なぜ高位の魔物は態々ダンジョンを作り、そこに住み冒険者を待つのか?これは彼女らなりの流儀だという。
強き兵(もののふ)を求めるのが魔の習性となって久しい時代、まず強弱を分かつものは何か、それは膂力であり体力、知力、精神力である。心技体併せ持つ存在は稀有であるが、けしてゼロではない。
故に選考試験のようなものを設ける。魔物を放ち、罠を仕掛け、幾階層も重ね、そしてデッドレースを勝ち抜いたものが、謁見する権利を勝ち取るのだ。
そして当然――ダンジョンにも製作者はいる。昔なら兎も角、今では態々宿主が魔力を絞って全て建設する、あるいは部下を用いて建設する時代ではない。
餅は餅屋――それがこの業界での常識だ。専門家に任せなさい、と言うことである。
これはそのような『ダンジョン製作集団』の一つであり、こと洞窟ダンジョンを請け負う集団の日常を記したもので……あったらいいなぁ。



湿った土の香りが辺りに広がっている。日のさして入らない洞窟の中は、地上と違ってじめじめしてこそいるが、肌で感じる気温は低い。
冬場は湿度に助けられ、夏場は気温に助けられる。そんな適度に快適な空間なのだ。報酬次第でさらに快適になるこの空間。素晴らしきかな洞窟暮らし。
無論、自然に出来たものではない。自然に出来たものを、彼女達は掘っていったのだ。自らの力で。その証拠に、無作為に掘られているように見えて、実は地脈に逆らわず効率良く掘られているのが良くわかる。さらにその上で、自然を乱さない程度に、それでいて頑強に壁面は固形化されている。
彼女達のまとめ役による魔法……と言うわけではない。彼女は専ら図面を書き、魔力を用いて地質を調べ周りに伝えるのみに専念するのが普通だ。
ほとんどは現場判断……だがそれが最大効率を産み出している。それはそうだ。彼女達は古来よりそのような'建設'を日常的に行うような種族であるのだから。
そして、その血脈は今も――魔王が代替わりした今も変わってはいない。




「んむぅぅ……んんっ……」
「んんっ!……んんぁ……んふぅ……」
壁面に埋め込まれたカンテラが時間と共に自動点灯する。カンテラから投げ掛けられた光が、先に述べたような洞窟の一風景を照らし上げる。
土煙……とは無縁の、木製のベッドの上、吸汗性豊かなシーツによって覆われた敷布団の上で二人は眠ったまままぐわっていた。
一人は半ズボンに布製のシャツといった、典型的一般人の格好をした男性。ただし今はどちらも脱がされて地面の上にあるが。
体が軽く締まっている程度の筋肉が、袖口から覗くタフガイだ。そんな彼が目の前の女性に意識を夢の淵に置きながら抱き着き、己の逸物を彼女の中に差し込んだまま唇を貪っている。
もう一人の女性は……少なくとも上半身は人間である。土の香りと彼女自身の汗をふんだんに吸い込んだノースリーブのシャツは、交わりによって生じた男自身の汗によって彼の肌に吸い付き、濃縮され染み込んだフェロモンを彼へと直に染み込ませている。
フェロモン、という表現が用いられる以上、彼女は人間ではない。その証拠に、濃紺色の髪の中から、先端が櫛状になった7の字状の触覚が二本伸びており、腰から下の下半身は人間の二本足の代わりに、甲殻に覆われた、巨大な蟻の胴体が存在していた。
「んんっ……んむっ……んむぅぅっ……」
眠りながらも、貪欲に相手の唇を貪り、六本の足と二本の腕をフル活用して腰を前後させて、蟻と人間部分の境目にある下の口で逸物をしゃぶる彼女。負けじと男も強く抱き、彼女の動きに合わせるように腰を前後に動かして当てていく。
肉同士が盛大にぶつかり合う音が響く。膣が抉られる感触が嬉しいのか、彼女は彼をさらに強く抱き締め、彼より早く目覚めの時を迎えている彼の分身を自らの内に招くように、深く深く腰を打ち付けている。
同時に加えられた捻りは、彼を包み込む肉の力点を変え、肉棒に対する絡み付き方を変化させつつ、柔らかく圧迫してくる。まるでローションで湿った暖かなスポンジに逸物を包まれているかのような感触に快感を覚えた彼は、さらに味わおうと彼女の動きに同調して膣をさらに抉る。
彼女の汗が肉の激突と共に珠となって弾け、辺りに甘いフェロモンとなって広がっていく。彼はその影響をまともに受けたのか、抱擁と愛撫、接吻をさらに激しくする。
今や彼と彼女の身体的境界線を、精神は軽々と超えていた。触れ合った舌から、打ち付けた体から、まぐわう下半身から、彼らは互いの愛情に満ちた感情を相手に伝え合っていた。伝える度、高みに上る感情、それがさらに体を動かし、二人を天井にまで押し上げ――!

「「――んんんんんんんんっっ!!!!!!!!!!」」

――絶頂と共に彼らの意思は、抱き付いたままの互いの体に落下し、定着していった。
汗まみれの体。濃厚な互いのフェロモン臭が互いの鼻から、皮膚から染み渡り全身を巡る。
「……んんっ……」
「……んぁぁ……」
それが寝起きの合図にでもなったのだろうか。互いに抱き合ったまま、一組の番は目を醒まし……。
「……んっ」
「……んむむっ」
……おはようのキスをして、抱擁を外した。
こぽり、と彼女の秘所から、吸収しきれなかった白濁液が、彼女の甘い愛液と共にシーツの上に吐き出される。見慣れた光景ながらも、夜通しでしかも意識を失ってからもずっとやり続けた事実に、思わず苦笑いを浮かべてしまう男。
この『ジャイアントアント』の巣に着いてきてしまってから数ヵ月、彼はそんな生活、いや性活をずっと続けてきたのだ。随分と獣になったものだな、などと自らの事を自嘲したくもなるだろう。
そんな彼を巣で'選んだ'彼女は、このような日常について当然のように考えているようだが、まぁそれは当然だろう。この辺り、魔物と人間とでは考え方が違う。
……愛していると言う事実は変わらないにしろ、その表現方法は違うのだ。好きだからずっと交わる、それこそ毎日でも交わっている。彼女達はそれが本能的な愛情表現なのだ。
彼は彼女がノースリーブを脱ぎ捨て、新たな軍手を着用するのを見届けると、彼女の汗の香りが染みついたそれを回収し、洗濯場へと急ぐことにした……。




「――じゃあ二番隊は第三区画の拡張、三番隊は第七区画の罠点検及び階段設営、五番隊は六番隊とクライアントのための私室作りね。設計図は女王様から貰っている筈ね。返事は?」
「「Sir!Yes!Sir!」」
「よろしい。家具の運び場所はいつもの通り儀式場からね。
では――今日も一日、頑張りましょう!」
「「はいっ!」」
彼が彼女の洗濯物を洗ったりベッドメイキングしたり部屋を整頓したりと主夫街道まっしぐらな行動を行っている最中、彼女は二番隊の隊員として、新規ダンジョンの建設員として働いていた。
「そこ、土を盛り上げて……そうそう、そんな感じ!ここにはミミックと宝箱を9対1でそれとなく織り混ぜて置くから……そこっ!おおなめくじは天井からのし掛かるのよ!もう少し光源は低く、そして頭の部分に遮光材!」
土を掘り、強度を保ち強め時々弱め、ある程度の気力と実力があれば先に進めるくらいの強さの魔物と罠を配置し……且つ、その魔物にとって過ごしやすい生活環境も整える。無論性活環境も考慮済みだ。
ダンジョン製作……それはクライアントがどの様なものを望むのかによってかなり変化していく。今回のクライアントであるアカオニは、
「アタイと酒を交わせるくらい強ぇ相手……っつっても分かり辛ぇかな。よーするに、だ。アホでも構わねぇ。欲張りじゃねぇ、バカみてぇに強ぇ奴だけがアタイの塒に来れるようなダンジョンにしてくれ」
とのこと。完全に雄の選考試験のためのようだ。
幾度かの女王との折衝の末作り上げられた設計図通り、蟻達は動いていく。彼女もまた、その蟻の一人として、ショベルを用いて土を掘り、適度にガス抜きのための空気穴を開きつつ、作業を進めていく。
「……ふぅっ♪」
作業途中で汗を拭う。既に第三区画の中は作業員の汗――つまりフェロモンの香りで満ち充ちていた。
休憩時間はあるが、逆にそれが理性の箍を外してしまいそうになることから、彼女達は最小限の休みしかとらない。理性の箍が外れたら……恐らく巣の中で甘い一時が、下手をしたら翌朝まで続くだろうから。
それに彼女達の種族特性として、疲労度に性欲が比例するというものがある。ただほんの少し互いのフェロモンで淫らな気持ちになっただけでパートナーを襲うなど、彼女達作業蟻にとっては愚の骨頂なのだ。
どうせ交わるなら、目一杯気持ち良くなろう……♪
彼との楽しい一時を想像しながらも、的確且つ素早く力強い動きで、彼女はスコップを動かしていった。




予定よりも大分良いペースでダンジョン建設が進行していくことに、女王はチェックポイントに丸を付けながら内心で喜んでいた。ダンジョンを建設する度に、確かに手際が良くなっていることが分かるからだ。
同時に、何処かに瑕疵はあってはならないとも考えていた。下手をしたら、現場にて見落としがある可能性も考えられるからだ。だからこそ、連絡役の娘に時計を持たせ、極端に時間がかかっていないところには再点検を命じている。
逆に時間がかかっているところには、その部隊から何名かを遅れているところに派遣する。そうやって緩やかに作業効率を上げているのだ。
「ふふふ……そしてそろそろ、新しい女王が出る頃かしらね……」
何かを指折り数えながら、蟻の女王は伴侶となる男性との逢瀬を楽しみにしているのだった……。

果たしてこの日、働き蟻の一人が女王蟻へと変化した。彼女は以降、この蟻塚の担当する区域とは別の場所で、ダンジョン作りに勤しむことになる。所謂『株分け』である。
彼女達の集団の名は、こうして魔物達の中に広がっていくのだ。




「……ふぁ……ふぁぁっ……」
昼間の疲れのあまり、足がふらつくジャイアントアント。いや、ふらつく原因は、なにも疲れだけではない。
自らの選んだ旦那との交わりの時……それを種族本能的に求めているのだ。その証拠に、彼女の全身からはこれでもかと言わんばかりにフェロモンが溢れ、辺りを透明な、しかし実態は桃色の空気に変化させている。さらに腰に掛けたタオルが、汗以外の何かの液体でぬれているのだ。
自らの帰巣本能に任せ、部屋に辿り着く巨大蟻娘。瞳は既に蕩け、真ん丸とした頬は火照り、フェロモンを多量に含んだ汗が全身のあらゆる場所から流れていく。吐息が荒くなり、気孔の開閉が激しくなる。
「……ふぁぁ……ぁふぅ……」
ようやく辿り着いた部屋の中、そこでは既に'旦那'が、ベッドの上にて待ち構えていた。
何も言わず、見つめ合う二人。そして彼らは――。

「……ん……ちゅ……んむっ……んん……くちゅ……」

――濃厚なキスを合図に、また翌朝まで交わるのであった……。




こうして、蟻の匠達の日常は過ぎていくのである。
他にも色々な行為とその意味が判明しているのだが、それは追って連絡することとしよう。

fin.





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