その1:異国の地に咲く花は





『デカダンスの美しさ』

『死に滅び逝くものが放つ、最後の光は――』

『――あまりに悲しく――』

『――そして――』


「'The catastrophe'………?カタストロフ、って一体………」
偉大なる父が、近々アルバムを出すという。そのリミックス枠の一曲として、私――Tangerine Stream――は選ばれたらしい。
新曲になるにつれ、私のようなおとなしい曲も減ってきてはいるけど、まだ選んでくれている人はいる。そんな心優しい人との交流を終え、夕焼けの3番街をいつものようにREINCARNATIONと一緒に帰っていた、ある日の事だった。
ポストに届いていたのは、一通の封筒。
わりと綺麗に整えられた便箋に入れられていたのは、二枚の紙。
一枚は、私がアルバム収録される事になった、と言う知らせ。
もう一つは――

――Remixed by NAOKI underground――
――The title is 'Tangerine Stream-The catastrophe-'――

私のリミックス相手と、その人がつけたタイトルが書かれた紙だった。

catastrophe。
つまり――大厄災?

「私――どうなっちゃうんだろう………」


「――で、僕の元に来たわけだね」
「うん………」
不安になってしょうがなかった私は、同期であり兄弟でもあるREINCARNATIONに、この事を打ち明けた。
自慢になるのか、とかそんな感情はなかった。ただ――不安だったのだ。
自分がどう壊されるのか。
自分がどう組み立てられるのか。
タイトル通りならば、恐らくは今の私は完全に破壊されるだろう。自分が自分でなくなることは、それだけで恐怖である。

そんな私の思いを、彼は汲み取ってくれた。
『Tangerineが自慢することは、性格的にまず有り得ないからね』
リミックスの後で彼が私に言ってきた言葉だ。そもそも、私が彼の部屋に行くとき、決まって彼が相談役になる事は、二人の間では既に分かっている事。
そして――


「――古来より、地球では幾度と滅亡や大厄災を迎えている事を知っているかい?」
私は首を縦に振った。データの断片を見れば、すぐに分かることだ。
「恐竜、と言う爬虫類が地上を跋扈していた時代は、どうして終りを告げたか。諸説あるとはいえ――隕石説が濃厚だという。ここで問題となるのは――」
彼は一度言葉を切り、手元のPCをいじり始めた。三分後、彼が見せたディスプレイには、隕石が落ちたことによる――被害。
「――と、このように、気候が思いきり変動している。これが、恐竜にとっての'大厄災'だ」
ディスプレイが切り変わる。今度は中世風の宮殿だ。
「次に、こちらを見てほしい。これはメイデン城」
「処女(メイデン)だなんて、洒落た名前ね」
私が笑うと、彼もくすりと笑った。
「確かにね。この城の持ち主は処女だった、っていうのもあるけど」
笑いを止めて、彼は続けた。
「話を戻すよ。
この城は、今ではもう廃墟と化している。何故だか知っているかい?」
私は首を横に振った。
「良くある話だけどね。戦があったのさ。それも派手な………ね。
サンチェス公国。それが滅ぼされた国の名前。そして城の持ち主は、この国の令嬢だった………」
そこから、彼はこの国の歴史を語り始めた。建国から――崩壊まで、全てを。
彼の名前――REINCARNATIONは、そのまま彼自身の特殊性を表す。
曰く、彼は、産まれる前の人生を全て覚えているのだとか。
今まで彼の魂が経験してきた、全ての人生を。
そのため、知識の量が恐ろしい程に多い。今でこそ、私のためにPCを用いているが、本当なら彼にそんなものは必要ないのだ。

彼の話を要約するとこうなる。
サンチェス公国は、戦よりも外交に重きを置く、洗練された文化――特に芸術において――を持つ国家であった。
その公主スヴィヌ・ド・サンチェス13世には愛娘が一人いた。
プルミーユ・ド・サンチェス。
歴史書には書かれていないが、彼女の美貌は公妃と並んで'国の秘宝'と表現されるほどであったらしい。
つつましやかな令嬢に、公爵は適当な土地を見繕い、城を建築させた。
それが先程のメイデン城であった。当時の建築物の中で、最も美しい物であったらしい。
この城は、「四階以上を除き、多目的城として用いていいですわ」というプルミーユの言葉から、三階より下は民衆が自由に使っていたという。
人格的に恵まれた王の元、サンチェス公国は緩やかに発展を遂げていった………。

だが、この国にも滅亡の時は訪れる。それも――一瞬で。
隣国のバルザダー王国は、前々からサンチェス公国の併合を狙っていた。だが、外交条約の手前、迂濶に攻め入れば、待つのは他国の集団リンチによる自国の滅亡である。それならばどうするか。
周辺地域に住む蛮族に伝えれば良い。条約ではなく、ただの噂として――サンチェス公国には黄金が眠っている、とでも。
果たしてこの作戦通り、蛮族は突如としてサンチェス公告を襲った。民衆を逃がすことに専念した公爵は凶刃に倒れ、そして――。

「屋敷の裏より逃げなさい!」
「ぷ、プルミーユ様!?」
「形あるものはいつかは滅びます!ですが形無きものは滅びません!貴方達が歴史を語るのです!さぁ早く!ここにも蛮族はすぐに押し寄せるでしょう!」

敬愛する父と同じように民衆を逃がしたプルミーユは、蛮族に襲われる直前に、自ら果てた――。
その後、バルザダー王国は蛮族討伐を名目に旧サンチェス公国に攻め入るが、あまりに荒らされていた事から、蛮族は根絶やしにされてしまう。だがその後、バルザダー王国にて原因不明の病が流行。王は死に、子供や親戚らの権力争いの中、国は自壊した。
当時の歴史家は呟いた。『策謀を巡らせたバルザダー国に降りかかる公爵家の呪い――まさにあれは呪いだった』と……。
そしてあの土地を手に入れようとしたものは、すべからく謎の死を遂げていたという………。

………何と言うか……。
「怪談?」
「まぁそれに近いのもある。今に比べて、昔は呪いは身近なものだったからね」
彼は話し終えると、徐に立ち上がり、電話の方へと近付いて――。
「END OF THE CENTURYに聞いてみるかい?行き先を」
その提案を私は、
「――今は良いや。それにこれは私の予想だけど――」

聞くのには、もっと適役がいそうな気がしたから。

不安なのは確か。でも話を聞いてもらって、随分私も気持ちが楽になった。
――ありがとうね。リンカネ。


「――あぁもしもし初めまして――多分タンジェリンはそっちに――浄化済み?なら――念のため、ですか。分かりまし――」


「――そちらはNAOKI家ですか」


リミックス曲専用列車の中で、私はColorsと話していた。何でも彼女は、一線から退いているTaQ氏にリミックスされる事になったらしい。その同行者は――。
「全く………まさか私が選ばれるとはね。クエやシンク兄の方が最適じゃないかと想うんだけど………」
彼女の同期、SUMMER VACATIONだ。ついでに私の妹で客室乗務員のBlueberry Streamも、彼女達の同期である。
「貴女の方が、私がいろいろと気が楽なんですよ。それに――Big beatやTechnoの皆さんが気が良いのは分かっているのですが………」
「あぁ確かに(笑)カラーズには付き合い辛いわね。かと言ってera夫妻はもう年だし、Karmaの言ってる事を貴女は解読できないし、still my wordsとempathyは現地集合、だっけ(笑)」
「ええ。あとは白壁さんと――雪さんですか」
「あら、あの娘、まさかついて行っちゃうとはね………」
こんな感じで仲の良い二人に、私が入ってきた感じ。ちなみにこの後ろでは――。

「ンメェェ〜〜〜モォリィ〜〜〜〜〜〜ズ!」
「フィ〜〜〜〜〜〜〜〜ルエッツ!」
「あぁもぅ騒がしいっ!少しは黙りなさいそこの二人!」

――とこんな感じでmemoriesと罠が大熱唱しているのに、これまたカラーズと同期のこっちをむいてよが苦情を告げているところだったりする。――と言うより皆さん、よくもこんな騒がしいところで平然と会話できますね………。

「――そちらはNAOKI家ですか」
カラーズの質問に、私はえぇ、と返す。ただ――表情は若干暗くなったかもしれないけど。
そんな私に、サマバケさんは、まるで夏の陽気のような明るさの声で、意外なことを口にしてきた。
「でもアングラでしょ?NAOKI undergroundは中々に外れがない、って聞くよ?マイペンパル(メル友のこと)もやたら騒いでたし」
「――え?それ本当ですか?」
サブタイトルがサブタイトルなだけに色々と心配だったりするのですが。
「本当。それにNAOKI氏はバラードもハードコアテクノも描くからね。元曲を変に壊すことはないと思うよ」
――前後の繋がりが無いんですが、どうしましょう。
先程の不安が舞い戻って来た私に、カラーズが一言。
「変曲リレーでもマトモだったらしいですから、問題はないと思いますよ――変曲部分を間違えたぐらいで」
「変曲リレー?編曲じゃなくて?」
変曲リレー。聴き慣れない名前だった。何かの造語?
そんな内心の疑問を感じ取ってくれたのは、やっぱりカラーズ。
「変曲で合っています。ギタドラ国で私達の他、様々な曲のお父様方が集まって、とある曲を様々にアレンジして、接続とか関係なく繋げるお祭りのようなイベントです」
――でもその顔には、苦笑いのようなものが浮かんでいたけれど。
その表情は、私にある事を悟らせるには十分であった。つまり――そのアレンジが到底マトモでは無いと言うこと。
そんな中で、まぁ妥当なアレンジをする、私の担当者………。
少し、少しだけだけど心配事が解決したような気がする。
「――いい顔になったじゃん。あまりに不安にしすぎると、編曲まで持たないから、そのくらいが丁度良いよ」
サマバケさんに背中を叩かれた、その時。


『Tangerine Stream様、Tangerine Stream様、間も無く駅に到着いたします。どうぞ、降車口に移動するよう、お願い致します――』


「――じゃ、ここでお別れだね」
サマバケさんは、少し残念そうに私に手を振ると、そのまま自分のバッグから何かを取り出して――。
「――あ、これは持ち帰りは難しいか」
手乗りサイズのsyncの船と、手乗りサイズのquasar彗星メカ、取り出してすぐにバッグの中に戻していった。……確かに私のバッグじゃ無事には入らない………。
「じゃあ、これかな?」
もう一回、バッグの中から取り出したのは、白い板――のようなもの。丁度チョコレートぐらいの大きさのものだ。
「Innocent wallsキャンディ。ハードケースの中には特性ミルクキャンディ入りよ」
そう彼女は私にその板を差し出した。
「――貰って良いんですか?」
思わず聞き返した私だけど、サマバケさんはそんな私の手を取って白い板を握らせてしまった。
「頂きものは、有り難く貰っておくこと。アンダスタン?」
茶目っ気たっぷりに微笑むサマバケさんの横で、カラーズは溜め息を一つ。
「ごめんなさい……サマバケさんはそういう曲なんです……」
「はぁ…………」
若干済みません、と言いたくなる気分になりながらも、私は手を伸ばし、
「ありがとうございます」
そのお菓子を受け取った。
そして二人に一礼して、そのままの足で列車を降りた――。


「…………ここは………DDR国?」
降りた先で私が見たのは、どこかアメリカやイギリスのアーケードを思わせる外観の町並み。あちこちに矢印を思わせる飾りつけが付き、豪華なダンサーポスターが、煉瓦の壁から広告塔にまで至る所に、いくつも張られている。
「………再開発って凄いわね」
一度開発を止めたこの街に、再開発の号令が響いたのはつい最近の筈。不十分だったインフラ整備を押し進め、今一度蘇らせた人――それが私をリミックスする、この街の建設者――NAOKI氏。

「………それにしても………」
私を迎えに来るのは誰なんだろう?



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