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そもそも奇妙なものだな、と二輪運転中の天人は、魔美に抱きつかれながら思う。絶対結ばれることはないだろう、そう言われる者同士が、こうして一緒に婚前旅行にいそしんでいる。他人から見たら奇妙だろうが、当人達からしたら至って自然なこと。だがあの日彼女に出会わなければ、天人自身もその他人の一員になっていただろう。そう、当人も確信していた。

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二人が初めて出会ったのが八年ほど前。親に連れられてきた仕事場をこっそり抜け出した場所で、ばったり出くわしたのだ。その瞬間の心の躍り様は、運命の存在を確信させるに十分だった。
この娘と二人で居たい。そう思ったのは天人だけではなく、魔美も同じだった。魔美もこの出会いは前世からの因縁?えぇ!絶対五番よ!扉を叩いたのよ!とそのとき感じた(魔美談)らしい。
探しに来た両親にこっぴどく、脱走したことを叱られはしたが、天人の心の中にはあの少女の影がちらついていたのだった………。
何回か密かに連絡を取り、極秘デートを重ねる度、その運命は現実になるだろう、いや、しなければ、と言う想いが二人とも増していった。
しかし、天人達のいた世界では、二人の結婚は望めそうにもない。第一、親すら反対するだろう。それ以前に、二人の間には、絶対的な壁となるある問題がある。
それでも天人は、それでも魔美は、それでも二人は一緒に居たかった。一緒に生きて居たかった。
だからあの日、


彼等は実行した。

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果たして宿屋は誰もいなかった。しかも鍵すらかかっていなかった。
「不用心な………」
天人は呟きつつも、横で扉を壊そうとうずうずしている魔美を考えると、ある意味これも行幸か、そう考える事にした。
不完全燃焼からぶーたれている魔美を一先ずは放っておいて、天人は戸を開け―――


そこに地獄を見た。


宿は荒れていた。
床や番台やら一面に埃が積もり灰色の雪景色――いや、埃景色を作り出し、鑑賞用の金魚は乾ききった水槽の底に横たわり、濁った瞳を天井に向けている。内装も一部剥がれ落ちている。何よりも、空気全体がどことなく澱んでいる。とても客をもてなせる状態ではない事は確か―――


―――ふと、天人の背筋に悪寒が走った。原因は始めから理解してはいるが、それでも振り向くと、


魔美がヤバいことになっていた。


髪が逆立ち、息がハァハァ荒くなり、口の端からよだれを垂らし、手を一秒につき20回以上わきわきさせていた。もはや指が目で確認できない速度だ。しかも目が血走っている。鬼婆か、あるいは修羅かと言った雰囲気だ。美少女を自称するキャラとしては、決してあってはならない、アイドルであれば、ファンクラブ解散クラスの様子をしていた。
「―――ここからが本当の地獄か………」
これから行われるであろう行為をひしひしと感じながら、天人はバックパックから何かを取り出した。


洗剤
雑巾
水の張ったバケツ
はたき
ごみ袋

掃除用エプロン
ナプキン
ビニール手袋


それらを全て二セット取り出し、自分が着替えた上で一セットを、魔美の前に置いた。
刹那の空白、



「………………ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ!」



うめくような奇声をあげながら、目の前に置かれたものを掴みとると、一瞬で掃除スタイルに着替え、次の瞬間には、
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
宿の中に100mを8sくらいの勢いで入っていった………。
天人はその様子を見届けると、自分も雑巾、バケツ、箒、はたきを手に、首を横に振りながら宿の中にゆっくりと入っていった。

☆★☆★☆十分後☆★☆★☆

天人、魔美、両者とも、体から煙を立ち上らせていた。ただし、天人は和室にてばたんきゅ〜、魔美は弁慶の如く仁王立ちの状態で。その前に天人が掃除したのは和室とその周辺だけである。一方魔美はそれ以外、玄関と客室は言うに及ばず、食堂、大浴場、二階の客室に至るまで全て一人で掃除をしてのけた。にも関わらず、
「…………ふー、びっくりした。だってあんなに汚れてるんだもん♪思わず解体工事したくなっちゃったよ〜♪」
体から煙を立ち上らせながらぶりっこ声当社比三割増できゃぴきゃぴと、元々の所有者の都合を完全に忘れた内容を話す魔美。体力が、全く減っている節がない。
「…………解体工事だけはやめてくれ…………頼むから」
一方の天人はHP赤点灯している様子で息も絶え絶えに言葉を返す。体力が、明らかに減りすぎている。
「あれれぇ〜っ!?てっし〜、どうしてこんなにバテてんのぉ〜っ!?」
「………自分の腕をよく見ろ………」
言われて眺めてみる魔美。
確かに、両上腕に天人が握り締めたと思われる後が見える。
「…………愛の、証♪」
心なしか少し顔を赤らめる魔美。
体力があれば、恐らく天人は律儀に突っ込んだだろうが、あまりの疲れに黙ったままだ。
その様子に、魔美はしばらく考える仕草をすると、突然手を叩き、自分のサイドポーチから何かを取り出そうとして―――そのポーチが天人の手にあることに気付く。
その原因を考えることなく、魔美はポーチを手に取り、中に手を突っ込んだ。
「何が出るかな〜?何が出るかな〜♪」
某昼の番組の音楽を唄いながらポーチの中を掻き回す。そして、
「ちゃちゃちゃちゃ〜ちゃ〜ちゃ〜ちゃっちゃちゃ〜♪」
某大作RPGの戦闘勝利音楽と共に取り出したものは、
「〇〇〇〇〇〇!」
都合により伏せ字にしたが、要は黄金色の液体の入った茶色の瓶である。無論、医薬部外品のものだ。タ〇〇ンが沢山入っている。
魔美は天人を横向きに寝かすと、左親指で蓋を開けて自分の口にそれを―――

ばし。

持っていこうとした瞬間に天人の手が伸び、魔美の手から瓶を奪うとそのまま自分の口に持っていった。
魔美が舌打ちする。
「………ちぇ。せっかく間接キスのチャンスだったのに」
「…………間接どころか直接狙ってただろうが、今の行動は」
「えへ♪」
瓶の中の液体を一気に飲み干すと、天人はその瓶を近くに置いておいたバックパックの中に入れて、寝ながら軽く伸びをした。
「…………魔美は元気だな、やけに」
「えへへぇ♪」
まだ拾うが抜けない天人の一言に、にへら〜と笑いつつ魔美が無邪気に答える。
「てっしーだって、あたしの解体工事を止めようとしただけじゃないでしょ?その疲れは」
「…………あぁ」
突っ伏した顔を強引に上げ、魔美のサイドポーチを見つめる天人。魔美はその視線の意味が分かっているらしく、「We wrote these plans………」と小声で叫びながらサイドポーチを掻き回して、
「So we got it!!」
等と何処の歌詞か分からない言葉を叫びながら、瓶を取り出した。
瓶。
何の変哲もない瓶である。
特徴があるとするならば、蓋と瓶の底に二人の似顔絵が彫ってあると言うところぐらいだろうか。
「刻まず刻み刻む刻め刻もうか♪」
不気味であるも意味不明な言葉を呟きながら、魔美はその瓶を開けた。



刹那、



部屋の、否、この宿全体の空気が変わった。
澱みが消え、いわゆる『新・鮮・だいっ!』と叫び出す人が現れそうな程綺麗な空気へと変化したのだ。



「………五段活用♪」
そう呟いて魔美は蓋を閉めた。瓶の中は、先程見たときよりも明らかに澱んだ空気が溜っていた。これがこの屋敷全体の空気を凝縮したものであろう。
「…………ありがとよ、魔美」
先ほどまでの疲労が若干とれたらしい天人は、早速起き上がった。
「いいのいいの♪」
魔美はそう言いながら背を向け、手を後ろの腰の辺りで組み、幽かに振り向きながら体を揺らした。いわゆるいじいじ、と擬態語で表示されるポーズだ。
どことなく少女がやるには可愛らしいポーズではあるのだが、



「―――魔美、羽根と尻尾」



そこに不釣り合いな物質がついている場合、果たしてどうだろうか。コウモリ状の羽根と、先端が鏃のようにとがり細かい毛で覆われた尻尾という、悪魔丸出しの付属品の場合は。
「げ!やば!」
慌てて羽根と尻尾を引っ込める魔美。
「大丈夫。俺以外見てないから」
やや顔を赤らめる魔美に、心配ないとばかりに言う天人。そもそも人が全く見えないのだから当然と言えば当然であるが、それでも無意識のうちに出ていたとなると、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。
「…………っふー、びっくりした。まっさか知らぬ間に出てるとわ。油断したよ〜」
「何の油断だ何の」
魔美も天人も、その原因は分かっている。問題は、



「…………なんで魔素が宿の中に充満してるんだ?」















「…………てっし〜?防護用の天使の羽根が服から出てるよ〜?」
「おうわっ!いつの間にっ!」


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