『フェンリル、レイ、そして神界からの刺客』






俺がこの国の文字を勉強しだしてから五年が経った。勉強の甲斐あって、今では町の標識レベルの字なら読めるようにはなった………あと簡単な本なら。
標識によって知ったのは、ど〜もこの町は半陽町というらしい。どーりで昼が妙に短かったわけだ。名前の通りだな。最初に俺がいたのは、ノリコの話によると、東京の新宿という街らしい。この国の首都らしく、様々な重要拠点が所狭しとひしめき合っている………それがあの滅茶苦茶でかくて不骨な建物か。しかし、ま、どうしてお偉いさんは高いものを建てたくなんだろな。見下げるのが単に好きなんだろーが。
出会った時には小学校二年だったレイも、今では立派な中学生………なんだろーが、どうにもおつむが成長してるか疑わしぃんだよな………。特に言動の一部が。ノリコの影響か?
っとと、そんなこと言ってたらボーイーナイフで強制性転換させられちまう。それだけは避けてぇ。
っと。
今の時間は昼頃。腹ごなしにひとっ走りしてくるかな。
単に体が成長してきただけかもしれんが、少しずつ、俺の昔の力が戻ってきている。その力を試すのに、一人での激走はいい機会だ。
んじゃ、ちょっくら行ってくるわ。
「車にひかれないでね〜」
………ノリコがこの性格でマジで助かったぜ。下手な束縛趣味のヤローだったらぜってー鎖に繋ぐだろ―からな。
狼は、気ままに生きるもんだぜ。
ん?説得力がねーか?


曲がって走って走って曲がって走って走って走って曲がって走って曲がって曲がって曲がドカッ。
…………。
っつ〜!何だ?何にぶつかった?人の股か?
ん?何だこの人だかりは?
「………ありえねぇよな………」
「………この肉体の炭化具合は………」
「………真っ昼間から焼死体かよ………」
あー、成程。単なる野次馬か。
しっかしどんな死体なんだか、ちょっち気にはなるな。………覗いてみっか。はいはいごめんよごめんよ退いた退いた。
二度ほど尻尾を踏まれ、三度ほど顔を蹴られそうになりながら見た死体は、

あまりに完っ璧に炭化していた。人の体を構成する元素にCが含まれているのがはっきりと理解できるほどに。


………うそぉ。
普通体内までは炭化しねぇだろ。皮膚からしか燃やせねぇからな。
となると高温の炎で焼かれたか?馬鹿言え。んな高温の炎で焼いたら、少なくとも誰かが気付く………ん?
死体の横に何か置いてあった。いや、落ちていた。
………何だよこれ。こいつの名刺か?………どれどれ………!

『邉 瑠璃(へん るり)』


………これってまさか、いやそんな事はないと思いたいがもしや、いやいやオーディンはバトルハッピーの気はあったが暗殺は嫌いな筈だしロキのヤローは封印名目で謹慎中だしだがでもこの名刺は。
嘘だろ………?

狙い=俺?

ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは………………。

っざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!


どーして俺を狙う必要があんだよ!ラグナロクは今は遥か昔だろ!?しかも俺一度滅ぼされたぞ!?今更何で二重殺しすんだよ!?メリット素肌良い感じ!?CM関係ねぇ!
将来的に危険だっつぅ理由か!?だとしたらオーディンの根性も見下げたもんだなぁ!弱っている奴から殺すのは戦士じゃねぇ!犯罪者だぜ!
………っと怒ってもしょうがねぇ。つーか俺が狙われてるってことは、レイを巻き込んだら危険か………。

仕方ねぇ、サヨナラすっかな。

………なんだ?この感情は。

涙か?………ははっ、俺にも涙なんてもんがあったとはな………。

………仕方ねぇ。仕方ねぇんだ。レイを巻き込むわけには行かねぇんだ。

………サヨナラは、言わねぇでおこう。あいつの泣き顔は、もう見たくねぇから………。

だが運命ってのはいつも皮肉が好きらしい。

「あれ〜、リルじゃん。こんなところで何してるの?」
…………うわ…………、一番会いたくないタイミングで会っちまった。
「勝手に鎖から抜けちゃ駄目じゃない。まったくぅ。ひとまず家に帰るわよ〜」
…………ああ。
「どーしたの〜?リル。元気ないじゃない。あ!もしかして勝手に百円のかきごおり莓シロップ食べちゃったの気にしてる?」
………いつの話だよそれは。そんなんじゃねぇ。
「あ?違った?じゃあリルのお気に入りの皿、私が壊しちゃったこと?」
あれはレイの仕業だったのか…………、そうじゃねぇ。
「え?じゃあ」
聞け!
「!!!」
……………レイ、……………俺は……………。

運命とは、

「目標、確認」

かくも、

………!レイっ!伏せろっ!
「えっ!わ、きゃっ!」

皮肉なものなのか。


がっ!………少しくらっちまったか………。
一体何が通り過ぎて―――!
「あ………あ………あ………」


――ありえねぇよな――
――この肉体の炭化具合は――
――真っ昼間から焼死体かよ――


やっぱりかよ。
やっぱりなのかよ。

やっぱり神界からの追っ手かよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!


ちょい待ておい待てマジで待て!戦争なんざもうとうの昔に終着宣言してるし、俺様もヨルもヘルも罰は受けただろうが!今更追っ手もないだろ!何で俺を狙う……………危険分子の排除か?
ならレイを巻き込むな!俺を狙うだけならさっき、地面の辺りを狙ったはずだ。だがてめぇらは明らかにレイと俺の位置を狙ってたよな?どういうこったよ!無関係の奴を殺すのか!明らかにレイは俺の罪とは無関係だろうが!
だがこいつらは、俺が考えもつかねぇことを吐きやがった。大義名分の元に敵を攻めるオーディンには似つかわしくねぇことを。


「我等に下されし命令は、神獣フェンリルとその所持者尊レイ、ならびに尊紀子の消滅」
「つまり跡形もなく、そう、跡形もなくね」


!!!!!!
「私を…………消滅…………!」
っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっと待てやオラァ!


………どうしてこいつを殺す必要があんだよ!
脅えるレイを背中にかばいながら、俺はエインフェリア弓兵達に唸る。
だが、それに対する返事は、あまりにも冷たかった。
「貴様と関わった、ただそれだけの事だ」
「神と関わったものは、神の書に定められたもの以外は全て、そう、全て抹殺するよう命令されている」
なっ…………!
なんつ〜命令だ。しっかしこいつらはエインフェリアとは言っても暗殺者部隊。ぜってーこっちの言葉に聞く耳持たねぇ。だが聞かずにはいられねぇんだよっ!
「納得できるかぁ!どうしてこいつを巻き込む!殺すなら俺だけで」
「滅ぶものに語る言葉など、無いわ」
「全く、そう、全くね」
…………けっ、返事まで予想通りと来た。そうまでして俺らを根絶やしにしたいか、オーディン。
………それともロキか?
やれやれ。いずれにせよ、俺一人ならいいが、レイ…………こいつを殺されるわけにはいかねぇ。俺が好み、俺を好んでる人間なんざ、そうそういねぇからな。それに、
―――俺は心に決めたんだ。命が続く限りこいつを守り抜くってな―――
………ただ実際問題、この状況はどうする。俺が殺されれば間違いなくレイもお陀仏だ。となると、二人とも生きるか、両方とも逝くかのどちらか。………逃げたいところだが逆に不利だ。かといって相手を倒すほどの力は、今の俺には―――
「………リル」
―――あ?
「………リル」
………何だ?レイ
「………私は、生きたい」
…………
まぁ、そーだろーな。それが普通だ。
「………それも、リルと一緒に、生きていたい」
!……おい、それって……
レイ!お前、その言葉は、「殺してくれ」と相手にプラカード見せるようなもんだぞ!
「………この人達、なんか、おかしいよ。神様だったら、わざわざ殺さなくても、記憶を消せば、それで済む筈でしょ?………消されたくないけど………、なのに、いきなり現れて、殺されかかって、さっきから人の考えばかり話してて………」
レイ………
「私は殺されたくない!でもリルとも離れたくない!」
……………分かったよ、レイ。お前の気持が。痛いほどに………。畜生!俺も生きてぇ!レイと居てぇよ!
「愉快、は、愉快だ」
「わざわざ自分から、自殺願望を述べるとはな」
やつらはそう嘲笑うと、弓を引き始めた。光が集まって、矢の形を成す。
「「遺言は済んだな。では、死ね」」
そして放たれた矢は、俺とレイの体を貫こうと高速で迫り、

刹那、

二人の体が光に包まれた。


矢が放たれた瞬間、俺もレイも思いは一つ、つまり『一緒に生きたい』だった。
そして高エネルギーの矢が体に突き刺さる寸前、レイが俺の体を強く抱きしめた。ここまでは確実に分かった。
だがその瞬間、不思議なことが起こった。
俺とレイの体の境界の感覚が曖昧になり、レイの温もりが俺の中に入り、俺の温もりがレイの中へ入っていって、そしてレイの思考が直接俺の中に―――。
俺の(レイの)体の中に何か新たな力が溢れて―――。

そして、光が弾けた。


気付いたら、俺は立っていた。
立って?二本足で?どういうことだ?と思いつつ下を見ると、確かに、二本の足で地面を踏みしめていた。………ってかその足、人のそれに近いぞ?どういうことだ?頭の中で何かがざわついている………それより前足は………人間のそれが白銀の毛で覆われてやがる…………ん?この怪我は………いつぞやに俺がレイをひっかいた位置と全く一緒か?………ざわつきが酷くなる。なんなんだこのざわつきは。
辺りを見回し―――!レイがいない!?どういうことだ!?まさかあの矢に当たって消えちまったの―――
「こ…、こ、こ、こ、こ……、こんな事が」
「有り得る筈がないッ!いや、有り得てはならないッ!」
………とちょっと待てよ。だとしたらあいつらは喜喜ともせず俺に対して矢を放っているはずだ。なのにあいつらは慌てたように、いや、実際慌てているようだ。
あってはならない?どういうことなんだ!?一体どうなってやがる!?―――リル!―――
………ん?どこだ!?
――リル!――
どこだ!?レイ!

――リル!――

突然、俺の右手がもう片方の掌に文字を書き始めた。何だ何だ何がどうなって、ん?わ、た、し、は、こ、こ、

―――私はここよ―――


全てが繋がった。つまり、俺と、レイは………。
慌てたように二人が弓を射つ。さっきまで避けられないほど速く感じた矢が、今は物凄くゆっくり近付いているように感じる。
俺は軽く身を横に捻り、難無くそれを避わす。
流れるような銀の長髪が俺の視界に入る。確かレイも長髪だった。………間違いない。今、俺とレイは確実に融合してる。多分、原因はさっきの矢だな。
高出力の光を矢に形状化させる『裁きの矢』は、それ単体でも滅茶苦茶エネルギーが高い。
その一方で、俺とレイは初めから会話できるほど互いの精神同調率が高かった。
本来なら、神といくら同調率が高かろうが、永く仲良く暮らした程度で神側が人間に与える影響なんざたかが知れている。せいぜい天寿を全うできる程度だ。
だがレイは、俺と同時に高密度エネルギーの集合体を食らっちまった。近くにいるだけで肉体に何らかの影響を及ぼすほど強力なそれを、だ。その上、その瞬間の互いの精神同調率は、メーターがあろうもんならレッドゾーンどころか、リミッター破壊クラスまで引き伸ばされていた。
肌と肌が隣接した状態で、『裁きの矢』のエネルギーが肉体の改変を行い、そうして残ったエネルギーが今の体に吸収された。その結果としてこの姿だ。
…………ったく、皮肉だよな。こいつらがレイを襲いさえしなきゃ、俺に力が戻ることもなかったのにな………。
「てめぇらの敗因は、命令にほいほい従って、手ぇ出さなくていい奴にまで手ぇ出した事だ」
俺は手を中心に冷気を集めた。俺の体を中心に氷の欠片が出来始め、キラキラと辺りの光を反射し始める。
―――殺さないでよ?―――
心配すんな。俺は殺さねぇ。殺してやりたいのは山々だが、こいつらにとって戦死は美徳だ。それに、……殺すのは後味悪ぃしな。
「し、死ね!」
やつらは『裁きの矢』を射ったが、俺が作る高濃度の冷気によって全て俺に届く前に雲消霧散した。あ〜エネルギーがもったいねー。
「さて、そろそろだ。不用意にレイに手を出したツケ、」
俺は冷気を掌にさらに集中させた。あまりの冷気に、光が屈折する。多分端から見たら手の辺りが蒼く見えただろう。
……ま、知ったこっちゃねーが。
「きっちり耳揃えて払ってもらおーじゃねーか」

瞬間、


『裁きの矢』を軽く越える速度で俺は走り、陰が交差する瞬間、腕をないだ。
俺の影を追うようにして氷の柱が生成される。その柱はやがて、足が氷によって固定され逃げられないあいつらを飲み込んだ。
振り返ると、二人がいたところを中心に、でっかい氷柱が、まるで天を目指すように突き立っていた。
『コキュトス・ジェイル』
俺がまだ神界にいた頃、よく使っていた技だ。


そのあと俺は、レイの提案もあって、近くの鏡で今の姿を確認してみた。
基本的なパーツはレイのものだ。すっきりした顔立ち、腰辺りまで伸びた髪、傷がほとんどない綺麗な腕、年齢の割に長い脚。ただ、あくまで基本的なパーツだけだ。外で他の奴に出会っても、まさかこの姿をレイだとは思わないだろう。
黒髪は月光をキラキラと反射する銀髪に変わり、肌の色は人間としては有り得ないほどに透き通るように白く、手や足は白銀の毛で覆われている。爪は、武器に出来る程度に長かった。
瞳の色は、全てを映し出し、見透かし、凍てつかせるような蒼。その瞳の色は、俺のそれと全く一緒。そして………。
銀髪と同化するかのように頭の上に突き立つ耳と、スカートの下から顔を出した尻尾、この二つは、紛れもなく俺のだ。
………こいつぁ人前には出れねぇや。
―――同感。とりあえず、この後どうするか考えない?―――
どうするかっつってもな〜、融合を解く方法なんざ知らねぇし。
―――まぁ、それもあるんだけど………―――
何だ?
―――綺麗だね、月が―――
月?あぁそういや満月が照ってんな。狼には満月を見せんな、とか言う迷信あんの知ってっか?
―――知ってるけど、それって狼だけじゃないよね?―――
ああ。誰だって、どんな生き物だって、心が奪われちまう。
―――月の魔力、ってこと?―――
そーゆ〜こった。
―――………リルは、大丈夫なの?―――
おいおい俺を誰だと思ってんだ?と〜ぜん、大丈夫さ。神界ならいざ知らず、こんな遥か離れた地表に降り注ぐ魔力程度で気は狂わねぇよ。
―――そっか。………なら安心した―――
あ?
―――もしも周りの人がおかしくなった時に、リルだけは大丈夫。それだけでも心強いもん―――
…………そうか。
―――………綺麗だよね、お月様―――
………ああ。


結局その後は俺とレイは寝ちまって、起きたときには融合は解けていた。どうも気を失うと解けちまうらしいな。
今はそんなことよりも、もっと重要な問題がある。それは、
「………この服、何て説明しよう?」
逃げ回るときにボロボロになった服と、朝帰りの言い訳だ。
俺に訊くなよ。所詮は狼だから、人間に対して知恵を与えることは出来んぞ。


【BACK】【目次】【NEXT】【TOP】