兄上は僕によく言っていた事がある。
『俺はお前の傀儡で構わねェよ。俺はお前ほどは表裏を知る訳じゃねェからな』
国とともに生きる道化――その仮面を渡されるのが僕ではなく兄上であることは、十分理解していたし、その事を兄上ともよく話していた。
色々な意味で飛んだ父上のカリスマは、ほぼ兄上に受け継がれている。それは僕ら兄弟が横に並んだときの印象で、よく分かる事だ。少なくとも僕の事を覚える人は少ないだろう。兄上は光だ。存在するだけで回りの光すら飲み込む極光だ。
だけれど……兄上は『傀儡で構わない』と言った。いや、それ故に、かもしれない。人を動かすのが偶像なら、兄上はこの偶像でいることを心に決めているのだ。だからこそブロックス=モーシュは、自分の意思で自由に行動しているのかもしれないけれど……。
「……と」
手元の書面に視線を落とす。そこには、魔物反対派領主の名前が軒並み記されていた。僕は羽ペンを持って、領主の格付けを確認し、ある一定の爵位以上の領主の名前の上に丸をつけた。
僕の読みが当たっているならば……恐らく……。
「……よし」
既にブロックス氏に頼んで、書類をとある公爵に届け、返信の封筒も既に受け取った。後は――僕が行くだけだ。

――歴史に残る、有名な会談がある。
大陸領主会談。
大陸の東西南北の力のある領主が軒並み集ったこの会談は、後の大規模テロ組織『ニーズヘッグ』の完全なる壊滅へと繋がる会議として語られることになる。
だがその影に、歴史に決して残らない密談が交わされたことを知るものは、交わした両家のみぞ知る出来事であった。
両家はこの会談についてこう記している。
『水と油は混じらないが、触媒次第では混ざるものだ』
と――

――――――――――――――

銀髪の20代後半に見えるボーイに、声をかけられて案内をされたリトナールは、案内された部屋の戸を二回叩く。
「失礼します」
入れ、という重々しい声と共に戸が開く。重厚なドアだ。恐らく木の板を三重に重ね、その間に永続性の魔法防御符を挟んでいるのだろう。
転移魔法が使える場所ではない。それを確認すると、リトナールはブラッディローズの染料が使われたカーペットを悠然と渡りながら、下座に置かれた椅子にゆっくりと座った。
上座に座るのもまた、一人の男だ。ただし、その体躯は悪くて'もやし'、良くて'やせ形'と表現されたリトナールとは正反対の、筋肉隆々として引き締まった体をしていた。肩辺りまで垂らされた髪は灰色が混ざり、皮膚にも所々皴が見えるとはいえ、その視線は今だ衰えず、見るものを刺し貫くような厳しさを保っていた。
「お初にお目にかかります。ジョイレイン公爵が子息にして宰相、リトナール=ジョイレインでございます。この度は、私にこのような会談の場を設けていただき、誠に有り難う御座います」
リトナールはそう一礼すると、手持ちの鞄から一つの箱を取り出した。プレゼントボックスのように飾りつけをされたそれを、彼はテーブルの上に置いた。
「ジョイレイン土産の、『幻影絵巻(ファントムスクロール)』です。使用法は説明書を御覧ください」
テーブルの向かいに座る年老いた将は、それが罠かどうかを注意深く見つめると、その箱を執事に持たせた。
「有り難く頂こう。リトナール殿」
白き髭に覆われたその口からは、長くに渡りこの地を治めてきた者としての威厳が感じられる、バリトンの声。
そのまま暫しの沈黙の後、次に口を開いたのもまた、将からであった。
「して――リトナール殿。貴殿は何故に、このベイオウーフ'ドラグスレイヤー'サウザンドブラッドの元を訪ねた?ここは貴殿と敵対する立場にあるのであろう?」
ベイオウーフ公の問いに、リトナールは相も変わらず柔和な笑みを崩す事なく、こう答える。
「確かに、魔物を介した立場を考えるに当たって、我々は対立する立場であり得ます。ですが――そもそも魔物を介する会談ならば、貴方様は私にこの場を設けることはまず有り得ないでしょう?」
'ドラグスレイヤー'。それはベイオウーフ公が、かの地を荒らす龍を一刀の元に沈めた事に由来される。そもそも彼の名字であるサウザンドブラッドも、彼の遥か先祖が幾多の魔物と戦い、それを悉く地に沈めていた事から通り名として呼ばれていたものを、そのまま名字にしてしまった、という来歴がある。
そんな彼らが、魔物との共存を唱える事はない。それは彼らにとって、先祖への裏切りに他ならないからだ。尤も、それは領主となった者だけが伝えられる知識であるので、リトナールは知る筈もないのだが。
「……何が言いたい?」
互いに表情を変えること無く交わされる会話。それはしかしその端々には、相手の感情を読み取ろうという意図が見て取れる。まるで将棋かチェスか、はたまた囲碁か。いずれにせよ、隙あらば相手を飲み込もうとする空気が、狭い室内をどこまでも満たしていた。
リトナールは、それでも笑みを崩さない――が、細めていた瞳を、開いた。

「貴方も、私と同じ経験をした。でなければ、諸公から『狂人』とまで呼ばれる私の呼び掛けなぞに、密かに応えはしませんでしょう?」

「……」
ベイオウーフは答えない。だが、沈黙は認知と一緒だ。リトナールはさらに続ける。
「貴方様の家は四大公爵の中でも特に礼節に優れていると聞いております。そんな御方が、態々私だけを呼び出して一刀の元に切り捨てるなんて行為、する筈無いでしょうからね」
目を開いたまま、どこか不敵な笑みを浮かべるリトナール。それを目の前にしても、ベイオウーフは表情を変えることはない。かと言って、怒るような気配もない。ただリトナールを見極めるように見つめ続けるだけだ。
「もしも私が貴方なら、私を殺すに当たって、こんなせせこましい手段ではなく、最悪奇襲、最良決闘で決着をつける筈でしょう。少なくとも――

――暗殺なんて手段、とる筈ありませんよ。それも、魔物を用いた暗殺など……ね」

「……」
ベイオウーフの表情が、ようやく和らいだ。この歴戦の将はリトナールの意図することを見抜き、自ら淹れた紅茶で唇を濡らすと、ようやく口を開いた。
「……一昨日、だったか。大量のフェアリーに息子の一人が襲われかけてな。私と息子で追い返したが……成る程。確かに私が魔物派ならば、そのような手段をとる筈もない。暗殺するにしても自らの手で行う筈だ。少なくとも――

――魔物に委ねたりなど、する筈もないな」

紅茶カップを手に持ちながら、リトナールが返す。
「単純に考えるなら、真っ先に反対の陣営に属するものの仕業となってしまいますが、冷静に考えれば、この結論程に不自然なものはないのですよ」
暫しの沈黙の後、カップが皿に当たる音を合図に、両者は舌を回した。
「第一に、我等四大公爵は魔物の力を借りはしない。己の力で魔を駆逐するつもりである」
「第二に、私達魔物派領主は、魔物を直接使役して他者を襲わせたりはしません。それは彼女らに対する侮辱だと考えています」
「立場は違えど、帰結は一つ」
「そう――」

「「――誰かが対立を煽り、両者共倒れを狙っている」」

「……つまり、貴殿は一時的な同盟を築きたいわけだな?」
不敵な笑みを浮かべるベイオウーフに、リトナールは普段の柔和な笑みを浮かべた。
「ええ。それも、他の諸公達も合わせて。恐らく他の諸候にも、火種を大きくするために暗殺用フェアリーなりミミックなりを洗脳してけしかけているでしょうから」
「ふん。随分と断定的な口調だな。確証もないというのに」
この言葉に反応したのか、リトナールは顔色を仄かに変える。対等のものに向けるそれから――蔑みの対象へのそれへと。
「確証など無い……?」
自然と口が半円を描く。明らかに他者を蔑み、嘲り笑うような顔つきだ。まるで、先ほど漏らした言葉が愉快で愉快でしょうがないかのように。
「……貴殿は、何を言いたい?」
訝しげに見つめるベイオウーフ公に、リトナールは漏れてくる笑みを隠すこと無く、まるでウォーリーを見付けた子供のような口調で、軽く言ってのけた。
「これは面白い冗談を仰有る。

――私の目の前に確証が居るじゃないですか」

「――なんだと?」
不愉快そうに眉を寄せるベイオウーフに、リトナールは愉快そうな口調で続ける。
「全く……もう一度言いますよ?私の目の前にいる貴方――それが諸公を暗殺しようとしている組織の存在を、何よりも肯定しているようなものではありませんか。
――その不愉快な人形劇を、そろそろ終わりにしませんか?」
リトナールは笑みを崩さない。だがその体からは、先程までとは違う、ある種のオーラが近くにいるものからは感じられるほどに発散されていた。
それに気圧される気配もなく、ベイオウーフ公はリトナールに返す。
「全く、貴殿は私に喧嘩を売りに来たわけではないのだろう?不愉快な人形劇などと……どうも貴殿は口が――」
「それが不愉快な人形劇だ、と言っているのですよ。理解できませんか?全く、貴方は存外、脳内回路が三本くらい切れているに違いない。それとも前頭葉を戦場で貫かれましたか?何れにせよ、思考に大事な部位が欠けておられるようで」
一領主に向かって言うべき言葉ではない悪口を平然と言い放つリトナールに、ベイオウーフ公はようやく堪忍の緒を切る事態に陥ったらしい。静かな殺意を見に纏いながら、背後に立て掛けてある剣を手に取り、抜き放った。そして立ち上がると、リトナールに向けてゆらり、ゆらりと近付いていった……。
「――どうやら貴殿は、年配者に対する敬意を払う男ではないらしい。何様の無礼は、我が剣の錆となることで改められよう――このベイオウーフ=サウザンドブラッドのな!」

「――貴様如きがその名を叫ぶな下郎が!」

豹変――リトナールの心中は、そうとしか形容すべき言葉がない変化を遂げていた。嘲る笑みから、底知れぬ怒りへと。顔こそ変化と言えば瞳が開く程度の事しかないが、彼の叫びは会談の小部屋を震わし、一瞬だがベイオウーフの動きを止めたのだった。
その一瞬の隙を突くように、リトナールは簡易呪文を唱える。すると始めに渡した『幻影絵巻』から、無数の触手が溢れ、ベイオウーフの全身を拘束した!そのままずるずると、彼が座っていた席へと引き摺られていくベイオウーフ公。
「な!何をする!」
怒りに満ちた目線を向けながら喚くベイオウーフ公。それに冷ややかな目線を向けながら、リトナールはハンカチで静かに手を拭いた。
「それはこっちの台詞だよ。全く……よりによって古典的な手段で来るとは思わなかったよ。確かに魔法力も必要なく、簡易魔力障壁でも防げないけれど……カップの取手と口をつける縁の部分に毒を塗る、なんてね。紅茶に入れると流石に色の変化があるみたいだし、貴方に毒は効かないみたいだしね」
カップを少し傾け、縁の辺りに紅茶を浸す。すると、赤々しい色合いが、徐々に薄れていくのが見てとれた。
「……くっ」
口惜しそうに顔を歪めるベイオウーフに、すっかり敬語の使用を止めたリトナールは続ける。
「大方、二択を考えていたんだろうね。飲んだら良し、飲まなくても魔力を封じる札を貼って抹殺のつもりだったんでしょ?――ほら」
リトナールがベイオウーフに見せびらかした札――それは間違いなく、ベイオウーフが貼ろうと画策していた札だった。
「この部屋で探知魔法や転移魔法が使えないことから、魔力を消す札は確かに効果的だよね。必要魔力が少ないから、貼られたらお仕舞いだし、そもそも元来人間が持つ魔力探知能力でも中々探知されづらい……」
顔をひきつらせるベイオウーフの目の前で、札が破り捨てられる。本来なら封じられた魔力が暴走するので危険なはずなのだが、それすら魔力で押さえ付けているかのように、小規模な爆発一つ起こさずに札は粉々になってしまった。
「――っと、こんなところで良いかな?こんな場所でも暗殺仕込むくらいだから、相当火種撒きに奔走してるんだろうね。
――いや、させられたのかな?」
ベイオウーフの足元に、魔方陣が浮かぶ。いかにも凶悪そうな、複雑怪奇な紋様が刻まれた魔方陣……それはリトナールの呼吸に合わせて静かに明滅している。
「ま、待て!ここは私の城だ!貴殿は領主を殺すというのか!」
「確かにここはサウザンドブラッド家の城……だが貴方の城じゃない。さっきから言っているよね?遠回しに言っても理解できないミニマム脳味噌にわざわざ直接言うんだから感謝してよね?
――貴方、いや、お前はベイオウーフ公ではない」

「!!!!!!!!」

ベイオウーフ……いや、それ以外の何者かは驚愕の表情を浮かべる。反論しようと開いた口は、『幻影絵巻』に仕掛けたローパートラップにより封じられた。
リトナールは軽く髪を掻き上げ、無様にもがく男を前に、毒舌を全開にした後――確信を持って告げたのだ。
目の前にいるベイオウーフ公は、偽物だと。
「舌も噛ませないし、自決用の毒も飲ませないよ。お前には聞きたいことが沢山あるからね」
零度以下の目線を投げ掛けつつ、リトナールはそっと、後ろ手で戸を開ける。すると……先ほど部屋まで案内をしたボーイが一人、部屋にすっ……と入ってきた。……手に、体に不釣り合いなほどの大きな剣を持ちながら。
「!!!!!!!!」
その剣を見た男が、さらに驚愕の表情を浮かべた!それを眺めながら――ボーイは姿に似合わぬ厳かな口調で告げた。
「――ご苦労、'ジョイレインの狂人'」
「あはは……どうも。ですが倒すのは止めてくださいよ?彼は貴重な情報源なんですから」
「……承知の上だ、若き狐よ」
「嫌ですねぇ、父上のような道化や、貴方のような老練した大狸には敵いませんよ――ベイオウーフ公」
一人は厳かに、もう一人は軽やかに、お互いに平等な口調で話すボーイとリトナール。しかしその実――ボーイの方が立場が上だ。

銀髪を後ろに束ね、細いながらも良質の筋肉が引き締まった体に、美形ながらも実直を絵にしたような角顔。そしてそれに似つかわしい荘厳な雰囲気を纏ったボーイ――それがベイオウーフ'ドラグスレイヤー'サウザンドブラッドの姿だった。

「さて、まずは態々ご苦労様、と言っておこうか。数日前にフェアリーを大量に召喚して、俺の身代わりの死体を妖精の国に連れ去り、見事に入れ替わり、今日この日まで家臣に気付かせずに過ごしてくれてな……」
既に歯が噛み合っておらずガチガチと震えている男に向けて、ベイオウーフ公は厳かに告げる。片手で身の丈ほどもある剣を持ち上げ、教鞭のごとくもう片手に峰を打ち付けながら。
そのまま、一歩一歩近付いていくベイオウーフ。既に男は恐怖の限界を超えたらしく、顔をひきつらせたまま動くことも出来ない。尤も、相変わらずローパートラップは働いているので、もとより動くことなど出来る筈もないのだが。
やがて、ベイオウーフ公は震える男の前に立つと、剣を持つ手を変え、持っていた方の手で相手の後頭部を掴んだ。そして――。
「そしてこうも告げようか。

――よくも俺の名前を許可なく何度も騙ってくれたな。名誉毀損の罪は、貴様の存在で購ってくれよう」

ゴ      ス      ッ
噂では旧魔王時代のマッシヴゴブリンやオーガ、トロールすら一撃で倒せるとの噂の頭突きを、躊躇無く男に食らわした。男は激突の衝撃が来た瞬間意識を飛ばし、同時にローパートラップが解除された。
「……ふぅ」
頭から煙を出しつつ地に倒れる男を一瞥すると、ベイオウーフは肩を鳴らしながら男を担ぎ、リトナールの隣に移動した。すれ違う刹那、リトナールが口を開く。
「父上が趣味で開発した自白トラップ、使いますか?」
「……あの男と肩を並べる趣味はない」
先程まで暗殺者の男に向けていた視線とは全く違う、対等かそれ以上の立場なものに向ける視線をベイオウーフ公に向けるリトナール。ベイオウーフ公はそれを受け流しつつ、部屋を出た。リトナールも、それに続く。

廊下には、メイドやボーイ、執事や大臣などの姿は見えず、いるのは倒れ伏している、既に事切れた暗殺者だけだった。この外見は若い公爵がすべて一刀のもとに沈めたものと思われる。
「……僕を試しましたね?」
静寂の廊下に、リトナールの声が響く。前を歩くベイオウーフ公は、素直にそれに答えた。
「……無論だ。利用した、ともいえる」
「……まぁ僕でも、もし僕が来るようならそうするでしょうけれどね」
さも可笑しそうに笑うリトナールに、ベイオウーフはクスリともしない。対称的な表情を浮かべている。
そのまま暫しの沈黙が続いた。破ったのは、ベイオウーフ公。愛剣『ジャッジメント』を持ち上げつつ、口を開いた。
「……何時から気付いた?」
「何がです?」
「……あの男の正体だ。俺とは初対面の筈だろう?だが、リトナール。お前は一度としてあの男をベイオウーフ公とは呼ばなかったな」
リトナールは、どこか気恥ずかしそうに笑う。
「兄上や父上から貴方様の性格を聞いておりましたので、あの男の最初の台詞で確信しました。間違っても僕なんかに、殿なんてつける筈無いですしね」
ベイオウーフ公は、基本的に他者を敬語では呼ばない。その辺りリトナールの父親であるマジュール=ジョイレイン公と共通する部分ではあるが、当人らの性格は真逆であるのでそりは合ったためしがない。だがそこまで仲が悪いわけではないらしい。
「……あの阿呆は何と?」
「『傍若無人にして傲岸不遜、なのに堅物な若年寄ヤロー』だそうです」
龍の返り血を浴びたせいで成長が止まった体に不釣合いな経歴。これを『若年寄』と呼んだのであろう。実年齢も立場も、マジュール公と大体同じなのだ。
「……堅物を軽薄に、若年寄を若作り爺に変えて、リボンを付けて送り返す」
少なくとも、マジュール公に阿呆と言えるのは、この世界ではこの男と息子二人だけだろう。
了解、と一声、リトナールは相変わらずの笑顔のまま、推理小説の種明かしのごとく続ける。
「それに、僕のような立場の人物を、普通ボーイに部屋など案内させませんよ?良くて秘書+SP、最悪ベイオウーフ公のボディーガードを一人つける筈。いくら秘密会議とはいっても、流石に不自然ですよ。ここに来たときから、僕を試そうとしてるとしか思えませんでした」
ふふふ、と含みのある笑いをするリトナール。それはまるで、差し出された遊戯を思う存分楽しんだような顔であった。

「――阿呆とは違う意味で食えないな、お前は」

感心するような、呆れるような、どちらともとれる声で呟くベイオウーフ公に、リトナールはただ意味深な笑いを漏らすだけだった。

「それで、僕からの提案はどうです?」
「……無論、承諾しよう。私が中心となる、で良いのならな」
「それこそ問題無いですよ。何故なら――」

「――既に手は打ちましたから」

――――――――――――――

その後、サウザンドブラッド家が中心となった討伐戦は、ベイオウーフ'ドラグスレイブ'サウザンドブラッド本人が『ニーズヘッグ』の首領を討ち取ると言う展開に終わった。連合側の犠牲者は少数と言う、相手からすれば虐殺ともとれる一方的な展開であった。
魔物共存側と魔物反対側の軋轢はあったが、マトシケィジの提案による共同宣言が効を奏し、少なくとも作戦中、両者の対立は無かったと言われる。

――――――――――――――

「やっぱり兄上には敵わないや」
戦後、約束通り同盟は解散し、利益の大半を魔物反対派に渡し、残りの利益もジョイレイン家は全く受け取らないというスタンスを貫いたのが、兄上だった。
先の演説もあって、兄上の名誉は上昇している。弟子入り希望は……そのうち来るかな?尤も、その様すら含めて、兄は自分を道化と呼んでいるわけだけど……。
……。
……道化、ね。

「道化で良いじゃない。道化を演じるだけの能力は、僕にはないんだからさ」

脚光を浴びるのは兄上。けれどその舞台を作るのは僕。最高の役者に最高の舞台を。
例え土台を作ったとして、舞う役者が大根であれば土台すら崩れるだろう。逆もまた然り。
ならば、最高の役者には、最高の舞台を。
そしてそれを作り上げるのは――僕だ。

「どこまで高みに行くやら……ね」

これからの未来を思いながら、僕は戦後処理の書類を仕上げる準備にかかった。

fin.




おまけ〜マチルダの今〜

「ふぅ……ぁぅ……」
苦しい。
苦しい。
どこまでも苦しい。
「ひぅ……ぅん……」
あの日以来、私の生活はまるっきり変わってしまった。自由に爛れた生活から、拘束に拘束を重ねた生活へ。
「ぅぁん……んはぁ……」
苦しい。
苦しい。
どこまでも苦しい。

……………………のにっ!

「んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!もっと縛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

私、感じちゃってるのぉっ!キツキツに締められた縄の感触とかぁっ!首に入ったときの独特な浮遊間とかぁ!猿轡されたときのあの独特の息苦しさとかぁ!全身を圧迫される感覚とかぁ!
尻尾の先端とかをグニュグニュクチュクチュされたろこしこしニギュニギュされたりとかぁ!角の付け根をフミュフミュじゅるじゅるさせられたりとかぁ!
ぬるぬるした触手の粘液が縄を滑らせておま〇こをキュってする時なんかもう私……私ぃ……!

「んあああああああああああああああああああっ!いっちゃういっちゃう逝っちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!とん、と、飛んで、トンじゃうのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!んあああああああああああああああっ!」

――――――――――――――

「……ユキ?あれは一体……」
「………ワタシハナニモミテイナイワタシハナニモミテイナイ(ガクガクブルブル)」
「――ユキ!ねぇ何があったんだい!、ねぇしっかりしてよユキ、ユキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「……これは酷い」
「おいムク今何を見た」

――――――――――――――

「……リト、お前まさかアレをやッたんじゃねェだろうなァ?」
「うん。罰のつもりで'天女御用達フルコース'を」
「よりによッてどんな生き物もほぼ確実にドMに落とし込むアレかよ……加減ゼロでしちゃいねェだろうが……」
「ううん?加減ゼロ。妖精にイケナイ遊びを教えない制約も付けて……ね。大丈夫。命と性格は元のままだから」
「……お前は悪魔かオイ」

fin(笑)




書庫へ戻る