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当然と言うかなんと言うか、亜情魔美と言う名は、偽名である。
また意外なことに、勅使ヶ原天人と言う名もまた、偽名である。
そもそも二人は人間ではない。


二人は、悪魔と天使なのだ。


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魔素吸収後、二人は食事することにしたが、
「折角だからさ〜、風景だけでも楽しまない〜?」
と言う魔美の意見に、天人も同調して、二人は宿のスタッフルームらしきところから拝借した鍵を使って入り口をロックし、店探しに向かった。
誰も来はしないだろうが、念のためだ。

「にしてもほんっっっと、【二人だけの世界】って感じよね〜」
腕を絡ませながら、魔美が天人に話しかける。
「あぁ、本当にな…………」
嬉しさ満点の魔美の台詞に対し、天人のそれは、どこか不気味さ、重低音のようなのっそり広がる不安を含んでいた。
「?どしたの?」
そんな天人の様子に気付いた魔美が話しかける。
天人は、ゆっくりと口を開いた。
「………魔美、少し黙って、一分ほど辺りを見回しながら、耳を澄ましてみないか?」
「ほえ?どうして?」
「……何と無く、気になっていることがある」
魔美は天人の言葉にふ〜ん、と相槌を打つと、天人の言う通り、耳を澄まして辺りを見回してみた。


潮騒
風による葉擦れ

砂が建築物に当たる音


「…………やっぱりな」
天人のその一言が聞こえたのかは分からないが、魔美も気付いたらしい。
「………ねぇ、てっしー。何かが足りないよ。目にも耳にも」
「その何か、分かったんだろ?魔美」
頷く魔美。そして、


「海猫!蟹!カラス!猫!犬!ネズミは見掛けないにしろアリ!羽虫!そして例の暗黒騎士!」


「…………それがどうやら高速の途中からずっと続いてたらしい。俺は当然道路ばかり見てたし、風の音で周りの音はかき消されるから、気のせいかとは思っていたんだが………」
そう。いなくなったのは人間だけではない。
動物が全て、いなくなってしまったのである。


「………ま、いいや。てっしーがいるから平気だもんっ♪」
数秒の思案の後、あっさりそう言い捨てて首にぶら下がろうとする魔美。魔美の台詞で少しこけていた天人は、その体重+勢いをモロに受けることとなり………。

どたっ。

「こ〜ら〜。女の子はちゃんと支えてあげないとダ・メ・ダ・ゾ★」
地面に倒れこんだ状態で魔美は天人に袈裟固めを極める。しかも微妙に間違っているので、天人は軽動脈をきっちり絞められていることになる。その上、ツインテールの片方が天人の鼻と口を絶妙にコーティングしているので――
「!!!!(バンバン)!!!!!(パンパン)!!!!!!」
――三十秒も持たず、腕を叩くことでギブアップを表明し、ようやく天人は解放された。魔美、一本勝ち。
「――だから無駄な体力を使わせないでくれ――」
多分無理だろう事を分かりながらも、そう呟かずにはいられない天人であった。
魔美を首にぶら下げながらなので、説得力すら全くないが。

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その後しばらくして、二人はそこそこお洒落そうなファミレス店を見付け、慣れた手付きで天人がピッキングを使用してあっさり入場。本当にこの男は天使なのだろうかと問掛けたいが、よく耳を澄ますと「……緊急事態だから……」と赤字国債発行を繰り返す政治家のような事を呟いていた。
彼も色々悩んでいるらしい。


そして場面はプロローグに戻る。


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「ごっちそ〜さま〜☆」
一度大掃除をやらかした後なので乗り気ではなく、自分達の座席と厨房、そしてそれらを繋ぐ通路だけを器用に掃除し、魔素を回収した魔美は、食べ終った天人製五段チョコレートパフェという人外のボリュームを誇る甘味の、その残骸(パフェ用容器、魔美手製)を天人のトレイ(魔美手製)にだんっ、と置いた。
その天人はと言うと、やはり天人製タフィアイス五段という、栄養バランスと物理法則を完全に無視した構造のアイスを平らげ、その残骸(アイス立て、店内にあり)を自分のトレイに置いていたところだった。既にトレイには二人分の皿がその存在を存分にアピールしている。因みに、ケチャップなどで汚れている方が魔美のものだ。
天人はトレイを洗浄台に持っていくと、バックパックから蛇口のようなもの――と言うより蛇口を取り出すと、台の壁に取り付け、取っ手を捻る。
威勢のいい音を出して、水が溢れ出す。
ビニール手袋をして、スポンジに洗剤をつけ、食器類を丹念に洗う。慣れているのだろう。あっと言う間に全て洗い終ってしまった。
蛇口を閉め、出口からこぼれる水を拭き取り、下水の存在を心配しながらそれをバックパックに放り込む。
そして流しを雑巾で拭き取り、バケツと一緒にバックパックにしまい込んだところで、魔美の声が聞こえた。
「てっし〜?ちょっと辺りを歩いてみない〜?」
見る風景があるのか、と突っ込みたいところだが、事前に見た観光ガイドには自然風景のおすすめスポットとかも書いてあったな、と思い出し、
「あぁ、いいぞ」
と一声、バックパックを担いで魔美と共に外に出た。
出るときに、ありがとうございました、と一言呟きながら。
――魔美の目的は、別のものにあったが。

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暮れなずむ町並みは、どこの町でも哀愁を感じさせる、そうどこかで聞いたことがあった。確かにそうだな、と天人は山に消えていく夕日を見ながら思っていた。
一方の魔美は、何か物足りないような目つきで海を眺めている。寄せて、返して、寄せて、返して。波はまるでメトロノームのように、あるいはコピー&ペーストしたフレーズのように、一定のリズムで、一定の調子で動いている。
歩いていた町並みもそんな感じであった。存在はしているが、そこに意思も生気もなかった。ビルの中から溢れ出んばかりの魅力、そんなフレーズのつけられた建物すら、色褪せにじんでくすんで見えた。ダイヤモンドと黒鉛の落差に等しい。
何より、魔美が物足りないと思っていた事は―――。

「…………どうして動物園が閉館してるのさ〜!」
叫んだ。

根本的に人がいない時点でやっている筈はないが、問題点はそこではない。
問題点はそれ以前のことだ。
天人達の手にある旅行パンフレットには、こう書かれている。
『――年間来場者数が300万を越える人気動物園であり――』
しかし、その人気動物園の門には、少し汚い字でこう書かれた紙が張られていた。
『長らくのご愛顧、誠にありがとうございました。当動物園は、某月某日を持って閉館いたします』
流石にその張り紙が発見された瞬間に魔美が暴れるようなことはなかったが、風景の名所に行き着くまで、ずっと二人の間に沈黙が流れた事は言うまでもない。
「てっし〜!その旅行ガイドいつ発行されたの!?」
ここに来てようやく我慢の限界が来たのか、振り向きざま食いかかるように天人に詰め寄る魔美。その目には『欲求不満』の四文字がありありと浮かんでいる。同時に『精力絶倫』とも。
天人は魔美を制しつつ、冊子を裏にしてページを捲った。発行日は――一ヶ月前。
「この会社、ちゃんと下調したのか?」
魔美に見せながら天人はぼやく。一ヶ月どころか、半月前でも潰れそうな気配やら来客状況やらが分かる筈なのだが、と付け加え。
「詐欺だよ!訴えに行こうよてっしー!訴訟資金はポケットにたんまりあるから!」
魔美は今すぐにでも出版社を襲いそうな雰囲気だ。
何とか魔美を必死でなだめつつ、他の特集記事を眺める天人。
「…………他の場所は特に異常無し。寧ろ新しいくらいだ」
使用された写真の日時を、下に印刷された文字で確認する天人。きっかり二ヶ月前だ。
「………印刷するまでの間隔を考えると妥当な時間だが………」
天人は町の方を眺める。
魔美も町の方を眺める。
沈黙。理由は言わずもがな。


破ったのは魔美の方からだった。
「………今日は疲れたから明日にしない?町の散策〜」
既におぶさろうと背中に立つ魔美。腕はきっちり天人の首の辺りにセットしている。もし断れば絞め落とすのではないだろうか。
最も、魔美の意見には天人も同感だった。流石に日が暮れかけている。純粋に町を散策するのに、明かりのない夜はあまりにも適さない。
「ああ。一先ず宿に帰ろうか。俺も風呂に入りたい」
天人は少し屈み、魔美が乗ったのを重さで確認すると、そのままバイクに飛び乗った。
けたたましい爆音を響かせて、バイクは夕暮れの道を駆け抜ける。

誰もいない道を。
何もいない道を。


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