何なのだろう、この遺跡は。
明かりを照らし、周りの風景を眺めつつ、鈴華美影はこの任務を受けてから何度目になるのか、数えるのも億劫に成る程吐いた溜息の回数を、また一加算した。
元より只の遺跡ではないことは十分理解は出来ていた。だが、目の前に広がる風景を見れば、人間の想像なり常識なりがどれだけ脆いかが分かるだろう。
「……整合性、無いわぁ……」
目の前の何本もの分かれ道、今まで石畳に石の壁という非常に分かりやすい遺跡の中を通っていた美影は、その分かれ道を眺めて、改めて溜息を吐いた。何せ、正面左側は土の壁で、右側は青緑の森の中だ。それぞれの逆隣には明らかにジャキンジャキンドッカンドッカン音が響く遺跡に、下手したら現代文明よりもメタルチックな機械の壁だ。混沌以前に、どうしてこんなものを作成したのかダンジョンマスターに小一時間ほど問い詰めてみたくなるものであった。何故、こんなはちゃめちゃな作りの遺跡を作ったのか、と。
「……『位相』……やよなぁ」
念のため、魔力を使って現在位置とこの先の簡易地図を表示させるが……歪んでいるのは空間ではなく、元々の遺跡の構造らしい。
「……『移写』」
先に進む前に、報告のためのマップを書き記す術を用い、紙に地図を転写させた。これで、一度戻るにしても、一端の報告材料を手にしたことになる。
「まぁ、色々手にしとるしなぁ……」
美影は、道具袋の中から、今回の遺跡での拾得物を取り出して確認することにした。全て、今回の調査で拾得したものだ。
流石にそう度々ヘマはしたくない美影は、拾得したものを身につけることをせず、只地面に置いて眺めるだけだった。
スクロール……指輪……イヤリング……手袋……杖……。最初のもの以外、明らかに身につける物ばかりであった。その中でも特に、美影の目に付いた物、それは……。
「……王冠?」
多少土に汚れているとはいえ、いわゆる典型的なクラウン型の、金色に光る王冠が洞窟の中に落ちていたのだ。正面部に光る紅いルビーが、シンプルながら美しさを引き立てている。
それを目にしたのは、遺跡の中でも、特に土煙が激しい場所であった。まるで何か、大きな戦いでもあったかのように、あちこちの壁が歪み、剥がれた石畳から土が露わになっているような場所、その角の方に、土に埋もれるように落ちていたものがこの王冠だった。
布越しに拭い、表面を確認したところで、呪印などは見つからず、またさして新たな発見があったわけでもない。精々輝きが増しただけだった。
「……しっかし、こないな豪勢なモンが、早々遺跡に落ちとるもんなんかねぇ……」
美影はくるくると王冠を回しつつ、全体像を確認していく。身に付けていたのは、どのくらいの頭だったのだろうか、もしかしたら自分にも似合うかも知れない、そんな余所事も頭に浮かべつつ……中心にあるルビーを両目の視界に納めた。
――途端、ルビーが一瞬怪しく光を放った。
「――!?」
慌てたように王冠から手を離す美影。その後、恐る恐る王冠を見直したが、ルビーにも、王冠にも、何ら変化はなかった。
「……気のせいやろか」
今、ルビーがまるで猫の瞳のようにきゅうっ、と収縮し、美影を見つめたように見えたのは……。
「……別に体にも異常は起こってへんしなぁ……」
自らの体を眺めつつ、己の無事を確認する美影。だが体がざわざわするとか、もぞもぞするとかいった変化の予兆は今は見られない。同時に、眠くなるなどといった意識化の予兆も……。
「……ひとまず戻った方が良さそうやな……」
ここで下手に深く進むと、良からぬ事が起こりそうだ、そう判断した美影は、帰還の術を唱えようと、息を調えて――。
――ふわぁ……
「――ん?」
――深く息を吸った美影の嗅覚が、空間を満たす何かを捉えたらしい。先程まではさして気にならなかったそれだったが、一度気付いてしまえば、それは彼女の意識をじわりと侵蝕していく……。
「――何やろ……この香り……甘い……シロップみたいな……」
いつの間にか、美影の居る空間は、不思議な甘い香りに充ち満ちていた。いや……正確にはその香りは――美影に対して吹き付けられていた。それも……左から二番目の、洞窟上の分かれ道の向こうから……。
「だめや……ウチは……戻らんと……家に戻らんと……」
その香りを気にしてはいけない、美影は自分に言い聞かせつつ、帰還の術を頭に描こうとする。だが香りは確実に、美影の意識を占有しようと目に見えない触手を伸ばしていた。
「だめやぁ……ええかおりぃ……もどらんとぉ……なんやろぉ……」
美影の意識が、徐々に香りへの興味へとシフトし始めた。同時に、それ以外の思考が輪郭を失っていく。瞳が焦点を失い始め、道具袋が彼女の肩からずり落ちそうになる。
それを片腕で押さえようと意識が向かったところで――彼女の頭の中から戻る、と言う意識は放逐され、道具袋を握りしめ、目的を達成すると――頭はそれ一色に染められた。
「……」
ふらり、ふらりと、まるで誘われているかのように、土の壁で出来た別れ道へと足を進めていく。そこに何の感情もない。ただ進まなければならない、そんな本能的な、帰巣本能にも似た意識が有るだけだった。
「……すぅ……はぁぁ……」
吹き付けられる甘い香りを、体内に取り入れていく美影。その度に体はぽかぽかと暖まり、心はふわふわと柔らかくなっていく。
虚ろな視線を前に投げかけながら、美影の口は、確かに笑顔を形作っていた。喜びでも感じているのだろうか。或いは幸せか。いずれも現状には適合しない単語である。
――――――――
「……ふう……ふぅぅ……」
それからどれだけ歩き続けたであろうか。十数分かもしれないし、数十分かもしれない。少なくとも美影に現在、時空間の意識も認識もない。香りのする方へ、だらしない笑みを浮かべながら歩いていると言う認識すらないかもしれない。
「……ふぅ……ふぁ……ふぁぁ……」
その美影の足が、徐々にその速度を緩めていく。変わらぬ風景の中で……いや、緩め始めた頃に、辺りの景色に変化の兆候が見えた。
土が掘り抜かれた場所でありながら、その周辺の壁は明らかに何らかの補強が為されている。それだけでなく、全体として形が整えられている。どこか無骨ながら、しかし豪壮さを感じさせる、異様な雰囲気を放っていた。
しかし特筆すべき点は、その壁のあちらこちらから漂う、異様な濃さの芳香だろう。深く、甘く、心の芯まで染まりそうな力強い香り……それが壁のあちらこちらから漂っていたのだ。しかも、奥に進めば進むほどにその香りは濃くなっていく……。
「……はぁぁ……はぁぁ……」
ますます息を荒げていく美影。息苦しそうな息遣いだが、実際のところ酸素は十分空間内に満ちている。足りないのは……彼女の意志。
やがて、ふらふらと歩き着いたのは……土の洞窟の最奥部。そこはさながら、土で出来た特別室のようであった。
美影の真正面――部屋の最奥には、まるで王が座るような椅子が設えられており、綿状のふわふわした物体が敷かれている。しっかりと肘掛けまで作られている辺り、本当に王が住んでいたのかもしれない。
その椅子を囲うように、まるで葉の表皮をそのまま薄く切り繋いだような物体――カーテンのようなものがセットされている。人か何か、位の高い存在が、直前まで住んでいたようだ。
辺りに飾られたカンテラには、大気中の魔力を吸収して光る魔照石が用いられ、部屋全体をぼんやりと照らしている。
椅子の左右には、また別の部屋があるようだ。どちらも大切な部屋らしく、何かねばねばしたもので塗り固められた土が、その入り口の前を塞いでいた。誰かが開けようとしたのか、あちこちに傷が見える。
部屋の左右には、土が固められたテーブルが置かれているが、その一部は無惨にも壊されている。何者かがこの場所に進入し、物品を壊していったのだろう。
と――?
「……ふぅぁ……ぁぁ……」
美影が、まるで何かに憑かれたように、先程眺めた王冠を取り出し――再び眺めた。前方部にある深紅のルビー……いや、ルビーに似た何かが、再び美影を鋭い瞳で見つめる――!
「――!!」
突如、ルビーが激しい光を美影に浴びせた!咄嗟のことで瞳を守ることも出来なかった美影は、目を焼かれるような感覚と共に前に倒れ込み、目を強く閉じた。不思議なことに、王冠は握り締めたままで。
「――ぁあ……何やのぉ……っ!」
残光が瞼の裏に残る中、美影は再びふらふらと立ち上がり……そのまま部屋の中央まで移動すると、全身の力が抜けたように、すとん、と体を落とした。
瞳の痛みは、徐々に落ちていく。代わりに、頭の中に何かぞわぞわとした感覚が生まれ、それが呆けた脳を染めていった……。
美影の握る王冠、その前方中心に埋まるルビー……だったものが、徐々にその体をブラックオニキスの如く闇に染めていく。微かに艶やかなその色合いは、美しさと同時に、どこか不気味さも感じさせるものであった。
「……ぅぁ……ぁぁ……」
美影の頭の中で、ざわつく音は徐々にその大きさを増していく。どこか高飛車にも聞こえる声……それは徐々に、明確な音と意志を以て彼女を侵蝕していく!
『……産めよ……』
「……ぅあ……ぁあぁぅ……」
『……増やせよ……』
「……ぁあぅ……ぅぅあああ……」
『……倒せ……我らが同胞を殺めた……宿敵を……!』
「ぅああ……ぁああうあああっ!」
『……創れ……今一度……我らが王国を……!』
「あぅああっ!あああああああっ!」
美影は、自らの頭がガリガリと鑢で削られていくような感覚を覚えていた。正気を失ったかのように、狂ったように叫びながら、しかし体は首から下を動かすことはなかった。いや、動かなかった、と言うべきか。
苦しげに見開いた瞳、それはルビーの光が移ったように、紅に染まりきっていた。
『……ふふ……』
「あぁぅ!ぅあああっ!」
美影の頭の中に響く声が、嗤う。それはしかし、依代を嘲ると同時に、あやすようなニュアンスも含まれた嗤いであった。
美影の体が、さらに辺りに漂う香りを吸収していく。それに合わせるように、辺りの土の壁も、空気が歪むほど濃厚に香りを吹き出している。蜜を濃縮した物を砕いて、空気中に撒布しているかのような、体を溶かしそうなほど甘い気体を。
『……ふふふ……ほれ、もっと吸い込んで、体にため込むのじゃ……』
再び声が美影に直接語りかける。美影は苦しげな呻きをあげるが、先程までと違い、どこか声は弱々しい。……いや、それどころか呻きとはまた違う響きを持つ声を発している――喘いでいる。
「うぁ……ぁうあ……んあぁ……ぁあぁ……」
先程まで与えられた痛みとは打って変わり、次々に与えられる、柔らかで何処か甘く、心の芯から暖まっていくような快楽的刺激……。美影は、見えない手に全身を優しく愛撫されているような、或いは弾力のある何かに抱きしめられているような、何処か甘酸っぱい感覚を味わっていた。
『ふふ……妾は寛大ぞ……人間である主に、妾の女王としての権利を継がせるのじゃからの……♪』
「……ぁ……ぁあ……♪」
何処か楽しげな女王の声に、美影は壊れたようににへら、と笑う。恐らく、今の彼女に言葉の意味は理解できてはいないだろう。ただ、頭に響く愉しげな声に反応しているだけだ。
ぴしり、ぴしり。美影の体の何処からか、凍り付くような音が立ち始める。だが、美影はそれに気付かないかのように、手に握る王冠を、再び正面に掲げた。
『……では、戴冠式といこうかの……』
ぐぐ、と腕が曲げられ、頭上に王冠が掲げられる。美影はその腕をそのまま曲げ――王冠を被った。
「!!!!!!!!!!」
途端、美影の頭に一気に流れ込む、沢山の光景。それは、王冠に宿る女王の記憶と、その女王が継承した、'一族'の記憶、そして――!
「――んああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪」
美影は歓喜の叫びをあげた。記憶の与える幾多の刺激、それが美影に未知の快楽を与えていく。痛みによって崩された脳に、容赦なく入り込み、根を張り美影な存在をかき乱していった。
人間としての鈴華美影、それを女王としてのミカゲに繋ぎ替え、溶かして、崩して、再構築していく……。そしてそれは精神だけに留まらなかった。
『……ふふふ……さぁ、もうたっぷりと……栄養を蓄えたであろう?』
ぴしり、ぴしり。美影の足が、脚が、手が、腕が、膝が、肘が、二の腕が、太腿が……硬化していく。皮の内側に水分を押し込んで、急激に乾燥していく皮膚。それに驚き、恐れる美影の姿は、もう此処にはない。ただ緩やかな、溶けてしまいそうな心しか持ち合わせていないのだ。魂は肉体と繋げられ、変容していく。
「あはぁ……あ、…ぁ…、あ、……」
途切れていく声。皮膚の変異はいよいよ肺や首の辺りにまで達し始めた。だらしのない笑みを浮かべながら、固まっていく美影の体。徐々に茶色に染まりゆくそれは――ついに顔に到達する。
ぴしり
「……あ、ぁ……ん」
口が、閉じられると同時に唇が癒着された。
ぴしり
「……」
鼻が硬化し、呼吸が止まった。
ぴしり
髪の毛が、ワックスを付けたように固まり、同時に色素まで落ちていく。そして――。
ぴしり。
――旋毛まで完全に硬化し、ピクリとも動かなくなった美影。その姿は、まるで服を身に着けた蛹のようであった。頭に乗せていた王冠が、ころりと落ちる。
どくん……どくん……
胸元に埋まった闇色の勾玉――影楼が、心臓のように脈を打ち、蛹に根を張ると、そのまま蛹の中へ、深く埋まっていった……。
――――――
『……目覚めよ……』
ん……ふぁ……。
まだ意識が虚ろであるかのような欠伸をしながら、閉じた目蓋を開いた美影。その視界に映る情報は、黒一色の闇であった。
「ん……何なん……?」
呼び掛ける声に、気怠そうに応える彼女。今からやらなければならないことがあるというのに、どうして呼び掛けられる必要があるんだ、そんな非難のニュアンスも込めてのことだった。
そう、ウチはやらなければならんのよ、改めて思い直そうとした美影は……しかし、
「……あれ?」
何をしなければならないか、全く思い出せなかった。
「え、えと、うちは、あ、あれ?えと、あ、あれ!?」
闇の中、思いだそうと賢明に頭を捻るが、全く何をやろうとしたか出てくることはなかったのだ。頭の片隅に、もやもやと溜まっているものはある。だが、それは実体を伴う事なく、ただ蟠り続けるだけであった。
徐々にパニックに陥り始める美影。やらなければならないと騒ぐ心は、目的の無いままに膨れ上がり続けている。逸る心、考える間もなく目的をと騒ぐ彼女自身の心に、今や彼女が苦しめられていた。
「まってやぁ、何よ、何なんよ!ウチは何せなならんかったん!?ほんま、な、何やの!?なんやのぉぉぉっ!?」
完全にパニックになってしまった美影は、只叫ぶ事しかできなかった。左右を見回し、上下を見、身振り手振りも段々と激しくなっていく。だがそれに応える声はない。
返ることのない返事に次第に疲れてきたのか、美影の体は動かなくなっていき、ついにはへたり込んでしまった。
「なんや……のぉ……ぜほっ……ぉっ……ひぐっ……」
荒くなった息で咳き込み、興奮と心細さから次第に泣き出す美影。その間も咳は止まることがない。
頭の中はぐるぐる回っていた。だが回る内容は全て、美影に何の道を示すこともない。混乱に混乱を重ねた美影は、顔を伏せたままはらはらと涙を流していく。
……と。
「――はれ……?」
闇を照らす、光の塊。ふと顔を上げた美影が視界に捉えたものがそれであった。
闇の中に現れた、光。それは美影に希望を与えるものであるように、彼女には見えた。
ふらり、ふらり……と言うよりは、確実に一歩一歩光へと近付いていく美影。体の勝手が何か違うことに、彼女は気付いていない。いや、今の彼女にとってそれは『当たり前』の事でしかなかった。
光の前に近付く度に、美影の姿が闇の中に輪郭をもって浮かんでいく。しかし、その姿は……少なくとも人間とは言えなかった。
少なくとも上半身は、人間に見間違える可能性はあるだろう。櫛状の先端を持つ7の字のような黒い触覚が、髪から突き出るように二本生えていたり、額の辺りにルビーのような赤い瞳を二つ持ち、彼女が元々持つ瞳すら紅く染まり瞳孔が猫のように鋭くなっていたりしており、背中には二枚の昆虫の羽根が生えており、手の全体が赤茶に近い色をした、光沢を持つ甲殻になっていたとして、全体の輪郭は人間なのだ。
だが、下半身を見れば、すぐさま人間でないことがわかってしまうだろう。というのも、ただ脚が甲殻になっているだけではない。臍から下、下半身の一切が蟻のそれへと変じているのだ。それも――その中でも最大の大きさを誇る、女王蟻に。
人外の存在にいつの間にか変じている美影は、しかしその事を気にする様子はなく、空間の隅で輝く物に、すっ、と甲殻で覆われた手を伸ばした。
すくい上げ、目の前に持ってくると――その一点が、妖しく紅く煌めくと、美影の瞳の中に像が映し出された。。
「――はぁ……♪」
それは、美影が今為すべき事であった。それを眺めた瞬間、美影はあらゆる疑問が腑に落ちるのを感じていた。
「せや……ウチ……妾はこれをせなならん……ならんのじゃ……」
それは、人間としての鈴華美影の為すことではなく、蟻の女王としての美影の、為さねばならぬ事であった。
自らの眷属を増やし、版図を広げ、前女王を滅ぼしたエイプの一族を撤退させること。産み、増やし、倒し、産み、増やし……。流れ込む記録は時が経つ程に鮮明になり、美影の瞳も、さらに妖しく美しい物に、蟻の尾も脚もより巨大で力強く、それでいて美しい物に成長していった。
「せや……産んで……育てて……一族の版図を取り戻さなならんのじゃ……女王である……妾が……!」
美影が叫んだ瞬間、手にした光は輝きを増し、美影と、その周りに広がる闇を一気に呑み込んでいった――!
――――――
――美影の皮だったものは、徐々にその体積を増加させていく。茶色がかった薄皮の下に、幽かに黒い色の皮膚にも似た何かの姿が映っていた。そしてそれは、時折ぴくん、ぴくんと存在を主張するように蠢いていた。
服はいつの間にか消えていた。恐らく、勾玉に吸収されたのかもしれない。その証拠に、彼女の皮の内側の胴体周辺、甲殻が服状になって彼女の肌に張り付いているように見える。
どくん……どくん……
蛹の全体が、震える。そのたびに土で出来た空間は期待に震えているようであった。迎えるべき女王の気配を察したのか、塗り固められた土の片方が突如崩れ、隠されていた部屋が現れた。
「……ぁあ……んぁぁ……ぁんぁ……ぁあんぁ……」
蛹の中から、声が響く。もがくような、喘ぐような、どちらともつかない曇った声が、中から響いていく。そのたびに茶色の蛹の内側はうごうごと蠢き、空間を震わせていく。
内側に見える色が、より一層その濃さを増していった。そして――!
ビシッ
背中辺りの皮に、突如として皹が入る。今や美影の面影すら残さない程肥大化した皮は、一度破れると堤防が瓦解したようにビシッ、ビヂッ、と乾いた音を立てて、次々に皹が縦に進行していく。その度に中身は身を震わせ、その皹を左右に広げていく。そして――びじゅるぅうぅっ!
「――っはぁっ!……ふはぁ……ふぅ……」
肺呼吸の名残を残しているかのように、苦しげな呼吸によって息を調える、何かの粘液に濡れた美影――蟻の女王。黒を基調にした甲殻の服は、肩口や胸元を出すタイプの服を模倣しており、何処か不思議な艶めかしさを醸し出している。
肌にべったりと付いていた両の羽が、粘液が乾くのに合わせて広がっていく。根本から先端まで満たされたフェロモンがぶわぁ……と、空間に一気にまき散らされていく。
額や顔の粘液を拭いつつ、美影は脚も一つ一つ、蛹から抜いていく。その形は、完全に蟻のそれだった。
一本、二本、三本――四本。そこから遅れて、ずるり、と抜き出される女王の巨大な腹部。それを特に重たげな様子を見せず持ち上げた美影は……。
「……ふふふ……待っとりぃ……今妾が産んだるからの……」
地面に落ちた王冠を自らの頭に被せると、そのまま先程開いた部屋へと、蟻の腹部を左右に揺らしながら向かうのであった……。
――――
「んぐっ!あむっ!あんんっ!むしゃむしゃ、あぐあぐん……」
開いた部屋は、先代女王が集めさせていた食料庫であり、大量の果物や水がそこに保存されていた。目的は……女王が子を産むための栄養を付けるためのもの。そしてその所有権は今や美影に移り――夢の中で先代女王もそれを承認していた。
故に美影は、蟻の腹に沢山いる子供のために、ひたすら栄養をとっていた。彼女が果物を口に入れ、嚥下する度に、彼女の存在の奥底から無数の喜びの声があがり、それが彼女の手を進めていく。
「んぐっ、あむっ、あん……んもぐもぐ……んぐっ」
彼女の体積以上のものを腹に収めているはずだが、不思議なことに彼女の体が膨張する、体積が変化するなどと言ったことは見られなかった。その影響を受けているのは、彼女の蟻の腹。徐々に膨らみ、重量を増してゆくそれに、次第に脚を曲げ、ぺたりと座り込んでいく。
「んむ……んぐっ……ふぅ……♪」
満足したように息を吐き、辺りを見渡す美影。山のように積み上げられていた食料、その一山を丸々平らげてしまったのである。人間ではあり得ないことであるが、出産を間近に控えている女王蟻にとっては、それは当然の行為によって起こる必然の結果であった。
とくん……とくん……とくんとくんとくんとくんとくとくとくとくとくとくとくとくん……
「んあぅ……はぁ……ふふ……♪」
腹部の中、何匹もの蟻娘たちが栄養を取り込み、すくすくと育っていくのが、美影には感じられた。何十、或いは何百もの鼓動が、洞窟の一室にて生命のシンフォニーを奏でている。
腹部から伝わる振動の心地よさに、美影は目を細めながら聞き入っていた。ぺたん、と地べたに座りながら、優しく自身の人間部分のお腹をさすっている。
「ふふ……元気に生まれてきいや……妾が娘達よ……♪」
食事疲れもあったのだろう。そのまま美影は瞳を閉じ、しばしの眠りにつくことにした……。
眠りについた後、美影は唐突に、むくり、と起きあがると、そのまま巨大化した腹部を引きずりつつ、ゆっくりと部屋の入り口付近に近付いていった。そして……人間の耳では認識することが出来無いような周波数の音波を、羽を震わせて発し始めた。すると……入り口付近の土が次第に盛り上がり始めた!入り口を塞ぐようにその体積を増してゆく土。暫くすると、入り口は完全に土によって塞がれていた。それを確認したかのように美影は羽を震わせることを止めると、ドアと入り口のつなぎ目を中心として……ゆっくりと、唾液を塗り込むように舌を這わせた。
人間のそれより遙かに粘度の強いそれは、入り口を塞ぐ壁を補強すると共に、壁を壊した不届き者を捕らえる網ともなる。捕らえられた者は……女王の餌となるのみだ。あるいは、運が良ければ――女王の娘となることもありうるが。何れにせよ、自らの身を守りつつ最大の利益を運ぶのに有効な行為なのだ。
もこん、もこん。
「――」
腹の中で、赤子が蠢く。もう少し待ってて、と呟きつつ、次々と塞いでいる土を舐めていく美影。暫くすると、土の壁の表面にはキラキラ、てらてらと光沢を帯びた網がかかっていた。
「……んんんっ……んいんっ……♪」
網を張り終わった美影の手は、そのまま己の秘所に伸びていった。体を覆う甲殻が、ずるり、と外れ、桃色の蜜壷が露わとなる。そこに美影は躊躇もなく手を伸ばしていく。
「んあぅぅ……あひゅう……♪」
甲殻に覆われた手を呑み込むように、美影の秘所は包み込み、蠕動していく。一度も異性を受け入れたことが無いはずの秘所は、まるで赤子が乳を吸うようにきゅっ、きゅっと音を立てながら、差し入れられた指に絡み付いていく。
ぴりり、ぴりりと、もどかしく切ない感覚が、美影の心をきゅん、とさせる。もっと……もっと欲しい、と体にねだらせる。
体は忠実に、その願いを聞き入れた。
「んあぅぁ……ぁあぁぁ……っ♪」
じゅぷり、と新たな指が秘所に差し入れられた。そのまま膣肉は彼女の指を受け入れ、愛蜜をとっぷりと吐き出しては塗りつけている。
辿々しくも、沈めていく指で肉襞をなぞりつつ、チリチリと刺激させていく美影。それだけで敏感な肉襞は小動物のように震え、くぷりくぷりと愛液を指に浴びせかけていく。その愛液は、蟻の女王の持つフェロモンが濃縮されていた。
「ひぁぁぅ……くふんぁ……んああ……ああ♪」
彼女の手は止まらない。三本目の指を、歓喜と共に陰唇は受け入れる。深く埋められた固い物体は拙くも、張り巡らされた神経を隈無く刺激し、体全体に快感を行き渡らせていく。
体内の――胎内の蜜腺が、自ら与える刺激に反応して濃厚な蜜を精製して、体内の蜜の管を通じて全身に循環させていく。
一部は羽に行き渡り、葉脈のような模様の管から染み出してフェロモンと混ざり合う。
一部はそのまま腹部の内側に流し込まれ、無数の卵の栄養源となる。
一部は粘度が下がり、人間部分を覆う汗や、甲殻部分を滑らかに動かす潤滑剤となる。
そして一部は……!
「……んふぁ……んっ……んひぁゅぁ……!」
股間に片手の指を突っ込んでいた美影は、急に胸の辺りがむずむずするのを感じていた。何かが胸の内側で蟠っているような、そんな感じがしたのだ。
「ふぁ……ふあぅ……ひぁぃっ……ひゅあっ!?」
恐る恐る、もう片方の手で触れたところ、どぷん、と何かが沈み込むような感覚と共に、一気に胸から電撃を発されたような快感が迸ったのだ!
「ひぁあっ!む、胸ぇ、胸がぁっ!わっ妾の胸がんあぁぁぁぁっ!」
刺激にどう反応して良いのか分からないまま、びくびくと体を震わせ、片胸を揉み下し続ける美影。その間にももう片方の手は陰唇をかき分けて突き入れられ、肉襞による甘噛みを続けられている。
心臓が脈打つのに合わせて、優しく、そして力強くハグを指にする彼女の陰唇は、見方を変えれば、彼女自身の指をオレンジキャンデーか何かに見立ててねぶっているようにも見えた。その一挙手一投足が、美影の全身に快楽の電気信号を送り、どぷんどぷんと蜜を精製させていく。そしてその蜜は全身を巡り――!
「んあぁあ!いぁぁ!胸がぁ!胸が押され――あぁああっ!」
むくり、むくりと、徐々にその大きさを増していく美影の乳。巨大化するだけでなく、柔らかさと弾力も増加し、女王の風格を増加させていく。王としての威厳と、母としての母性。
乳をぶるんぶるん震わせながら、美影はもどかしさと気持ちよさの狭間を行ったり来たりしていた。巨大化して敏感になった乳を揉む度に、びりびりとした快感ともぞもぞするもどかしさが同時に訪れ、さらに強く揉む。そしたら再び快感が訪れ、再び強く揉むようになり――。
同時に片手はさらに深く、自らの肉アワビを深く、さらに深く探っていく。ぐぷりぐぷりと泡だった蜜が吐かれ、どぷりゅどぷりゅと胸には蜜がさらに送られていき……薄皮が張り詰めそうな程膨らんだ。
刹那――!
「――んはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ぶしゅうううううっ!ぷっぷしゃあああああああああああああああっ!
――急速に蜜によって膨張した胸、その先端にある乳首が開き、蓄えられた蜜が一気に前方に向けて吹き上がった!乳道をさながらマグマの如く噴き上がり、盛り上がった土の表面を、網ごと黄金色に濡らしていった。同時に含んでいた指ごと潮を噴きだした陰唇。吹き出された愛液は、濃密なフェロモンを含みながら、同じように土の壁を濡らしていく。
「〜〜〜〜っはぁ、はぁ……はぁぁ……ふぅ……ふぅ……ふぅぅ……」
ぴくん、ぴくんと乳首は名残惜しむように脈打ちながら、胸に溜まった蜜を垂れ流していく。だが、垂れ流す側から蜜腺は脈打ち、蜜は流し込まれ、適度に張りのある巨大な胸が保たれることになった。
ぺたん、とM字になりながらへたり込む美影、その股間には、未だに瑞々しい色を保つ肉の華が、濃厚な愛蜜をフェロモンと共に垂れ流していた。
「ふぁ……ふぁぅ……ふふ……ふふふ……♪」
とこん、とこん……
蟻の腹部の中で、子供達が母親に食事をねだり始めた。それに応えるように美影は近くの果物に手を伸ばし、再びもりもりと食べ始めた。
その手が止まるのと同時に、美影は再び、眠りにつく。同時に、蟻の腹部はさらに巨大に変化するのであった……。
――――――
「ふぅ……ふぅぅ……」
洞窟の最奥の場所、閉ざされた食料庫の中で、美影はゆっくりと息をととのえながら、腹部から送られてくる、無数の淡く愛しい願いを受け入れていた。
時折人間部分の腹に手を置くと、共鳴するようにとくん、とくんと響いていた。確かな命の鼓動が、今、懸命に自己主張をしていた。
ママ、私は此処にいるわ。中は暖かくて、ふわふわで、とっても良い場所。でも、私は外を見てみたいの。だから……だから……。
「――よしよし♪素直に伝えてくれて有り難うな〜……んんっ♪妾は素直な子は大好きじゃ……んああああああああっ♪」
もこっ!もこもこもこもこっ!
「ふゃっ♪はゅっ♪あひゅあっ♪こ、これっ♪慌てるでない……はぁあっ……ひゃあぁっ♪♪」
美影の声に喜んだように、肥大した蟻の腹部は猛烈に震えた。それこそ、見る人が見たら一瞬全体が膨張するのが見えたはずだ。
敏感な卵巣内部を直に圧迫され、美影は腰砕けになりそうであったが、何とかそれを耐えつつ、食料の山を食い尽くした場所へとよろけつつ移動し、壁の方に腹部を向けた。
普段は閉じている、蟻の腹部の先端、それが徐々に、くぱぁ……と音を立てるように開き、前の穴に勝るとも劣らぬ肉の華を咲き誇らせつつあった。
腹部全体が、どくん、どくんと音を立て、膨張と収縮を繰り返していた。卵の脈動と腹部の脈動、まるでタイミングを意図的にずらしているかのように伝わってくる心地よい刺激には全身をぶるぶると震わせつつ、美影は手を脚につきつつ息み始めた。
「ひゅうっ♪ひゅうっ♪ふぁぁっ♪♪……ひゅうっ♪ひゅうっ♪ふぁあああっ♪♪」
体の中で蠢く無数の卵の動きが活発化していく。同時に、それらを押し出すように、膨張した蟻の尾が根元から凹み、締まっていく。内部では肉壁が膨張し、ぬらりとした表面を滑らせるように卵を一気に押し出していく。内壁を卵が滑る感覚だけで、美影は膝ががくがくと震え、力が抜けてしまいそうだった。だが、此処で力を抜いたら、娘達の願いを叶えられない駄目母親となってしまう。女王として、それはあってはならないことであった。
「産まれ出てきなさいぃ……妾の娘達よぉ……♪」
再び息む美影。体液でてらてらに光る尾の先端の中に、何か純白の物質が見て取れるようになった――!
――ぐじゅる
「――んあぁああっ♪」
洞窟の一室に、一つの卵が、体内から滑り落ちるように産み落とされた。甘く香る蜜に濡れた、純白の卵。人間の赤子よりやや大きいくらいの大きさを誇るそれが、洞窟の片隅に張り付けられるよう産みつけられた。
しかし、女王の持つ卵は一つだけではない。
――ぐじゅる、ぢゅぶっ、にゅぼん、ぐぢゅ、ぢゅるっ、じゅぶっ、ぐびゅっ……
「んはぁっ♪あぁっ♪んあぁああっ♪ひゅあぁっ♪ああんっ♪うまれるぅっ♪妾の娘がぁっ♪出てくるが良いっ♪愛しの娘よぉっ♪あ、あんぁ、あああああいああああああっ♪」
一つ産まれたのを皮切りに、二つ、三つ、四つ……と、次々と産み落とされていく卵。その何れもが、穢れを知らない純白をしていた。
体を押し広げて卵がずるりと出て行く感覚に、美影は唾液を垂らしながら頬を紅潮させ、体をふるふると震わせていた。今まで卵があった場所にぽっかりと空いた空洞の存在、それを感じるようになるまで、美影は命を産み落とす喜びを、体全体で感じていたのだった……。
――――――
卵から産まれてきたのは、美影の少女時代にそっくりな蟻娘だった。一匹一匹――いや、一人一人に個性があった。強気そう、弱気に見える、理知的、元気印、騒がしい、静か……だが、どの娘も母のことを愛し、母親に甘えたがりであった。同時に、母に心の底から忠誠を誓っていた。
「ほれ、近う寄るがいい。とと、慌てるでないぞ。妾は逃げぬからの……ほれほれ〜♪」
時折可愛さのあまり馬鹿親の風体を見せることもあるが、美影は蟻の女王として、或いは一人の母として、娘達を愛し、躾を行い、立派な蟻娘として育てていった。
彼女が食料庫の入り口に仕掛けた罠に引っかかった動物達や魔物達、それらは全て彼女達の、特に娘達の栄養となった。栄養を十分採った美影は新たな娘を増やし、娘は果物を育て、土を掘って領土を広げていった。
徐々に勢力を広げていく女王美影率いる蟻娘の勢力。それは前女王を滅ぼしたエイプの一族を放逐するどころか、壊滅すらさせてしまったのだった。今や、美影達を止める勢力は、洞窟内には居なくなっていた。
前女王の仇を討った美影は、しかしその動きを止めることはなかった。次に彼女達が行ったことは、洞窟は愚か遺跡のあちらこちらにフェロモン入りの蜜を塗りつけ、生きる存在をおびき寄せる手段をとったのだった。食糧確保ではない。美影は娘達に命令した。動物がおびき寄せられたら追い返せ、襲って来たら殺めてもかまわない、そして――。
――――――
「いやぁ……あぁ……食べないでぇ……」
今、女王蟻美影の前で足を竦ませて震えているのは、一人の少女であった。偶々山に遊びに入った彼女は、木々や遺跡に満ちたフェロモンに当てられ、ふらふらと遺跡に近付いたところで美影の娘達に捕らえられ、剥かれて'味見'された後、女王の前にまで連れてこられたのだ。
「ほほほ……どうしてそんなに怯えているのかえ?妾は人喰いの趣味など持ち合わせては置らんのじゃぞ……ん?」
嫌らしい笑みを浮かべながら、美影は動けない少女に近付いていく。同時に羽からフェロモンを発散させ、風に乗せて彼女に吹き付けていく。
「ひ、あ、あ……」
怯えていた少女の瞳が、徐々に光を失っていく。震える体が止まった所で、美影は彼女の体を持ち上げ、口に乳首を含ませた。
ぴゅくん、と吐き出された蜜が、彼女の舌に当たる。純粋な、しかし深い甘みが彼女の中に広がっていき、顔に朱が差していく。
「ほほほ……妾の蜜は美味かろう?たんと飲むがいいぞ……ほれ……んっ♪」
とろとろと胸から流れている蜜。まるで赤子に乳を与える時のように少女を抱き上げると、美影は背中をぽんぽんと優しく叩きつつ、胸を少女に押しつけていった。
促されるように、少女は乳を吸い、蜜を飲み干していく。ゆっくり、ゆっくりと喉を動かして飲み干していく少女だが、蜜は尽きることなく溢れていく。
「……」
蜜を飲む中、少女は徐々に自分の体がぽかぽかと暖まっていくのを感じていた。まるで春の日差しが投げ掛ける空気のような、柔らかな暖かさが広がっていく。
ぽんぽん、とまるで赤ん坊にされるように背中を叩かれ、さすられている少女。こくこくと体内に取り込まれていく蜜に、乳房の柔らかな感触。ふと視線を上にすると、蜜を与える張本人の浮かべる、彼女の全てを受け入れるような笑顔。
恐怖心が、徐々に薄らいで消えていく。薄らいだ恐怖心が占めていた場所に、何か柔らかで、キュンとする感情が流れ込んでくる。心臓の音に合わせるように、その感情は体の隅々にまで広がっていき、少女は自分の体が、何かふわふわしていくような、夢と現実が遊離していくような感覚を味わっていた。
「ほほほ……んっ……存分に甘えるが良いぞ……ほほ……んんっ……」
少女が胸から溢れる蜜をこくこくと飲み干している。それを片手で支えつつ、美影はもう片方の手を自らの股間へと添えて、筋をなぞりながらゆっくりと'華'を綻ばせていく。
開花した女の'華'。それは肉感たっぷりの花弁を露わにしながら、蓄えられた蜜をとろとろと外に放ち始める。同時にむせかえりそうな程のフェロモンが、美影と少女を包み込むように立ち上り始めた。
「…………」
こ……くん。
次第に喉の動きがゆっくりになっていく少女の口から、美影は乳首を抜き取った。そのまま地面にぺたん、と降ろす。
舌に残る蜜の味にうっとりする少女の、どこか惚けた視線の先には、甘美な蜜と心を縛る芳香を放つ、肉体に咲く華――。
美影は見せつけるように股間を前に突き出すと……花弁をうねらせつつ、ずい、と近付く。そして両腕を広げつつ、こう告げた。
「――さぁ、来やれ。妾の蜜が欲しいのであろう?」
声が届くが早いか、少女は四つん這いとなって美影の股間に近付き、花弁に顔を押しつけ、舌を伸ばした……その瞬間、
――ずるぅぅううっ!
「んおぉおおおっ♪」
少女の顔が――いや、体が一気に美影の胎内へと呑み込まれていった!突如吸い込まれたことに少女は驚きもがくも、蜜が行き渡った躰に抵抗する力は残されておらず、咀嚼するように蠢く下の口により、ずるり、ずるりと奥へと招かれていく!
「んぁあぅ……んぁあ♪妾が、あぁ、妾が満たされてゆく……♪」
ぐにゅり、ぐみゅりとのたうつ肉壁は、少女の全身に隈無く絡み付き、濃厚な蜜をあらゆる場所に塗り込んでいく。柔軟な肉襞は、少女の滑らかな曲線を愛撫しつつ、ヴァギナやアナル、乳首や乳房は言うに及ばず、腋の下や首筋などに吸い付き、揉み上げ、その身を進入させて内部へと蜜を塗り込んだりしていく……。
全身に走る、シナプスが焼き切れそうな快楽に少女は悶えるが、毛布のように柔らかく、全身に密着した肉壁はそれらを全て受け止め、或いは受け流しながら、ぐにゅぐにゅと蠕動し、さらに奥へと彼女を招いていく。心を芯まで染めるような濃厚なフェロモンを、酸素と共に送り込みながら、少女は美影の巨大な子宮へと、躰を送られていった。
――じゅぽん
「――んぉあんっ♪……ほほほ……ようやく着いたかえ……♪気持ちよいであろう?妾の子宮は……♪
のう……娘よ」
蟻の女王となった美影には、先代女王から引き継がれた力があった。それは、人間を子宮に取り込み、力を得ると同時に取り込んだ人間を新たな娘として産み直す力である。
従来の女王であれば、一生に二人か三人が限度である力であったが、美影の魔物変化の体質が、その力をも変質させた。
今の美影に、その制約はない。何回でも人を呑み込み、何人もの娘を産み出すことが出来るのだ。招かれた人に蜜を飲ませ、フェロモンによって自我を溶かし、そして子宮に招いて娘へと変える。
産み落とされた娘は人間時代の面影を持ちながらも、その性質は間違いなく女王蟻の娘であり、美影の命令に応じて動き、蜜やフェロモンを山中の木や花に塗り付けたり、遺跡内の獲物をしとめたり、植物を育てたりしている。
ぐぷりゅ……くぷん……くぷ……くにゅ……にゅぐん……どぷん……
美影の胎の中で、全身を呑み込まれた少女の身体には何本もの管が繋がれ、その一本一本から何かが送り込まれていた。特に、臍に繋がれた一本は、まるで臍から生えてきたように彼女と一体化し、どくん、どくんと栄養などを送り込んでいた。
「ほほほ……甘く幸せな蜜の夢に浸り、眠るがよい。目が覚めた時、妾の娘として、思う存分妾に甘えるが良いぞ……♪」
幽かに膨らんだ腹部、光の角度によって人間のシルエットが見えるその部分を美影は撫でつつ……そのまま静かに瞳を閉じた。
――この後、露香山周辺では、何の書き置きも残さず行方不明となる人間が、徐々に増えていった。
事態を重く見た『協会』が動き、人と蟻娘の激闘が繰り広げられることになるのだが……それは可能性の未来。
fin.
【レポート No.10】
『クラウンオブクイーンアント』
他種族に侵略され、無念のまま命を落とした女王蟻が残した王冠。正面部分には血を思わせるような濃い赤のルビーが埋め込まれている以外は、ごく普通の王冠である。
しかし、ルビーを適正のある人間が眺めてしまうと、その人間の目に焼き付けるように、溜まった光が全て放出される。同時にルビーはブラックオパールへと変化することになる。
光が目に焼き付けられた人間は、次第に女王の意識に侵食されていくようになる。同時に肉体の変化も進み、蛹化した後、新たな女王蟻となる。
基本は産めよ増やせよの種族でこそあるが、女王の統率により極めてやっかいな種族である蟻娘。特に人間だった者が蟻娘になった場合、本来使用されない脳の領域まで使用できるため、たかが蟻だと舐めてかかると自身も蟻へと変化する羽目になるだろう。
なお、『人蟻大戦』の後、娘の一人が新たな女王となり協会と和睦を結んだ。私のことを未だに『お母様』と呼んでいるのがどこか気恥ずかしいが、彼女達の協力で、遺跡探索の範囲が増えたことをここに記す。
なお、女王の無念は解けた事から、クラウンの前方の宝石はブラックオパールのままであり、もう蟻に変化させる力は無いことを、ここに記す。
あと、もし蟻娘に転生したければ、次世代女王が喜んで子宮に招くそうだ。
Fin.
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