1日目:『Doom』バス内部



「Hahahahahaha!」
…………何だ。
「Yeah〜!」
……………………何なんだこの集団は。
「Tell me why〜〜〜〜♪」
………………………………何なんだこのラテンなムードは。普通のバスを頼まなかったのかうちの会社は。………訂正。普通のバスと言うより、普通のツアーだな。
俺の中での旅のイメージは、バスでも電車でも、もうちょっと静かで旅愁に浸れるもんだぞ。だがこの騒がしさは何だ!?パーティー車両か!?
『よう兄ちゃん、丁度いい』
ボルヘッドが話しかけてきた。こっちは良くない。つーか何て馴れ馴れしいんだ。こっちは手のうずきが収まらんで困っとるっつーに。
『そのギターで、有名どころの曲をなんか弾いてくれよ。勿論盛り上がれるやつでな』
筋肉を見せ付けながら頼む=弾けと。頼みじゃなくて命令だな。
………ただ考えてみれば、この状況はある意味では好都合だ。今、手のわきわきが物凄いペースになっている。精神限界まであと……数分ってところか。平然とギターを弾けるチャンス、逃すのはヤバい。
「O.K.やっぱ曲はラテンかい?」
『ラテンもいいが、ブルースやスゥイングも捨てがたい。…………お、dorlisなんてどうだ?』
おいおい、それは寧ろマイナーだぞ。一応知ってはいるが。
「曲は?周りの奴は知ってんのか?」
問題ないとばかりに、相手は答えた。
『勿論さHahaha。今そっちの国で一番売れてるアーティストだろ?』
誰だデマを流した奴は。まぁ考えてみれば日本は不思議な国だ。オリコンの上位にいる奴よりうまいアーティストがインディーズにわんさかいるからな。他の国でも同じかもしれんが。
「………そう売れているわけでもないぞ」
『信じらんないな!?あのノリこそ今のjApに必要だろ!』
いやそれを俺に力説されても。俺は日本代表じゃないぞ。
「かもしれんな。で、何の曲だ?」
男は少し撫然とした声で、
『'二四時間世界一周'で』
お、確かに有名どころだな。じゃ、早速(と言うか既に指がヤバい状態だったり)弾きますか。


『(If) I could chaaaange the world〜〜〜〜〜』
それから数時間、車内リアルカラオケタイムは行われた。かなり騒がしかったが、よく運転手はイライラしないで集中できるな………プロって言うのはこんなもんなのかね?
俺もかなりの曲を弾き詰めだ。PIPELINE、Misiriou等のインスト曲も織り混ぜつつ大半はこのラテン民族共のリクエストに合わせて。
ただ、何と言うか………、
「リクエスト曲が半端に古い………」
しかも大半の奴が知らないものばかりをリクエストしてくる。中にはアニメ曲のリクエストをし他の全員に親指を下に向けられた奴もいた。当然だろう。こっちも願い下げだ。………知っている俺も俺か。
『………aaange the world』
最後はエリック・クラプトンで締め、車内は拍手の海に包まれた。………運転手は全く意に介してない。プロだ、絶対プロだこいつ。
『ありがとよ、青年。おかげで楽しかったよ』
誘いかけてきた筋肉質ボルドヘッドの男が言う。
「いえいえ。こっちもギターが思うように弾けて助かったよ」
『そいつぁよかった』
男は歯を見せて笑う。どうでもいいがこの男、外見のわりに几帳面か?歯が全て白い。
『あ〜、自己紹介がまだだったな。俺の名はニクス・ポートマン。ニクスとでも呼んでくれ。お前さんの名は?』
勝手に自己紹介を始められた。………まぁ旅は道連れっつ〜し、ここで話し相手を一人くらい作るのもいいかな。
「俺は瀬戸皐月。まぁ他の奴はメイと呼んでるがな」
サツキ、というと女のような名前だと言う奴が多い。そういう奴に言いたい。余計なお世話だと。俺は結構この名前気に入ってんだ。今更他の奴にどうこう言われる所以も因縁もない。
だがそんな名前に対してもあだ名はつけられるらしい。皐月だから五月、五月だからメイ、と言う具合いに。命名者はクラスメートのいじめっ子A+ランクの奴だったのが少々気に食わんが、女みたいだの言われるよりは一光年ほどの距離を開いてましだとは言える。
『じゃあメイと呼ばせてもらうぜ。こっちの響きの方が馴染み深いからな』
ニクスは気さくに答えた。
『お〜いニクス〜、お前もこっちの会話に入れ〜〜!』
他の外人の若者が(向こうからすればこっちが外人か………いや、その区別がないかもな)ニクスの名前を呼んだ。………ニクスの性格タイプを考えると………この後の展開は楽に読めた。
『皆、紹介するぜ!』
やっぱりな。


話によると、ニクス以下六名はイギリスのアングラ系ロックグループ《Doom》のメンバー。アラスカの方に来たのは、そのメンバーの一人、シンセサイザー担当のジャック・クライスの叔母が宿を経営しているので、宣伝も兼ねて泊まりに行く魂胆だと言う。アングラなら他の奴が知らない曲ばかりリクエストするのも頷ける。彼等は音楽を聞く範囲がとてつもなく広いからな。
ちなみにニクスはドラム担当らしい。ドラム椅子に鎮座する姿はガキが見たら、下手したら泣き叫ぶんじゃないか?
Doomのメンバーは、そのうち他の国でもライブ活動をやろうと考えているらしい。日本での活動も考えているとかいないとか。
『日本でCD売り出す時になったlaよ、そっちのCD会社に俺laを薦めてくleないかい?』
ラ行の発音に微妙な癖を持つベースのマッキン・スティッキーが俺にこんなお願いを持ってきた。……俺にここまでの権限は無いぞ。第一演奏を聞いていないバンドの音楽を薦めたところで、感想がありきたりなものになっちまう。無個性は音楽界では即ち死を意味するからな。
「ライブに一度招待してくれるなら、な」
『そいつぁリーダーのキースに相談してみluぜ』
そう言ってマッキンが向かった先にいたのは、このバンドの誇る超速ギタリストであるらしいキース・シュトルハウゼンその人である。
マッキンが身振り手振り交えながらキースに何やら説明すると、キースは俺に近付いてきて、
『一応リーダーを受け持っているキースです。付き合いがあれば、今後ともよろしく』
このメンバーの中では一番物腰が丁寧らしいな、この男は。少し言い方が冷たい気もするが。
『んで、先程マッキンが言ってた件ですが、後で一度演奏するつもりですので、それで判断してください。勿論僕としては、CDに関して会社に打診してもらえると凄く助かります』
なんかすんげぇ気に障る言い方をする奴だな。どこぞのいいとこのボンボンか?
まぁでも断る理由ないしな。
「………良いぜ。一応打診はしてみるわ」
後はあの糞部長が受け入れるか次第だな。
…………ん?そういや他の奴は?ボーカルとギターとキーボードの奴が見当たらないぞ?
『ああ、彼等なら………』
と言ってバスの最後尾を指差す。そこには未だに酒を持って騒いでいる三人のメンバーがいた。
『先程紹介した通り、ドレッドヘアで、今一升瓶を振り上げているのがボーカルのヨール・サリバール、その横で命乞いしている眼鏡が――あ、今ニクスが止めに入りましたね――弟でギターのドミナイン・サリバール。そして我関せずでキーボードをギャンギャン鳴らしているのがジャック・クライスです』
………何つーか、アクが強いメンバーだな。そりゃハードロック系統を演奏するのも頷ける。
『'素敵'なメンバーでしょう?』
「ああ。'素敵'だ」
何とも微笑ましい面子だこと。


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