「ありがとう……これでみんなをしあわせにできるよ……♪」
少女から成人への過渡期を行くような声が、空間に響く。声の持ち主は、艶やかな髪とふくよかな胸を持つ、白いワンピースが似合う女性であった。汚れを知らない細腕で、優しく下腹部を摩りながら浮かべる彼女の微笑みは、どこか外見年齢に似つかわしくない、'母'としての慈愛に満ちた笑みではあったが。
「ありがとう……君のお陰だよ……♪」
そう彼女が幸せに満ちた声で話し掛けているものは――人間ではなかった。
表現するならば'肉で出来た巨大な卵'とでも表現するべきか。あるいは'肉の繭'とでも。地面から直接隆起した肉の塊は、浮かび上がった血管のような筋が膨張と収縮を繰り返し、肉の中に何かを送り込んでいる。
暫くすると肉の繭自体がどくどくと、心臓のように膨張と収縮を繰り返し、先程とは別の管が表面上に浮き出て、何かを送り出していく。よく見るとそこかしこに同様の繭が見られ、同じように膨張と収縮、吸収と排出を繰り返している。
そもそも繭が根差している大元の地面――いや、それ以前に彼女が存在するこの空間自体、膨張と収縮を繰り返す瑞々しい肉で構成されていた。どくん、どくんと宛ら心臓の内部にいるかのように脈動は響く。瘤状に膨らんだ肉壁が収縮すると、ぶしゅぅうぅと空気が抜けるような音と共に、桃色の気体が吹き出、辺りの空間を満たしていく。
「……やくそく、果たしに来たよ……♪」
どこか気恥ずかしそうな顔をしながら、けれど心底満ち足りて嬉しそうな声で彼女は呟くと、繭の前でワンピースの裾をゆっくりと捲り始めた。純白のワンピースが隠していたものは、過渡期故の不完全さとそれゆえの神聖さの混じり合った肌、そして誰も受け入れた事がないように人に思わせる、細く入った一本の筋だった。
「……はぁ……んっ……んはぁ♪」
くちゅり、とひとりでに筋が左右に割り開く。壁と同じ、瑞々しい桃色をした膣肉を抉るように彼女の内側からずるりと飛び出してきたのは、先端がすぼまった肌色の管であった。
まるで朝顔の飼育を早送りしたかのように伸びていくそれを、女性は気持ち良さそうに頬擦りしていた。幽かにぴくんと小さな脈動を繰り返す肉の管。そこに命の元が込められたことを感じた彼女は、ゆっくりと腕を開き、目の前の肉繭に抱きついた。
しゅるしゅる、にゅるにゅると音を立てて、彼女の股間の管は、目の前の肉の繭に巻き付いていく。肉同士が擦れる感覚が気持ちいいのか、管が伸びる度に彼女の頬は赤らみ、吐く息は荒くなっていく。
何かを探るように、その体を伸ばしていく管。次第につん、つんと肉繭の表面をつつくようになった。その間隔が、徐々に短くなっていき――!

ずぼぉっ!
「んはぁぁっ♪んぁっ♪んあぁぁぁあああんっ♪」

ある点で、肉繭を一気に刺し貫く管は、ある程度差し込まれたところで、ドクドクと一気に脈動を始めた。何かを、彼女の中から送り出そうとしているかのように。
「んぁっ♪んぁあんっ♪あはっ♪でっでるのぉっ♪でちゃうのっ♪あっ♪あはぁっ♪あはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああんっ♪」
彼女の体が、大きく反り返る。支えるように強く繭を抱き締めながら、快楽の叫びをあげていた。そのまま体を震わせると、ぼこり、と秘所が膨らみ、そのまま推し広げて管に瘤状のものが発生した。それはそのまま先端へと移動し――!

……ぐ……ごぽっ
「んんっ……はぁっ♪」

肉繭の中へと、入っていった。同時に管に入った液体も繭の中に送り込むと、管をゆっくり抜いていく彼女。
やがて管が秘部の中に収まると、女性は下腹部をゆっくりと擦りながら、心の底から幸せな笑みを浮かべながら、優しく呟くのだった。
「うふふ……幸せに、産まれてきてね……♪」

――――――――――――――

'それ'が、夢を見たのは随分久しぶりの事だった。あまりにも久しぶりだったことから、'それ'は夢であることに気付いていなかった。いや――気付く知能があるかも分からなかった。
「……」
'それ'は、かつて'それ'が経験していたであろう記憶を、どこか遠い世界のように眺めていた。裏切り、殴り、逃げ、罵倒し、そして泣いている風景……。
「……」
――かわいそう
'それ'が、その風景に対して抱いた感情は、憐れみにも似た慈愛であった。きっと解り合えたであろう人々が、些細な考え方の違いによって苦しんでいる。誰もが自分が大切だから、誰もが誰かを犠牲にして、結局誰もが苦しんでいる。
「……」
――どうして、くるしむんだろう?
'それ'は、彼らの心が悲鳴をあげているのを感じていた。苦しい、痛い、辛い……助けて。
――たすけて、あげたい
'それ'は、苦しむ人々を見て、心の底からそう願っていた。何処までも不幸せな生を送る彼らに、心の底からの幸せをあげたい。
――ん……んぁっ……
流れ込んでくる栄養に、'それ'は言葉にし難い喜悦を感じていた。体の隅々まで行き渡る満足感、誰かに愛情をもって与えられるという幸福感。それだけが今の'それ'の全てだった。
――おいで……おいで……みんな……しあわせにしてあげる……
心の底から慈愛に満ちた笑みを浮かべながら――'それ'は、意識の瞳を閉じた。

――――――――――――――

肉繭の中に在った彼の体は、殆んど肉繭に繋がれ、同化されていた。肩口から、太股から、腋から、頭から肉にくわえ込まれ、大小様々な管が皮膚を侵食し、血管と繋がってドクドクと栄養を送り込んでいる。特に臍に繋がった管は大変太く、まるで命綱のようであった。事実、彼の命はこの管が握っているようなものだろう。
股間や逸物と繋がっていた管は、いつしかそれそのものと同化し、気持ち良くなった瞬間に大量の'ごはん'が排出されるようになっていた。
脳に繋がった管は、彼に満足と幸福と快感だけを与えていった。そのような状況下で、次第に彼が思考を止めていくのは当然の帰結であっただろう。
実際、彼は思考を止めていた。それどころか、感情までもが融解していった。幸せが満ちた空間の中で、温もりに包まれたままで――『肉の塔』の一部になってしまっていたのだ。――少し前までは。

女性が、生命を育む神聖なる場所より顕現させた管は、生命の源たる卵を他の存在に与えるものであった。
とくん、とくんと脈打ちながら、管を通過していく卵。その周辺には、非常に栄養価の高い乳液が、さながら卵を守るかのように随伴していた。
肉の繭に繋がった管は、そのまま臍の緒と一瞬で同化し、卵を中に流し込んだ。

――にゅぽん

彼の中に産み付けられた卵は、瞬く間に彼の体と同化し、同時に変質させていった。細胞の形質が、人体のそれから彼女の'娘'に相応しいものに。
外観はさして変わってはいなかったが、表面積が徐々に膨張していった。元の外観を外皮のようにして、内部で変態していたからだ。繭肉を取り込んで羊水へと変化させ、体を形作っていく。
一度失われた意識が、感情が、卵によって新たに植え付けられ、記憶の残滓を取り込んで成長していく。夢を見たのは、心を魂に馴染ませていたから。見ていた夢は、かつて彼が抱いていた記憶。

――――――――――――――

――だいじょうぶだよ

夢の中、わんわん泣いていた子供姿の彼に、'娘'となった彼は抱きついた。そのまま、胸に顔を押し付けさせつつギュッと抱き締める。

――ここはあったかいばしょ

抱きつかれた彼が、少しずつ泣き止んでいく。そのまま泣き疲れたのか、ゆっくりと眠り始めた。'娘'は、さらに強く彼を抱き締めた。まるで――もう二度と手放したくないかのように。

――ずっとくるしくないばしょ

彼の体が、次第に'娘'の中に飲み込まれていく。ずぶり、ずぶりと沈み込んでいくのだ。すぅ……すぅ……と安らかな寝息を立てる彼に、'娘'は心の底から幸せそうな笑みを浮かべている。既に半分以上沈んでいるのに、彼は起きる気配が全くなかった。
やがて――。

――ようこそ……しあわせなばしょへ

……くぷん。と微かな音を立てて、彼の体は、'娘'の中に完全に沈み込んでいった……。

――――――――――――――

……ぐにゅり。
肉繭の天頂部が、まるで蕾が綻ぶように開いていく。瑞々しい肉の花弁は、溜め込んでいた羊水を蜜のように垂れ流していく。
四枚の肉の花弁が中心ぐらいまで捲れた頃、繭の中にいた存在がようやく目視できるようになってきた。頭……首……肩……胴体……股間……足。

ぺたん、という効果音が似合いそうな格好で、両足をハの字に開いて座り込みながら天を見上げる'それ'はどこか彼の面影を残しながらも、繭に入る前とは似ても似つかないような外見をしている'娘'へと変化していた。
夢の中に出てきた少年を、そのまま女性として育てたかのような、男らしさの欠片もない顔に、すぐにも折れてしまいそうな細腕細脚、胸元には強靭な胸板の代わりに豊満に膨らんだ胸が、その存在を主張している。そして股間からは――受け入れるための筋と、与えるための棒が、丁度隣に形成されていた。袋は消えてしまっていた。
「……」
硝子のような瞳に、光が宿っていく。自らやるべき事を、何らかの方法で親から受信したらしい。
出来たばかりの体を慣らすようにゆっくりと立ち上がると、
「……しあわせに、してあげる……」
これから行うであろう行為に体を震わせながら、塔の出口へと、塔の肉に融けて移動していった……。

fin.



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