1日目:『クレンの宿』



俺達を乗せたバスはカナダを無事に抜け、アラスカの宿に無事に着いた。
『お前結構良いとこ済んでんじゃんさよぁ』
『………叔母と俺は無関係』
ジャックにヨールがしきりに絡んでいる。他のメンバーはいつもの事だと見て見ぬふりをしていた。………誰か止めてやれよ。
俺?俺が止められると思うか?


『いらっしゃい!よくもまぁこんなへんぴな所に来たねぇあっはっはっ』
そのへんぴな所に建てた宿の主、クレン=クライスが豪快に笑う。その姿を見てジャックの顔が少し脱力した様な気がした………これがいつも通りなのか。こいつは家でのテンション維持は大変だな。内心静かなるジャック氏には同情したくなる。バスの中での様子を見る限りあまり社交的では無さそうだからな。
『…………叔母さん、いいからこいつらをとっとと部屋に案内してくれ』
疲れきったともとれる声でジャックは呟いた。おいおいこいつらとか言っちゃっていいのか?このあとの展開が丸分かりだぞ?どんな奴でも想像はつくぞ?
『つれねぇじゃねぇかジャックちゃんよぉ。こいつらはねぇだろ〜?』
やっぱりな。従来の秩序を破壊するために生まれたハードロックをそのまま擬人化した男、ヨールがジャックにヘッドロックを仕掛けてきた。まだ酔っているのかこいつはと思ったが、誰も何もしないところを見ると、この男のニュートラルがこの疫病神状態らしい。…………友人としては持ちたくないな、………本気で。
『はいはい。さぁさ、各人に部屋は一つ一つ当ててあるから、とっとと荷物運んじまいな』
サービス精神とは無縁の言動でバンドの面子を部屋に案内…………と言うか連行するクレン氏。豪快だ。豪快すぎる。というか他に客はいないのか?………まぁ時間が時間だし寝ているだけかもしれんが。
「………さってと」
俺も部屋に向かいますか。受付の人に鍵をもらって―――


と、白い影を見た気がした。


思わず目をこすってもう一度確認してみた。当然いない。気のせいか。疲れているだけか。まぁあの狂宴は体力を異常に削られるのは分かりきっていたことだがそれにしても。
「―――何で俺はノスタル感じちまってるんだ?」
白い影を視界に捕えた瞬間、俺の中に沸き上がった思いは、ある種の懐かしさ――あるいはそれに近い感情――だった。まるで母親に久しぶりに出会ったような――。
んなわけないな。母親の兄弟姉妹関係は知らないし、その母親も十年前に亡くなっている。ここで偶然ばったりなんてそんなことはあるはずがないな。ノスタルを感じたのもきっと気のせいだ。そう想い直して、受付嬢から部屋の鍵をもらった。

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