その2:フライト前後の寸劇





「………?」
そんな時、きょろきょろしていた私の目に飛込んできたのは、ツナギを着た男の人が、こちらを頻りに見ている様子だった。
「うわ………変な曲………」
私はふと呟いて――その後猛烈に反省した。例え思った事であるとはいえ、口に出すのは相手を傷付けることになると思ったからだ。願わくば、今の声が聞こえていないことを祈った。
ベンチに座る人は、しばらくそのまま何をするわけでもなく私を見つめていたが、やがてその手を胸元に持っていくと、ツナギのホックを外し始め――

「や・ら・な・iぐはぁっっ!」

「………全く、この弩変態。自重、自重」
――た瞬間に、背後から来た別の人が後頭部に大量のオブジェを当てて気絶させていた。ツナギの男は地面でピクピクと伸びている。
もう一人の男――絵に書いたような美青年――は、そのまま私の方へと近付いて来ると、そのまま頭を下げた。
「Tangerine Streamさん、どうもこの馬鹿が迷惑をおかけいたしました。後で厳重に罰を加えておきますので――」
「いえいえ………お気になさらず……」
そう答えつつも、私は全く状況を理解できていなかった。ただ私は気になったから見てしまっただけで………と、その前に。
「私の名前を知っていると言うことは………」
その美青年は、私に向けてにっこりと微笑んだ。
「ええ、お察しの通り。私の名前は'Prelude'。貴女をお迎えに上がるよう、父から命じられたものです。――あそこで延びている愚兄、INSERTiONも、その一人ではあるのですが、如何せん性格に難有りで………」
「はぁ…………」
やや頭を抱えたPreludeさんに対し、私はただ溜め息しか出ない。いきなりツナギのホックを外し始めた事が、何に繋がるのか、全くもって理解できないのだ。
「――で」
私は改めて彼に向き直り、そのまま視線を別方向に向けた。――INSERTiONさんの方へ。
「彼は………どうしましょう」
まさか放置するわけにもいくまい。先程の行動が、もし何らかの悪影響を他者に及ぼすものなら、この曲をどこかに隔離する必要も出てくる。
「ご心配なく。僕が運んでいきますから。姉さんも待っていますしね。早く移動しましょう。でないと、飛行機に乗り遅れてしまいますから」
言うが早いか、Preludeさんは寝転がっているINSERTiONを担ぎ上げ、ゆっくりと歩き始めた。
「………」
色々と混乱していたけど、私もそのまま一緒に向かうことにした。

近くに止めてあった、赤い車……あれはどこかで……?
「ようPrelude。フライトまであとどんくらいだ?場合に依っちゃ相当飛ばす事になるぞ?」
「大丈夫。Blueberry航空だからね。あと30分も時間があれば十分だよ」
Preludeさんは、赤い車の操縦席の扉にもたれ掛かった、レーサー風の男の人と何やら話している……INSERTiONさんが猿轡+本縄という何とも身動きがとれない哀れな格好にされて道路に転がされているのが仄かに涙を誘うけど……!?
赤い車のレーサー、しかも男というと、あまりに有名な人が一人いた。確か彼もNAOKI家の一人――。

「RED ZONE。それよりYoshitaka家から一人来るらしいんだけど、大丈夫なのかい?」

Preludeさんの一言で、私の予想が的中していることを理解した。
RED ZONE。この世界では有名な走り屋だ。時々アッシーのような役割に使われていたりするらしいけれど……。
行き先がblueberry航空、つまり私の妹がCAをやっている飛行機と言うことは、相当時間に正確な筈。Preludeさんはそれを計算して、このうら若きレーサーに運転を頼んでいる、という事……。
「心配ね〜よ。太陽のヤツがもう空港に送ってったとさ。後はお前らだけだよ」
RED ZONEさんはそう告げると、後部座席を開いて、呆けたように眺めている私に向けて、手を振った。
「さ、早く乗りな。乗ったらシートベルトは必須だぜ」
「……あ」
どうやらすぐに出発するらしい。。私は、ゆっくりと、車の乗車口に近付いて、
「初めまして。Tangerine Streamといいます。乗せていただいて有り難うございます」
軽く挨拶をして、車に乗ると、言われた通りにシートベルトを閉めた。
REDさんはそんな私を見て――ドアを閉めた。
――え?INSERTiONさんは?
「……あ〜、こいつはどうする?後部座席に入れるのは危険だが」
「トランクに放り込んで下さい。15分じゃ死なないでしょうし」
私は、INSERTiONさんの扱いに、心の内で合掌していた……。

ドスッドン
「……ふぅ。さぁ、出発するぞ」
背後で何やら音がしたのは、彼を投げ込んだ音でしょう。トランクを閉めたREDさんは、誘拐犯的行動に対する後ろめたさを微塵も感じさせない声でそのまま運転席に乗った。続いてPreludeさんも助手席に乗り込む。
シートベルトの音が、同時に響く。

WrwvooooooooooOOOOONN!!!!

「!!!!!」
次の瞬間、車が大きく震え、唸り声をあげた!Keyに乗っけてもらった事がある車よりも遥かに――力のある轟音。
「うっしゃ、飛ばすぜェッ――」

――その言葉が耳に響いた瞬間、私の意識はブラックアウトした。


――――――――――――


「……ん……」
ここは……?
目が覚めると、車外の風景はかなり様変わりしていた。DDR国のようなアーケード街ではなくて、むしろ何と言うか……見事に空港前。
「……っっ……」
体の節々が痛む……どうも私は、REDさんの車の、猛烈な加速に押し潰され、意識を失っていたらしい。シートベルトのお陰でそこまで大きく体は動いてないけど……。
「目は覚めましたか?」
横から声がした。助手席に座っていたPreludeさんだ。全く疲れが見えない。
「……ええ……」
正直な話、私はまだ頭が幽かにくらくらする……。
「フライトまであと二十分。時間的には充分に間に合いますよ」
二十分……と言うことは、DDR国からここまで十分で来たと言うこと……!?とすると、この車は相当な速度を出してきたってこと――!?
「――そう言えば、INSERTiONさんは大丈夫なんですか?」
大丈夫じゃない、それくらいは私は分かっている。ただ、口に出さずにはいられなかった。
Preludeさんは少し目を細め………。
「あいつでしたら……」
「専用機にもう乗せたわよ。伸びた状態のまま、ね」
聞きなれない女の人の声。いつの間にか、Preludeさんの後ろに一人の女性が立っていた。長いウェーブした栗色の髪にやや高い鼻、青い瞳が特徴的な、トレンチコートを羽織った背の高い女性だ。
「liverte。いつの間に来たんですか?」
「今さっき来たばっかりよ。全く、早く自家用機に来ないで何してるかと思ったら、車で女の子口説いてるじゃない。自重しなさい?自重」
「ははは……」
「大体貴方は、紳士的にしてるのかも知れないけど、相手に近付き過ぎるのは相手を不安がらせる元なのよ。あるいはストックホルム症候群気味に相手をその気にさせる恋愛詐欺師の手段――」
一気にPreludeさんに捲し立てていた彼女は、いきなりの展開に唖然としていた私に気がつくと、一度話すのを止め、軽く咳払いをしてから、私の方を見つめ――。
「どうも初めまして。私がPreludeの姉、L'amoure et la liberteよ。長ければliverteで良いわ」
と、にっこり微笑んだ。
呆気に取られていた私は、その言葉が何を意味するのか、理解するのに少し時間が懸かってしまい……返事がたどたどしくなってしまった。
「あ……はい。私はTangerine Stream。今回、貴女方の父である、NAOKI氏にRemixされる事になりました。よろしくお願い致します」
「畏まりすぎよTangerineさん。緊張してたら身が持たないわ。気楽に行きましょ」
この人、大人だ……私と比べて。
liverteさんは私に左手を、すっと差し出した。
「さ、行きましょ。もうそろそろフライトよ。Preludeも、始まりの演出をそろそろ止めないと、STARS☆☆☆に怒鳴られるわよ」
呆れたような彼女の声に、彼は苦笑いを浮かべるばかりだ。

予想はしていたけど。
誰がアテンダントをするかくらいは予想はしてましたけど。
奇を衒うつもりは全く無いらしい。
……まぁ安心したのも確か。
「久しぶり、Blueberry」
「Tangerineお姉さん、こちらこそお久しぶり〜」
姉妹なのに久しぶり、というのも変かもしれないけれど、妹の忙しさを考えたらそれも仕方ないこと。
私の妹、Blueberry Streamはフライトアテンダント。それなりに各国の間に交流が出てきた現在、飛行機の往来も当然活発になるわけで、結果として彼女の仕事も増えるわけで。
「この前はポップン国の11番街でTrainさんとかORANGE AIR-LINEさんとかと一緒に旅行の打ち合わせがあってね、ニ寺国のお薦めを聞かれちゃったから、つい三番街を薦めちゃった。ほら、ポップ君どら焼き」
「ありがと」
まぁ、当人が楽しんでいるみたいだからいいけど、少しは兄弟姉妹に顔を出して欲しいかな、とも思ったりする。
「で……お姉さんはこの飛行機の目的地は知ってるの?」
妹の何気ない質問に、私は答えようとして……、
「………あれ?」
行き先を全く聞いていない自分がいた。そう言えば、ほぼ為すがままに此処まで連れてこられ、向かう場所を聞いていなかったような。
「あら、Preludeさん、教えてないのですか?」
私が知らないことを確認した妹は、近くの席に座るPreludeさんに問いかけたけど……。
「………Zzz...」
寝てしまっていた。やっぱりRED ZONEさんの運転は、体力を削られるらしい。liverteさんは乗ってないからか、起きていたけれど。
「Blueberryさん、機内アナウンスのつもりで紹介お願いできますか?」
彼女の提案に、我が妹は乗ったらしい。キャビン先端に差してあるマイクを抜き取ると、営業スマイルを浮かべた。


「え〜皆さん、この度はNAOKI家自家用小型機、Secret Rendez-vous号にようこそ。私、当機のCAを勤めさせていただきますBlueberry Streamで御座います」
やっぱり、慣れてるわね……さすが現職。
「当機はファーストクラスの座席が10席となっており、私と運転手含め、8名が機内にいらっしゃる事となっております」
八名。そのうち妹と運転手の二名を除くと、私、Preludeさん、INSERTiONさん、liverteさんと……あと二人?
気になって、後ろを向いてみると………。
「ZZZ...」
「……ん?」
寝ている少女が一人と、こちらを見つめている男性が一人。この人達もNAOKI一家なのだろうか。
「………」
男性の方はしばらく私を見つめると……。
「………(ぺこり)」
軽くお辞儀をして、服から取り出したメモ帳を読み出した。
「………」
感じ悪い、と言うよりも、何処か不気味な感じがした。まるで幽霊か何かを見ているような、そんな感覚。
そんな私の様子など当然気に掛ける事なく、Blueberryはアナウンスを続けていく。
「当機では、携帯電話当の電子機器の使用を禁止しております。ただし、DDRのみは何故か使用可能となっておりますので、乱気流が来ない限りは電子機器系のアミューズメントはこちらへどうぞ〜」
果たして、彼女の後ろには、見覚えのある機体が置かれていた。
「エコノミークラス症候群防止のため、ね」
liverteさんがそっと私に教えてくれた………いや、この座席って全部ファーストですよね?内心浮かんだ言葉を何とか呑み込んで、私は妹のアナウンスに集中することにした。
「また、飲食物はご要望があればお届けいたしますので、ご利用の方は私にお申し付けください。黒ゴマジャムパン、アラビアータパン、メイキッバターパンなど様々なパンと、憩いの水、津軽林檎ジュース、ヒュプノコーヒーをご用意しております」
色々と物騒な品物名がある気がする……。でも気にしちゃ始まらないか。頼まなければいいんだし。
「当機はBlueberry航空を出発し、翌日の現地時間午前三時頃――」
かなり時間が掛かるんだな、とそろそろファーストクラスの椅子の気持ち良さに、私がうつらうららかに夢の世界へと意識を譲り渡そうとした、その間際、


「――サンチェス公国跡に程近い、ハイエクス空港に着陸いたします」


――私にとって、聞き覚えのある言葉が、妹から発された。



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