1の4





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

宿に帰るとすぐ、天人は晩飯の用意を始めた。エプロン(魔美製。中央部に二人の顔のアップリケが入っている)を締め、三角巾を頭に巻いて調理場に一人立つ姿は、どこか専業主夫の哀愁を感じずにもいられないが、金髪・長身・細くも引き締まった肉体、そしてそれらを取り巻くオーラは、哀愁どころか−面の感情一切を否定したくなる様な代物である。
つまり、輝いているのだ。青春真っ盛りの少年の輝きを1runとすると、50runを軽く越すほどの輝きを天人は持っていた。
包丁(魔美製)を振るい、ガスコンロ(魔美製)に点火しながら鍋(魔美製)を乗せる天人は、どこか嬉しそうにも見えた。


一方、魔美の方はと言うと――


「村主〇枝〜〜〜っ♪」


―――何をやっているのか解説しよう。
今魔美がいるのは風呂場。この辺りは火山が近いらしく、温泉を使った大浴場をどこの宿屋も持っている。それは邯鄲も例外ではない。と言うことで、大浴場を清掃したのだが………床があまりにも滑りやすく、フラットで、しかもピッカピカだったものだから―――
「イ〇バ〇ア〜〜〜〜♪」
とこうして一人スケートもどきを行っていたのだ。因みに、初めに真似したのは伊藤み〇りである。
「〜〜〜〜っと」
ようやく遊びに飽きたらしく、三回転アクセル(注:魔美は裸足で滑っています)を決めてポージングをした後、デッキブラシを持ち直し一面を掃除し直し(とは言っても滑る前には念入りにしてあったので特別何をしたと言うわけでも無いのだが)、お湯を入れようとして――その手が止まった。
「わ〜………、分かってたことだけど、………ひっどいね、これは」
お湯を出すための蛇口は、魔美の狂乱掃除のお陰で新品同然に輝いているのだが、その裏、温泉と浴場を繋ぐパイプ、源泉が熱すぎるため、人肌に合うように入れる水を貯める貯水タンク、それの内部がどうやら錆び付いてしまっているらしい。魔美が蛇口を捻っても、お湯も水も出てくる筈がない。
「……さって、ど〜するかな〜」
天人からの旅館・民宿無断改造禁止令は健在。だからと言ってそのままだと風呂は入れられない。
魔美は一瞬考えて、サイドポーチにデッキブラシをしまうと、どこかに出ていった………。

「…………嫌な予感がするな…………」
一先ず時間がかかる料理だけ先に作った天人は、急に走った悪寒に顔をしかめた。この周りに全く生物のいないこの町で、天人に悪寒を催させるものは、考えられる限り一つだけ。
「………ま、いいかな」
あえて意識の外へと追い出し、天人は調理を続けた。
途中で何やらドガガガやらチュイーンやら物騒な音も響いたが、あえて無視した。
魔美が、改造はしていないだろう事を、心の中で祈りながら。
「…………くわばらくわばら」
呟きながら。


魔美は、改造はしていなかった。
ただ―――
「………ふー♪」
工事現場でよく見掛ける黄色い安全帽を被り、青い作業着を着て、手袋をした左手には重機、手袋を外した右手で額の汗を拭う魔美。その目の前には、見るからに新品の設備一式。
そこに繋がるパイプも、水道管も全てが新品のものに取り替えられていた。
因みに、そのパイプの裏側には、『Observing Diary Corporation』なる会社名が掘られていたりするが、それはさておき。


改造はしていない。
修理をしたのだ。


掘り返されたであろう土はしっかりと埋め直され、元の状態を取り戻している。つまり、外観上はやや荒れ果てた、その実耕し直されているという、文字にすると分かり辛くも証拠隠滅したと言うニュアンスだけは明確に伝わる状態となっているのだ。因みに、肉眼で確認すると、これが埋め直された物だとなどは思うものは皆無だろう。
「――さってと〜、お湯と水を確認しよー♪」
一仕事やり終えた達成感から来る清々しい笑顔で、日本語訳すると《ピー》がそこそこ入るラップを三倍速で歌いながら、魔美は風呂場へと飛ぶ様に戻っていった。


―――いや、むしろ飛んでいた。


「だって飛んでるところを見る生き物はこの街にいないし〜」
というわけで魔美は、普段は隠している羽根をフル稼働させて、黄昏空のグライドを楽しんだのであった。

「………」
当然魔美が魔力を使ったことにも空を飛んでいる事にも感付いている天人。だが………。
「………まぁ、魔美にも考えがあってのことだろう」
………天人、実は魔美の尻に敷かれていやしないか?


ジャアアアアァァァァァ………。
「………ふ〜」
蛇口を捻ると溢れる水。まことに文明の利器だわね、などと謎の関心を示しながら、魔美は少し待って、もう一つの蛇口も捻った。
溢れ出す源泉。人肌ではまず入れないであろう温度のそれが、先に入れた水によって程良い温度に下げられていく。
おおよそ肩まで浸かるぐらいの量が湯船に張ったところで、魔美は一気に蛇口を閉めた。
やや錆が擦れるような不快な音を立てて、水とお湯は同時に止まる。
「………よしっ♪」
風呂入れが完了した魔美は、時間凍結魔法を風呂全体にかけ、その場を後にした。


「………ふ〜」
一通りの料理を作り終え、天人は額の汗を拭った。後ろのテーブル(食堂用。一机辺り四人が座れる)にランチョンマット(魔美(ry)を敷き、その上に次々と二人分――よりは若干少ない――の料理を乗せ、ナイフとフォークとスプーン(いずれも魔(ry)を用意。隣の机の下にはiPodコンポデッキが置かれ、緩やかなテンポのクラシック曲が流れている。
「さて…………」
天人はブレスレットに内蔵されている時計を確認した。町の時計は全て止まっているため、この他に時を確認する手段はない。時間制度は、常に流れ続ける時を人為的に区切ったものであるとはいえ、効率的に動くと言う目的には、これほどかなった制度はそうそう無いのではないか。特に、天人が今抱えている旅のお供は、自分に対しては百倍濃縮練乳ミルク並に甘いが、食事の事になるとハバネロ3袋分並に辛い種族なのだ。時を知らないで作業すると、例え互いに惚れている仲であっても、起こる問題の数と天人の疲労は段違いに増えていたことだろう。
「………頃合いか」
時計を見た天人が顔を上げるのと、ほぼ同時。
「………てっし〜、風呂沸かし終ったよ!」
いつの間にか取りつけられた暖簾(魔(ry)を押し上げ、食堂に魔美が入ってきた――
「……………」
――スクール水着姿で。
御丁寧にも胸元には『まみ 6-66』と油性マジックで書かれているゼッケンが縫いつけられている。体は前も後ろも滑らかな直線を描いて――とファッション判断はピーコ辺りにでも委せるとして。
「………上に一枚、余分に着てくれ」
天人は脱力した声で言った。目線を幽かに反らしながら。
魔美はそれを聞くと、ぷぅ、と頬を膨らませながら反論した。
「え〜?いいじゃんどうせすぐ入るんだしさ〜」
どうやら、食い終ってすぐに天人を風呂に連れていくつもりらしい。御丁寧にも片手で桶を完備している辺りが流石か(何がだ)。
「………まだ俺が着替えていない」
溜め息をつき、首を横に振る天人。いくら付き合った累積時間がかなり溜っていたとしても、


――男とは、女の前で着替える行為を躊躇うものである――


「女もそうだぞ。その発言は色々と誤解を招く」
天人は、空に向けて目線を放ちながら小さな声で呟いた。気付けば、魔美も目線を宙に向けながら何やらぶつぶつと呟いている。
「……女子差別撤廃女子差別者抹殺……」

――すいませんでした。

何やら平身低頭してガクブル震えている様子が見てとれたのか、天人達は目線を元に戻した。
だが、この一悶着で天人も魔美の服装を気にするつもりが無くなったらしい。いや、もうどうでもいいや、と言う精神に等しい者が天人を満たしているのか。
「………飯を食おうか」
天人は魔美と一緒にテーブルへと向かった。
魔美は喜びに小踊りしつつも、天に向けて投げる小型爆弾をしっかりと握り締めていた………。

「ごちそ〜さま〜てっし〜あたし先に入ってるねぇ〜」
皿を流しに置いた瞬間、ドップラー効果を発動させる勢いで風呂へと向かう魔美。そんないつもの光景を苦笑いで眺めつつ、天人は
「………御馳走様でした」
と一人呟くと、皿を流しで洗い始めた。例の魔法の蛇口を存分に使って。
「……改めて思うが、これで下水管がどこかで破裂していたら嫌だな………」
想像上の嫌な未来を考えながら手を動かす天人。実は宿周辺の下水は先程全て、魔美の手によって修繕されているのだが、当然の如く天人は知る由もない。
「………気にしてもしょうがないか」
局時的楽天を披露して、天人は作業を続行した。瞬く間に側に積まれていく皿、皿、皿。
後でそれらを魔美がしまう事を期待しながら、天人はナップサックからパジャマ一式、手拭い、タオル、石鹸、シャンプーなどを取り出し、風呂場へと向かうのだった………。


【BACK】【目次】【NEXT】【TOP】