「我が声に応えし使い魔よ、この地に来たれ!」
地下の薄暗い洞窟の中、人工的に設えられた石畳の部屋で、一人の女性が杖を握り締め、祈るように呪文の詠唱を繰り返していた。
継ぎ接ぎされた三角帽子にぐるぐる眼鏡、左右の丈が合わない服、所々よれよれになったスカートなど、見るからにみずぼらしい格好をした彼女だが、その煤で汚れた顔やすらりとした体型は、磨けば光る逸材である。そんな彼女は今、『魔術資格一級』受験の資格となる、使い魔の召喚に取り組んでいる。
これまでの成功回数は――ゼロ。魔力の暴走こそ無いが、いくら魔力を注げど、いくら正確に魔法陣を記せど、成功の兆しすら見えなかった。いつも、何かが出そうな輝きを放っては、そのまま輝きが収まってしまうのだ。
何が足りないのか、懸命に試行錯誤を重ね、注ぎ込む魔力の量や時間を調整し、研鑽を重ね、申請可能日時の都合上これがラストチャンスと、背水の陣の覚悟で臨んだのだ。
「(大丈夫、大丈夫。あれだけやったんだもの、きっと今回こそ上手く行くわ……いえ、成功させてみせる!)」
心で何度も言い聞かせながら、彼女は幾度と練習した召喚呪文の詠唱を続ける。次第に足元の魔法陣に光が浮かび上がり、複雑怪奇な幾何学模様と古代文字の羅列が浮かび上がっていく。普段はこの段階で、いきなり光が収縮して詠唱が中断されてしまうが、今日に関してはそれが見られなかった。
成功の兆しを感じ取った彼女は、しかし冷静を保つことに努めた。ここで焦って失敗してしまったら元の木阿弥どころの騒ぎではない。自らが目標としてきた資格取得と、底から広がる受託可能クエストの拡大、そして成功によって得られる名声と資金……魔術師として成功することを今は亡き両親に誓った身として、ここで焦って失敗する事は許せなかった。
額に冷や汗をかきつつ、彼女は詠唱を続ける。今呼び出しているのは、彼女の津からで服従させる事が可能であり、多数呼び出すことが可能な昆虫族の魔物である。たかが昆虫と侮る事なかれ。外殻は刃を弾き、膂力は人の数倍、何より魔術師の命令浸透力が高い昆虫族は、使い魔として最適なのだ。彼女が呼び出すのは、その中でも中程度のランクを誇る魔物である。失敗する筈がない魔物の召喚、それに彼女は万全に万全を期して挑んでいるのだ。
一瞬の油断も見せず、彼女の詠唱は――いよいよ最後へと突入した!!
「――故に我は命ず!我が声に応えし使い魔よ!この地に来たれ――!?」
詠唱が終わると同時に、地に描かれた魔法陣は一際強く輝いた。その形状に……彼女は幽かな疑問を抱きそうになるも、その思いは、直後巻き起こる召喚術特有の衝撃波によって体ごと吹き飛ばされてしまった!
「キャッ!……成……功、し……?」
埃や煙が朦々と立ちこめる中、彼女がその影の正体を確認しようと目を凝らした。彼女の詠唱と魔法陣が正しければ、そこには力強さ逞しさの権化にして中級クラスの魔物、ヘラクレスビートルが鎮座している筈。そして彼女はその魔物に、契約の紋章をつける必要がある。故にその姿を確認しようと立ち上がり――その瞬間だった。
――ゴォウッ!
「……え――」
突如、召喚した魔物に向けて背後から突風が吹きつけ、彼女はバランスを崩してしまう。地面に当たり痛みを与えられるはずの顔は、何か顔の形に変形するほど柔らかく、ねっとりと滑った物体に受け止められてしまう。視界に広がる肉々しい朱、その正体は何か判断しようとした彼女は、しかしその暇すら与えられなかった。
――ひゅごっ!
「――んむんっっ!」
まるで啜られる麺類のように、彼女の体が朱い空間へと一気に吸い込まれる!最初に呑み込まれたのは胸の辺りまで、そこから腰、股間と、少しずつ外界に出ている部分が減っていく。
あまりにも突然のことで、彼女には何が今起こったのか全く理解できなかった。唐突に強烈な見えざる手で背中を押され、そのまま何か滑っぽい温かで柔らかな物体によって受け止められたという、どこか現実離れした印象しかなかった。
視界と同時に口と鼻が閉ざされ、酸素が入らなくなるまでは。
「――んぐぐんっっ!!」
ぎゅむっ……ぎゅむっ……。ぬらぬらと謎の液体に濡れた物質は、彼女を取り込んだ瞬間から異様な速度で膨張し、身動きが取れないように密着していく。全身が圧迫される窮屈感から彼女は口を開くも、その口すら塞がれた苦しさから目を見開き、逃れるように身を捩らせていく。
それすら許さないかのように、彼女を取り囲む生きている壁は、ぎゅむ、ぎゅむと音を立てて彼女の全身をさらに圧迫していく。まるで歯のない口で咀嚼されているような心地がした彼女だったが、力の差は歴然としていた。雀の涙ほどの抵抗として壁を押しのけようと肘や足に力を入れたが、その瞬間むにむにとした弾力性のある壁は、まるで沼地のようにズブズブと彼女の両腕や両足をその内に沈め、枷を付けるように取り込んでいった。
ずずず……と音がしたと思うと、空間に色を与えていた光が徐々に薄れていく。閉じ込められた事の焦りから、彼女はさらに暴れようとするが、埋め込まれた両手足は彼女の動きを妨げ、なけなしの体力の無駄遣いを強制させている。
どくん、どくん。
入り口を閉ざされた事により、彼女を呑み込んだ生物の脈が空間を満たす。その隙間を埋めるように、粘液が糸を引き、触れ合った肉が粘膜を纏いながら離れる不快な音が響き渡る。聴覚的にも不快だが、彼女が生理的に不快と感じたのは何より触覚であった。生物の熱と湿気が篭った空間だけでなく、ぬっとりとした得体の知れない粘液が汗と共に彼女の服をべっとりと濡らすと、そのまま彼女の皮膚に密着してきたのだ。服越しに彼女の体に密着している肉壁が、ぬらぬらと舌を這わせられているような嫌悪感を与えてくるのも耐えられない。
何とかして脱出しなければ……状況は最悪である。四肢と声を奪われている現状、為す術がないのは分かっているが、このまま呑まれたままでいては、いずれ消化され、召喚した魔物の餌となってしまうことは避けようがない。せめて、せめて詠唱さえ出来れば……。首を廻らし、何とか口が開くように体を動かす彼女。だが彼女を拘束する肉の壁は、その努力を嘲笑うかのように、みぢみぢと膨張し、彼女の体を締め付けるように圧迫していく。
いや、締め付けるように、という表現では語弊がある。正しく言うならば、埋め込むように、だ。柔軟性の高い厚みのある蛋白質の絨毯に彼女の体が押し付けられると、その形通りに凹み、体を縁取るように密着してくる。その何れもがぬらぬらとした粘液を纏っており、彼女の体を包み込むのと同時に、触れた箇所からそれをぬっとりと塗りこんでくる。
……ふと、彼女は自分の体に違和感を覚えた。先程よりも、肌が敏感になっているのか、体を包む肉の熱やぶよぶよした感触が、体にダイレクトに伝わるようになってきたのだ。それも、その感触は、初め感じた位置から放射状に広がっていくようで……!
「んんんんんんんんんんんんんっっ!!!」
突如、彼女を包む肉壁が、全身を強く抱き締め、もみ上げるかのようにぐにゅぐにゅと蠢き始めた!服が溶けている、そう彼女が気付くのと同時に、暴れる事を阻止するかのようなタイミングで全身をもみくちゃにし始めたのだ!その動きは、どこか溶かされ残った布地を払いのけて、顕になる体を貪ろうと蠢いているようでもあった!
歯のない口で腕や足を甘噛みされると同時に、その箇所を何十もの舌で舐め擽られているような感覚。痛みはなく、ただ不快感と痛痒感、そしてその中に生じた一欠片の欲求不満が彼女を責め苛んでいく。その一方で体全体を優しく抱き締められ、傷はないかローションで濡れた手で探っているようにも感じられ、心の中に戸惑いを生んでしまう。
捕食されている筈なのに、どこか不思議な安心感が彼女の心の中に湧いてきていた。もしかしたら、召喚者と使い魔は一心同体となることから、文字通り皮膚一枚隔てたこの状態が魔法的に安らぎを感じさせてしまうのだろうか……彼女の戸惑いの中の思索は、突如胸に感じた刺激から中断されてしまう。
「んふんんっ!!んんっ!!!んむんんっ!?」
最早粘液以外何も纏うものは無くなった、Bカップほどの胸を触手のような肉襞がなぞり上げ、根元から絡まりつつ揉みあげていく!ぬらぬらと粘液を纏った繊毛はさながらミミズの如く肉で出来た土の谷間を掘り進み、彼女の口の中にそのまま突入した!驚きと生ぬるさと嫌悪感からそれを吐き出そうとする彼女だったが、繊毛はそのために用いられる下を絡めとり、口内粘膜を舐め取りながら纏う粘液を撒き散らし塗りつけていく。
甘い、舌先に痺れる感覚が走るそれの味を、彼女の脳はそう捉えた。それと同時に、涙目になる彼女の瞳に、少しもやがかかり始めた。どうやら、心のどこかが麻痺し始めたらしい。それに構うことなく、両胸を弄る肉襞は上胸から舌胸にかけて乳首に触れることなく表面を滑るように愛撫し、時折弾ませ揺らしていく。その一連の行為が、現在口の中に入れられている繊毛に対する性戯そのものであることに、彼女は気付いていなかった。いや、気付く余裕が無かった。
口内の繊毛の束は、口に進入してから幾本もの繊毛に分かれ、口内粘膜をこそぎ、歯の表から裏から磨き取り、舌に絡みつきながら裏から表から分泌する甘美な粘液を塗りつけていった。口内でそれらが蠢く度に、彼女の体からは力が抜けていく。その代わりに、皮膚自体の感度は上昇していくようだ。
もこり、と乳の谷間にある繊毛の束が一回り大きく膨らんだ。乳房を左右に圧迫する独特の感触から、彼女は自らに向かって何かが迫ってきているのを感じ取ったが、それに対する対策は何も打てなかった。繊毛を追い出そうにも、口内で解け様々な場所に貼りついたように広がっているそれらを追い返すほどの舌の力は、彼女は持っていなかった。故に――その膨らみが歯を押しのけ、繊毛の先端それぞれをぷっくりと膨らましたときさえ、抵抗らしい抵抗は出来ず為すがままとなっていた。
――びゅぐぐぐぐぐぐぐぐっっ!!!!
「――んんんんんんんんん!!!んぶぶぶっ!!んんっっ!!!」
彼女の口の中で、どこか重たく、粘っこい液体が大量に放出され、こそげ取った粘膜などに取って代わるように口内のいたるところに貼り付き、そのまま喉から食道を通り嚥下されていく。幾分か気管支に入ってしまったらしく彼女は咳き込んだが、繊毛の一つとして口の外に追い出す事は出来なかった。
舌先に触れた重い粘液は、徐々に角砂糖が溶けていくように舌の中にその味が広がってい
き、やがてそれは全身にめぐり始める。捉えた味覚は……甘味。まるで蜂蜜を20倍に濃縮したような、時にえぐみすら感じてしまいそうな濃厚な甘味が、彼女の頭をぐらぐらと揺らしていく。全身からどろりとした汗が出始めたのも、異様に蒸したこの密閉空間の所為だけではないだろう。
ぎゅむっ、ぎゅぢゅっ。
発汗するほど火照った体に、肉壁は容赦なくハグしては、あらゆる場所にキスとラフを加えていく。蒸れた脇の裏や膝の裏、快楽のあまり反った背筋、敏感な首筋……ありとあらゆる体の部位に、どこか愛情すら感じられる行為を繰り返す肉壁。それは、女性器や菊門に関しても同様であった。
「――!?」
唐突に、股間や腰周りに覚えた違和感に、彼女は目を見開いてしまう。密着している所為で下がどうなっているか見ることは出来ない。だが、敏感になった触覚は、今自分が何をされているのかを如実に感じ取る事が出来てしまった。
口内や乳房を弄られ、全身をもみくちゃにされる中で、淡く開いた肉の花とひくひくと蠢くアスタリスクの両方に、繊毛を沢山生やした肉襞がさながら舌を這わせるように密着し、つつつ……と擦り上げてきたのだ!未だ誰一人として受け入れてきたことがなく、これからも暫く受け入れることが無かったであろう箇所を擦られた事で、彼女は思わず腰を引こうとする。だが、それは同時に肛門に迫る肉襞に尻を押し付けることに他ならない。生暖かい粘液が、元来排泄する穴に塗りこまれていくおぞましさに肛門をキュッと締めてしまう彼女だったが、それに構うことなく肉襞は彼女の尻のラインにそってぬっとりと動き、纏う粘液を執拗に塗りこんでいった。
肛門から何かが上がってくる感覚に、思わず股間が緩みそうになってしまう。ぎゅむぎゅむと激しく密着される中で、太股をすり合わせながら何とかその衝動を抑えようとする彼女だったが、その抵抗は口に再び放たれる粘液によって崩されてしまう。
「――んんっ!!!んぶ――!!!!!!!!!!!!」
意識が乱れそうになる程甘いそれに意識を取られ、股間に意識が向かなくなったその一瞬で、肉壁は一気に拘束を強めるかのように締め付け、両穴に肉襞と、その表面に無数に存在する繊毛が突き入れられた!!!!
「――んんんんんんんんんんんんんんんっっっっっっ!!!!!!!!!」
ぷしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
挿入に耐え切れず、絶頂を迎える彼女。体をがくがくと震わせながら、股間から潮を吹き力を抜いてしまう彼女の中に、再び繊毛が肉を掻き割って入ってきた!
「――んんっっ!?んんんんんんんんんんんんんんんんんっっ!!」
絶頂中の敏感な肉をほじり返すかのような刺激に、思わず身を攀じてしまう彼女だったが、肉壁はそれを良しとせず、全身を隈なく舐め擽りながら圧迫するような抱擁を加えてくる!
絶頂の際に吹いた潮をじゅるじゅると飲み干す、股間に張り付いた肉襞は、その表面にびっしり付いた繊毛を自在に這わせ、繊毛以外まだ誰も受け入れた事のない肉鮑から溢れる甘露を舐め取っている。その背後では、ナメクジのような軟体を持つ肉襞がアナルにほんのり突き入れられ、粘液を敏感な内壁に塗りつけられていく……!
さらに、先程まではろくに触れられていなかった乳首を、繊毛はここぞとばかりに巻きつき、先端をちろちろと舐め、ぎちぎちと絞り、さらに搾乳を思わせるような動きで乳全体を搾り上げていく!
先程よりも苛烈な刺激に、敏感になった体は悲鳴を上げるようにすぐさま頂点に押し上げられ、痙攣を起こしたかのように絶頂の潮吹きを繰り返した。それすら足りないと言わんばかりに、さらに深く挿し入れられ征服される両穴、秒毎に敏感になっていく体、そして……。
「……ぁ……」
……何度、絶頂を迎えた後だろうか……。憔悴しきった彼女の肉体を包む肉壁が、ゆっくりと蠕動を始めた。
ずず……ずず……っ!
徐々に、しかし確実に彼女の体は丸呑みした生物の体の奥へと招かれていく。そこかしこに生えた繊毛が皮膚のあちらこちらを擽るように撫で、ぷにぷにとした肉襞が体の隅々まで舐め擽っていき、彼女のなけなしの体力を奪っていく……。
自らの終焉が近付いている。しかし、彼女に最早抵抗する気力も、精神も残ってはいなかった。空気を取り込むように半開きとなった口の端からは、体内で飽和状態となった黄金色の蜜が、たらり、と流れ落ちていく。それはすぐさま肉壁が纏う粘液と一体化し、辺りを濃厚な蜜の香りで包み込んだ。
声にならない声をあげながら、彼女の体は奥へと運ばれていく。肉壁が、どこか愛情すら感じられるような優しい愛撫と抱擁を交わしながら蠕動し、捕食用の器官の奥へと、彼女を招いていく。幾度目かの蠕動で、すっかり全身粘液まみれ蜜まみれとなってしまった彼女の瞳は、既に閉ざされていた。
徐々に、彼女の周りの空気が、音が変化していく。今までは肉壁が織り成すにちゃにちゃにぢゅにぢゅとした摩擦音と弾力音のオンパレードであったけれど、徐々に音空間における脈拍音の割合が大きくなっていく。同時に辺りを満たす蒸し暑かった空気も、どこか暖かく、心地よいそれへと変わっていく……。
ぐにゅり、ぐむり、ぎゅむっ、ぐむっ……ぐぷん。
……何か、弾力性のある皮にぶつかったと思うと、そのまま中にすぽん、と入ってしまったようだ。だが、それにも彼女は別段反応する事もなく……そのまま意識を落としてしまう。
どくん……どくん……。
意識を落とす寸前、何かが彼女の体をぴとぴとと探るように触れていたが……それが何なのか疑問に思う心は、辺りに響く巨大な脈の中に埋もれえ消えていった……。
――――――
……ぼやけた視界を彩るのは、黄金色。右も、左も、上も下も前もそう。恐らくは後ろも、全て黄金色の世界が広がっていることだろう。
ぼやけているのは、視界だけではない。彼女の思考も、まるでぬるま湯に浸かっているかのようにぼんやりとして、ともすればすぐさま意識の糸を手放して安寧の闇に堕ちてしまいそうであった。
眠りと目覚めの隙間を、ふらりふらりと行き来する彼女。その視界の中で、何かゆらゆらと揺れる物体が目に付いた。徐々に像を結ぶそれは、黄金色の世界の向こうに繋がっているらしかった。向こうに何があるか、伸ばした手は、どこか黒くて、手首の辺りがほわほわした毛で覆われていた。
向こうに何があるか分からない彼女の頭に、ふと、この管はどこに繋がっているのか……気になって、そのまま管の行き着く先をゆっくりと眺めると……彼女の臍に、どこか眩い黄金色の管が繋がっていた。肉とも蜜の結晶ともいえない感触を持つそれは、まるで彼女から生えているように臍から伸び、黄金色の空間の中にもう片方の先を埋めている。
不思議そうに管に向けて手を伸ばし、掴む彼女。力加減も考えずに掴んだその管は、まるで電撃でも流し込んだかのような快感を彼女に向けて流し込んでいく!心の準備もないままに流し込まれた快感に、肉体はすぐさま絶頂という反応を返した!
「!!!!!!!!!」
ぷしゅ、ぶしゅ……。股間から、何かが溢れては黄金色の空間に溶け込んでいく。恥ずかしい、そう感じた次の瞬間には、恥ずかしいという感情が分からなくなってしまっていた。感情の抑制を失った結果、体は際限なくそれを垂れ流していく。そして、それらは全て出された側から溶け込んでいく……。
「(……ぁ……)」
何かが消えていく、何かとても、大切なものが……しかし、今の彼女にはそれが何故大切だったのかも思い出せない。いや、思い出す意志があるかどうかすら怪しい。そのような意志も、心も、とろとろに溶けて、流され、混ざり、希釈されていく。
開かれた彼女の瞳は、あまりにも澄んでいて……虚ろであった。何も持たない、がらんどうの瞳。今彼女は、"彼女"ですらなくなっていた。まだ"彼女"である前のまっさらな"存在"、それに色を付けるように――。
――とくん
「――?」
臍に繋がった黄金色の管が、小さく脈打った。それに応えるかのように、彼女の心臓もとくん、と脈を返した。
とくん、とくん、とくん、とくん……まるで会話するように、歌声を交わしているかのように、二つの脈は交互に音を立てて彼女の体を震わせている。その二つの音は、まるで違う周波のメトロノームが合致するように重なっていき……やがて一つになったとき、彼女から生えた臍の緒が、その先端が枝分かれしていくのを、彼女は感じていた。
「……ぁ……♪」
臍の緒が、枝分かれして中で広がっていく。一本が二本に、二本が四本に、四本が八本に、どんどん、どんどん増えていく。その先に何があるか、朧気だった感覚が彼女の中で次第に形を伴って鮮明になっていく。
管の先にあるのは……"いのち"だった。
「……ゎぁ……♪」
幾つもの命が、彼女と繋がって、育っている。まだ"産まれ"てすらいない彼女の中には、既に無数の命があった。それら一つ一つは大きさこそ違うが、ただ一つを除いて全て小さな"いのち"であった。
とくん、とくん。唯一大きな"いのち"と繋がった臍の緒が、彼女に何かを流し込んで与えていく。
それらを彼女は小さな"いのち"に与えるのと同時に、自らの体にも使っていった。自らと繋がる"いのち"達に相応しい体に変化させるために……。
「……ぁ……♪」
黄金色の空間の中で、彼女の体が黄金に染まり、とろとろと融けていく。とろとろと融け……新たな形に再構成されていく。それはさながら、蛹の中の昆虫を思わせる変化であった。
無数の光の緒が、ある一点に集って、絡み捩れ一本の巨大な幹の如き繊維を形成しつつあるとき、その先端には一つの、小さな球体が癒着していた。
どくん……どくん……。
蜜のように重く粘っこい音と共に、それは徐々に大きくなっていき、分裂し、やがて一つの形を取るようになる。
それは――。
――――――
「はぁ……ん……んぁう……♪」
所有者の居なくなった家屋の一角、魔法実験に用いられる部屋の床一面に記された魔法陣の上にて、"それ"は甘く切ない吐息を漏らしていた。幾度も経験してきた行為ではあるが、今回は多少勝手が違う。何故なら……"それ"は、自らと同等の能力を持つ者を産み出そうとしているからだ。
「んぁっ♪……んんっ、んやぁ……♪」
彼女からの"呼び出し"を受けた"それ"は、時が来るのを待っていた。初めて受けたときはまだ時が来ておらず、故にその呼びかけを拒否した。"娘"を行かせても良かったのだが、そうするには惜しい、と"それ"は呼び出した者の姿から心底感じていた。
幾度も"呼び出し"を受けるうちに、"呼び出し"に使われた魔力が、"それ"の体に蓄えられていく。蓄えられた魔力は、"それ"の種族特有の物に編性され、受け入れる準備を調えていった。
そして――時が満ち、"それ"は声に応え……。
「んぁ……娘よ……此の地の女王よ……♪」
前に大きく突き出た腹、それは白と黒の横縞に彩られた、柿の実状の形をしていた。蜂の腹部を巨大化したようなそれの先端には、針の代わりに黒く縁取られた巨大な肉の穴が形成され、瑞々しい桃色の肉がぐちゅぐちゅと眼前に来る存在を招いている。
それの根元に跨る両足はピッタリとしたラバー状の物で覆われており、むっちりとした肉感を顕わにしている。そこから視点をやや上にすると、適度に引き締まった腰回りに、はちきれんばかりの乳を持つ、妖艶な美しさを持つ女体が、さらに上にはきりりとした意志の強い瞳の中に、隠せないほどの母性を湛えた黒い髪の女性の頭があった。ただし、両胸の先端は黒いラバーで覆われ、そこから突き出た管は蜂の腹部にくっついている。さらに蜂の腹部自体も女性の体から生えており、髪の中からは蜂の複眼及び触覚がそれぞれ一対ずつ生えていた。
クイーンビー――異世界における危険生物の一種で、特に女王が産まれたら即座に隔離及び殲滅をしなければならないほどの危険度を持っている。
その生態の最大の特徴は……。
「――んはぁっ♪んんっ……んぁああっ♪♪♪」
ずぢゅぶ、ずずっ、ずぶずっ……。蜂の腹部の奥から、徐々に入り口へとひり出されていく物体がある。ほんのりと黄金色に染まる白色の物体は、肉壁を押し広げながら先端へと進んでいき、そして地上へとゆっくりひり出される。
産み出した快楽に、クイーンビーが蜂の腹部の先端から甘い蜜を漏らし、空間内をフェロモンのピンク色に染める中……産み出された、人二人ほど入りそうな大きさの卵は、纏ったゼラチン状の蜜を緩衝材に地面に横たえられた。
荒い息を吐きながら、普段産む卵よりもサイズの大きなそれを産み終えたクイーンビーは、そのまま優しく羽を振るわせた。人の耳で聞き取れるか聞き取れないか分からない程の周波数は、そのまま卵の中の存在に対しての目覚めの音楽となる。
どくん。
卵の中から、粘っこい生命の音が響く。それと同時に、卵の天頂部に、小さな切れ目が入った、その切れ目が徐々に下に下がるにつれて、黄金色の蜜が部屋の中に流れ落ち、完備で妖艶な香りを撒き散らしていく。
「……ぁ……んぁぁ……♪」
裂け目が下に降りていくにつれ、卵の中から歓喜に満ちた歌声が響いてくる。それは聞くものを魅了し、この地に招くという魔性の歌……クイーンビー誕生に捧げられる贄を集める呪歌であった。予想以上の子の素質に、クイーンビーは爛れた母性の笑みを浮かべ、羽をより震わす。
「――さぁ、我に姿を見せよ……我が娘よ♪」
ヴン……、より気高く鳴る羽音。その響きに合わせるように、ずるりと、切れ目は一気に入り――どたぱぁ……と、中を満たしていた蜜が魔法陣を塗りつぶすように広がっていった。そして、めくれた卵の表皮の中心には……。
「――あ〜……んぁぁ〜……♪」
……魔性の歓喜の歌を歌う、一人の少女がいた。その顔は、どこか魔法使いの女性の、年を数年ほど巻き戻したような面持ちをしており、それでいて髪は臀部を隠してしまいそうなほどに長い。華奢な腕に対して、どこかむっちりとした太股を持つ脚と、豊満な胸は、豊穣の神として祀り上げられてもおかしくはない形状をしていた。適度に引き締まった腰も含めて、どこかアンバランスさを覚えながらも、それが魅力として映る体を持っていた……あくまで人間部分は。
髪からは二本の櫛形の触角と、黄金色の複眼が突き出ており、肩甲骨のラインに沿って二対の、皮膜のついた強靭な羽が生え、人間で言う腰周りから先が、先端が肉の洞窟の入り口のようになった巨大な蜂の腹部と化した彼女を美しいと思う人間は、まず彼女の持つフェロモンに脳がやられてしまった人間ぐらいだろう。
喜びの歌を歌い終えた、卵から産まれた蜂女――プリンセスビーを、クイーンビーは引き寄せると、そのまま口に乳首を含ませた。とろり、とすぐ溢れ出す蜜を飲ませつつ、クイーンはプリンセスビーの髪を漉きながら、母性的な声でこう囁いたのだった。
「ふふ……わらわに力を求めし娘よ、汝の願いには、力が必要じゃろう……?ふふ、既に力の源は汝の元に迫っておるわ。
……喰らい、糧とし、汝の願いのままに振舞うがよい♪安心せよ♪わらわは、そのための力を、汝に告がせたのじゃから……のう♪」
――この日以来、離れの森の生態系は壊滅した。代わりに、かぐわしい蜜の香りがどこからともなく香るようになったという。
ただし、蜜を求めて取りにいったものは、誰一人として戻ってくることはなかった……。
――――――
「――では次、受験番号BE3E422番」
魔術資格一級の最終試験、それは召喚術を用いて使い魔を呼び出し、試験官の指示通りのことをさせ、その従順性や魔物選びの先見性を見るという試験である。
「――はい」
フードを被ったその女性は、指示されるままに所定の位置に着くと、試験官の指示と共に、呪文を唱えた。
地面に、無数に浮かび上がる、小型の魔法陣。それも一つや二つではない。十、二十、三十……沢山。直感的に危険を察知した試験官の一人が彼女に呪文の制止を求めたが、彼女にその気配は微塵も見られなかった。呪文の詠唱には多大な集中が必要とされる。術の途中停止は魔力暴走を引き起こす事になり危険である。それを理解していたが故の、大声への躊躇……。
「――ふふ、喰らい、産み、悦しみなさい……我が娘達♪」
声と共に魔法陣から発生した大量の蜂少女は、試験官の叫びごと、試験所を呑みこみ――そのまま、町全体を蹂躙した。
――斯くして一つの町が滅び、地図には新たな、『蜂に襲われた町』が記される事となった……。
Fin.