2.5日目:パーティのその後に




…………ん?どうやらいつの間にか寝ていたらしい。………頭が少し痛い。宿酔いになったか?
しっかし、相変わらず妙な夢だ。真っ暗闇の中に聞き覚えのない声ばかり響く。しかも今回は呪い文句のオンパレード。………寝覚めが悪すぎだ。
『………ちょっと!』
ん?この声は?と思って振り向く。やはりクレン氏だ。
「何でしょう?」
俺が問いただすと、クレン氏は頭を下げた。
『ごめんっ!てっきりあの無愛想坊主の連れかと思ってこき使っちまったよ!』
あ〜、成程ね。俺がDoomの一員だと思ってたわけだ。まぁ重労働に関して、全く気にしちゃいないけどな。
「いえいえ。お気になさらず」
『ホントにごめんね〜』
元はと言えばDoomと相乗りバスをチャーターした会社が原因だ。だが、その手抜きのお陰で、逆にいいものが聞けたのだから、まぁトントンだろう。調理の場面も、メンバーの一面をかいま見られたのだから、プラスの要素もデカイ。
「いえいえ。こっちもそれなりに楽しめましたから」
クレン氏はほっとした様子を見せると、唐突に話題を変えた。
『そういやアンタ………メイ君だっけ?この辺りの伝説とか、興味あるかい?』
「あるにはありますけど………、どうしてそんなことを急に?」
『無愛想坊主がこぼしてたのよ。『北の方の曲を作りたくてここに来た』ってねぇ。よりによってこんな変ぴな所に来なくても、何て思っちゃったりもしたけどね』
余計なお世話だ。
『そんなもんだから、参考になれば、って事と、もう一つは………あれ?ヤヨイちゃんは?』
俺は辺りの惨状を見回した。いない。少なくともこの部屋には。あるのは未回収のごみや皿や布や飾りだけ。
『まぁ、あとでいいか。あの子、ヤヨイ・クリシュバールってんだっけ?確かこの辺りの出身だった筈だから、伝説を話しとこうと思ったんだけど………』
この辺り?カナダとアラスカの国境付近か?………また何かが引っ掛かった。
『日系カナダ人、だったかしら。よくウィーンとかベルリンとかに行っている、とは話してたけどねぇ。ま、とは言ってもあたしが無理矢理聞き出したみたいなもんだけどさ』
「………!」


やっと繋がった。


ヤヨイ・クリシュバール………音楽業界で今最も有名な新人、超天才ヴァイオリニスト。
あのパガニーニの変奏曲を、聴衆の前で難無く全て弾きこなしたという伝説は耳に新しい。
実力だけでなく、美貌まで兼ね備えているという事から、世界中のオーケストラ、音楽番組から引く手あまただという。
しかも相当手堅いらしく、マスメディアに載るような浮いたゴシップが全く無いのも特徴だ。


そんな彼女が、この場所で誕生日を(多分強引に)祝われていた。………どんな偶然だよ。この世に神様がいるのなら、相当アクシデントとハプニングが好きらしい。
『………まぁいいや。で、聞く?聞かない?』
クレンボイスで我にかえった俺は、脊髄反射的に頷いた。
クレン氏は満足そうに頷くと、静かに、語り始めた………。



『これはあたしのひい婆ちゃんの代より前から伝わっている昔話なんだけど………
昔々、あるところに一人の若者がいたの。まぁわりと働き者だった彼は、ある日秋の山菜採りに行ったときに山に迷ったらしいのよ。
日が暮れる前に戻らなきゃと思って川沿いに歩いてたら、山小屋が一つ、建っていて、その中には――まぁこの手の伝説にはありがちなんだけど――美しい女性がいたのよ。
男の人は女性の家に招かれ、そこで一夜を過ごすことにした。
男の方も好青年だったのかしらねぇ。女性が彼に惚れちゃってね。んで男も独り身だったし、何よりフィーリングが合ったのかな?二人は結婚して、女性のいた村で暮らすことになったのさ。
ところが、実はその娘さんがいた村では、結婚は内輪のものとだけしなきゃなんないしきたりがあったらしいのさ。そのしきたりを破ったものは死をもって償えってさ。まぁおかしな話だよ。それで二人は村を命からがら抜け出してねぇ、山に逃げ込んで、最後には雪の降る晩、満月の下で、湖に二人一緒に飛込んだのさ。――あの世で二人結ばれますように――ってね。
今でも、その湖だと思われる場所では、二人の魂が蝶になって飛んでいる………ってな話さ』


……何だろう。
……何かが心の奥で引っ掛かる。
思い出せそうで、分かりそうで、それを掴もうとした瞬間に霧散してしまうもどかしさ。
『………どうしたい?そんな辛気臭くなる話だったかい?この話が』
クレン氏の声でまたしても現実に引き戻され、反射的に首を横に振る。
「い、いいえ。そういう理由じゃなくて………」
『なくて?』
「い……いや、ないんです」
どうして動揺するのかは分からないが、俺は明らかに動揺していた。
『ふぅん………』
いぶかしげに、クレン氏は俺のことを見つめるが、やがてぱん、と手を打つと、
『まぁ野郎の過去には興味ないしね、訊かないでおくわ』
こうにこやかに言った。何だその語り口は。
『あと、さっきの話で、一説ではその村には雪女や雪男だけが住む村だって話があるのよねぇ。………多分逸話だろうけどさ...…ん?』
ここで突然クレン氏は言葉を切り、
『そういえば、あんた、そのネックレスは何だい?』
じっと俺の胸元を見つめた後、クレン氏は俺に唐突に聞いてきた。
胸元にぶら下がっている――今はシャツの下に隠れている――アクアマリンのペンダント。俺がそれを胸元から出すと、クレン氏は驚いたような声で言った。
『へぇ。結構高いもの身に付けているじゃないの。わりと貧相な身なりをしてると思ったらさぁ』
貧相な身なりは余計なお世話だ。それに台詞が何か盗賊首領のそれだぞ。俺の見ぐるみをはぐつもりか?
『で、それ、どこで手に入れたんだい?』
いかにも興味津津というか、ゴシップを聞き付けたオバハンと化したクレン氏。ネックレスを手にとり、しげしげと見つめながら訊いてきた。

………こういう相手に嘘を言ってもしょうがない。



「――両親の、形見です」



それを聞いたクレン氏は、急にこと冷めた顔をして、アクアマリンから手を離した。そして溜め息をつくと、
『……済まないね、余計なこと聞いちまって』
そう俺に謝った。
「……いえいえ。気にしないで下さい。もう十年前の話ですから」
俺はそう言うと、ふらつきながら《201》号室に戻ることにした。
………少しばかりパーティの残骸を片付けたがな。



「………しっかし、もうあれから十年経ったのか……」
ベッドに横になりながら、俺は自分の発言を頭の中で繰り返した。
もう十年前のこと。
あの日のことは、昔の思い出がセピア色を通り越して現像不可能になっている今でも、つよインク使用の印刷物よりも鮮やかな映像を俺に見せてくれる。音つきであることを考えると、ビデオとDVDの違いか。
そう。このペンダントを渡された日のことは、今でも事こまかに覚えているのだ――。


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