「スパゲティ〜串カツ〜カニコロカニコロお子様ラ〜ン〜チ〜♪」
胸焼けしそうな組み合わせを歌いながら、外見年齢小学生くらいの黒髪ポニーテールの少女が、猫の絵柄が付いた買い物袋を手に、沢山丸の付いたバーゲンのチラシを眺めていた。しっかり時間の辺りにまで丸がついている辺り、チラシの本来の持ち主は所謂'賢い主婦'であるらしい。
だが、その'賢い主婦'は服の色合いには大して気を遣っていないらしい。いや、逆に遣っている、と表現すべきか。胸元の赤いボンボンと、ブラウスを留める赤いリボン以外は、全て――それこそ上から下まで艶消しの黒で覆われている。黒は女を美しくするとは言うが、ここまで黒で統一させてしまうと、身内に不幸があったかどうか心配されてしまいそうである。
幸いなことに、彼女にその手の不幸は起こっていない。起こっていたら手に提げる物が買い物袋でなく数珠になるだけの話だがそれはさておき。
「……っと、かなやがずっと歌っていたから〜、つい覚えてしまったわ〜」
何処か間延びした声と、外見に似つかわしくない口調が彼女の口から発された。と同時に、彼女の纏う空気が外見相応の物から変化する。例えるならば……そう、家庭を持つ主婦のようなそれに。
「流石にこのメニューは有り得ないわ〜。栄養価が偏りすぎよ〜。やはりかなやにはもう少し野菜を食べて貰わないと〜」
これを頼むか、だとしたらこんなサラダが出来るか、そしたら財布の残金は……と、完全に主婦をやっている黒の少女――くろの。実は彼女は、おおよそ九世紀ほどの時を生きている悪魔である。
今は実質同居人の猫娘――かなやの世話女房、と言うより親代わりをやっているくろの。親故に栄養バランスには気を遣わなければならないと考えているらしい。
因みに最近は新たな同居人として、スライム娘のさはらを迎えている。かなやが拾ってきたものを預かる形になったらしい。何だかんだ世話焼きな悪魔なようだ。
焼けたアーケードの煉瓦を厚底靴で遮りつつ、くろのは時計を確認する。セールスまであと十分。そしてホームセンターにはたった今到着した。行き慣れたホームセンター、配置換えはない。
「……よし」
くろのは行動ルートを確認し、店内へと足を踏み入れた。

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「奥さん大根確保してぇ!」
「らっしゃいらっしゃい安いよ安いよ安いよォ!」
「タイムサぁぁビぃスぅぅぅぅぅッ!(カランカラン)」
「ちょっとこのトマト質が悪いんじゃないのぉぉっ!?」
「すみませぇぇぇん!質の良いものと交換しまぁぁぁす!」
「ニィグヴヴヴヴヴヴヴ!」
「ちゃんとレジに持って行きなさぁぁぁぁぁい!」


――そこはまさに戦場であった。数多の主婦達が皮下脂肪を互いにぶつけ合い、迫り、商品をかっさらっていく。激闘の地、バーゲンセール会場。
叫びや怒号が飛び交う中、他の主婦達と体格差があるくろのは、最低限・低燃費・効率的な動きで商品を手に取り、目利きし、買い物籠に入れていく。小柄な体格故に隙間からすっ、と入り込み、手を伸ばして必要なものだけ籠に入れることが可能であった。
「馬鈴薯〜、山芋〜、里芋〜、薩摩芋〜、ヤム芋〜、タロ芋〜」
しかしながら何故芋ばかりなのだろう。いや、ちゃんと人参やピーマン、トマトや茄子なども買ってはいるが、何故芋か。と言うよりヤム芋やタロ芋なんて売っていたのかこの店は。
まぁ考えていてもしょうがない。くろのは次に飲料コーナーに向かうと、さはらに合う水を……箱買いした。
……コントレックス箱買い。夏の黄金比。いや、今(作中時間)が夏かは兎も角。
さはら自身は普通の食事が恋しいらしいが、水の方が体との親和性が高いという。で、どの水が一番親和性が高いか……かなやの妨害が入りつつ試したところのコントレックスだったという。体にコントレックスを。
それなりに値段が高いはずだが、
「さはらちゃんは育ち盛りだから〜」
との理由から、食費への出資は惜しまない。それがくろのの主婦道らしい。まぁ家計がマズくなったら次善のアルカリイオン水になることはさはらも承知しているようだが。
「さて、最後に〜」
特売品である鰹の叩き、それをベルが鳴るのと同時に手頃な物を手に入れ、そのままレジへと直行した。他の主婦が惚れ惚れするほどの手際の良さで。
片手に持つ籠は、小学生が持つには重すぎる量の品物が入っている。それを鼻歌交じりに持っている辺り、外見との差に驚かざるを得ない。
「お〜うち〜へか〜え〜ろ〜お〜♪」
シチューのCMの曲を口ずさみながらレジに品物を置き、レジ員が値段を告げる前にぴったりの額の金銭をレジに置くと言う荒技をやってのけるくろの。
「ポイントもお願いしますわ〜」
賢い主婦にも程がある。ともあれ、ポイントを得ると籠を運び、買い物袋に物を整然と入れていく。これがかなやの場合はがさつに、さはらの場合はバランスを崩したりと上手く行かなかったりする。その辺りは長年の経験か。
全て詰め込み終えたくろのは、やはりどう考えても小学生が持つサイズではなくなった買い物袋を手に、そのまま戦場……もとい、ホームセンターを後にしたのだった。

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「やさ〜しくしげきてき〜♪」
一昔前の飲料水のCMソングを口ずさみつつ、くろのは街を往く。途中何回か荷物持ちを手伝おうか、と言う親切な申し出があったが、
「有り難う御座います〜。でも大丈夫ですよ〜」
と一言、笑顔で断っていった。荷物の持ち方に危険な気配はなかった事から、向こうもそれ以上追求することは無い。家に帰るまでの商店街、所々にシャッターが目立つとはいえ、独特の元気の良さはまだ健在だ。
「これ買ったらかなやは喜ぶかしら〜」
と、懐かしのハムカツを昔馴染みの店で購入するくろの。無論、一つは自分用に買い、ソースに浸して食べ始めた。
「ん〜」
昔と少し変わった味がしたのは、自分の舌が変わったのか、それとも作る人の腕が変わったのか。勿論、変わらない物もある。独特のサクサク感と、舌が焼けそうになる熱さは相変わらずだ。けれど……昔に比べ、風味が雑になったような気がするのだ。
「……時代かしら〜」
この街に暮らして、何年経っただろうか、くろのはふと考えてみた。最近は生活に刺激が多く時間の密度が濃かったとはいえ、その期間よりも前もこの街にいた事を考えると……。

「……あらあら〜、それは変わるわけね〜」


子供が大人になるまでの時間、それだけ長い時を同じ街で過ごしていたのだ。当然、風景も変わって然るべきではある。そこまで考えて思わずくろのは、相変わらず老けた思考をする自分に苦笑した。種族的に長命であり、種族年齢を考えれば小学生かそこらの彼女だ。それがこうも老けた思考をするなんて……と。


「――まぁ、過去を懐かしむのは後にしましょうか〜。かなやがお腹を空かせて待ってるでしょうし〜」

自分が老けた原因、そこに思考が及ぶと色々と長くなる事から、くろのは強引に思考を打ち切り、止めていた足を動かして家路に着くことにしたのだった。


その後、帰り道途中で近所に住む話好きの奥様と出会い、思わず世間話で盛り上がってしまったくろの。
当然買っていたハムカツは家に着く頃には冷めていたので、調理の時に二度揚げしたことは言うまでもない。

fin.









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