プロローグ





「は〜い、てっし〜、あ〜〜んして?」

カラメルを何乗にも煮詰めたような、甘く、しかし聞く側には苦々しくも思える声が、カラフルなテーブルクロスをバウンドして辺りに響く。無論、伝える対象は一人しかいない。

「………恥ずかしいんだが」

今、テーブルを挟んで向かい合っている男女。その片割れであるブロンド髪の男が、黒のツインテールの女に対して苦笑がちに呟く。グラスの氷は、まだ殆んど溶けていない。伝票を入れるプラスチック容器にも、伝票が入ってすらいないのだ。つまり、この二人が入店してから、さほど時間は経っていない。
「いいじゃないのてっし〜」
黒ツインの女は、ブロンズの男ににこやかに呼び掛け、スプーンで掬ったプティングを彼の顔に近付ける。
てっしーと呼ばれた男は、相変わらず、太陽の下ではしゃぐ少年を少し落ち着かせたような苦笑いを浮かべながら、恥じらい声で告げる。
「でもな………」
なおも恥ずかしさと言うものを捨てようとしない男に対して、女はにんまりと、悪戯を誘うように言った。
「いいじゃんさ〜。


ど〜せ、他に誰もこのレストランにはいないんだから」


「まぁ………な」
そう返しつつ、男は辺りを見回す。
レストランと言うよりは、少し大きめな喫茶店と言った床面積。そこにはウェイターやウェイトレスが物を運ぶのに丁度良い間隔、配置に椅子とテーブルが置かれている。しかし、それらは、どこか埃が被ったようにくすんで――いや、文字通り埃を被っている。
窓ガラスも、今彼等が座る隣の窓以外は、雨滴が乾いた後がこびりついており、窓の外がよく見えない。
それだけなら客など入れられる状況ではない、と言うだけで済むのだが、地面も、この二人が通ったと思われるルート以外は埃がほんのりと積もっている。
明らかに人の手が加えられていない。それも長期間。
男は時計を見た後、窓の外を見た。
時計の指し示す時刻はPM1:04。本来であるなら昼食目当ての人間がこの辺りにも通る筈なのだが、不思議なことに人っ子一人見掛けない。それだけならまだしも、鳥や、猫や犬やその他野生の動物すら見られないのは、不思議を通り越して異常としか言いようがない。
静寂に、近くの海の小波が色を加える。


数秒の思案の後、男は観念したように口を開け、女はそこにスプーンを優しくつっこんだ。
プリンの味は、いつもと同様に砂糖過剰であった。
氷は、さして暑くもない環境の中で、すっかり溶けきっていた。



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