鈴華神社の現『深淵翼』継承者、鈴華美影が、山中に突如として現れた遺跡に関する調査を依頼されてから、数日が経った。
流石に学生という身分上、美影は学業を疎かにはできない。なので主に土曜日を中心に遺跡の探索は進められる。
所謂『光の扉』や『テレポカード』のような、ダンジョン脱出道具『深淵羽』の使用許可が出ているとはいえ、遺跡の中は相当広いと思われる。
正直、夏休みなどを利用して探索しないと大した距離の探索すら出来ないのではないか……美影はそんなことを考えながら、一先ずは入り口付近の探索を進めた。

「……まさか『深淵翼』に、マッピング機能があるとは思わんかったわ」

『ウィル・オ・ウィスプ』を出現させて辺りを見回す美影。丁度彼女の左目辺りには、簡易に書かれた周辺の地図が、今まで行ったことがある場所のみ記されている。
美影の現在位置は赤い点で印され、見回す度に地図が広がっていく。丁度、『不思議なダンジョン』を想起すると分かりやすい。

「残念なんが、マップカードっちゅ〜便利なもんは、現実世界に無いことやな。ま〜あったらウチをこんな場所に送り込むはず無いんやけど……ん?」

いつものように軽口を叩きながら、遺跡内部を歩く美影は、ふと遺跡内に、無造作に転がっていた物体に目がいった。
左目のマップには……青い点。間違いなくアイテムの印だ。少なくとも、今までこうしたものが敵だった覚えはない。
流石に露骨に怪しい宝箱には近付いてはいないが……。

「……?何やろ」

周囲に敵の居ないことを確認すると、美影はマップ上の青い点――無造作に転がる物体に近付いていった……。

――――――――――――――


「ねぇさま……遅いな〜」

神社の縁側に腰掛けながら、本日のお勤めを終え休憩している鈴華猫乃が、山の方を眺めながらそう独り言を呟いた。
いつもはピンと立ってピコピコと動いている筈の彼女の耳は、寂しそうに髪の方にぺたんと倒れ込んでいる。
ふらふら動く尻尾も、地面にふにゃりとへたり込んでいた。霊猫族である彼女は、感情がわりと耳や尻尾に出やすいのだ。
「あらあら……いつもでしたら三十分ほど前に家に着いている筈なのですが……」
彼女の背後では夕げの準備をしている沙雪が、眉をやや八の字にして猫乃を見つめている。
かれこれ二十分近く外を見つめながら、ぼんやりとしている彼女を母親として心配しているのだ。

「……夕げを頂いた後で、一緒に探しに行きましょうか」

無論、美影の事も心配はしている。だが、心配していて何が出来るか、それを考えるに当たって、
まず何らかの方策がとれる彼女の方を優先しているのだ。それに――探すに当たって体力も必要である。

「……。はい、おかぁさま」

猫乃もその事を理解しているのか、ゆっくりとだが、食堂として使う畳の部屋へと向かっていった……。

「……帰ってきたら、どうしましょうか……」

明らかに手を握ったり開いたりしている沙雪。力加減を時々間違えているらしく、折られた割り箸がゴミ袋に無数に差し込まれている。

「……ねぇさま……早く帰ってこないと、無事に……」

これから起こりうるであろう惨劇に身を震わせながら、猫乃は自らの箸をゆっくりと途中暖かな味噌汁に舌を火傷しそうになりつつ、……恐る恐る進ませていった。


――――――――――――――


「……ねぇさま……」

本日何度目とも知れぬ呟きを漏らしながら、猫乃は人のいない神社の庭から、すっかり闇影の塊へと変化した露香山の方へと目を向けた。
いつもならば、「あ〜しんど〜!レポートちょいメモしたら風呂入るぅ!」等のどこか苛ついた一言の後に「猫乃ただいま〜!」と大きな声で叫ぶと、そのまま返事する間もなく家に入っていくと言うのに。声はおろか姿すら見えない。

「……」

もしかしたら近くまでいるのかもしれない。そんな淡い期待を心に抱きながら、猫乃は耳をピン、と立て、気配と魔力を探る。
くりくりと回転する耳が、何とも可愛らしいのだがそれはさておき。果たして何も感じなかった……と言うわけではなかった。寧ろ、

「……え?」

美影の魔力の気配。それがこの鈴華神社に、それも庭の中に感じられたのだ。
それこそ当人が到来するか、庭で『深淵翼』を使わない限り感じられないであろう魔力を。

「ねぇさまっ!?」

慌てて猫乃は、魔力の感じた方へと駆け出した。身に付けていた巫女服の袖が、袴がパタパタと揺れるが、縺れる様子はない。
……とは言っても、袴は膝丈より上なので、足を動かすのに不自由はないのだが。
ちなみに沙雪はまだ準備をしている。討滅師としての服は、『深淵翼』や『影楼』を所持していた頃と違って、自ら身に付けなければならない。着替えには当然、相応の時間が掛かる。
だから当然、その後の猫乃の行動を止めるものもいないわけだが……。

「ねぇさまっ!ねぇさまぁっ!」

必死で叫びながら、魔力の感じられた場所にようやく到着した時……?


「……あれ?ねぇさ……ま……?」


そこに在ったのは、どこからどう見ても鈴華美影ではあり得なかった。
少なくとも彼女は金属の体はしていない……と言うかそれ以前に人型である。
間違っても猫乃の踝辺りか脛辺りまでの大きさしかない物質ではない。
さらに言えば口は突き出ていないし、頭は開閉式になってもいない。間違っても、顔全体に呪印のような紋様が刻まれてもいない。
足がトロフィーのように広がっている訳でもなければ、その上に直に顔が繋がっているわけでもない。

「……ランプ?」

以上に述べた特徴から、猫乃は目の前で転がっている金色の物体を、ランプであると判断した。
そして、ランプから感じる魔力に、間違いなく姉のものが混ざっていることにも気付いた。

「……まさか……」

ランプ、紋様、美影の魔力。ここから導かれる脳内の結論に、猫乃は無意識のうちに従っていた。

すりすりすりすり。

「……」

すりすりすりすり。

「……」

すりすりすりすりすりすりすりすりすり……カタカタ。

「……あ」

何度か擦ってみたら、ランプの表面に書かれた呪印が光を仄かに発し始めた。同時に、中でエネルギーの本流でも起こっているのか、手の中でカタカタと震え始めた。
取り落とすまいとランプをしっかり握る猫乃。その思いを振り払うかのように振動を大きくするランプ。
互いに互いが鼬ごっこの様相を見せるなか――!


ぼしゅううぅぅぅぅぅぅっ!


「わぁぁっ!」

ランプの注ぎ口、そこが一瞬根元から膨らんだかと思うと、大量の白い煙を一気に噴出した!たちまちのうちにもくもくと浮かぶ煙は、しかし不思議なことに拡散せずに注ぎ口に対し垂直に収縮していく。
放出の勢いで少し尻餅をついてしまった猫乃は、立ち上がろうとして顔をあげると、凝縮した煙が、何やら様々な色を纏いながら人の形を取り始める。
注ぎ口の方はまだ煙に覆われているが、少し上の方に行くと、さながら捩られた布のような起伏を持つようになる。それが二本。
まるで足を覆い隠すズボンのようなものを具現化するかのように。
二つの螺旋はさらに上、人間でいう股関節を象るような場所から生えており、その場所すら、すぐ上の部分とは色が違っている。
今までが紫陽花に見られるような薄紫色なら、そこから上は健康的な茶褐色だ。
緩やかな逆三の双曲線擬きを描く煙。ちなみに前後の起伏はあまり見られない。
一部紫の煙が覆っているのは、人間でいう胸の辺りだろうか。
肩口の辺りで、煙は三方向に伸びている。そのうち二つの先端近くに、橙と黄金の腕輪のようなものが、明確に見てとれた。
恐らく、何らかの存在を封じるために付けられたものだろう。その腕輪の先では、煙が手を形成していく。
唯一、何にも拘束される気配のない煙は、茶褐色と緑に分かれ、そのまま茶褐色は肌を、緑は髪を、それぞれ具現化していく。
長髪は後頭部で筒状の物で一束に纏められ、それでもなお余りある長い髪が、肩口にまで垂れ下がる。
その間に茶褐色は肌……というよりは顔を形成していく。それはどこか人間でいうならば、勝ち気そうな凛とした表情を描きそうなパーツを、粘土に彫りつけるように作り出していく。
ただし耳は、それが人間でないことを示すかのように長く、先端は尖っていて――!?

「……ねぇさまっ!?」


正直、猫乃は呆然するしかなかっただろう。予想が的中とは言っても、まさか姉の美影がランプの魔神になっているとは思いも寄らなかった。驚いて声を出したとはいえ、彼女は依然として硬直のままである。

「……」

そんな猫乃の心など知るよしもない美影は、形成された瞳を閉じたままでいた。まだ体の形成が完全に終わってはいないのだ。
髪の毛の一本一本が定まり、腕も、胴体も、ズボンの部分も、全てようやく定まって……。

「……。……っ?」

瞳を徐々に開いていく美影。そのとき彼女の視線にあるものは、猫乃より前に――自らの際どい服装。

「……な……」

ベリーダンサーを想像して貰えれば一番分かりやすいだろう。胸元を覆う布地と、臍から下を緩やかに覆うシースルー。
完全に臍出しルックスである。女魔神補正で腰回りのスタイルは良くなっているが、その肌は自らが見馴れた白い肌ではなく、インド辺りで見そうな褐色で――!


「何やのこの格好はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


置かれた状況より、目の前の猫乃より何より、彼女にとって羞恥の限界に挑むような服装に対して叫ぶ美影であった。


――――――――――――――


――時は遡り遺跡内。


「……何やの?これ、ランプ?」

無造作に地面に寝転がっていたものは、カレー用ソースポッドもといランプであった。
アラビア辺りの物語に出てきそうな、古めかしいものである。

「……ほっ、と」

取手の部分を掴み、持ち上げる。中に何も入っている訳ではないのか、軽い。
まぁ入っていても恐らくは化けネズミか何かが塒にしているだけだろうが。

「……ん?何なんやろ、この文字」

土ぼこりが付着して見辛かったが、ランプの表面、特に蓋の辺りには何らかの文字が刻まれていた。明らかに日本語や英語、
その他町で見かけるような言語は刻まれていなかった。唯一、アラビア語にはどこか酷似していたが、この国に於いて高校時代にアラビア語を習わないであろう圧倒的マジョリティの一人である美影に、意味など解る筈もない。

「しっかし汚れとるなぁ……」

当然の事ながら、土埃がランプ全体を覆っているので、手に持つだけで手が汚れること汚れること。
特に自分の手の汚れは、この環境下に於いては物を食べるときくらいしか気にしないとはいえ、流石にランプの汚れは気になったらしい。

「……ちょいと、拭いたろかな?」

何気なく持ち変えて、危機感の欠片もなく素手で拭き始める美影。ランプの魔神か何か出てくるかな、等と全く考えること無く、ただ単に'汚いから'という理由でランプを拭う彼女は、しかし気付かなかった。
彼女の視覚の位置から、段々と文字が光り始めていることに。

「……?何や?この光――なぁっ!?」

美影が気づいた頃には遅かった。ランプを支える左手が、ランプにくっついてしまったのだ!

「なぁっ!く、と、取れへ――あつぁっ!!」

くっついた方の手をブンブンと上下左右に振り回す美影だったが、ランプはまるで左手と癒着してしまったかのようにぴったりと貼り付いてしまっていた。
その上に遠心力が、ランプが皮膚を引き剥がすような力を加え、その猛烈な痛みに美影は左手をだらんと垂らしてしまう。
手に張り付いたランプの注ぎ口が、彼女の顔に向いた――その瞬間であった。

かしり

「え……?」

何か、錠付きのものが填まったような音。同時に、両腕が幽かに重くなったように感じられた美影は、次の瞬間には固まることになった。


「――な、何やのこれぇぇぇっ!」


彼女の両腕には、橙色をしていて、黄金色の枠が付いた腕輪が填められていた。恐らく先程鳴ったのが装着音だろう。
慌てて外そうとするが、鍵穴どころか接合面すら見当たらなかったのだ!
腕輪が付いたときには、既に手からランプは外れていた。だがそれは同時に――全てが完了したことを意味していたのだった。



――ごぅっ!


「――!!わわぁっ!」

美影の体を吹き飛ばすような――いや、吸い込むような強風。その大元は、注ぎ口から、いや注ぎ口に向かって発生している!
突風にバランスを崩した美影は、顔面からランプに突っ込みそうになり、咄嗟に両腕を眼前に突き出した――が!

ぼしゅうっ!

「!!!!なぁ――」

叫ぶ間も、何が起こったのかを考える間もなく、突き出した両腕ごと、美影の顔は注ぎ口に呑み込まれていく……。

「〜〜〜!!!〜〜〜!!!」

彼女の胴体より何回りも小さい筈のそれが、彼女を少しずつ、だがしかし確実に飲み込んでいく。
抵抗するように脚をジタバタと動かす彼女だったが、そんな抵抗は無意味とでも言わんばかりに、ずぃい、ずぃいと取り込んでいくランプ。

そして――。

――ずぽん、かた、かたた……


全て飲み込んだランプは、地面にことん、と落ちると、まるで中で暴れるのを押さえつけているかのように、カタカタと幽かに揺れるのだった……。


――――――――――――――

「……ともすれば美影さん、貴女は何故この場所に来られたのです?」

腹部を押さえて地面に踞る美影に、沙雪は優しく呟く。美影の叫び声を聞いて駆けつけた沙雪が、先手必勝とばかりに美影の腹部をほぼ全力で殴ったのだ。
『深淵翼』無しでも暴漢をナナハンごと、無傷で吹き飛ばせる威力を持つ拳を受けた美影は、当然の事ながら呻き声をあげながらよろよろと起き上がり、ゆっくりと言葉にしていく――

「……げほっ……ごほっ……」

――事が出来ない。当然ではあるが、声が出るような状況ではないのだ。少なくとも、沙雪の拳をまともに受けているのだから……。

「……ねぇさま、『治癒の祈祷』、するね」

見かねた猫乃が術を用いて美影の体調を回復させると、ようやく声が出せるようになった美影が……それでもやや息が絶え絶えに語った。

「……それがな……っ……ウチに呪いをかけおった……あつつ……このランプがな……

『我の波長と合致せりせりせり。汝を魔神とせんせんせん。自由を願われし時迄迄迄、一人につき三回回回、願いを叶えよえよえよ。但し数は願いでも増えぬえぬえぬ。まずは汝の知己からからから』

……っちゅうて……ココまで転移してんよ……ぐ……」

何ともエジプトのファラオ臭のする話し方のランプの魔神だ。

「……成る程……」

今の話で、沙雪はどういうものか理解したらしい。ルールも、その意味も。理解できていない猫乃は瞳をぱちくり、尻尾を?の字にさせるだけであった。

「えぇと……かぁさま、一体これは……どういう事ですか?」

沙雪は人指し指を立てた。

「つまり、今美影はランプの呪いでランプの魔神さんになっていまして、猫乃さんと私、合計六回願いを叶えて貰えるのですよ?」

「確かにそうなんやけど……確かに一人辺り三回やねんけどぉ……!」

どこか悲しそうにする美影を敢えて無視し、沙雪は猫乃に何かを耳打ちする。猫乃はそれに……喜びの表情を浮かべて「はい!」頷いた。何を言われたのか訝しむ美影に対し、沙雪は――。

「……では、私の願いから行きますね」

――手加減容赦無い願いを三つ、言ったのであった。

後に美影は語る。

「母さんだけは、絶対敵に回しとうないわ……」

と……。


――――――――――――――


「――じゃあ……次は私ね、ねぇさま」

沙雪の『三つの願い』を叶えた後、ややふらふらとしながら猫乃の方に体を起こす美影。体力は魔神補正であるのだが、如何せん先程の願いが強烈すぎたのだ。体内の魔力を一瞬枯渇させてしまう程に使用する願い……。
(よりによって『現在この国で起こっとる妖魔絡みの問題を原因対象込みでA4用紙を何枚も使って良いから記せ』やもん……それに預金通帳のゼロの桁を三個増やせて……んでオトンの運気の上昇て……)
特に一番最初が色々と辛かったのは言うまでもない。妖魔絡みの問題は、妖魔が関わっていないケースも多いからだ。例えば――防衛費を巡る退魔協会同士のいさかい等と言ったものも含む。
いや、二番目も精神的には辛いものがあるが、建物の維持費的都合を考えるとこれくらい必要ではあるだろう、と美影は割りきっていた。
三番目に関しては、人の運命に直接手を加えるため、それはそれは膨大な魔力を消費する羽目になる……が、問題になるのはそれだけだ。
兎に角、情報の収集、集計及び印刷を一度に行う一番目の願いは、体力的にも魔力的にもしんどいのである。

「……はい。じゃあ猫乃?貴女の願いをウチに言って?」

どんな願いが来るのか、ややうんざりな雰囲気を醸し出しつつ、美影は猫乃に聞いた。
ランプがこうして魔神に親類の願いを叶えさせるのは、欲にまみれた親類の姿を見せることで、人間であることを意識的に捨てさせるよう仕向けることである。こうした意味では、今の美影はランプの思惑通りの精神を持ってしまいかけていた。
……尤も、その精神の大半は母親に対する恐怖でもあるわけだが。

「……んー……」

下唇に人差し指を当てながら考える猫乃。願いは決まっている筈。
先程沙雪が耳打ちした願いに決まっている。猫乃は……素直で良い子だ。それも、自分の欲がないのではないかと思えるほどに。
だから、もしも。


――願いを聞かれたとしても、何も浮かばないかもしれない。だから、母である沙雪が先回りして――?


「(な……何考えとるん私!?)」

心の底に付いた染みが、じわじわと心を侵食していく。吐き気すら催すようなえぐみが、徐々に美影に広がっていく。
美影という人物が、少しずつ捩られていく。普通に、素直に考えようとしても、相手を歪んだ目で見つめてしまう……!

「(こ、このままやとアカンっ!このままやと――心ん底から魔神になってまう!)」

そうなってしまえば、例え自由になったとしても、そこにいるのは『鈴華美影だった魔神』でしかなくなる――
つまり、彼女の存在が消えてしまう!かといって、今の美影にとれることは、猫乃の願いを聞き、それを叶えることだけ……。

「(あぁもぅ何やねんなこの三文小説じみた危機一髪はぁっ!)」

ままならぬ現状を嘆きつつも、美影は覚悟は決めていた。……半ば自棄だが。
「l……ねぇさま……」

猫乃は、普段はどこかぼんやりとしている瞳に、確かな意思を湛えながら――、


「……ねぇさまを人間に……ランプに触る前のねぇさまに戻してください!」


力強く、そう叫んだのであった。


「……え、あ……!?」

猫乃の言葉を美影が理解するよりも早く、ランプは忠実に、猫乃の願いを聞き遂げていた。
注ぎ口に接着していた煙の切れ端が離れ、地面に降り立つ。すると、二股に分かれ脚を形成しながら、先程の踊り子のような服とは違う、本来の美影に似つかわしい――巫女服を描き出した。
肌の色も茶褐色から、本来の健康的な肌色に、髪の色も緑から黒へと変化し、耳の長さも元に戻った。
暫くすると、美影は元の'冥装'状態の格好に――人間に戻っていた。……ランプとの繋がりを示す、両腕の腕輪を除いては。

「……次に、ランプの呪いは闇の神霊様の管理下に、その魔力ごと置いてください」

「……え……いぅっ!ぉあっ!」

猫乃の二つ目の願いに、ランプは幽かに抵抗したらしく、美影の腕輪から再び褐色の肌が侵食を始めかかった。
だがその瞬間、美影に生えた『深淵翼』が美影の背中に深く食い込むと、そのまま褐色の侵食を背中に向けて吸い込ませ始めた!

「いぁっ!な、なぁぁぁぁっ!あぁなぁあああなぁっ!」

肌に吸い付いた物質を、無理矢理引っこ抜かれていくような、背筋がぞわぞわする感覚が美影の中を走り抜けた!
もしも美影が服を着ていなかったとしたら、腕輪から背中へと、まるで道路のように走る一本の茶褐色の線が見えただろう。

「あぁあ、ぁあ、あぁぁ、なぁぁぁ……」

体を先程まで満たしていた魔神の魔力が、根刮ぎ『深淵翼』の方へと吸いとられていく。力を吸いとられた体は、頻りに重さと気だるさを主張し出し、美影は地面にへたりこんだ。気付けば、ランプの文字の光は薄れ、腕輪の輝きも、どこか薄れている。
それを横目で見た猫乃は――。


「……最後に、ねぇさまに、呪いからの、解放を、自由を――」


最後まで言う必要もなかった。『深淵翼』が魔力を完全に吸い終えると、ぱきん、と甲高く鈍い音を立てて腕輪は壊れ、地面に落ちるとそのまま薄らいでいったのだ。
同時にランプの文字からも光が消え――魔力行使の反動からか、美影は倒れた。

「――ねぇさまっ!」

猫乃が近付き、脈と呼吸を咄嗟に確認する。脈も呼吸も、一定。動やら気を失っているだけらしい。
腕を、顔の色を、感触を、何度も何度も確認する猫乃。抱きついて、眺めて、舐めて、埋めて……。
帰ってきた『ねぇさま』の存在を、自分の肌で感じるために……。

「あらあら……猫乃さんにこんなに心配をかけて……」

そう困ったように呟く沙雪の顔は……安心の感情を体現するかのように、微笑んでいた……。


――――――――――――――


【レポートNo.3】

『カースドランプ』

その名の通り、呪われたランプ。対象に触れた際、触れた者をランプに閉じ込め、魔神に変化させる。
魔神は出現させた人間の願いを一人につき三つ叶えることが出来る能力を与えられるが、
願いを叶える度にその魔神の心には人間への悪意が宿っていき、次第に魔神そのものへと変化していく。
最後まで魔神に変化したものがどうなるのかは不明。

以上に述べた呪いの詳細は蓋に書かれた文字に書かれているものと思われるが、残念なことに探索者である私、鈴華美影の知る文字ではないため不明である。

なお、当ランプに掛かっていた呪いは、魔力ごと消滅した事より、以降同様の被害が発生することは当該のランプでは有り得ず、同様の呪いが掛かった物品が出現しない限り新たに発生し得ないかと思われる。


Fin.




書庫へ戻る