恐怖どころか、気持ち良いと思う感情以外の全てが、徐々に消えていく感じすらした。
「ふふっ……やっと受け入れてくれたねぇ……」
目の前の陽花は、私を静かな笑顔で見つめながら、彼女自身の服のボタンを一つ一つ外していく。そのまま、丁寧に一枚一枚脱いでいく。
ふぁ……と、ローズマリーのような香りが彼女から発散されていく……人を安心させる、おはなの香りが、私の中に染み渡っていく……。
そのまま彼女は……多少羞じらいながらスカートと下着を外していった。しゅるり、と地面に落ちたそれの前面は、幽かに何かの液体で濡れていた。ローズマリーの香りが、また強くなる。
私は意識の中で、思わず溜め息を漏らした。彼女の裸を見たのは、去年の臨海合宿以来だけど、あの時と比べて格段に綺麗になっていた。自分と比べるのが嫌になってしまうほど、魅力的な体をしていたのだ。
「ふふふ……」
魅力的な体を私の眼前に晒した彼女は、笑顔のまま私に近付いてきて――私のスカートに手をかけ始めた!
「(!ひぅっ!いあっ!いああああっ!めぇっ!いああっ!)」
声が出ない中、私は必死で口パクでもいいから口を動かしていた。体を幽かに捩りながら、拒否の意思表示を示したのだ。
でも、意思表示は意思表示でしかない。端から見たら、私は駄々を捏ねている赤ん坊のようなものでしかなかった。
「恥ずかしがることないんだよ……ほらぁ……私だって裸なんだからぁ……」
鼻先に、彼女の吐息がかかる。何故かそれもローズマリーの香りがしていた。私の心が、ややぼやけていく……。
「(……ふぁぁ……いぁぁ……)」
知らない間に、私は涙を流していた。自分が惨めだと思う心が流させた、悔し涙なのかもしれない。
「泣かないで……私まで悲しくなっちゃうからぁ……」
スカートを外し終えた陽花は、私の顔を見てそう呟くと、そのまま顔を近付けて――!
「(ひぁぁあっ!)」
私の目尻を、頬を、涙の伝う方に舐めてきたのだ!彼女の舌がまるで蛞蝓のように私の顔を這っていく……本来気持ち悪い筈のその感覚すら、私にとって――気持ち良かった。
とくんっ……とくんっ……
「(……あっ……あふぁっ……)」
もしこれで声が出る状態だったなら、間違いなく私は体を震わせながら喘いでいただろう。それほどまでにこの舌の動きが、じんとして気持ち良かったのだ。心がきゅん、と縮まって、胸がどきどきして……。
自然と、私は抵抗するのを止めていた。抵抗の様子がなくなったのを確認した陽花は、私の下着を……一気に下ろした。
「(ひゃあぁぁっ……)」
ぼおっとしていた。何も考えられない。恥ずかしいという思いすら浮かばない。幽かに吹き込む風が、私の体を優しく撫でる。そのむず痒い感覚に、思わず私は体を震わせていた。
「ふふふ……綺麗な体だね……」
私の体をまじまじと眺めながら、彼女は優しい笑顔を浮かべる。その笑顔を見て、何となく安らいだ私の股間に彼女は顔を近づけて来て――舌を突き出してきた!
「(!!!ひぃぃぃぁああっ!!!)」
前戯も何もない、いきなりの挿入行為である筈なのに、私の秘密の場所は何故か濡れていて、舌の侵入をあっさりと受け入れていた!
ぺろん、ぺろんと秘唇が舐められる度、体が心臓になったような強烈な快感が私の脳に強烈な刺激を与えていく!同時に、私の中で、何かむずむずするような感覚が風船のように膨らんでいった!
「(ふ……ふぁっ!ふああっ!)」
陽花は、痙攣したように体を震わせている私を気にする様子もなく、ただひたすらに膣壁をペロペロと舐めている……!私の襞の一つ一つを、彼女は舌を使って唾液で彩っていく………。
やがて、彼女の舌が私の奥に行き着いて――クリトリスに直に触れた!!
「(ぁ―――!!!!!!)」
何が起こったのか、一瞬分からなかった。ただ、彼女の舌が触れた瞬間、私の心の中で膨れていたものが、一気に弾け飛んだ、そんな気がした。
針で刺された風船は、一気に弾け飛ぶのみ。溜め込んだものを、外に放ちながら――!!
ぷしゃああああああぁぁぁぁぁ………
私は、彼女の顔に潮を盛大に吹き上げて………果てた。
この時、心の中にあった何かが、吹き飛んでしまった気がしたけど……その感情すら光の中に消えてしまった……。
「………?」
次に目を醒ました世界を、私はぼんやりと眺めていた。
真っ白な雲の上。上を見ればスッキリした晴天。右や左を見ると、まるで私を包み込むように、白雲のヴェールが掛かっている。
(……ここは……)
私は頭を働かそうとしたけど、どうしてか上手くいかなかった。逆に、頭はその働きを休めようとしている。
ここに居ることが当たり前のように。
ここに居てもいいんだ、っていうように……。
(……あれ……)
いても……いい?どうして私……。
ぼんやりとした頭で考えていた私は、目の前に誰かが近付いてくるのにも気付かなかった。
「……ふふっ」
笑い声が聞こえた……次の瞬間、私のぼんやりと開いた唇に、何かが差し込まれた。
「!!んむぅ………」
それは唇を包み込むように柔らかく吸い付いてきて、私の顔に密着してくる。その中で、私の口に挿入されたものはピクピクとその先端を動かして――ぴゅっ!
「!!!!!!」
押し付けられたものの中から押し出されるように、私の中に何か甘い液体が発射された。それは舌や口内粘膜に命中すると、そのままじんわりと体の中に染み込んでいく……。
「……あ……」
段々、私の体の中がポカポカと暖かくなっていく……。それと一緒に、私の心が、少しずつ、光に包まれていく気がする……。
「うふふ………」
私に――多分胸を押し付けている人の笑い声は、私にとってどこか聞き覚えのある声で、聞くだけで思わずにっこりしてしまう。
誰だろう……?頭がふわふわして何も分からない……。
とくん、とくんと音がする。彼女の心臓の音なんだろうか?
とくん……とくん……
……あれ?私の音?私の音がこんなに?
甘い液体は、私の体も、頭も、全部ぽかぽかに暖めてくれる。まるで赤ん坊のような、ただ居るだけで満たされる気持ちが、私の心に広がっていく……。
……これが……幸せ?
「ふふっ……いい表情(かお)だよ……。やっぱり仙花ちゃんは人間でいちゃだめだよ……」
目の前にいる女の人が、私に微笑んでいる。それと一緒に、私の肌が、何か柔らかくてふわふわしたものに触れられている……?
「……あ……?」
首を幽かに横に向けると、そこには白い羽根のようなものが、私の脇にさわさわと押し付けられている……?
ぎゅっ、と彼女の腕に抱き締められて、私の体は垂直に起こされた。同時に、白い影が私の背中に向けて広がっていく……。
「……あ……」
純白の羽根は、彼女の背中から生えていた。それが私と彼女を取り囲んで包んでいるのだ。まるで雛を守る親鳥のように。
背中に当たる羽の感触は、どこまでも柔らかく、また取り込みたてのタオルのように暖かかった。前からも、密着した肌から伝わる温もりが私に伝わってきて――とても気持ち良かった。
彼女からはラベンダーのいい香りがして、それが私の心をさらにふやけさせていく……。
「ふふっ……ねぇ……わたしの目を見て……?」
ぼやけた心は、それをそのまま体に命令した。ゆっくりと彼女の方に視界を戻す私は――
「……あ……」
――彼女の瞳は、深みのある桃色をしていて、見ているだけで魂まで引き込まれそうだった。実際、私は引き込まれていた。
もう、彼女しか見えない。
私の視界には、もう彼女しか映らなかった。
「……さぁ、はじめようか……」
彼女はそのまま、私の方に顔を近づけてきた。私はそれを、素直に受け止めた。
「ん……くちゅ……ちゅぶ……んんっ……」
彼女の唇が、私のだらしなく開いた唇に合わさり、吸い付いてきた。同時に彼女の舌が、私の口の中に入ってきた。私の舌に絡み付きにゅぐにゅぐと揉んで、歯茎から歯の表側、親知らずから歯の裏筋まであらゆる所を舐めていった。
「……んんっ……んんんっ……」
口内粘膜がこそぎ取られる独特の感覚を、私の頭は気持ちいいと判断した。もどかしさ、むず痒さから体を捩ったけど、その行為は羽根に体を撫でられる快感となってまた私の中を駆け巡った。
「!!!!」
私の股間に、何かが押し付けられる感覚。幽かにねばついたような、まるで唇のように濡れたそれは――!
「んんっ……!」
彼女は、舌の口でも私とキスをしてきたのだ!熟れた果実のように柔らかい彼女の大事な場所が、私のそれに吸い付いて、押し付けられていく!そのまま何回も、彼女は私を抱き締めたまま腰を動かして、深い口付けを交わした。一瞬離れるとき、私の'唇'が彼女の'唇'に吸い付けられて、淫らな糸を何重にも引いていく……その一回一回が、私の体に熱を与えていく――!
「――んっ!んん〜っ――!」
脳味噌が焼き切れてしまいそうだった。ただ深い口付けを交わされているだけなのに、私の心が嬉しい悲鳴をあげている。体のあちこちが壊れてしまいそうだった。壊れて、ドロドロに溶けて、何もかもが無くなって消えてしまいそうだった。
「んむっ!んむっ!んむんんんん――っ!」
体の中で、何かが暴れまわって、突き抜けてしまいそう……!熱が……熱が出口を探してもがいてる!お腹から……段々と下の方へ……うっ……うああっ……ああああっ!
「んんんんんんんんんんんんんっ!」
ぷしゃああぁぁぁあぁぁぁっ!
「……んんんっ……」
完全に私のおま〇こをくわえ込んだ彼女の中に、私は潮を吹き出した。不思議なことに、彼女の中からは一滴も漏れることはなかった。全て体の中に入れてしまったらしい。
幽かに、ずっ、ずずっと私の秘部が吸われているような音がする……。
「……んはぁっ……」
ようやく長い口づけから解放された私の視界は、羽根と光で完全に白く染まっていた。もう、目の前にいるのが誰か、それも分からないし、考えられない……。
体を、ラベンダーの香りが包み込んでいく……。ぽかぽかと暖かい羽根が作り出す癒しと安らぎの空気が、先程の行為で昂った心臓を抑え、鎮めていく……。
「……あははー……」
私の頭は、完全にその機能を停止させていた。今の私を満たしていたのは、苦しみとかそんな暗い感情じゃなくて、もっと明るい……安らぎ。
「ふふふっ……」
私は抱き抱えられたまま、垂直に持ち上げられ――浮いていた。体が重力を忘れてしまったかのように、宙に浮かんでいたのだ。
その周りを、巨大な羽根が取り囲んでいく……まるで産衣を着せられているかのように、優しくまとわり付いていった。
だんだんと……意識が遠ざかっていく……女の人が……手を離して……その手すら……姿すら……見えなく……なっ……て……。
意識を失う前、最後に見えた景色は、羽根が、私の目の前を全て白に染めた、その瞬間だった……。
光が――!
仙花の姿が羽根にくるまれたのを目視で確認すると、葵は幸せそうな笑みを浮かべ、羽根を光の粒へ変化させた。
羽根の輪郭がぼやけ、仙花を取り囲むように舞い始める。粒は徐々に数を増していき、彼女の姿を少しずつ覆い隠していく。まるで何かを形作るように――。
「――うふふっ……」
暫く時が経つと、葵の目の前には長軸が1mくらいの、光の卵が鎮座していた。耳を澄ますと、幽かにとくん……とくん……と脈打っている。
葵は大きく両腕を広げ、その卵を抱き締めた。同時に、頭上の天使の輪から光を優しく投げ掛けた。
「もう一人じゃないからね……目が醒めたら……みんなで一緒に………」
とくん……とくん……
鼓動が、私の外から聞こえてくる……。
ここは……?
さっきまで確か、羽根に包まれていたような……!?
ずぐんっ!
心の底で、何かが叫び声を上げた!深く、暗い場所にまで落ちたものが、今私の中から出ようとしている――!
……嫌だ……思い出したくない……思い出したくないよぉ……。
自然と私は、耳を両手で塞いでいた。思い出しちゃいけない、あんな辛いことなんか……思い出しちゃいけないんだ!
ずくんっ!
あぁっ!駄目ぇっ!私の中から出ないで!私を壊さないでぇっ!嫌だよぉ……!もう嫌だよぉ……っ!
ずぐぅうん!
「――――――!!!!」
嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
……心の底に秘めた、私の忌まわしい過去。離婚前の夫婦喧嘩に母親が呟いていた言葉。
「子供なんか、生まなければ良かった」
「子供がいるから、あたしは自由になれないのよ」
「どうしてあたし、子供なんか生んじゃったんだろう」
偶然聞いてしまった、その三言が、私の心にずっと蟠り続けていた。当人にしてみれば、そう思わずにはいられなかったのかもしれない。それはこの年になれば、ある程度は理解できることだったけど、聞いた当時の私の心は、闇色に塗りつぶされていった。
時として心ない一言は、拳銃の一発より鋭く人を傷つける。
笑顔が欲しい。
優しさが欲しい。
人なら誰しも、特に子供なら必然的に持つであろう欲求、それを土台から切り崩されたのだから。
あの台詞を吐いて数日後には、母親は離婚届を机に置いて蒸発した。父親も――私を愛してはくれなかった。押し付けられたお荷物としか思っていなかった。
果てしなく孤独だった。どこまでも一人だった。
世界から拒まれてしまっていた私。飛び方を知らない雛はいないなんて嘘だ。名前も知らない雛が毎日のように飛び方も知らずに存在を消しているのだ。
私も、そんな雛の一羽に過ぎないの……?
心の中で、私は大声でわんわん泣いていた。
――いつのまにか、わたしのからだがちいさくなっていた。
「……ひぅ……ぃぐっ……ぇっく……ぃっ……」
ひとりぼっちのばしょで、わたしはないていた。
かなしかった。こわかった。さみしかった。だれかといたかった。わらいたかった。……やさしくしてほしかった。
「……ひぅ……ぃぐっ……ぇっく……ぁぁん……」
なみだがじめんにおちるたび、わたしのからだがちいさくなっていく……こころも……。
『大丈夫だよっ』
……ぇ?
いま、だれかがさけんだ。……だれだろう。
へんじをしたかったけど、こえがもうでない。のどがひりひりしてる……。
ゆっくりとふりかえると……!
『もう大丈夫だよっ!あなたはもう一人じゃないからっ!』
わぁ……!きれいなひとぉ……。とりさんみたいなはねがきれい……!
『周りを見回してごらんっ!』
え……まわり……!
わぁ………!
おねえさんがいっぱい……!
いろんなおかおをして、いろんなはねをはやして、みんなやさしそうなえがおをした、おねえさん……。
みんな、みんな、わたしにわらってくれている……あぷっ!
『これからは、ずっとみんなで一緒にいようねっ!』
おねえさんが、わたしをだきしめてくれて……いっしょに……ずっとぉ……!
「……うんっ……うわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁあああああんっ!」
……あれっ?どうして、わたし、ないてるんだろう……?うれしいはずなのに……。
『よしよし……つらかったんだよね……かなしかったんだよね……』
「ぁぁぁぁぁあああああああんっ!あぁぁぁぁ……」
あ……。
あったかい……。
おねえさん……あったかいよぉ……。
「……あぁぁぁぁん……」
あ……だんだんねむくなってきちゃった……。
ふぁ……。
……。
『でも、もう大丈夫だよ……貴女を、誰も傷つけたりしないよ。だから……お休み』
おねぇさん……。
……おやすみなさぁい。
光の卵の中では、仙花の体に変化が起こりはじめていた。
「……あぁあっ……あああああああああああああっ!」
突然苦しそうに悶え出したかと思うと、彼女の口から黒い靄が現れ吐き出されていった!その黒い靄は仙花の中に戻ろうとしたが、卵の壁から生えた光のリボンに絡み取られ、かき消えていった。
「ああぁぁぁぁぁ……」
やがて、吐き出し終えた彼女の体に、先程の白いリボンが巻き付き、体の中にするりと入っていく……。まるで実態を持たないかのように、腕から、脚から、脇腹から、胸から、彼女の体へと入っていく……。
「……あはぁ……」
内側から光輝いていく仙花の体が、次の瞬間には徐々に若返り始めた!両手両足が縮み、胴体も、頭も、それに合わせて時を戻していく……。
時おり、吐き出しきれていなかった黒い靄が、口から吐き出されてはリボンによって浄化されていく……。
「……ぁぁ……」
やがて、幼稚園児ぐらいの体になった仙花の体に、光のリボンは一気に巻きついていく――!
ああ……。
あったかい……。
あったかいよぉ……。
みんなぁ……。
わたしぃ……。
しあわせだよぉ……。
「「〜♪」」
天使の巫女達は、卵の周りに集い歌を歌っていた。その歌は、天に捧げる祈り、地に捧げる恵み、そして新たなる命の誕生を祝う歌であった。
その中で、天使の姿をした葵と、同じく天使の姿をした陽花は互いに手を繋ぎながら、卵の側面に優しく手を添える。そのまま、静かに何かを呟き始めた。
とくん……とくん……!
歌が盛り上がるにつれ、次第に卵の脈動が大きく響いてくる。その上、卵の中がまるで脈動に合わせるかのように大きく明滅していた。
卵の中に幽かに映るシルエット……それは紛れもなく少女の姿で、膝を抱えて丸まっている姿が見てとれた。何か布状のものが、中でヒラヒラとはためいている。
「「〜♪♪」」
次第に、歌の調子がクライマックスに近付いていく。それにつれて卵の明滅も速くなっていった。そして――!
「「今、ここに新たなる天使を迎え入れん!」」
葵と陽花が叫んだ、次の瞬間、パァァと卵が一際大きく輝くと、光の粒になって殻が消えていった。消えていった。そして中から現れたのは――。
「……すぅ……すぅ……」
心の底から満ち足りたような顔をして眠る、若返った仙花だった。ただし、その背中ではは小さな天使の羽根がパタパタと動き、頭の上では小さな天使の輪っかが静かに輝いている。
「んぅ……んむぅ……」
気持ちいい眠りから微睡みの中へ誘われている彼女を、天使二人が優しくふわり抱き止めた。
「ん……んむ……?」
ゆっくりと瞳を開く仙花。その瞳には一欠片の汚れもなかった。彼女はその瞳で天使の二人を見上げると、その細い両腕を二人に絡ませて、心からの笑みを浮かべながら――
「………だいすき♪」
fin.
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