第一楽章





やあ。
話を聞きに来てくれたんだね。

さて、何の話を聞きたいんだい?
旅の途中に、どんな人に遇ったか?
了解。それじゃあ今日は、僕が旅していたときに、実際に遇った人の話をしよう。
そう、あれは確か、遥か大昔に大厄災があったっていうマエソフリ荒野を歩いてたときだったかな………。
そんな荒野知らない?
かもね。まぁ話は最後まで聞いてね。

日が天頂近くまで昇る頃、見渡す限りの荒野を、早く抜けて近くの開拓町に向かおうと急いでいた僕は、そこで奇妙な人を見掛けたんだ。
明らかに荒れに荒れて生命の欠片すら感じない荒野の中に、彼はいた。
老人だった。
一人の白髭の老人が鍬を振るって荒野を耕していたんだ。
普通だったら話しかけようとは思わないよね?
でも、僕はいつもの悪い癖が出て、その人につい、興味が湧いてしまったんだ。
勿論近付いて話しかけたよ。
挨拶したら、その老人は嬉しそうに笑って、挨拶を返してくれたんだ。
「おぉ、これは旅人とは珍しい。町まではまだありますぞ。この辺りで一休みしてはどうですかな?ご覧の通り、何も用意してはやれませんが、ほっほっほっ」
それから僕とこの老人は、その場にとどまって話したよ。
老人の話だと、ここも大厄災の被災地の例に漏れず、植物が育たない地になってしまったらしい。
え?大厄災って何か?
それはまた別の機会にお話しするよ。とりあえずは、大厄災の所為で荒野になった、って覚えといて。
その老人は、この荒野に花を育てようとしているらしい。
あまりに懸命に鍬を振るっていたからね、僕も色々質問したよ。全部を言うと時間がかかるから、みんなが大体聞く質問と、その答えだけ話すね。
はいはい。ぶーぶー言わない。


「いつからこの作業を?」
「始めたのは成人を向かえてからです。最も、当時は仕事の片手間でしたが」
僕はその時、この老人の住む地域の成人が15才からだと言うことを思い出して、正直驚いたよ。だってこの老人、年を聞いたら70だったから。かれこれ55年はずっとやっている計算になる。
「本格的にやり出したのは、妻に先立たれ、息子が自立し家を出た10年前からですが」
「凄いですね」
僕がそう素直に感心すると、老人はほっほっほっ、と笑って、
「なぁに、私には夢がありますから」
「夢………と言いますと?」
老人は嬉しそうに――それはまるで希望に満ち溢れた子供のように瞳を輝かせて――こう言ったんだ。
「この荒野一面に、花を咲かせることです」


老人は腕を広げて、辺りの荒野を示したんだ。本当に、本当に、先が見えないほどに続いている、その荒野をね。
正直、無理なんじゃないか、そう思った。思ってしまったんだ。
そして僕は、一番言ってはいけない、でも言いたくなってしまう一言を、言ってしまったんだ。


「…………いつまでこの作業を続けようと考えていますか?」
言ってしまって、僕ははっとして口を押さえた。これじゃ老人のやっている事は無駄かもしれないと言っているようなものじゃないか!
でも老人は、怒ることもなく、機嫌を悪くするような事もなく、代わりにこう尋ねてきたんだ。
「旅人さん、貴方は旅をいつ終えようと考えたことはありますかな?」
ハッとさせられた。
老人にとってこの行動は、僕にとっての旅と、全く変わらないものだって。
「!―――いいえ!」
慌てたような口調のそれを聞くと、老人は、少し寂しそうな、でも生き生きとした目でこう言ったんだ。
「終らせることはいつでも出来ます。ですが、終らせたくはないんです」
その時の老人の眼は、優しいだけじゃなく、ええと、何て言うのか………、強さ、みたいなものを感じたよ。
同時に、あんな質問した事を、心から後悔した。

「そうですか…………。では、そろそろ出発しないと、町に着くまでに日が暮れちゃいますから、この辺りでおいとましますね」
「いえいえ。こちらこそ引き留めてしまって、こんな老人の話に付き合って下さってありがとうございました」
いえいえ、と断ってから僕は立ち上がって、荷物を肩に掛けて、最後に、ぽつりと呟いたんだ。
「花、咲くといいですね」
そしたら、

「咲きますとも。この荒野一面に、ね」

そう老人は微笑んで、僕に手を振ってくれた。


みんなは、その老人のことをどう思う?
馬鹿?
まぁ、そう思う人も多いよね。
現に、僕が寄っていた開拓町の宿屋のおじさんも言ってたんだ。
「あのじじいは昔からそうだよ。夢だかなんだか知らないが、出来もしないことを一生懸命に。しかも頑固者と来た。ありゃあ死んでも耕し続けるぜ、あの荒野を」
そう、嘲ってたよ。


だけど、僕は、
あの老人を嘲る気には、どうしてもなれなかった。
哀れだと思う気にも、どうしてもなれなかった。
だって、


あの老人がやることが無駄だって、誰が決められるんだい?


十年、いや二十年先、もしかしたら花が咲き乱れるかもしれない。そんな可能性すら、やる前から否定してはいないかい?


いいかい。
確かにあの老人の行動は、端から見たら無駄に見えるのかもしれない。荒野に花を咲かす、なんて、おとぎ話にしか聞こえないのかもしれない。
でもね、


そういう僕等は、何かをやろうとしているのかい?


何かを為そうと奮闘する老人、いや一人の人間を、果たして何もしようとしていない僕等に、嘲る資格があるのかな?


無駄って言うのは、もったいないっていうのは、自分に出来るかもしれないことをしないで、他人がしているのを笑うこと、そのものじゃないのかな?
嘲うなら、鍬を持ち、耕すなり、種を蒔くなり、肥料を与えるなりした方が、全然無駄じゃないと思う。


僕の知り合いに歌うたいが一人いるんだけどね、彼は十年ほど前、歌が非常に下手だったんだ。でも彼は今、立派に歌うたいとして生きてるよ。
彼はいつも歌っている。



『諦めるなんてことは
死んだ時にでもすればいい』



何も始めていないうちから、諦めるべきじゃない。あの老人との会話で、僕はそう、感じたんだ。


………何か辛気臭くなってごめんね。でも、このお話はこれで終り。
それじゃ、またいつか。


―――――――――――


そう、僕も、何も始まってもいない。
それに、何も始めてはいないんだ。
自分で何が出来るのか。
自分は何をするのか。
それすら定まっていないんだから。
いや、定めないでいただけなんだから。
だから僕には、誰にも嘲笑う資格なんてない。



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