十年前:皐月の思い出




『………おとぅさん』

『ん?何だ皐月』

『………おかぁさんは?』

『…………』

『…………おかぁさん、いなくなっちゃったの?』

『…………』

『ねぇ、おとぅさん…………』

『…………』

『おとぅさ』


『畜生っ!』


『…………!?』

『畜生っ!畜生っ!畜生っ!畜生っ!畜生っ!畜生っ!畜生ォォォォォォォォっ!』

『おとぅさん!?!?!?!?』

『俺の所為なのか!?俺があの場所から連れだしたりしたからなのか!?あいつはいつも苦しんでたのか!?貴方に逢えて幸せだった、あの台詞は嘘だったのか!?違うだろ!?じゃあどうして俺は引き留めなかった!?どうして俺は腕を掴まなかった!?どうして………っくっ!』

『おとぅさん………』

『…………………………………………………。
………………………………………………………皐月』

『………なに?』

『…………おかぁさんは、今、体が悪いから田舎の方に帰っているんだ』

『…………』

『だから、心配しなくていい。直に帰ってくるさ』

『…………』

『あっ!それとこれはお母さんからお前に渡しといてと言われたヤツなんだが………』

『……………これは…………』

『そう。おかぁさんが、いつも着けていたペンダントだ。これを、いつも肌身離さず持っていて、って言ってたな』

『…………』

『じゃあ、これをお前に預ける』

『……………おとぅさん』

『…………………な、何だ?』

『………おかぁさん、本当に戻ってくる?』

『……………………………、戻ってくるさ、絶対にな……………絶対に…………』


親父は次の日、知らぬ間に家を出ていった。『田舎に看病に行ってくる』そう書き置きを残して。
そして、その数週間後だった。



『本日未明、〇〇山中におきまして、◎●県にお住まいの会社員、瀬戸治樹(42)とその妻、瀬戸霜月(38)が、それぞれ遺体で発見されました』



親父は最後に嘘をついた。
誰も戻ってこなかった。



【BACK】【目次】【NEXT】【TOP】