「どいたどいたーっ!」
威勢のいい、太い、しかしトーンの高い声が、イリアスベルクの大通りに響き渡る。道行く人は、ここ数十年で聞き慣れた声の主に道を譲るように脇に逸れる。
しばしの時も経たないうちに、激しい音をと土埃を立てる存在が向こうから駆けてくるのが見える。東方のエキゾチックな衣装(自前)を身に纏った、小麦色の肌と頭から突き出た二本の角が特徴の女性――ゴブリンが、大量の資材を乗せた台車を引いて走っているのだ。
イリアスポートにて劇場の建設計画がスタートし、資材が大量に必要となった。購買は流石に任せられないが、運搬の手筈は全部彼女に任せられるようになったのだ。
この町で暮らしてからゴブリンは運搬の仕事に就くようになり、種族特有の力持ち(馬鹿力ともいう)のお陰でめきめきと頭角を現すようになったのだ。初めのうちは力任せに運んでいた事から親方に度々拳骨を受けていたが、今では自らが加減した拳骨を部下に見舞う立場だ。
「ほらほら、危ないよー!」
道ゆく人を轢かないペースで、彼女は走る。工事の現場まで、威勢の良い声を響かせて。
いつもの日常を眺めながら、町の人は、あぁ、またおやっさんの拳骨を喰らうな、とこれまた日常の風景を想起し、微笑むのだった。
威勢のいい声が通り過ぎた後、。大通りの一角にある、剣の刃を交叉させた看板が目立つ店――武器屋でも、また別の声が響く。
「――はいっ!この通り切れ味抜群の包丁だぞー!」
店内で、まな板の上のピラルクに似た魚を一刀両断するのは、鱗に覆われた手に、尾てい骨から生えた鱗に覆われた尻尾が地面にびたんびたんと跳ねる、ドラゴンの女性……と言うにはまだ未熟さが見える少女だった。
強大な膂力に自前の炎を持つドラゴン族は、力の加減さえどうにかできれば、実は鍛冶業とは相性が良い。そのため鍛冶屋に預けられたドラゴンパピーが頭角を表したのもむべなるかなであった。
鉄は熱いうちに打て。言うなれば熱い鉄を上手く加工されたのが今の彼女であり、その彼女もまた鉄を加工している。おやっさんが現役なので加工するのは本物の鉄だが、おやっさんが引退したときには指導する立場になるだろう。尤も、彼女にその気と素質があるかは疑問だが。
「はいどーぞーっ!今なら道具屋の特売品、丈夫で洗浄しやすいまな板とセットでこの価格だぞー!みんな買うのだー!」
……目下のおやっさんの悩みとしては、その気が抜けるような喋り口だろうが、それが抜ける日はいつ来るやら……。
昼時、イリアスベルク随一の高級宿『サザーランド』ではサービスの一つである配膳が行われようとしていた。
「おかみさんっ!昼食の準備完了しました!」
「あいよっ!201と203、207、209に配膳お願い!」
未だ現役で宿の女将をやっている肝っ玉おかみさんの声を受けたのは、上半身が妙齢の人間女性、下半身が大蛇である魔物、ラミアである。それに応えつつ、彼女は自身の体に力を込めて……蛇身を人間の下半身へと変化させた。そのままホテルの指定服を身に着けると、料理のカートを押して厨房を出る。
以前よりは緩んだとはいえ、魔物排斥の風潮は数十年の時で消え収まるようなものではない。その辺りを様々な客に応対してラミアは理解しているが故に、こうして配膳には姿を変えて出て行くのだ。同様の理由で、一階の客の料理は彼女は作れない。
それにちょっとした寂しさを覚えつつも、彼女は一ホテル従業員として、日々の接遇に勤しんでいる。
「お待たせいたしました。昼食をお持ち――ひゃんっ!」
「ふふふ、今日も良い尻してるねぇ♪」
……こんなセクハラ客も居たりするので反撃して搾り取ってやろうかとも考えているが、まぁそれなりに金を落としてくれているので我慢したりもしているとか。
夜。人々が寝静まる中、急に何かが足りないと気付いた人が駆け込む場所がある。家?教会?いや、店である。
町の道具屋、そこはある時期から夜間も行うようになった。その理由として……。
「いらっしゃい。何か入り用かい?」
道具屋が預かったヴァンパイアの少女が成長し、より吸血鬼としての特徴が発現したためである。夜の主として有名なヴァンパイアだが、弱点も多く、それも年と共に激しくなっていく。
日光が照る昼間の活動が厳しくなるだろう事を見越した店主が採ったのが、道具屋24時間営業である。魔眼を用いての前科があることから完全な信頼はしていないが、上手く行けば自分の休憩時間が増え、住民のニーズに応えられるかもしれない、そう考えての改革である。
結果としてはまずまずの成功、と言った具合である。やはりそれなりの需要があったのか、夜間営業に必要な経費に対して、売り上げが割と上がっていた。昼間と違ってそこまで客が居ないことから、落ち着いて買い物が出来ることもあったという。そして……。
「……今日は何の悩みか?」
少し偉そうな口調ではあるが、悩みの相談役として店員をやっているヴァンパイアレディが(主に女性の)悩みを相談する業務をやっているという。男店主では話せないような悩みを聞いて貰う相手としては最適に思われたらしい。
「……あ、あの……」
気配に押されて話せない娘には、
「ふむ、妾の目を見るがよい……」
「……ぁ……」
と、このように魔眼を用いて強引に聞き出したりもする。今のところ牙は付けられていないのでその辺りの心配は無いが……昼間の道具屋で十字架とニンニクが売れるのも、さもありなんと言った具合か……。
盗賊団として巷を騒がせていた四人。彼女達は今日もまた、イリアスベルクの町でそれぞれの日常を過ごしているようだ。
願わくば、この日常が今しばらく続かんことを……。
fin.