それは、たわいもない都市伝説の一つとして語られるものであった。
いつ、どこから、誰が伝えたものかは分からない。だがその噂は確かにあって、現に行ったことがあると漏らす人もちらほらと見られるのだ。
人々の言葉は、様々な言い回しの違いはあれど、言っている内容に殆どブレが見られない。
全て、以下のようなものである。
『突然白い霧に覆われ、視界が開けたところにオープンカフェが見えた。店員は勿論のこと、客も全て可愛い存在が揃っている。
この喫茶店の売りはミルクである。その味はこの世界で認識しうるあらゆるミルクよりも美味であると言える。一滴が舌に触れるだけで、あらゆる悩みや苦しみが薄れ、幸福を感じる事が出来るだろう。
だが、決して大量に飲んではいけない。そのミルクは魔性のミルク。飲めば飲むほどにミルクに囚われ、喫茶店から出ることが出来なくなるだろう……』
―――――――
彼がこの場所に来てしまった'切っ掛け'は兎も角として、切っ掛けは帰路に就く中でミルクティーの香りに誘われたからであった。彼自身は紅茶を飲むわけではないが、その香りは今まで味わったことのない程芳しく、また深みもあり、彼の興味を抱かせるのに十分であった。
香りに誘われ、ふらりふらりと移動する彼。次第にクッキーやケーキの芳ばしい香りも漂うようになった。
(喫茶店でもやっているんだろうか……?)
彼の頭の片隅でそんな思いが過ぎった、その瞬間――!?
「――ふわっ!」
彼の視界が、一気に白に覆われた!唐突に、彼の全身は純白の霧の中に呑み込まれてしまったのだ。
前も後ろも分からぬ中、彼の嗅覚はロイヤルミルクティーとお茶菓子の香りを捉えていた。そして足は、その香りだけを頼りに、前に前にと足を進めていく。
彼は気付かない。いつの間にか足下の感覚が変化していることに。先程までのコンクリートから、煉瓦やブロックの地面の感触に変化しているのだが、それに彼は気付く事なく、ただ足を進めていた。
霧の粒が目に当たって痛い――かと思いきや、あまり痛みはない。寧ろどこか柔らかく暖かく包み込む感覚すら覚えていた。「……?」
暫く進むと、彼の耳に、何か楽しげな女性の声が聞こえてきた。
「くすくす……♪」
「あらあら……♪」
「うふふ……♪」
どうやら、楽しげに談笑しているらしい。嗅覚に加えて、聴覚も働くようになった彼は、先程までよりも確かな足取りで進んでいた。
そして……視界にも、徐々に何らかの影が映り始めていた。……うっすらと、白いテーブルと椅子、そして……人影。それは近付くにつれていよいよはっきりしてきて……!
「……!!」
――唐突に、彼を覆う霧が晴れると、そこに広がるのは、どこかヨーロッパの庭園風のオープンカフェであった。煉瓦とブロックで敷き詰められた地面に、恐らく白樺で作られた上質な円形テーブルが十五程、四角形のテーブルが三十程、それぞれに椅子が五つずつ、二つずつ置かれている。
「ふふふ……♪
「くすくす……♪」
「あらあらぁ……うふふ♪」
幾つかには、客が座っている……が、
「……?」
客のレベルが、高い。どの客も、何というか心を擽られる程に可愛いのだ。高くもなく、かといって低すぎない、適度に低い身長、服から覗く手足は色白で艶すら見える。肩程に伸びるウェービーヘアーには天使の輪が浮かび、トロンとした瞳に二重瞼、柔らかな微笑を湛える口許は、まるで天使が光臨したかのようであった。
それに加え、ワンピースやサマードレスといった薄手の服越しにはっきりと映る、ふっくらとした巨大な胸。体を揺するとぶるんぶるんと震える双球は、首元から谷間がちらりと見える程の大きさである。清楚さと妖艶さ、相反する二つの要素が合わさった、まさに心惹かれる存在――それが何人もこの場所にいたのだ。
彼は、その客の姿に見ほれ、立ち尽くしていた。彼が今まで見たことのないような美しい女性、それが目の前に存在していたのだから当然だろう。と……?
「――いらっしゃいませ、お客様♪」
「!!!!!!」
唐突に話しかけられた彼は、驚きのあまり飛び上がってしまった。いつの間にかウェイトレスが彼の近くに寄って話しかけてきたのだ。しかも……。
「?どうなさいましたかぁ……?」
……何だこの店。ウェイトレスまでレベル高いじゃないか……。
どこか客に似ているような感じはあるものの、ワンピースを改造したようなエプロンドレスが可愛らしさを増幅させている。
周りを見回してみると、他のウェイトレスもそのような感じであった。全員が――兎に角可愛いのだ。この世の楽園か、と思えるほどに。
「……あ、あぁ……済みません。まさかこんな場所にこんなに素敵なオープンカフェがあるとは思いませんでしたから……つい見蕩れてしまって……」
ややしどろもどろになりながらもそう告げると、ウェイトレスは「あらぁ……嬉しいですわぁ♪」とふわふわした笑顔を浮かべた。
何となく幸せな感情のまま、彼はウェイトレスに席を案内される。当然のように、一人席ではある。
「ご注文をどうぞ……♪」
目の遣り場に困る胸をたゆんたゆんさせながらメニューを渡すウェイトレスにややどぎまぎしながら、彼はそのままメニューを受け取って眺める。
「……(ロイヤルミルクティーが売りなのか……クッキーもミルク風味が多いのと、ショートケーキにも二重丸がついているな……)」
渡されたメニューに記されていたのは、その大半がミルクやその加工品を中心に据えた、あるいはサブに加えた飲料や菓子であった。さらに飲み物は全てお代わり自由となっている。相当この店はミルクを推しているらしい、そう感じた彼は、ウェイトレスにこう頼んだ。
「……ロイヤルミルクティーと、ミルククッキーを一つ、お願いします」
「はぁい♪お待たせしました。ロイヤルミルクティーと……(ことり)……ミルククッキー……ね?(ことんっ♪)さ……ごゆるりと……♪」
頼んで数分も立たないうちに、ウェイトレスは頼まれた品を彼に提供していた。運ぶ時点で、既にふわりとした紅茶の香りを漂わせているそれは、テーブル状に置かれることで、その仄かに赤いクリームの色彩で目も楽しませる。
「ありがとう御座います」
不思議なことに、伝票はまだ伝票受けに入っていない。だが、そんな些細なことよりも、彼には目の前の柔らかな光を放つ液体への期待に満ち充ちていた。
誰に強制されるわけでもなく、いただきます、と口の中で呟くと、彼はティーカップの取っ手を優しく摘み……カップの縁を口へ運ぶ。
香り立つ湯気が、鼻腔から頭へと吸収されていくのと時を同じくして、暖かな液体が、彼の舌先で踊り、喉の奥へとゆっくり嚥下されていく……。
「――」
――美味しい、と彼は心の奥で叫んでいた。様々な香辛料の風味が、独特の風味がはちきれそうな絶妙な均衡で放たれる紅茶のその緊張感を和らげ、さらに均衡により抑えられていた風味まで引き出し、その上でミルク自身もふわふわとした風味を出すことを忘れてはいない。まさに、ミルクが紅茶の味を引き立て、自身の味として取り込んでしまっているかのようだった……。
さらにもう一口、紅茶を口に入れつつ、彼はミルククッキーを手に取り、四分の一程を口に含み、食した。
「――」
ほう、と溜息が彼の口から漏れる。表面のサクサク感の内側に見られるホクホクとした感触、舌先でとろけるクッキーが、中に封じられていたミルクの風味を口一杯に解放していく。広がっていく自然な糖の甘みが、彼の心を解きほぐしていく……。
――こくん……サクッ……サクッ……
ゆっくりと、彼は味わい尽くすように注文の品物を手に取り、飲み、食す。上質なものを食べる楽しみ。それと同時に、体に沸き上がる、飽くなき欲求。もっと、もっと味わっていたいという――。
「……あ……」
――気付いたら、カップの中にロイヤルミルクティーはなく、皿の上にもクッキーはなくなっていた。いつの間にか全て食べてしまったらしい。あれ程までに心が満たされていた感覚はなく、やや物足りないという不満足、いや、渇望感が彼の中に芽を出しつつあった。
もっと……これを味わっていたい……彼がそう願い始めたとき、ウェイトレスは既に彼の横に――ティーカップを手に持って、柔らかな笑顔を浮かべて立っていた。
「もう一杯、いかがですか?おかわり自由ですから……たあんと、どうぞ?」
「あ……有り難う御座います」
カップに注がれる、柔らかな液体。それを口に運び、舌先から味わっていく。まるで全身がロイヤルミルクティーに染まっていくような感覚を覚えつつ、彼は瞳をややとろんとさせつつ、満足げな息を吐いた。
これだけ素敵な紅茶を提供する喫茶店に、何か一言お礼を、いや称賛を贈りたい……。彼は心からそう思った。そして、近くにまで来ていたウェイトレスに……語ってしまっていた。
「……しかし、本当にミルクの味わいが深い……。大体甘過ぎるミルクという物は混ぜられた砂糖の所為か舌や胃が拒絶するものですが、このミルクは……何というか、体にしっくりくる……舌先からすぐに体を巡っていく……」
って何を語っているんだ自分は、と不躾さや恥ずかしさに赤面しつつ俯き、ごめんなさいともじもじする彼に、ウェイトレスは心からの微笑を浮かべた。
「あら、お褒めに預かり光栄だわ♪……ふふ、特製ですもの……。喜びもひとしおね?」
気分を害されたことはなさそうだ……そう安堵の溜息を心中で吐きつつ、彼はカップを取ろうとして……いつの間にか、その中身が無くなっていたことに気付いた。
「あ、いつの間にか無くなってしまったみたいだ。ウェイトレスさん、済みませんがもう一杯……」
ロイヤルミルクティーを、と言おうとした彼は、そこでふと思った。ロイヤルミルクティーやミルククッキーで此処まで美味しいのだ。ミルク本来の味は、かなり美味しいのでは?いや、本当に幸せな味なのでは?
――彼は頼む物を変えた。
「……ではなく、ホットミルクとココアクッキーをお願いできますか?」
「ふふ、かしこまりました」
ウェイトレスが、とてとてとホットミルクを取りに戻る間、彼は店の様子を見ていた。様々なウェイトレスが、客席で幸せな時間を送る客達に、紅茶やコーヒー等を注ぎ、お茶菓子やケーキを届けに回っている。客達はそれを笑顔で迎え入れ、談笑し、くすくすと静かに笑っている。
「……いいなぁ……」
彼はその風景を、羨ましいと思っていた。大人数で過ごす、心の底から幸せな時間。彼はそれとは無縁だったのだ。
集団の中で上手くとけ込めず、孤立する日々。彼女を作ろうにも話しかける勇気すら持てず、悶々とする日々。別に目立つわけでもなく、特筆すべき事もなく、欠点だけが目立つ日々。
今日この喫茶店に足を踏み入れたのも、そんな日常の中で、何処か行ってしまったとして、誰も自分と共に歩む人はいないのだろうな、と自嘲めいたことを考えていた時にミルクティーの香りがして、それに何故か心惹かれたからであった。だからこそ彼は、こうした『お茶会』に、嫉妬よりも先に憧れに似た感情を抱いていたのだ。
「…はい、どうぞ?(ことっ♪)」
「……あ、有り難う御座います」
いつの間にか側にいたウェイトレスが、ホットミルクの注がれたカップと、ココアクッキーの置かれた皿をテーブルに置いたところで、彼は現実に引き戻された。同時に、先程のロイヤルミルクティーよりも芳しく、心を奪うようなミルクの甘い香りが、彼の鼻腔を擽り、体に深く染み渡っていく……。
知らず、ごくり、と唾を飲み込む彼。香りだけでこれである。一体、口に含んだらどれだけなんだろう……
彼の心が、得体の知れない危険信号を彼の中に流す。飲んだら、二度と元の自分に戻れなくなる――そう、告げているのだ。
「……」
彼は一瞬の逡巡の後――取っ手をを手に取り、カップを口に運び、そして……ごくん、とミルクを飲み込んでいた。
「……――……――……――」
――彼が感じたのは、途方もないほどの安心感、温もり、優しさ……総じて『幸福感』とも言えるものであった。それが舌を通じて、体に広がる……。
味自体も、彼を感動させるのに十分な物があった。舌に触れたら一瞬で伝わる、独特の甘味。かなり濃厚なミルクの筈なのに、安物牛乳に見られるような独特の臭みも全く存在せず、口当たりが至ってまろやか。火傷せず、かといって温いとも感じない程度に暖められたそれが喉を食道を流れ落ちていくにつれて、体の芯から暖まっていく。
そして……一口飲んだらまた飲みたくなってしまう感覚。二口、三口と、ずっと味わっていたくなった彼は、ゆっくりと、だがしかし確実に、カップの中のミルクを飲み干していき……。
「……はふ」
……全て飲み干してしまった。だが、まだ飲み足りなさそうな表情を浮かべている。
「あら、もうカップが空よ?(こぽぽ……♪)……はい、お菓子と一緒に召し上がれ♪」
ポットから注がれるお代わりを、彼はすぐにカップを手にとって口に注ぎ始めた。ある程度まで飲み終えたところで、彼は注文していたココアクッキーを手に取り、ミルクに少し浸した。
仄かにミルクがココア色に染まったところで、彼はクッキーをミルクの中から取りだした。ココアクッキーの隙間を、特製のミルクが満たしている。それをそのまま、彼は口に運んでいく。
サクリ、と音を立てて、砕けたココアクッキーは、そのまま彼の舌先でとろけていった。
「――」
ココアの持つ、独特の苦み。それが良い感じにミルクによって程良く刺抜きされ、ちょっとしたスパイスとして彼の味蕾を刺激していく。ミルクに含まれる柔らかな糖が、クッキーに含まれる糖の旨味を引きずり出し、さらに味に深みを持たせていく……。
「……」
サクッ……こくん……こくこく……
「ふふふ……(こぽぽ……♪)」
先程より速いテンポで、ミルクがその嵩を減らしていく。そして減りきったところで、側で待機しているウェイトレスはすぐさまにミルクを注いでいく。彼はその奇妙さに気付くことなく、ミルクを飲み干し、クッキーを一欠片ずつ減らしていく……。
「……おいしい……本当に……おいしい……♪」
クッキーが全て彼の口に消えた後も、何処か満たされた笑顔のまま、彼はミルクを飲み続けている。飲み干しては注がれ、注がれては飲み干すこと、それを彼は続けている。彼は気付かない。人間はこんなにも一気に大量の水分を摂取する事は出来ないことを。ウェイトレスの持つポットは、外目からすれば容量はそこまで無いのにも関わらず、彼が飲み干した両はそれを遙か超えていたこと。彼の口調が、何処か女性のようなそれに変化していたこと。その全ての違和感が、ミルクの与える幸福感に融けて、消えていった。最早彼は、この魔性のミルクに囚われていた……。
――そして、彼の体に、徐々に異変が起き始めた。
「あ……ありがとうございます……はふ♪おいしい……♪ほんとうに……おいしいですぅ……♪」
何杯目のお代わりの頃だろうか。髪がしゅるる……と、徐々に伸び、肩のラインまで伸ばしたウェービーヘアーに変化していった。同時に体の角張った部分が、ゆっくりと柔らかな曲線を描き始める……。
「うふふ……♪もっと、もっとほしいかしらぁ……?くすくす♪」
その様子にウェイトレスは全く動じることはない。いや、寧ろそれを歓迎しているような柔和な笑みすら浮かべているのだ。
「あは……はぁい……おねがいしますぅ……♪……おいしい……とっても……とってもおいしいですぅ……っ♪」
夢見がちな声で呟きながら、ミルクを一杯、また一杯と口にしていく彼。その度に体は一回り、また一回りと体は小さく、そして可愛らしくなっていく。同時に髪も、透き通るような空色へと変化していった……。
「くふ……♪さぁさ、どんどん……好きなだけ……欲望のままに……♪(こぽぽぽ……)」
カップが空になっては注がれ、注がれては飲み干されていく。
「んん……(こく……こく……こく……)……ぷは♪……んん……(こく……こく……こくん)……ぷはぅ」
空にしてはまた注がれ、注がれてはまた空にして……その度に、彼の姿形が変わっていく。まるで……目の前のウェイトレスのように。そして変化はついに、彼……いや、彼女の記憶や意識にまで及び始めていた。
言語の変化など生ぬるい、存在自体の変化へと……。
「い〜い感じに可愛くなってきたわね〜?くすくす……♪ほら、まだお代りは……?(こぽぽぽ……)」
注がれるポットの中身は、先程のミルクよりも、とろりと濃厚になったように見える。それに構うこともなく、彼女はカップを手に取り……液体を飲み始めた。
「あり、が、と……(んく……んく……んく)……ふゃぁ……♪」
使い勝手が変わった体にまだ慣れていないのか、発する言葉が辿々しい。だが、その瞳は純粋な期待と満足感にキラキラと輝き、身体の変化によってだぼだぼになった服は、いつの間にか周りの客と同じような、無地のワンピースのような服に変化していた。
「(本当に美味しそうに食べてくれちゃって……♪ほらほらぁ……もっと……もぉっと……もぉっとぉ……っ♪(こぽ……とぷっ……)」
「ん……(んくっ、んくっ、んくっ……)……けふ♪」
さらに濃厚になるミルク。それを、ただ欲望と幸福のままに彼女は飲み干していく。その胸元が、むくり、むくりと、徐々に熱を帯びて膨らんでいった。
「ん……んんぁ……んぁああ……♪」
次第に体積を増すそれは、服を引き延ばしつつ、服の襟元からふくよかな柔肌と、それが作り出す谷間が確認できる程の大きさになった。そして変化は、それに留まらない。彼女がむずむずする感覚を覚えた、次の瞬間、
「……んんぁ……♪」
じわり、じわりと、乳首の当たる部分から布が滲み始めた。服の圧迫によってにじみ出たそれは、次第にワンピースに甘い染みを作っていく……。
「……あら、満タンになっちゃったかしら……?お代わり……いる?(とぷっ……とぷっ……)」
「あは……ありがとう……♪けど……おなか……ぱんぱんになっちゃったぁ……♪」
その様子を見たウェイトレスが、ミルクを注ぎつつ彼女に話しかけるが、彼女はふにゃりとした笑みを浮かべながら、お腹をぽんぽん、とさすっていた。無理もない。人体の許容量を遙かに超えた体積のミルクを体に取り入れたのだから。寧ろ、お腹が張るだけでよく済んだものだ。
あらあら、と彼女を見つめるウェイトレス。その表情が、次第に何処か淫らなものへと変化し始めていた。喫茶店には似つかわしくない、何処か妖花のような危うさを持った表情。
「あら、それじゃあ動きにくいわね?……少々貰い受けようかしら……♪」
そう、何処かワクワクを隠しきれないようなリズムで呟くと――ウェイトレスは、彼女のワンピースの前を開きつつ、彼女の胸にしゃぶりついた!
「はぁ……ひゃあぁあ……で、でるぅぅ……♪おちち……ちゅうちゅうってぇぇ……♪」
「はぷっ……んく……ちゅ……んこく……んぐく……♪」
まるでほ乳瓶をくわえ込むように優しく、何処か貪欲に、彼女の乳を吸うウェイトレス。ぢゅるぢゅる、こくこくと、溢れ出す彼女の'ミルク'が吸い出され、ウェイトレスの体内に染み渡っていく……。
「あひゅうっ♪ふゅぁ、ぁ、ふぁぁ〜ぁ……ああ……あ♪」
自身の熱がウェイトレスに吸われていく快感の中、ふと彼女が辺りを見回すと、他の客もウェイトレスも、皆同じように、同じような外見をして、胸を吸われ、或いは吸っていた。
「んひゃあああ♪」
「んく……んちゅぅ……ちゅぶ……んくっ……くすくす♪」
「んはぁ……はぅ……んんっ♪」
「んぁぁ……んぁ、あぁあ♪」
カフェに似つかわしくない、艶っぽい喘ぎ声が右から左から、サラウンドで響き渡っていく。それらの声は、甘く美味しいミルクの香りの中に溶け込んで、この場にいる全ての存在の肌から染み込んでいく……。
「……ぷは。オイシ……♪」
いつの間にか服が無くなっていたウェイトレスが、ぶるんと胸を揺らしながら彼女の胸に再び吸い付いた。
はぷ、んちぅ……んく、んぐ……。淫らな音が、オープンカフェの中に木霊する。だが誰もそれを咎める者はいない。此処にいるのは、それを受け入れた者だけだ。
「んぅ……んん……♪」
「んぁぅ……ぁぁ……んぁ♪」
客の中には、ウェイトレスとの輪郭が緩慢になっている者もいた。服は二人とも既に消え、肌と肌がもっちりとくっつき、片側がずぬりずぬりと沈み込んでいく……。
最早そこは、カフェとは名ばかりのパーティー会場と化していた。重なり合う肌と肌、押し付け合う乳と乳、床にも、椅子にも、テーブルにもびゅるびゅるとミルクがコーティングされる、あまりにも退廃的で、欲望に満ちた、淫靡な世界――。
「はふぅ……はふぅ……きもち……よか……た……♪」
そのまま眠気が彼女の中を満たしてきたらしい。こくん、こくんと頭が船を漕ぎ始め、瞼がシャッターを降ろし始める。
「……ふぁう……ふぁ……♪」
ついに耐えきれず、ぽふん、と服をウェイトレスの胸元に倒れ込む彼女。顔を埋めたウェイトレスの胸からは、先程まで口にしていた甘いミルクの香りが……。
「ん……♪ふふ……♪」
ぎゅむ、むぷん……と、ウェイトレスは倒れ込んできた彼女を胸の中に抱え込んでいく。ミルクの香りをたっぷり漂わせる豊かな双球は、彼女の体を優しく包み込み、深く、深く招いていく……。
「……くー♪……くー♪」
ウェイトレスの胸の中で眠る、ウェイトレスそっくりな姿形をした彼女。夢の中で昔の記憶を甘いミルクに溶かしながら、幸せな世界に浸っていく。その口は幸せそうに開閉し、ウェイトレスの服を吸っている。まるで胸を吸っているかのように、ちゅうちゅうと音を立てて……。
……と?彼女の体が、ウェイトレスの体の中に、次第に埋まっていく。ずぶり……ずぶりと、沼に沈んでいくような音を立てて、ウェイトレスの胸元から、彼女の体が吸い込まれていく。
「ふふふ……くすくす……♪」
上半身が埋まった状態の彼女の脚を、ウェイトレスはどこか恍惚とした笑みを浮かべつつ、持ち上げていく。持ち上げる度に彼女の体はずるり、と引き込まれていき、ウェイトレスのお腹が、ふくり、ふくりと膨らみ始めている。
やがて……くぷん、と音を立てて、彼女はウェイトレスの体内に飲み込まれてしまったのだった……。
「……ふふふ……くすくす……♪」
彼女の体で膨らんだお腹をさすりつつ、ウェイトレスは、まるで赤子に音楽を聴かせるような柔らかな声で、優しく呟いていた。
「……きょうも……あしたも……かわいく……おいしく……ひとつでありますように……♪」
周りには、同じように大きくお腹を膨らませたウェイトレス達が、同じ言葉を、同じリズムで、優しく呟いていた。まるで、彼女たちの合言葉がそれであるかのように……。
―――――――
もしも貴方が自らを孤独だと思い、それでも人として生きたいと願うならば、街角でミルクティーの香りがしてもついて行ってはいけない。
さもなくば彼のように……ミルクに囚われ、ミルクに融かされ、人であることを止めてしまうのだから……。
「くすくす……でも、もしも貴方がそれを望むなら……私たちは歓迎するわよ♪くすくす……この、'アニマ喫茶'で……ね?」
fin.
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