掘り出し物市。それは夢とロマンと時折多大なる実用性を詰め込んだ、大量の物が取引される、まぁ何と言うか、失敗率の高いギャンブルよりは実りのある空間だ。物は手に入るし。
俺も愛用のナイフやら魔法防具の一部はここで仕入れている。一般流通する代物じゃねぇし、ダンジョン内部の宝箱、そんな場所に置いてある装備品は危険性が高い。呪いが付いていようもんなら、教会に高い金を払って呪いを解いてもらわなければならない。それは冒険者としちゃ避けなきゃならねぇ。そのまま洗礼を受けさせられかねねぇからな。
「ご主人様、これなんかどうですか?(魔力内蔵量的に)」
「ん?あ〜、これは流石に家にあるな(っつかお前の道具の方がぶっちゃけ多いぞ)」
「そうですか……(デザイン的には参考にしたいんですけどね)」
「ま、次行こうか(デザイン参考なら、後で美術館行くだろ?そこでやろうぜ)」
「そうですね(披露宴で、ようやく結ばれたってLIB:296339番、通称ユキちゃんが無料券を渡してくれましたからね。感謝感謝♪)」
と言うわけで、頭と口の同時進行でムクと会話しながら、俺はちょっとしたオークション会場になっている市を進んでいるわけだ。
周りの人が振り向くような格好は……少なくともさせていない。あぁ、断じて件のアラビア服だけは阻止をした。だって、私、スタア☆みたいな発言をしながら出歩こうとしやがって……あぶねぇ。
そういえば、途中壺を薦めようとしてきたアラビアっぽい服を着た焦げ茶色の肌の少女が居たりしたわけだが、ムクを見た瞬間に回れ右をしたな……何なんだアレは。まぁ後でムクに聞こうか。
市を一通り見回った俺達は、その足でジョイレイン家が建てた博物館を見に行くことにした。
「……」
ってムク、羊皮紙スタンバるの早すぎだ。メモる気満々じゃねぇか。

――――――――――――――

「……どうも」
ムクの顔を見て、心なしか頬を赤らめながら静かに微笑むユキ。薄灰色のセミロングに、どこか冷めているような瞳、童顔なのに、どこか大人びた、不思議な雰囲気を残している。美術館の制服を着こなしてはいるが、身長は……低い。150cmをギリギリ割ってる感じだ。
「……館内は、お静かにお願いします。物品の持ち出しや盗難、ショーケースや内装の破壊や落書き、その他当館や他のお客様に迷惑をかける行為は一切禁止させられております。もし犯した場合、こちらのプチガーゴイルにて撃退させて頂きますので……悪しからず。
なお、閲覧の際は、紹介看板の注意書に必ず目を通して下さい……。
では、ごゆっくりどうぞ」
淀み無い声で一通り言い終えたユキは、そのまま皮手袋をつけた手で下から何かを取り出す。どうやら館内の作品を説明付きで載せた本らしい。
「……お帰りの際は、こちらの作品目録もお買い上げください。ご覧になった作品の……詳細な来歴が記されております」
ドリアードが精錬する高級紙で作られた本。わりと保存がきき、イラストも綺麗に映る、下手したらこれ自体が芸術品として飾られかねない出来の本だ。まぁ本自体もあまり無いのだけどな。
「……ムク、慌てるな。まだ買うような時間じゃねぇ」
早速財布を取り出して購入しようとするムクを何とか制して、俺はユキに軽く会釈しながら博物館内部へと入っていった……。

カキカキカキカキ
「…………」
カキカキ――シャー
「……」
シャッシャッシャッ……
「………」
シャーッ……キュ
「………」
静かだ。本当に静かだ。それこそ、さっきから遠くで模様をデッサンしているムクの羽根ペンの音が聞こえるくらいに。
まぁ仕方ない。ただでさえ……広いし、足音が目立たないように床全体に『沈黙(サイレント)』の魔法がかかってるし。
広さと規模に関しては、わりと趣味人と言うか、「芸術は娯楽の中に生まれるもんだ」と平然と言い放つ一家が治めるだけある。それでいて財政に無駄がないってから驚きだ。収集も娯楽の一つ、か。
「俺一人が見てニヤニヤすんのも芸がねェし、みんな楽しもうぜ」
などと言い放った長男が反対諸侯の声を押し切って建設したらしい。因みにその長男、春先に行われる絡繰祭の企画主だったりもする。その時の発言も印象的だ……っつぅか楽天的だっつうか……怖いもの知らなすぎだろこの公爵子息。
まぁその長男、相当の切れ者だってのは、物品提供するついでにミミックの魔法結界解除を頼んだ俺らは十分分かっちゃいる。

逆らうつもりもねぇが、逆らう事が全く出来そうもねぇ。そりゃ諸候も従うわけだ。

俺達の話を聞いて開口一番、
「面白いねェ、人ならぬ身の恋物語たァ――で、相手も実は両想いたァ……」
と染々語ったり唸ったりしたと思うと、急に雰囲気を変えて俺と館員を睨み付け、
「……で、だ。そいつ以外を襲う気がねェっつー言質はとれてんのか?博物館に箱を置いといて貰えんのか?そいつは正体をばらさねェままで居れんのか?睦事は家まで耐えれんのか?他にも住民票手続きなりなんなり面倒くせェ手続きなり何なりがあるが覚悟してっか?
何より――おめェは誠心誠意そいつを愛すんだろ?だが忘れんな。相手は魔物だぜ?当然ヒト相手じゃ起こらん困難は付いて回るわな。おめェにそれを耐え、相手を愛し続ける覚悟はあんのか?愛されんじゃねぇ。愛す覚悟だ」
正直言おう。酷ぇ口調だったな。だが、言ってることは正論だし、覚悟、そう。この尊大な若い貴族は、館員に覚悟を問うていた。自らと根本的に異質なものと、添い遂げる覚悟を。
今でこそまともに冒険者やれてる俺らだが、最初は大変だったぜ。何しろ(珍しいとは言えねぇが)魔物が嫁だしな。扱いが悪くなること請け負いで、登録書類にどう誤魔化そうか考えたぐらいだ。結局上手い誤魔化しが思い付かねぇから種族名は伏せて書いた。一応受理されたが、その後のあのゴタゴタは正直、思い出したくもねぇ。
何で書かねぇんだって他の冒険者達から一斉リンチ。それを何とか軽傷を負わせて追い返した。よくもまぁ、あの大群の中で生き残れたとも思うぜ。他にも辺境の地に家を構えてんのに、火をつけて焼き払おうとしてきた奴もいたっけな……。
とまぁ、魔物と一緒に暮らす事は、それだけの危機と言うか災難に遭遇する羽目になるわけで。後は魔物に人間のマナーを教えるのと、魔物のマナーを人間が知ることか。幸い……ムクはその辺りを心得てはいたが。流石メイド。
兎も角、数多の苦労を受け入れる覚悟があるのか、訊かれた館員は即答したね。証拠に住民票も所定欄は相手の名前以外記入済み印も血判で捺印済み。『風囁(ウィンドウィスパー)』で二人の交渉と会話inミミック界(ムクの許可で入れた)も録音済み。再生している最中も赤面一つ無く、尚且つ展示品リストに解説を加えたものを公爵子息に提出するという行為まで。
そりゃここまでされたら目の前の歌舞伎貴族も笑うしかないわけで。あっさりと許可を出した。で――その後すぐに二人ベッドインしたそうで。
とまぁこんな感じで、「面白いってなァ重要だぜ?」と言わんばかりの豪胆ぶりを発揮している長男、マトシケィジ=ジョイレイン公爵子息。次男坊は兄よりも計算高い名参謀らしい。……流石に姿は見たことがねぇが。
ともあれ、理解力のあって頭の回転もそこそこある変わり者と評判のマトシケィジ公爵子息のお陰で、無事懸念の問題もクリアしたわけだ。ゆっくりと、芸術の数々を見物させてもらいますか。

「……ん?」
つぼまじんの壺、か。飾りつけがあまりされていないが、寧ろ手入れが行き届いていて、宝石が散りばめられた時計よりも、心の奥底から美しいと思えた。……まぁこんなものがダンジョンに落ちていたら、手にするよりも先に中を調べようとするだろうが。過剰装飾気味のやつはそのままお持ち帰りする確率が高いし……。
……っとちょい待てよ?つぼまじんとミミック、習性は似てるが何か違いはあるのか?てかミミックがつぼまじんになることや、つぼまじんがミミックに種族変更することは出来たり……?
見回すと、俺の隣にはいつのまにかムクが。羊皮紙一杯に様々な模様……つか魔方陣?が書き連ねてあったが……。
「ご主人様、浮気ですか〜?」
「馬鹿言え。ちょっと疑問に思った事があったんで眺めてただけだ」
冗談めかした口調での会話。無論互いに、浮気することなど無いと分かっているからこそ出来る会話だ。――誰に会ったか、バッグ越しに筒抜けだしな。
取り敢えず、話すには場所が悪いので、俺達二人は談話室――と言うか休憩場所に向かうことにした。

――――――――――――――

「つぼまじんとミミックの違いですか〜?」
紅茶カップを片手に俺に聞き返すムク。中には何も入っていない。単なる気分だろう。
俺が頷くと、ムクはんん〜、と悩むような声をあげながら指折りしている。……流石に、違いの数が多いか……。
「ん〜、親戚みたいなもんですからね〜、私達と彼女達は。結構共通してるんですよ」
「って共通点かよ!」
指折りの意味は何だ!共通点の方を数えてどうする!そんな俺の心の叫びを無視してムクは続ける。
「捕らえ方も大体一緒ですし、住む場所も大体一緒ですし。名付ける意味も、次元の構成だって大よそ似たようなものなんですよ?」
まぁ確かにそうだが。つぼまじんはミミックの亜種らしいから、色々と似通っていて当然と言えば当然か。
「じゃあ相違点は何があんだ?もし大して無けりゃ、失礼な表現だが、ミミックがつぼまじんになったりする事やその逆もあり得そうなんだが」
俺の、対象によっては怒り狂いかねない発言にムクは、人差し指を立て、横に三回振った。パルプンテの効果はない。只の愛嬌だろう。
「FIG:戦士タイプやKNI:騎士タイプが聞いたら怒りかねませんね、その発言。彼女達は自らの存在を誇りに思っています。そんな彼女達の好物はヴェ○ダース」
「そいつらの思考嗜好は分かったからその相違点を早く言ってくれ」
いつの間に爺さんのようなつけ髭を付けたんだムク。あと館内は飲食禁止だぞ。飴を出すな。
ムクはむぅ、と少し不機嫌なかおだが、大して気にはしていないらしく、ようやく説明に入った。
「少なくとも、ミミックがつぼまじんになることは出来ません。私達がある部分を一点特化されているのは知っていますよね?」
「ああ。最初のアルファベット三文字が特化内容を示すんだよな?」
ムクはMID:メイド。家政婦として家事の能力は凄まじく高い。どこぞの悪魔執事やスライムメイドには引けを取るらしいが……つかマジで?そんな超人いるの?信じられん。
「ええ。でもつぼまじんにはそれが無いんですよ。彼女達は自分で臨機応変につぼを使い分けますからね。その分、一つ一つの能力は特化された私達よりも劣りますが」
「つまりつぼまじんは器用貧乏、と」
「そう言うことですね」
分かりやすい発言ありがとう。
「それに、製作できる擬態道具の形が違うんですよ。私達は主に四角形や五角形などの角張ったもの、つぼまじん達は真珠や水晶など球形や円形が主です」
まぁ私達も、宝箱の蓋部分はカーブさせて作ることが出来ますけどね、と付け加えるムク。確かに、ミミックの箱に埋め込まれた魔晶石は、基本的に角張った宝石状の物だった。背負うリュックも、外側の皮張り部分を除けば葛籠のような形をしている。
成る程。そりゃ互いに成ることも出来ないわけだ。
「ありがとよ、ムク」
「いえいえ、どういたしまして、ご主人様」
一応外ではご主人様と呼ぶことが形式になっているが、どうにもむず痒い。そのうち呼び方を変えてもらおうかな……。

ちなみに、ミミックがどうやって増えるのか、どのようにミミックは人間を同族に変えるのかは、俺は知らない。ムク曰く、
「ミミック次元に生身で入れるのは、伴侶となった方だけですから♪」
らしく、それ以上ははぐらかされてしまった。
きっと語れないことなんだろうと勝手に納得することにした俺は、作品目録をムクが買い終わったのを確認すると、引き連れて博物館を出ることにした……。

――数日後、我が家のムナボックス一つ一つが飾りつけの配置を変えられていたのは言うまでもない。勿論、娘のミナも手伝わされていたらしく、へとへとになった娘にムクと襲われた事も。

fin.




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