――吸われている。
ぼやけた頭が捉えた情報は、まず触覚からだった。指先に絡み付くように擦り寄る、肉感的な何かは、まるで赤子が乳を求めるように、自分の指を一本一本吸い込むように動いている。
同時に、何か指のようなものに吸い付いているような、そんな感覚も自分の中にはあった。まるで、自分が自分の指をくわえているような、鈍くいとけない刺激を与えている感覚もまた、自分の中には存在していた。
――とくん……とくん……。
何かの静かな脈拍が、僕の中でゆっくりと高鳴っている。優しい……どこまでも自分を包み込んでいくような脈。
それに合わせて、体を包み込んだ暖かな物質は、膨張してはその体を押し付けてくる。まるで人と体を重ねているような暖かさに、自分の意識はまたあやふやになっていく。
――ふあぁ……むん……。
欠伸が出て開いた口に、周りから膨らんできた何かが、塞ぐように飛び込んでくる。まるで極上の乳房のようなそれは、先端を徐々に体の中に伸ばして……膨らんで……。
――こぽん……こぽり……。
口の辺りから、乳房が膨らんで何かが自分の中に送り込まれていった。それが何だったか、今の自分には知るべき術はない。ただ、お腹の中に溜まっていくような、満たされていくような感覚が、お腹から胸、全身へと広がっていくことから、多分栄養をくれているんだ、ということは理解できた。
――ぴゅくん……ぴゅくん……。
嬉しさのあまり、自分の逸物は精を発射してしまっていた。本来よりもゆっくりと、大量に発射されていくそれは、逸物を包み込んでいる何かによって、ぎゅぽ、ぎゅぽと吸いとられていく。
同時に、自分の体内に貯まった排泄物も、肛門に入り込んだ何かからぎゅぽっ、ぎゅぽっと吸いとられていく。口から入り込んだ何かが吐き出す栄養液が、腸を洗うように流されていく。
排泄と射精のもたらす快感に、自分はただ全身をビクビクと震わせるだけだった。しかし、自分の体はもう……殆ど自分で動かすことなど出来ないのだった。
――――――――――――――
『肉の塔』と呼ばれるものが突如発生して数日後のこと。誰もいなくなった町を、僕は一人歩いていた。
元々人間の醜さは知っているつもりだったけれど、『肉の塔』がすさまじい勢いで侵食していく、その経路に自分の町がある、そう情報が伝わって来たとき、人々のパニックは凄まじいものとなった。
先に討伐向かった人たちが、今度は僕達を取り込む手先となっていく。そんな情報が町全体に伝播した際……。
他の町の人は、僕の町の人が避難しても受け入れない、逆に討伐すると告げてきたのだ。もう一つ、『化け物の首をとったら考えてやる』と……。
友人も、親も、親類も、散ってしまった。全ては自分が生きるため。うんざりだった。大切なのは命。当然の摂理であるのは理解はしていた。けれど、こうまで露骨に顕れるものとは思わなかった。
町の人達は、互いに殺しあったりもしていた。行き場の無い閉塞感を、暴力に転化させて……。
もう何も見たくなかった。
もう何も聞きたくなかった。
ただ……静かに安らげる場所が欲しかった。
『肉の塔』を恨む気も起こらなかった。肉の塔の侵食よりも何よりも自分は……人に絶望してしまったのだ。そんな人間の一人が自分であることにも、嫌悪しか感じなくなっていた。
ふらふらと歩いて、気が遠くなるほどに歩いて……いつしか地面の感触がなにか生物的な柔らかさを持つものに変化していたとき――足をとられて倒れ、疲れで気を失ってしまった……。
次に目を見開いたとき、周りの環境は大きく様変わりしていた。
無機質な、誰もいなくなった建物らしきものが、瑞々しい薄桃色の肉に浸食されていた。ガラス窓が薄い肉膜に変化している辺り、既に建物自体が侵食されているらしい。
いや、肉の壁は、視界全体に広がり、あらゆる物をその細胞ごと飲み込んでしまっているかのようだった。それらは時折脈動するように蠢き、膨張と収縮を繰り返していた。
ぷしゅぅぅ、と気の抜けるような音がして、膨れ上がった細胞が萎むと同時に、どこか優しい甘さを持った気体が放出される。肉壁よりも濃い桃色をしたその気体は、どうやらこの空間を満たすそれと同一のもののようだった。
そして――そんなある種醜悪な風景に不釣り合いな、白のワンピースを着た、艶やかな髪とふくよかな胸を持つ18歳くらいの女性が、僕の目の前でニコニコと微笑んでいた。
「ようこそ、私の中へ」
ぼんやりとした頭で、少女の言葉を受け止めた僕。その頃には既に地面から生えた肉の筒が、僕の体をしっかりと包み込んでしまっていた。暖かさと、ヌメヌメした粘液の感触が肌に直に伝わってきている辺り、恐らく服も全て脱がされてしまったのだろう。
「ごめんね……君があまりにも苦しそうだったから、少しでも楽にしてあげようって思って、私で包みこんであげたの。……大丈夫?」
確かに、苦しくはなかった。僕の体を柔らかく受け止めてくれている肉の筒は、まるで生きた寝袋のように優しく、暖かく包み込んでくれているから。
時おり、とくんとくんと僕の中に何かが注ぎ込まれるような感覚が走る。それは首元と……背中に幾つか、管が繋がって、自分の体と同化してしまっているような、そんな気がした。
心配そうな目をして僕を見つめる少女。その瞳は、ただひたすらに邪気を知らない。僕はそんな彼女に向けて、こくり、と頷いた。
「よかったぁ……。君を見つけたとき、すっごく弱っていたから、私に繋いで栄養をとくんとくんって、入れてあげたんだぁ……」
ぱああっ、と、ひまわりが咲いたように笑顔が広がる少女。僕は素直に、彼女を可愛いと思えた。
思わず抱き締めたくもなった僕だけど、考えてみれば彼女に抱き締めてもらっているようなものだということに気付き、少し恥ずかしくなった。
「ふふっ……恥ずかしがらなくていいよ。もっと気持ちよく……いっしょになろうよ……」
彼女は、包み込まれている僕に近付いて、唇をそっと交わした。そのまま舌を突き入れ、とろとろと唾液を流してくる。ジュースのように甘い唾液に、思わず僕は舌を彼女のそれに絡ませ、ゆっくりと飲み干していた。
彼女も気持ちいいと感じているのか、包み込む肉がぐむ、ぐむと咀嚼するように全身を撫で擽っていく。まるで無数の舌が、熟れた果実を押し潰していくように僕の体を圧していく……。
彼女の口の中で漏らした喘ぎ声すら、彼女は全て飲み込んでいく。同時に、首に同化した管がぐむぐむと蠢いて、僕の頭の方に伸ばしていく。体を犯される感覚を、然し僕は不快だとは思っていなかった。寧ろ……どこか自分が自分でなくなるような、背徳的な快感すら感じていたのだった。
気付けば、僕の逸物は既に、彼女の肉筒に先端を押し付けて、カリを撫でる肉襞の感触を勝手に楽しんでいた。
「……っぷは。気持ちいい?よかったぁ……」
いつの間にか、目の前の少女はワンピースすら着ていなかった。僕の前に、体も――心も、全てをさらけ出していた。
彼女の願いは――気持ちよくなることと、一つになること。それが首元から、僕の頭に直接伝えられていく……。多分、彼女も僕の心を、既に知っているのだろう……。
少し寂しそうな顔を浮かべた僕に、彼女はそっと近付いてきて……ばふっ。
「分かってるよ……。苦しかったんだよね……辛かったんだよね……信じられなかったんだよね……。悲しいことがあって……絶望して……自分が嫌で嫌でたまらなくって……。
でも、もう何も考えなくていいんだよ。私の中で一つになって、いっぱい甘えて、気持ちよくなって、とくんとくんって出しあいっこして、しあわせに……なろ♪」
肌に吸い付くほどに柔らかい、年以上の乳房が僕の口に押し当てられた。同時に、顔をギュッと抱き締め、胸に押し付けられる。
この空間を満たす期待よりも、さらに甘く芳しい香りが、僕の鼻孔から全身に行き渡っていく。その気持ち良さに思わず目を細め、安らぎを感じてしまう僕の舌に、ぴゅっ、と甘くて暖かな液体が降りかかった。
きゅっ、と肉筒が僕を締め付ける。彼女が少し驚いたらしい。全身を隈無く粘液を塗りつけられ、一気に撫でられるその感触は、既に勃ちっぱなしの僕の逸物にトドメとも言っていい刺激を与えたのだった。
「んんっ!んんんっ!んんんんんんんんんんんんんっ!」
逸物が一気に震え、中に溜まった物質を一気に押し出していく――!
――どびゅるっ!どびゅっ!びゅっ!びゅるるるる……。
「んはぁぁぁ……っ♪んん……っ♪ありがとう……ごはん、出してくれて……」
少女が何か呟いたのかもしれない。けれど、僕は射精の快感で全く、何を告げたのか理解できていなかった。ただ、射精後の虚脱感の中……彼女のものと思われる感情が、どこか悲しみを含んだ声で、僕の中に流れてきたのだった。
『……おなかが……すいたの……。
みんな……しあわせにしたいの……。
でも……エネルギーが足りないの……。
……おなかが……すいたの……』
「……」
本当は彼女は、誰も食べたくないのかもしれない。みんな、今互いに憎しみ争う人々も生物もみんなみんなみんな、彼女の子供にしてあげたいと、心の底から思っているのかもしれない。でも、そのためには力が足らず――。
「……あの……」
僕は……心の底から彼女と共に歩んでいきたいと思うようになっていた。そしてその思いは、自然と言葉を紡いでいく――。
「僕は……貴女のご飯になります……」
――――――――――――――
『ありがとう……。君のお陰で、みんなを幸せにすることができたよ……。お礼に、もっと甘えさせてあげるね……♪』
既に自分の目は、瞼ごと肉襞に覆われてしまっていた。もし開いても、自分の視神経は彼女が切ってしまっている。自分が彼女に願ったんだ。もう視覚は必要じゃないって。
その代わり、聴覚と触覚が強化されていて、自分は彼女の声をどこまでも深く捉え、彼女の愛撫で敏感に感じるようになった。
自分の四肢を包んだ肉は、いつしか自分と同化して……いや、自分が彼女に溶かされているのかな?自分としてはそれでも構わなかった。彼女の一部になれることが、自分にとってどれ程幸せなことか……。
『未来にね、いっぱい、いーっぱいエネルギーが溜まって、ごはんがもう要らなくなったら……君に特別な卵を産み付けてあげるね……』
既に自分の全身には、彼女の肉管が張り付いて、同化してしまっている。お臍に至っては、まるで臍の緒のように太い管が、自分と彼女を直接に繋いでいた。
『ふふふ……じゃあ、今日も頂いちゃうね……』
彼女の声と同時に、自分を包み込む全ての肉が全身を隈無く愛撫し、逸物をくわえた肉管が盛大にきゅぽん、きゅぽんと吸い出すように蠢いた。
「う……うぁぁぁはぁぁぁぁっ」
ぴゅくん……ぴゅくん……ぴゅくん……。
何の抵抗もなく絞り出されていくスペルマ、それがもたらす快感に、今日も自分は無心で喘いでいたのだった……。
fin.
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