前奏曲の前の解説





やあ、お久しぶりだね。
元気にしてたかい?

さて、今日は―――ん?
あぁ。そうか。今日は『大厄災』について話すんだったね。
じゃあ、早速。


『大厄災』。
それは地方、国あるいは民族、もしかしたら家族単位で伝えられ方が違っているかもしれない、半ば伝説と化している出来事。僕も色々な所で色々な人に話は聞いてたけど、全ての話で一致するものは全くと言っていい程無かった。
その大まかな経緯と、あと一つ―――闇に心を食われた聖女の話を除いては。
知ってる?聖女の話。
ん〜、反応が微妙だな………。最近は教えてないのかな?
じゃあ、おおよその粗筋から話すね。


今となってはもう遥か昔、それこそ今より遥か文明が発達していて、人類がこの世界の王として思うように行動していた時代に、それは起こった。
そう。悪名高い『大戦争』だ。君達も、名前だけは聞いたことがあるだろう?
原因は様々に言われているけれども、結局分からない。だけれども、気付いたら戦いが始まっていた。そして、信じられないほどの数の人が死んだ。
この辺りで、国毎に話が違ってくるんだけど、まぁそれはさておくとするよ。

さて、ここで質問だ。その時に戦争で死んだ人はどうなったか、分かるかい?
今と同じで、幽霊になる?
その通り。
で、君達もご存じの通り、幽霊には、大きく分けて二種類のタイプが存在する。
人に優しいか、人を傷付けるか。いわゆる'霊'と'悪霊'の違いだね。そのどちらも、僕等は精霊と呼んでいたりする。
時々、僕等の中に精霊と交信出来る人物がいるよね。そういう能力は先天的なもので、持つ人は、昔は『巫女』や『御子』として――神と交信出来るものとして、大切に扱われたんだ。
彼女も、そんな能力を持つ人物の一人だった。


彼女の国は、どちらかと言えば中ぐらいの大きさの国で、主な産業は農産業、っていう、まぁ田舎の国だね。
彼女は――その技能を持つ人の大半がそうであるように――聖女として修道院にいた。
元よりその道に秀でていた彼女は、農民達から慕われていたんだ。
ところがある日、王の命令を受け謁見した際、なんと王は聖女を捕え、塔の上に幽閉してしまった!
前より王は、戦争を望んでいた。
自らの権力拡大――実際のところ、宰相にいいようにそそのかされていただけだったんだけど――のために、また、いらないまでに肥大化した自尊心を満たすために。
国民に戦争を強いるにはどうしたら良いか。答えは簡単だ。
国民は聖女を信仰している。ならば聖女を傀儡にしてしまえばいい。
そのために聖女を呼び、王の権力を使ってねじ伏せようとした。
ところが、謁見に応じた聖女は、こともあろうに王である自分の命令に反対した。
憤激した王は聖女を無理矢理塔の上に閉じ込めた。
困り果てた王に、王を傀儡にしようと企む宰相が耳打ちした。
全ての命令を、聖女が認めたものとして発表してしまえばいい、とね。


一方、聖女も閉じ込められているだけには行かなかった。木の手錠を石の壁にぶつけて割ると、衛士の見ていない隙を見計らって、窓から飛び下りた!
そして生きていた!
信じられるかい?当時の塔は物見蔵よりも遥かに高いんだよ。それこそ人が落ちたら一発で幽霊確定になるほどにね。
白鳥達が聖女を助けたとか、塔に茂った木が衝撃を和らげたとかいった、様々な伝説があるけど、真相は定かじゃない。
ただ一つ言えることは、この事が最悪の出来事を逆に引き起こした、ともとれるって事だ。
街に戻ってきた彼女が目にしたもの―――


………その時、彼女が叫んだ言葉は、みんな知ってるよね?………もちろん。


『Why do you feel nothing!?
Why do you injured one another!?』


…………何度聞いても悲しい言葉だよね。僕も、この言葉を言う度に心が痛むよ。彼女の、魂からの叫びだから。
でも、戦は止まることを知らなかった。彼女が嘆いたとしても、それだけで戦が止まる筈も無かった。
戦争に関しては、こんな名言が残っているよ。
『戦争は始めるのは簡単だが、終らせるのが難しい』

―――城を逃げ出した彼女の目の前で焼かれていく村、増えていく墓、そして―――刻まれていく、自分と親しき者達の名前。
元々精霊と交流できるほどに感受性が豊かであった、悪く言えばナイーブであった彼女の心に、現実という刃は容赦なく傷をつけ、その傷を更に深くえぐっていった。


ある村の伝記には、彼女についてこう記されていたよ。
『栄光とは紙一重の死線、それが司る衰退の兆し。それは彼女にとって視覚的拷問に等しかった。
狂える妄想が、傲慢な欲望が咲かせた赫き血の花は、彼女の心をその棘で深く削りとった。
静寂の後に怒りがあるうちはまだ良い。理性の片鱗が残ってはいる。
だが、あの日、静寂の中に見えた彼女の瞳には、狂気が映って見えた。
そして彼女は―――』


―――戦士に突き刺さった、血まみれの剣を手にとり、


『―――積み上げし屍が億を越えし時、神は汝らを見捨てるであろう。
怒りの精(フューリー)はその衝動のままに地を焼き、嘆きの精(バンシー)は涙と共に草を枯らし、豊穣の神(ルミナス)はこの地より永遠に去るであろう!
それが汝ら人の子が、傲慢と思い上がりの末に犯した大罪だ!』


幾千の呪咀を、狂わんばかりの声で喉を枯らしながら叫ぶと、


自らの胸を、その剣で突き刺して、果てた。


その瞬間、彼女が倒れた場所の地面が色を失い、脆く崩れていった。
そして彼女の死骸は、崩れていく地面に飲み込まれていった………。



ここからはみんなも知っている話でもあるけど、まぁ始めたからには結果も話さないとね。
ん?他の国ではどうなったかは知らない?
あ、そうか。国ごとに被害は違うって、自分で言っておいて忘れてたよ。ハハハ…………。
………では。


まず、彼女を閉じ込め、彼女の名を好きなように利用した王とその宰相は、戦いの最中、突然死んだよ。それは一瞬だったらしい。いきなり全身が裂け、血が、肉が、あらゆるものが一気に飛び出したそうだから。
……あぁ、ごめんごめん。気持悪い表現だったね。
敵王の突然死に勢いに乗った帝国は領土を拡大。彼女の国の住民を奴隷にして王宮を制圧し、大帝国を作り上げた。そして王の間で、戦争の終結をすぐさま宣言したんだ。
ところが、その宣言の翌日、その帝国は消滅することになる。
この大陸では滅多に――いや、一度として襲ったことのない大地震――それも直下型のものが、帝国全土を襲ったのだ。
発生したのが真夜中であったこともあって、帝王、側近、部下、そしてかなりの人数の奴隷が亡くなったらしい。
ある本にはこう記されている。

『かの戦は帝国が終焉をもたらし、帝国の終焉をももたらした。
残されたのは、恐怖と不安に凍てつく、力無き人々のみ。
未来は見えた。
まとめる者が無き内に、全てが荒廃していくだろう』

その地震の影響は非常に大きくてね――あぁ、それがこの辺りか。
港の公国では、この世の終りかと思えるほどの大津波が起こって、何もかも飲み込んだ。その波の衝撃で、山が一つ、完全に飲み込まれて、その向こうの山の中央部分を深くえぐったんだよね?
あぁ、あれがその山か、ありがとう。
さて。
前に話したあの荒野は、元々は豊かな草原地帯だったらしい。ところが、彼女が死んだ年から雨がめっきり減り、おまけに土に塩が浮いてきて、作物が全く育たなくなったという。一年も経たないうちに、全てが荒野に変わってしまった。
ある悲劇の詩人は、この惨状を見てこう告げたらしい。

『神よ、貴方は民に失望なさったのか!
この民の苦悶のうちに響き渡る呻き声すら、貴方様にとっては
華麗で荘厳なる曲にお聞こえなさるのか!』

色々な場所で大厄災の話を聞く度に、いかにして前の文明が崩壊を向かえ無に帰し、その無からまた有が生まれたのか、それを知ることが出来た。けど、過去から学んだことは、未来に生かされているのか、それは知ることは出来なかった。
だから僕等は、未来を見つめなければいけないのかもしれない。


今日の話は以上。
『大厄災』については、本当に全部話そうと思ったら三日はかかるくらい、色々な内容が語られているんだ。だから今日はまとめてみたけど、どうだったかな?

では、またいつか。


―――――――――――


戦争はもとより、僕は争い事自体そこまで好きじゃない。
守るための戦いなら兎も角、奪い取るための戦いは、それもさして大義のない戦いは。


でももう戦わなくちゃいけない。
勝ち取らなくちゃいけないんだ。


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