『フェンリル、人間に拾われる』





「わー、こいぬだー」
………ん?なんだこの声は。どっかの神族のガキか?狼と犬の区別もつかねぇたぁ………くそっ、目がよく見えねぇ。
「かわいー」
浮遊感。
おいこら持ち上げんな俺様を誰だと思ってやがる!てかどうして持ち上げられんだよ!
「ねえ、このこもちかえってもいい?」
おいこら放せ離せ放せ離せ放せ離せ放せ離せ離せ離せ離せ離せっ!
「駄目よれいちゃん。ほら〜、このわんちゃん嫌がってるじゃない」
誰がわんちゃんだ〜っ!放せ〜っ!はなせ〜っ!離しやがれっこの×××!
「いやっ!れいちゃんこのこといるのっ!」
ああああああっああっ!首っ!首っ!首に腕がっ!苦しいっ!早く放せっ!はなせっ!は……な………せ…………っ。
ブラックアウト。
「………あれ?わんちゃん!?わんちゃん!?…………わんちゃんが………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「ああもうれいちゃん泣かないで!とりあえずわんちゃんから手を放して」
「わんちゃん!わんちゃん!わんちゃん!わんちゃん…………っ」
「…………仕方ないわね。………れいちゃん」
「………ぐ、ひっく………えぐっ………」
「もしもれいちゃんがこのわんちゃんを一度放してくれたら、持って帰ってもいいわよ」
「…………ひくっ………えぐっ…………ほんとにっ……えくっ……?」
「お母さんが嘘ををれいちゃんについたこと、一度でもあった?」
「…………ない」
「でしょ?」
「…………うん」
「だから、ちょっとこのこをお母さんに貸して」
「………わんちゃんは」
「大丈夫よ。このこはちょっと眠ってるだけだから。すぐ起きるわ」
「……………うんっ!」




………っは〜っ、は〜っ、は〜っ………。
………ま、マジで死ぬかと思った………。最近のガキは手加減を知らね〜のか……。


……ん?死ぬ?そんなはずないよな。たかだか首を絞められたぐらいで………。じゃあなんで俺は気絶なんかしてたんだ?
そもそもここは妙な香りでいっぱいだな。かぎ慣れない香りばっかで鼻がひん曲がりそうだぜ。てか何で目が見えねぇんだ?そう思ったが、簡単な話だ。瞼が開いていない。………おい、何で心眼が使えねぇんだ!一体俺の身に何が起こってんだ!…………まてよ、そう言えばさっきからわんちゃんわんちゃんとガキは言ってたな………まさかな。まさかそんなはずはでもそれ以外に可能性はねぇしいやでもまさか俺様がそんなことになるはずは………。
しかも何だ?テレパス通じねぇのか?さっきのガキに?どういうこったよ!
…………瞼閉じて耳塞いでる場合じゃねぇな。




そうして俺が初めて見た景色は、

今まで見てきたどの空間よりも、

狭く、

無機質で、

汚く、

雑然として、




威圧するかのようにでかかった。




………おいおいおいおいどういうこったよスルト、ロキ、オーディン。お前らの趣味じゃねーだろこのテの建物は。だとしても趣味悪いぞ。こんな直方体で銀一色の建物、壊したところで華がねーじゃんよ。
つーかここはマジでどこだよ。
んな景色産まれてこのかた見たことねぇよ。
………寧ろこの倦怠感はなんだよ。地を駆ければ突風で斬り刻む俺の脚力体力は真面目にどうした?

と、横に何かが置いてあるのに気付いた。何だこれ?覗き込むと、


ちっちゃなガキの狼が映っていた。


……………。

前右足を挙げる。
ガキは前左足を挙げる。
前左足を挙げる。
ガキは前右足を挙げる。
尻尾を振る。
ガキも尻尾を振る。
吠えてみる。
光速の誤差でガキも吠える。
……………。







ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。














嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!










「あ〜、わんちゃんおきた〜」
な!ガキ!なんつ〜デカさだ!ガキってこんなにデカかったのか?いや違う!俺がちっさくなってんだ!
「よかった〜」
おいガキっ!放せっ!頬擦りするなっ!毛なみが乱れる毛なみが!
「ん?けなみってな〜に〜?」
俺様の毛の美しさのことだっ!
「あはは〜、ほんとにきれい〜」
あはは〜じゃねぇよとっとと放せ〜!
「これからは、ずうっといっしょだよ〜」
願い下げだぁ〜っ!………ん?




こうして、俺の意見が入り込む余地も隙間も無い中で、俺――フェンリル――とガキ――尊(みこと)レイ――の生活が始まった。


………なんでこんなことになっちまったんだかな。



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