「何やってんのかしらね」
はぁ……とお隣の警官サキュバスが溜め息を付いている。
……まぁ、目の前のある種の惨状を見れば溜め息の一つもつきたくなるだろう。
『どきどき☆モン娘神判』とやらが一部の選ばれし者(という名の紳士)によって行われていたが、それに便乗する形で別の紳士がおさわり実行。おまけに襲われに行こうとさらに別の紳士が乱入してきて――見ての通りの乱痴騒ぎ。一部の紳士が生命の危機を迎えながら有情破顔拳を食らったような笑顔を浮かべていたり、小学生くらいのスライム娘がいつの間にやら成人女性になっていたり、その隣に幼稚園入園直前ぐらいの見慣れないスライム娘がいたりと、一部阿鼻叫喚地獄絵図あるいは繁殖天国へと化していたりする。そりゃ呆れて物も言えなくなるのも事実だ。
だがな……。
「……寧ろお前が何やってるんだ」
この辺りの巡査長である俺はサキュバス――つか同居人を警察官として雇った、という報告を聞いた覚えはない。というか取り調べ担当だとこいつは言っていたが、裁判で圧倒的不利になるだろ、この女の取り調べ。自供の強制とかその辺りの理由で。
同居サキュバスはキョトンとした顔をこちらに向けると、心底不思議そうに首をかしげた。
「え?貴方の上司が即採用してくれたけど?」
……あ、
「あのエロガッパ……」
また職権濫用か。この前は『魅力的な尻の模型 made of シリコン』を俺らの給料から天引きして買いやがって……本庁はASAPでこの上司を退職させてくれ。
俺達の上司はマジモンのカッパで、しかも♀でレズ嗜好、そしてデカ尻好きな上司だ。こいつのムッチリとした体型はジャストだったんだろう。今回雇ったのは、恐らく自前のハーレムにでも連れ込むつもりか……。
どうして上司がこんなんなんだ……と悩んだりもするが、まぁいいさ。
今しなきゃなんねぇのは……
「周辺住民の避難を優先しよう」
「りょーかい」
そうでもしねぇと、被害拡大すっからな。
――――――――――
研究の合間、必要器具を揃えた後で何気無く出歩いた街で起きた事件は、今やさらなる混迷へと突き進んでいた。
容姿で誘うことを覚えはじめたスライム娘に対し、警官のバリケードを作り見えなくすることで隔離する。警察の対処は早かった。というより、ここまではこの街ではよくあること。対処は万全だった。
しかし予想外だったのは、隔離されたスライム娘が、本能なのか、誰か近くにいる者から学んだのか、今度は「匂い」で惹きよせるという技術を身につけてしまったことだった。
魔術障壁を作る技術のものもいなかったのだろう。結果、甘い香りは街中へと拡散し、警察の誘導を無視し、バリケードを力ずくで突破してまで「彼女」へと走る紳士が後をたたず、スライムはさらに巨大になり、淫気はさらに強くなり…
今やバリケードを作っている警官たちですら、腰を引き、テントを隠している。このままではいつ崩壊してもおかしくないという状況になっていた。
他人事として見ていた僕らも、流石にこれは酷いと目を覆う。
それに放っておけば間違いなく、あのスライム娘は"処分"されてしまうだろう。
「…なんだか大変なことになってるね」
そう一言、僕は隣のメイドさんに告げるだけでよかった。
ジェラさんは、それだけで「対処しろ」というサインと受けとってくれる。
「あまり目立ちたくはなかったのですが…」
メイド服という街から浮いた格好で言うのは、彼女流のジョークだろうか。
ちゅうと軽く口づけし、"体の一部"を僕へ受け渡すと、彼女は滑るように前へと出ていった。
ジェラさんはそろそろと辺りを見回すと警察の幹部らしき女性へ会釈をする。
知りあいだったのだろう、ひとふたこと話をするとジェラさんはあっさりとバリケードの中へ案内された。
彼女は変なところまで顔が効くので、いつも感心させられる。
「いい香り、出す、餌、いっぱい」
「溶かして、食べる、餌、よろこぶ。私も、おいしい」
ジェラさんとリンクを張っている僕には、彼女の見聞きしているものが自分の感覚のように感じられる。
そしてバリケードの中心は想像以上の惨状だった。
桃色に染まって見えるほどの強い淫香が立ちこめる中、十数人の紳士たちが大小さまざまな女性の形をした粘液に体を埋め、あるものは笑いながら、あるものは咽び泣きながら、しかし一様に腰を振り喘いでいた。
僕も経験があるが、あれは本当に気持ちがいい。
埋まり、そのまま永遠を過ごしたくなるのだ。
飛びこんでいく紳士が多いのもわかる…と、
「では今日はこういったプレイにいたしましょうか。お望みであれば永遠に私の"中"で過ごしていただくことも可能ですが」
すかさずジェラさんから意思が飛んでくる。
「魅力的な提案だけど、他にやることがあるからね…永遠は遠慮しておくよ」
僕は笑いながらそう答えた。
ともかく、そうして溶かされた紳士たちはスライム娘へと再構成される。
スライム娘が紳士を呼び、紳士がスライム娘に変わり、そのスライム娘がまた紳士を呼ぶ。
この世に紳士がいる限り、終わりのないループだ。
そうして壊滅した街もいくつかあると聞く。
この街も、このまま有効な対処をしなければ、そうなるだろう。
そうならないために警察が居る、はずなのだが…
魔術障壁で香りを遮断するといった作業をしているようには見えない。
あんな綺麗な人はいる癖に、そういう人材は居ないのだろうか。
これも腐敗というやつだろうか…
「くしゅん」
どこかでくしゃみが聞こえた気がした。
そうこう考えている間に、ジェラさんは香りの中心へと歩いている。
そこに"コア"が居るはずだからだ。
スライム族の個体感覚に関しては、研究者である僕でもよくわからない。
というかスライム族であるジェラさんに聞いても「全体とか、個体とか、そもそもそういう区別はしないんです」という根本を否定する答えが帰ってくる。
僕が横で見ている感じでは"お互いに触れることで体が共有化するフラグが立ち、しかし精神的には個体であることを維持する"といったところなのだが「うーん、近いけど少し違うような…精神も共有化というか…うーん…うまく説明できません」との返事。
今、僕とジェラさんの間でやっている"リンク"も、そのあたりを応用したもの(本質的には同じと彼女は言っていた)らしい。確かにこの感覚は説明しにくい。
まあとにかく、便宜上、その集団の中で中心的な存在を、研究者の中では"コア"と呼んでいた。(こういった場合"ボス"という用語が一般的だが、スライム側から「それは絶対に意味が違う」と全否定された経緯がある)
そうこう考えているうち、香りの中心へと辿りついた。
そこに居た小学生のようなピンク色のスライム娘は、男を取りこんではいなかった。
ただそのかわり「んー」と聞こえてきそうなほどに全身を強張らせ、頬を膨らませ、向こう側が見えなくなるほどのピンク色の霧を立ちのぼらせていた。
「彼女が"コア"ですね」そうジェラさんは言った。
今回の場合、特殊な能力を持った時点であの個体が"コア"になったようだ。
互いが効率よく存続するために、コアは喰わず、周りのものが食う。
じゃあ"コア"のエネルギー源は…?と思うのだが…スライム側からするとなんでそんなことになるんですか?となるらしい。周りが喰っていれば"コア"も平気ということのようだ。
「だから、そんな難しいこと考えないで。私がいつでもスライム化してあげますから。そうすればすぐに理解できますよ」
「でも今度は人間側の思考がわからなくなるんだろ?人間に理解させるために研究しているのに、意味がなくなるっての…」
話がすぐに逸れる。
とにかく、ジェラさんはこれからその"コア"と接触しようとしていた。
「その香りは、そうやって使うものではないのですよ…」
彼女はそう呟きながら、小さな体のスライム娘へ、キスをした。
くちゅ、くちゅ…くちゅ……
舌を絡ませる音が僕にも聞こえてくる。
まずは互いの体液、いや、体の一部を交換し、意思の疎通をする。
意思をそのままダイレクトに、記憶と、イメージを込めて交換する。
言語では到底辿りつけない情報量を、彼女たちは口づけで簡単にやりとりしてしまう。
「言語なんてこれに比べればまどろっしくて…」
ほんの少しの言葉で察知して動く有能メイドのジェラさんは、たびたびそう零す。
もしかしたら、彼女(を含むスライム娘が)有能なメイドなのは、言語以外の手段を意思疎通のやりとりに使っているのかもしれない。主人に自身の一部を仕掛けるとかなんとかして…
ちゅ、ちゅ、ちゅるる…にゅちゅ…
「ん…はっ…」
彼女の舌の感覚までもが僕に送られてくる。ぬるりとした肉が複雑に絡みあうのが、快感として伝わってくる。
というか体の一部のやりとりなので、スライムにとっては口移し以外の手段、例えば手を合わせるだとかでもOKなはずなのだが、ジェラさんは必ず口移しだ。
これは多分、彼女の「趣味」だ。違いない。
いつのまにか、霧の放出は止まっていた。
…てろり。
と、舌の感覚が急に曖昧になった。溶けたのだ。
同意が取りつけられ、二人が繋ったのだ。
にもかかわらず、互いの口の中からはねちゃにちゃといやらしい音が聞こえてくる。
そのまま1分ぐらいだったろうか。
…ぷは。
二人が口を離す。とろりと赤色のアーチが、二人の口を垂れ繋ぐ。
"コア"の彼女の瞳もまた、とろりと溶け出しそうなものになっていた。
二人(?)の中でどういったやりとりがあったのか、僕にはわからない。
ただ……ジェラさんは自身のメイド服を脱ぎはじめる。
そして…
「ここから先の感覚を人の身で受けると危険ですので、リンクを切らせていただきます」
と宣言され、ぷつんと、感覚が切れた。
と、ほんの暫く後、
「じゅぶるるるるるるぅぅぅぅうぅうううううぅうう!!」
半径500mに聞こえそうな大きな音が中心から鳴りひびく。
そのなにかを吸いこむような音は10秒ほど続いた。
そして辺りを静寂が包むと、バリケードを築いていた警官たちがばらばらと散りはじめ、メイド服に身を包んだジェラさんがゆっくりと帰ってきた。
「さあ、帰りましょうか」
いつもと変わらぬ笑顔のジェラさん。
僕はたまらず聞いてみた。
「…どうしたの?」
「まあ、彼女たちには暫くメイドの修行をさせますわ」
そしてわかっていたことだけれど、聞いた。
「…どこで?」
「ご心配ですか?お望みでしたらいつでもお会いになれますよ、私の中で」
ふふふと笑いながら、彼女は自らの腹を撫でるのだった。
―――――――――――
「…困った時の何とやら…じゃないんだが…」
少なくとも神様みたいな存在がこの世界にいることは確認できた。
あの大量のスライムを体に受け入れて…たとえ同じスライムでも中々にキツイって新入りのミーアの奴が言ってたぞ?
何者なんだ一体……っと。
「巡査長〜、”ラピッツ”本社より電話が〜」
一先ず事件は終わったが、まだ俺達にはやることがあった。
現場の片付け、取り込まれた紳士達の名簿録もとい行方不明者リストの作成、建築物の被害状況の確認……気が滅入る。んな事を全部現場に押し付けやがって……。
あのエロガッパ、仕事を終わったら一発ぶん殴ろう。それか頭にシリカゲル撒いてやる。
だがそれよりもまずは――。
「もしもし。あ、カレン様ですか。ご無沙汰しております。それで……」
――必要物資を、早いとこ送り届けないとな。
事件は、全てが終わるまでが事件だ。
俺は同居人のサキュバスに連絡して、物資救援を各所に配給するよう連絡した。
「……さて」
これから、もう一分張りだ。
fin.
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