「ムク〜?」
「何ですか〜?ご主人様」
おぉ、呼べば答える新機能。ってのは冗談として、俺は上半身を首元から顔にかけて凭れかからせているメイド――ムクに何気なく尋ねた。
「今月に入ってのミミックの披露宴、何回だ?」
ムクはんん〜、と考える。時おり指折りしては悩んで……指を折ってから悩むなよ。何なんだ。違う集まりでもあるのか。
「ん〜、まぁ1回ですね〜」
あるらしい。明らかに指は三本以上折られている。
「……存外少ないのな」
まぁ当然だろう。あれだけ綺麗な箱だ。毎日の生活が必死な冒険者にとって美術を愛でる暇があったらそれを売る方に走るのも無理はない。あるいは中身を得ようとしてハニートラップに引っ掛かるか。
「まぁ中には一つしかない箱に余りにも箱を飾り付けし過ぎて、美術館に飾られている仲間もいたりするわけですが」
魔法結界の中、箱を開けられずしくしく泣いている姿を想像し、俺は心の中で合掌した。そりゃそうだ。下手したら一ヶ月以上あの中って、世ミ協の規則すら満たせねぇ状況じゃねぇか。
「親切丁寧に拭いてくれる館員さんとお近づき寿したいらしいですが、魔物専用の魔法結界のせいでそれも無理だって、ミミック次元で私達に泣きついて来たりもしましたし」
「……助けてやらないのか?」
流石に俺も気の毒になってきたんだが。
「魔法結界がある限り無理です」
「だよなぁ」
美術館からしたら、魔法結界がなければ扱える物が減るからな。そりゃ仕方ない。不用意に触った客が魔物に連れ込まれよう事態になれば当然責任を問われるだろうし。
ミミックにしろつぼまじんにしろ、わざわざ中身を覗いたりする奴がいるから始末に負えない。注意書すら読めないのか。
「……」
そう言えば、留守を頼んだ娘は元気にしてるだろうか。今はムクが擬態した金庫に入ってもらっている(重たいからそうそう持ってかれない、泥棒が狙いやすい、鍵が外付けの南京錠で、弱点となる変化した鍵穴がない。つまり中から追い出されないため子供ミミックは大体そこに入れられる)が、親心として心配だ。
巣立つ時になったら、恐らく俺が先に寂しくなるんだろうな……。
………っとそんなことより。そろそろ本題に入ろうか。
「待ち合わせ場所はここだ……よな?」
俺は地図を取り出して辺りの風景を確認する。前方、つまり北側には緑々とした山。そこから流れる大河は大まかに西の方へと進んでいる。東は……遥か遠くに黒い雲が見えるのが魔王城らしい。
で、今とある宿場町の門付近で待ち人をしていたりする。これからの冒険でパーティを組むことになったのだ。何やらそこそこ有名なバウンディハンターらしいが……。
「……を、あれかな」
ようやく見つけた。俺は遠くに見える三人の影を確認し、手を振った――と同時に、回避行動をとる。次の瞬間、俺のいた空間を、獣じみた手が通過した。すぐさままた回避する。別方向から振り下ろされた拳が巻き起こす風圧が俺の髪をはためかせる。
ここでようやく俺は相手の姿を確認することが出来た。鋭い爪とふさふさの毛に覆われた手足に、尾てい骨から生えた尻尾。髪の毛と同化するように頭から生えている、犬のような――狼の耳。間違いない。ワーウルフだ。
それも二匹。一匹は野獣の本能を五割程減らした――それでも闘気剥き出しで俺を見つめている。もう一匹は……狼と言うより飼い犬といった雰囲気だ。何処と無くボールや毛玉で遊んでいるような、じゃれ合う目線で俺を見ている。……っで、奥の方の男が相変わらず立ったまま動かない、と。手出しはしねぇわけだ……ん?
ヒュオンッ!
お……男の姿が、消えた……!?
ゴゴッ!
鈍い音が立て続けに二回起こった。どうしたと一気に視線を手前に戻すと………?
「……ヴァン、お前いきなり『腕試しっぽいことしようぜぇ?』とか言いながら駆け出すな。ノアもヴァンとのフォーメーション練習じゃないんだから抑えてくれ。じゃれ合うのは後にしような」
「「きゅう〜×2」」
「……」
脳天に拳骨を食らって、頭を抱えて蹲るワーウルフ二匹と、煙が立つ拳を握り直している、狩人姿の筋肉隆々とした男。――あ〜、確かに有名だわ。
「……まずは二人の非礼を詫びよう。本当に済まない。再三言い聞かせた制止を振り切られたんだ。全く……」
『人狼を超えし者』ガラ=レギーア。バウンディハンターには珍しい、素手での格闘をメインに扱う人物だ。二つ名の通り、嘗てワーウルフを伸したことがあるらしい。
「「きゅう〜×2」」
……まぁ、あれを見れば真実だって分かるがな。種族特性的意味で。
「……まぁ冒険者やってる以上は危機管理も大切だ。出会い頭に襲われるたぁ思っちゃいなかったがな、ハハハ……そもそも本気じゃ襲ってなかったさ。問題ねぇよ」
本気で襲われたらムクのガードが働くが、今回それもなかったしな。多分魔物の本能とかその辺りで本気じゃねぇと分かったんだろうさ。このワーウルフ――ヴァン、ノアが、俺を殺す気がないってな。
尤も、俺も本能を抑制して戦ってるのは理解できたがな……。
「そうか……と、自己紹介がまだだったな。俺はガラ=レギーア。見ての通りの狩人兼バウンディハンターだ。っと……」
「コール=フィレン。冒険者という名のならず者だぜ」
まぁミミックに協力してるしな。あながち嘘でもねぇ。
「ならず者なのはお互い様だ。気にしないでいこうか」
そう笑顔と一緒に手を差し出すガラ。その手を俺の手が握る。
「男の友情ですね、ご主人様」
リュックの中から小さく声が聞こえる。ムク、お前その言葉どこで覚えた。
「……ところで」
ん?
「『洞窟を識る者』コール。そのリュックの中にいる――いや、そのリュックにも自己紹介してもらいたいのだが」
――こいつぁすげぇや。俺の二つ名は最近言われるようになったばっかだし、二つ名にはミミックの事など全く言われてねぇし、そもそもミミックとのペアなんて知る奴もほぼゼロに等しい。つまり初対面で、いきなり見抜きやがったわけだ。
「それもそうだな……ムク〜?」
ほら、呼べば飛び出る新機能……!?
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン♪」
「「…………」」
ムク……お前展開読んで先回りしてやがったな……。
明らかにアラビアのランプの魔神かジプシー辺りを参考にしたと思われる格好を身に纏ったムクが、例によって紙吹雪を散らしながらリュックの中から出てくる姿は、ガラにはさぞかしシュールに見えただろう。
「はーい!どうも、ご主人様であるコール様の花嫁、形式番号MID:269339、ムクですっ!どうぞよしなに……♪」
胸元の布を微かに押し上げて、その豊満な胸を存分に見せつけているだろうムク。……そろそろ言ってやるか。
「お前は何を主張したいんだっ!つーか重い!早く降りろ!」
色仕掛けかなんかは知らんが、身を乗り出して全体重俺にかけながら話すな!
「は〜い♪」
やりたい事はもうやったからなのか、明るい声でピョコンと飛び降りるムク。改めてみても凄まじい服だ。臍どころかお腹まで出ている、薄手の布で出来た服。雨天時にはやらないらしいが……果たしてどうだか。既に肌が透けて見えてるし。胸元は大きなプレゼントリボンで、股間は腰に巻いたリボンとていそーたい……っつかパンツで隠している。ただ全身をゆったりと覆う服が如何せんどこまでも薄い生地で出来ているせいで、正直見せパン状態だ。……そもそも貞操帯じゃねぇだろ。何でパンツが貞操帯なんだよ。
「ご主人様、自己紹介は'自分'を紹介するものですから☆」
今の格好でお前の何を紹介するんだと問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
……あぁったく、ガラが苦笑い浮かべてんじゃねぇか。
「……お互い、大変だな」
「……あぁ。全くだ」
苦労はお互い様、か。まぁ確かに……。
「「きゅう〜☆×2」」
「「………」」
実は寝転がっているだけの狼娘二人を一先ず放置しておくとして、俺とガラ、ムクの三人は行き先を確認することにした……。
――――――――――――――
今回の仕事は、町から二日ほど行った山の麓にある洞窟、そこに逃げ込んだ犯罪者の捕縛だが、逃げる途中に多数のトラップや落とし穴が設置されたという。かなり迷惑な。
「――って言うのがご主人様との馴れ初めでして……キャッ♪」
――で、捕縛役がガラ、道案内が俺というつもりか。だがモンスター娘のペアってのはこの世界ではやや評判悪いんだよな……。
「いいな〜、アタシなんかぶちのめされて一人狼人生終えちゃったからそんな出会い無いんだもん」
特に、人間原理主義者や反魔王、中央教会の聖騎士団辺りには。そうしたところからの圧力が斡旋所に掛かってる可能性もある。
「わ〜、ぷにぷにの肌いいな〜」
何れにせよ、どんな仕事でも油断はできねぇ。難易度を意図的に低く見せて殺しにかかる可能性もあるからな……っと。
「……お」
リザードマン族の……娘さんか。確かあそこの風習はある年が来たら一人立ちさせて、剣技修行の野良試合を繰り返すなかで、打ち負かした戦士に結婚してもらう、だったかな。
得物は……身長ほどもあるトゥーハンデッドソード。リザードマンだからあの身長と細身で扱える代物だ。
尤も、刃物系の武器を持つ戦士以外には野良試合を挑まないから、俺らに挑むことはないがな。
ムクと婚姻関係を結んでから、ミミックの生態を調べる傍ら、他のモンスター娘についても様々な資料を使って学んだ。そのお陰で、多少の対処なら出来るようにはなっている。まぁ……既にムクが嫁さんだから、他のモンスター娘が俺を奪うことは絶対に考えられない(byムク)らしいが。
彼女の旅が上手く行くことを祈りながら、俺は歩きを進めていった。
「覇ぁっ!」
俺の目の前で振るわれる拳が、突如現れたグリズリーの腹に深く埋まる。断末魔の叫びすらあげられず、地面に倒れ伏すグリズリー。
「やっ!」
「はぃっ!」
その右側では、もう一匹のグリズリーにヒット&アウェイしているワーウルフ二匹。累積したダメージに、もう一匹も同じ運命を辿る。
……え?俺?
「グガァオオオオオゥァァァ」
「おわっとぉ!」
あの二人のように兵器が服を着て歩くような破壊力を持っていねぇから当然逃げる!避ける!省みる!攻撃を紙二重で避けまくる!
で――逃げてばっかじゃ何も解決しねぇから弱点を探しているわけだが……?
「……ん?」
違和感。何だ。この感じは。俺への殺意は感じられるが、何かが足りない……いや、無理矢理こちらに向かわせてんのか?
「……ムク、魔力反応は?」
念のため、俺はムクに尋ねてみる。一瞬の後、リュック越しにボソボソと声。
「――解呪魔法、用意します」
うわ、ビンゴ。魔法使われてやがる。倒せねぇ以上は――こうなりゃ時間稼ぎか。
「――っとっ」
相変わらずブレ気味な攻撃を俺に加えてくるグリズリー。確かに避けやすいが……うわっと!
「っぶなっ!」
この地面、よく見たらあちこちにトラップが……。――なる。つまり熊にとらわれすぎると罠にかかり、罠にとらわれすぎっと熊に襲われるわけか。何つーか……ある意味分かりやすいぜ。だがね……生憎、俺には意味がねぇ。
「『罠解除(デ・トラップ)』!」
手袋に付けた魔晶石が一つ、軽い音を立てて砕ける。同時に、俺を中心に小規模な爆発。次の瞬間――罠の気配は一切消えた。
「――『解呪(デ・スペル)』」
リュックが一瞬輝くと、グリズリーの体が蒼く光り――その光が弾けた。どすん、と重たい音を立てて地面に倒れるグリズリー。死んではいない。ただ眠っているだけだ。
「……ふぃ〜」
死ぬかと思ったぜ……まさかのクマー護衛たぁ。
「ご主人様〜」
ん?ムク?どうしたんだ?リュックから上半身だけを出した省エネスタイルで俺にもたれ掛かるムク。柔肌がほぼ直に俺に押し付けられていることになるわけだが、気にしたら敗けだ、と他のミミックが俺に高圧的に言っていた。
「魔晶石、補充します〜?」
先程使用した魔晶石は、魔力を蓄えたミミックが過剰分を変化させた物で、箱の装飾にも一部使われていたりする。ただし、箱からそれだけを外すのは至難の技だとだけ言っておく。そりゃそうだ。壁に埋め込まれてんだもん。しかも箱はやや開きやすくなってるしな。
「あ……いや、まだ大丈夫だ。それより……」
あとの三人は大丈夫か……と向こうを見ると、そこには既に、仕留めた熊のうち一つを捌こうとしているガラ一行の姿が……。
「おーい、コール!一先ず食事にするぞ!」
食べるのは、先程ヴァンとノアが仕留めた一匹。傷が深く、既に絶命したものを頂くらしい。ヴァンは既に生でも食う気満々らしいが、それはノアが何とか腕を掴んで抑えていた。
「放してノアちゃんこいつ食べれない!」
「ガラお兄ちゃんが調理するまで待ってよぉ〜っ!」
「うわぁん放してよ後生だからぁ!」
「後生ってそれ何度目なの〜!?ちょっとは抑えてよヴァンお姉ちゃ〜ん!」
……あぁあぁそんな事してると……。
ドカッ
……やっぱりな。
「ご主人様〜早く行きましょう〜?」
ムクの発言に促されて、俺はガラ一行のいる熊の解体場所へと近付いていった。……早く近付かなきゃ地に臥せっているヴァンの恨みがましい目がさらに鋭くなるしな……。
熊肉は中々臭みがあって食べづらい代物のはずだが、ガラやノアの調理法が良かったのか、そこまでえぐみを感じることは無かった。流石狩人、と言ったところか。
「ここをこうすれば美味しくなりますよ〜」
「有り難うございますムクさんっ!これでお兄ちゃんに……♪」
あちらでは食事もそこそこにムクとノアが料理談義を始めている。ムク曰く、「ミミックは形式番号の最初の英字で何に特化しているかが解るんですよ〜♪」と言うことで、ムクの料理スキルは相当のものがあったりする。流石MID=メイド。他にもGAD=ガーディアン、GUB=ギャンブラー、ENT=魔導師、SIS=妹とか色々あるらしいが……妹って何だよ。何に特化されてんだ?
まぁいい。で、その料理スキルを存分に振るってノアに教えている……?
そう言えば、さっきお兄ちゃんとか言っていたよな……?どういう事……まさか。
「……ガラ。まさかノアって……」
早速聞き込み。返答はあっさり返ってきた。
「……ああ。俺の手違いでヴァンにワーウルフにされた、俺の妹だ」
「……うわぁ……それは……」
それは御愁傷様。まぁ確かにうちの娘も元は人間だったし他所の子だったが……身内が魔物化すんのは中々に辛いだろ……。
「……尤も、もしなっていなければ、この場所には来ていないだろうがな……」
だが、ガラはそれすら乗り越え、受け入れた顔を俺に見せる。
「……」
正直、俺には理解できない顔だ。身内をモンスターにされて、黙っていられる人間がいるわけがない。いたとしてもそれは諦めだろう、そう考えていたからだ。……まぁ紆余曲折あったんだろうと思うことにして……。
「んむあむむぐぐむむぐむぐぐむんむあむんぐ……んんっ」
……すごい食いっぷりだ。皿の上には置かれちゃいるが、まるで野獣のように食い漁ってやがる。隣を見るとガラが頭を抱えている。やはりマナー教育は大変らしい。つーかどんだけ腹減っていたんだこいつ。
そのまま皿の上のものを全て食い終えたヴァンは、その手をノアの皿に伸ばそうとして――引っ込めた。見ると、風一つ立てずノアの皿すれすれに刺さったスプーン。その軌道を辿ると……ムクがニコニコと笑顔を浮かべながら、スローイングナイフよろしく何本ものムク特製スプーンを構えていた。
「人の物は盗ってはいけませんよ〜♪」
何だこの妙な説得力は。そりゃ洞窟やダンジョンの作り主からしたら侵入者は泥棒と大差ないわけで、その迎撃用に作られた魔物……ではあっからなぁ……ミミックは。
ニコニコと場全体を威圧するムクの気迫に負けたであろうヴァンは、渋々とその皿から遠ざかっていく。ムクはノアが皿を手に取るまでニコニコとヴァンを見つめていた……。こ、こええ。
「……ここが件の洞窟か」
そう呟くガラの視線の先には、一見何も変徹も無い自然洞窟。精々ゴブリンの塒になっている程度のものにしか、一見認識することは出来ないが……。
「……ガラ」
「ん?」
俺は何気なくガラに訊いてみた。
「……地裂斬とか地球割りとか、それに近い技は使えるか?」
「……そこまでの力はないぞ、コール。お前と違って魔力を扱う方法を知らんからな」
地裂斬:地面に魔力を纏った拳を叩き付けて、その衝撃で地面に小さな断裂を引き起こす技。地球割りはその強化版だ。
「……じゃあ、洞窟に弓を放ってもらえるか?この位置から」
弓の軌道的に意味がないかも知れねぇが、一応確かめたいことがある。
「良いが……何を確かめる気だ?万が一警報器が鳴った時は逃げ場がないぞ?」
「その時はムクが予備の箱に逃げ場を用意するさ」
こと逃走やら補給やら便利だったりするが、明らかに特定人物だとバレるとか色々デメリットもある。だが……少なくとも身は安全だ。
「便利なもんだな」
「特化されてんのの違いだぜ」
戦闘能力の代わりに逃げ足を強化したようなもんだ。寧ろ戦闘技術じゃガラ一行の足元にも及ばねぇ。
「――はっ!」
ガラが放つ弓は、見事な放物線軌道を描きながら入り口の真ん前にある地面に突き刺さる。その間妨害も罠発動も無し。……じゃあこの気配は……?
「もう一発、今度はこいつを射ってくれ」
そう俺が差し出したのは、疑似魔法回路を組み込んだ札を張り付けた矢。受け取り様に即射つガラ。すると――入り口直前、空中で四散した。
「成る程。退魔迎撃罠か」
魔力を持つ相手を狙う罠。正直厄介なことこの上ない。特に中途半端な魔力を持つ俺と、魔力の権化とも言えるミミックのムク、そして僅かながらも対人間限定で効果を発揮する魔力を持つワーウルフ二人……。
あの札は俺の魔力量を認識させる物として作られたから……ガラ一行は行けるか。
「俺たちは先に行くが良いか?コール」
「あぁ、構わねぇ」
寧ろ先に行った方が俺としては望ましい。
「よし、二人とも、行くぞ!」
「「アイアイサー!」」
……何処の軍だおのれら。まぁそれは兎も角。
「……ムク」
「用意はできてますよ〜ご主人様」
既にムクもやるべき事を認識していた。俺達が進むために、今しなければならないこと。
ガラが洞窟に着いたのを見計らって――!
「『魔力拡散(マナ・スキャッチャー)』!」
俺達は魔力の篭った粒子を撒き散らしながら駆け抜けた!
俺達に向けて放たれる罠は、『罠解除』の効果が込められている粒子に阻まれ大元もろとも消滅。赤、青、黄色といったカラフルな光を突き抜けるように進む俺達は、まるで無数のフラッシュの中を走り抜ける逃避行中の二人と言った感じか。……っと夢見てちゃいかんな。
「うおおおおおおおおぁぁああああっ!」
リュックの中にムクが入った状態で、俺はただひたすらに駆け抜けた。
――――――――――――――
「だぁっ!」
「やっはっとっ!」
「ホァチャー!」
洞窟の中での、無数の大きさのデカいゴーレムとの戦いは、何というか……えらく一方的だなオイ!つーかワーウルフのお二人さん暴れすぎだろ。壁蹴り天井蹴り当たり前で縦横無尽ってレベルじゃないほどに動きまくっていやがるし……。
「ホァオ〜ォッ!ワタッ!ワタッ!フォ〜ワチャァッ!」
何処でそのボイスを覚えた、ヴァン。竜娘とでも手合わせしたのか?
「はぁっ!やっ!えぇいっ!」
一方ノアは多分ガラの影響だろうな。構えて撃つ。手数よりも一撃で確実に仕留めてやがる。ワーウルフ化の影響で膂力は成人格闘家のそれか――下手したらそれより上だしな。後は訓練次第、か。
「――覇 ぁ っ ! !」
一方の兄貴は……動きが二人よりも地味だが、襲いかかるゴーレム全員吹き飛ばしてやがるし……。
罠はすべて俺とムクが解除済み。マッピングも正確にやっている。さて、果たしてどんな奴が犯人なのやら……。
「……って言うかここ罠多すぎ――うわおっ!」
「皆さんがここに誰も来たがらない理由がよく分かります……」
「罠が多すぎて深くまで潜れる人間がいない上に、そんな奴はまずミミックに引っ掛からないから、か?」
「はい。しかも……夫婦とかそのような関係の方が多くて……襲う気を無くすのですよ。一部を除いて」
「……それはもしやの『略奪愛好きのBIT:女狐』タイプか?」
「女狐とは限りませんよ。『自らに絶対的自信を持つQUE:女王様』タイプや『他者に過剰依存のYND:ヤンデレ』タイプも」
「……それは厄介だ……っそぉい!」
――とか、こんなやり取りをしながら洞窟を下るが、本当に嫌になるほどトラップがある!っつーかゴーレムはマジで使い捨てらしく、単純に物量で押し掛けてくる!……逆に考えるんだ。落とし穴がゴーレムで埋まっていくんだと。
しっかし……ここの土は妙に甘い香りがしやがる……。魔力探知は全部ゴーレムのもんだってムクも言ってたしな……。
「あう〜、鼻がきかないよ〜」
「お兄ちゃん……ごめんね、役に立てなくて」
後ろでワーウルフ二人が悄気ている。ガラはそれを何とか励ましながら、罠の無い道をゴーレムを潰しながら進んでいく。そうして行き着いた先に在るものは――!
「クソッ!クソクソクソォォッ!何故我輩の理想を理解でき無いのだこの愚民共!魔に征するには自らを改造し相対するしか無いだろう!それを理解せず単純に事実だけを取り上げおって!貴様らかて無数の動物や植物の犠牲に成り立っておるくせに命は等価で有るなどとほざきおって!クソッ……」
両目を異様にギラギラと光らせ、ギリギリと鳴らせた歯の隙間から荒い息を漏らし、怒りに震えている、見た目五十代後半のジジイがいた。明らかに手にしているのはマジックワンド。恐らく中級魔族の骨で作られたものだろう。それにも増して当人の魔力の凄まじいこと凄まじいこと。そりゃ魔力に精神が引きずられるわけだ。
「……どうする?」
幸い、相手はこちらに気付いて無さそうだ。だが……ハッタリかもしれない。急襲はギャンブルだ。
「……念のため『抗魔法(レデュースマジック)』を掛けておく。それで相手に呼び掛ける。敵だと認識されたら攻撃魔法詠唱開始の瞬間に三人同時特攻……くらいしか思い付かねぇ。言っとくが俺やムクの魔法は攻撃向けじゃねぇから魔法で先手を取るのは無理だぜ」
完全に保護とか防御とか離脱とか、そんなんばっかだ。
「……了解した。支援を頼む」
「無論そのつもりだぜ。そうしなきゃ自分を許せなくなる」
仲間を見捨てはしねぇ。それが人でも魔物でも人外でもな!
「確かにな……」
ガラはそう俺に苦笑すると、そのまま地につけた足を踏みしめ、深呼吸――一喝!
「……オイ!」
洞窟を震わす一喝に、犯人はこちらを見る。その目は怒りの他に、どこか哀れみを含んでいた。
「何じゃ!貴様らも我の邪魔をしに来たのか!」
「も?」
俺が怪訝そうに呟いた言葉を、奴は聴き逃しはしなかったらしい。嫌らしい笑みを浮かべながら、目を見開いて叫ぶ。
「そうじゃ!ならず者、王国騎士見習い、冒険者、ネクロマンサー……ありとあらゆる愚民共が我に楯突こうと意気込んできおって……!愚かよなぁ!身の程も知らず我に挑もうなど!死よりも恐ろしき呪いをかけてやったやわ!今頃はその呪いに苦しんでおるだろうさ!」
「……」
思ったより小物か?この男。まぁいい。
「……で、その呪いとやらは一体どんな効果があんだ?まさかその言葉自体が呪いってこっちゃねぇだろ?」
俺はわざと小馬鹿にした笑みを浮かべながら、少し位置を変える。
「何が言いたい!」
おうおう、沸点が低いこと。俺しか見てやがらねぇじゃねぇか。怒りに支配されている奴を言葉でどうのこうのするのは比較的楽だからな……。なら、本気で怒らせてみようか!
「その『呪い』って発言自体がハッタリじゃねぇんだろ?ってこった」
わざと『ハッタリ』を強調して告げれば……ハイ、効果は歴然。
「こ、こ、この我が呪いをハッタリじゃと!?ゆ、ゆ、ゆ、許せん!その無礼、貴様の存在への冒涜で購うがよい!」
先程までのように目を血走らせて俺を見つめる五十代のジジイは、件の杖を握り締め、最大級の威力を誇る魔術を唱えようとしているんだろう。だが、明らかに標的は俺しか見えていねぇ。――アホだ。
「――古き盟約に従いて汝の血を凍結せし者に裁きの鉄槌を下さん!食らえ!『冥界鉄…(プルートゥハン……)』グハァァァッ!」
……うん。そりゃ血が上って回りが見えていない奴は気付かんわな。攻撃範囲内に入られていた事に。そしてワーウルフのスピードは人のそれを軽く越えるから体当たりすら結構気絶するレベルで痛いんだよな……。
ワーウルフ二名のダイビングクロスチョップをモロに受けて遥か後ろに吹っ飛ぶ男。杖をへし折る威力を誇るチョップを体に受けるとは……特に魔導師系に物理攻撃はマジで酷だぞ……?
念のため、ガラが近付いて多重に気絶させる。そしてそのまま縛る。よし、捕獲完了。後はこいつをそのまま国へと送り届けるだけ……?
「ッ!」
咄嗟に避けるガラの真横に、黒い雷が何度も落ちる!その雷が男を縛る布を焼き切る。
そのまま連続で回避するガラの横を掠めるように落下する黒い雷。ガラ……どんだけ鍛えたそれ……じゃねぇ!
「何が起こりやがった!?」
確実に気絶させたのは確か。だが……その後に何が起こりやがった!?縛る布が焼き切られた男はそのままむくりと立ち上がり、哀れみの目でこちらを見つめている。その横では、杖が怪しげな光をこちらに向けて浮かんでいる。
「ふはははははははははははははははっ!我がこの程度で気絶するなどと思うとは笑わせる。我は無敵!我が前に敵は無し!挑むものは皆屈辱にうち震えながら逃げることも出来ず我が糧となるのだぁ!」
ヘドが出るような哄笑を耳にしながら、俺は如何にしてこの場を去るかを考えていた。ムクの宝箱に一気に入れる?その隙は誰が?そうガラにばっか囮を任せる訳にはいかねぇしな……。よし、俺がやっとくか。
「ムクっ!おいムクっ!」
呼んでも答えないムク。俺がそちらの方を見ると――!?
「ご……ご主人様……ぁっ……」
ムクのアラビア服が、徐々に消えていく……服の擬態が解除されていく……。この兆候は……発情!?
「きゅ〜ん……!」
「お、おにいちゃぁぁん……!」
あ、あっちもヤバイことになってる……!?
「ふはははははははははははははははっ!この洞窟の空気、それが呪いの素とは知らずにノコノコやってきおって!まさに愚か!愚か!愚かの極みよ!」
こいつ……ただ愚かと言いたいだけとちゃうんかと。とかそんな軽口をたたきたい所だが、そうも言ってられねぇ。
「……はぁ……ぁっ……ぁっ……」
自分の体を抱き締めながら必死で沸き立ち昇る性的衝動を抑えているムク。頬はすでに赤らみ、目は焦点が定まらなくなり、胸には珠の汗が浮かび始めている。流石に敵前性交なんて洒落にもならん。だがこのままじゃ……攻め3受け2の5Pに発展する可能性すら考慮しなければ……!
……ん?何故俺は効かない?特に発情する気配もねぇが……を?ガラも……?
ガラも俺の視線に気付いたらしい。一瞬視線を交錯させ、そして互いに頷く。
幸い、ヤツは高笑いに夢中でこっちの動向にゃ気付いちゃいねぇ。――やっぱアホか。
「………」
再び視線を交錯させ――俺達は駆ける!
「ふはははははっ!無駄っ!無駄っ!無駄ぁっ!いくら攻めようと無駄な事ぉっ!我が体力は無限!我が魔力も無限!無限を倒すことなど不可能!愚民共は気付けぬか!この絶対的力量差を!」
黒い雷をひたすらに落とす男。それを避けながら近付く俺達。ブロッキングなんて便利な代物はねぇ。当たればそれまでと考えていいだろうさ。
「ふははははははははははははははははははははっ!どうしたぁ!我は一歩も動いておらぬぞ!所詮は愚民!この程度か!」
ボキャブラリーの少ねぇ奴だ。どうも『頭の良い』自分が『愚かな』民衆を従える姿に酔っているあまり、自身が無知蒙昧になってるらしい。……だからよそ向いていると……。
「ふははははははははははらばっ!」
「……うつけは貴様だろう」
ガラの一撃を顎と心臓に見事に受けた男が二回目のフライト。それでも杖は手放さない辺りが見事と言うかなんと言うか。
「『魔封印(マナロック)』!」
大きめの魔晶石四つ程使い、杖の魔力を封印する。後は当人の魔力をどうにかするんだが……。
「「………」」
死ぬ寸前まで一気に痛め付ける位置に拳を叩き込んだ筈だよな?確かに俺は見た。だが……何故起き上がれるんだ?あの男は。
「ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!所詮は愚民!我は無敵!最強!不死身!体力も魔力も無限!無限!無限ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
冷や汗を垂らす俺達の前で、男の体は次第に変貌を遂げる。身に付けた衣服は体の膨張のあまり裂け、皮膚はどす黒く変色しながら獣毛を生やしていく。
ゴキゴキと何かが折れる音が聞こえる。恐らくこの男の骨だろう。背中を突き破るように生えてくる二本の――柱のような骨に、分厚い皮膜が張り付いて覆っていく。『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ――』
腕が、脚が、一気に肥大化する。土煙が、黒い雷が姿を隠した次の瞬間、そこに居たのは、現魔王が『無粋じゃね?』とでも言いたくなるんじゃねぇか?って程古典的な、ゴツい中級悪魔だった。恐らく、自分も実験台にしてたんだろう――悪魔との融合に。
「な……!」
「……ふん」
呆然とする俺とは対照的に、平然と敵を見つめるガラ。蔑むような視線で男の成れの果てを射抜いている。
それだけで服を震わす程の威圧オーラが俺達を襲う。思わず体が凍るような恐怖。それは俺の呪いの耐性を下げた。力が入らず倒れそうになる俺の逸物が、知らずのうちに盛り上がる。心なしか……体も熱い。
『グアアアアアアアオオオオオォォォォ……!』
洞窟を揺らすような咆哮。それを耳にしてなお、ガラは動揺する気配はなかった。
「……ううっ……かぅっ……」
「……きゅ……きゅぅ……」
「……う……うぁぁ……」
後ろでは相変わらず、ムク達が発情に苦しんでいる。それを救えるほどの魔晶石は、俺の手元にはない。それ以前に俺は足がすくんで動けねぇ!幸いなのが発情はそれ程してねぇって事だが……。
ガラは悪魔を正眼に見据えながら――澄んだ声で、こう告げた。
「……この男が愚民と叫ぶのは、力無き自分のコンプレックスがあったからだろう。故に自らで自らを認めず、偏屈な理論で身を固め、そして力に溺れた。――哀れだな。全くもって哀れだ」
そのまま、小さく腕を組み、拳を下ろした。武道で言う『押忍』のポーズだ。
「……コール」
「な、何だ?」
いきなり俺の名前が呼ばれたのでビビったが、何とか返答すると、ガラはゆっくりと口を開く。
「……強化魔法を一つ、いいか?相手はD.O.A.指定だ。その覚悟で……倒す」
「……『攻強化(アタックレインフォース)』」
俺は返答代わりに、残りの魔晶石を使ってガラを強化する。正直、悪魔ってのは図体通りの破壊力を持つから、これでも足りる保証はねぇ。だが――精一杯、全員生き延びてやるために俺が出来ることはこれくらいだ。
「……有り難い。なら――」
済まなそうな顔をしているだろう俺に笑顔を向けた奴は、そのまま悪魔に向き直った。そして――!
「――覇 ぁ っ ! 」
男二人目掛けて振りかぶる悪魔の――胸板を正拳が貫いた。
「……な……ぜ……我……無限……無敵……絶対……」
一撃で変身が打ち破られた男は、動けない手足をピクピクと震えさせながら、譫言のように呟くだけだった。そのまま何の抵抗も出来ずにいる男を、ガラはしっかりと気絶させ、何重にも縛り、そして担いだ。まるで荷物に対する扱いだな。あるいは獲物か。まぁ間違っちゃいないか。
「………」
だが忘れちゃいけねぇ。俺らはあと一つ、避けられねぇ問題がある。
逸物の位置を軽く直しながら振り返ると――予想通りの光景が。
「あ……ご……ごしゅ……」
「も……もうすこし……もっと……もっとぉ!」
「おっ!おにぃ!おにいちゃあああん!」
既に我慢の限界を遥か超えた三人が身構えていらっしゃいましたとさ。
「……生きて……帰れるか?」
「さぁ……な。尤も、魔獣に食い殺されることはねぇが……」
出口に行き着くまで腰が持つかが問題だ。だがそんな未来の事は正直どうしようもない。
既にやることが決まっていた俺達は、素直にありのままの自分をさらけ出すことにした……。
何とか理性を残していたムクに、気絶したままの荷物へ『封印(ロック)』の呪文をかけさせることを忘れずに……。
「……で、そのまま呪いの効果で暫く交わり続けていたわけです。無論目的の魔導師は逃げ出すことも出来ずただ縛られていたわけですが」
あの後交わり続けていた俺達を救ったのは、『魔を従えし者』ラクス=クラウデとサキュバスのリコリス=アマリリス(こちらは明らかに偽名だろうが)のギルド一有名な冒険者。弱くなるもしぶとく残る呪いを、サキュバスが扱う強力な呪いで消滅させ、自らもその呪いを解くと言う荒業を使いやがった。報酬の一割を渡すことになっている。惜しいが仕方ねぇ。
「……という事情で救われたので、俺達が受けとるのは九割で、残り一割を『魔を従えし者』へお願いします」
約束報酬の九割を受け取ると、俺は早々に外に出た。ガラをこれ以上待たせたくない。
「Zzz...」
「あらあら、ノアちゃん寝ちゃったのね〜よしよし♪」
ワーウルフ二匹が姉妹というか親子芝居を演じている間に、俺達は報酬を分割した。ちなみにムクも、今は家のベッドで眠っている。
「人数分割でいいか?」
「いいぜ」
実際食費は殆ど俺しか掛からねぇからな、と心で付け加える。さて、これで今度は何を直そうか……。
「また仕事にて出会ったなら、その時もよろしく頼む」
「おうよ」
手を空で交わした俺達は、そのまま笑顔で別れを告げた。
「あ!帰んの!?じゃね〜!暇なときにアンタの家にノアと行く――キャン!」
ヴァンの声が、俺の背中を押すように響いた。
「……っと、到着だ」
見慣れた我が家。あの日から何ヵ月も経った後だが、建物に大して老朽化は見られない。まぁ定期的に直しているからそりゃ当然か。
ともあれ、久々の我が家だ。ミミックボックスを使わないで帰宅した冒険は実は久しぶりだったりするが……。
「……さて」
俺はドアノブに手を掛け、思い切り引いて――。
「お帰りなさいませ、ア・ナ・タ♪」
fin.
おまけ
「Zzz...……」
「んん〜……ふぁ……」
「……くー……Zzz...……」
マタンゴの森は、今日も平和でした。
ついでに……。
「んむ……むん……」
「んん……ああ……」
マタンゴの里も、今日も平和でした。
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