『フェンリル、レイによって人間界での自分達の姿を知る』





いつだったかは忘れたが、俺が尊家のソファを独占していると、レイが上から覗き込んできた時がある。
「ね〜、リル〜?」
ん?何だ?おりゃねみ〜んだから放っとけ。
「リルって、確かフェンリルがホントの名前だったよね?」
ホントも何も、ハナっからそう名乗ってんじゃねぇか俺は。そもそもリルって呼んだのはレイが最初だぜ?
「フェンリルって、ここに何か載ってるんだけど、これってホントのこと?」
そう言って俺の目の前に本を広げて置いた。俺様の昔の姿が輝かしく描かれた絵の横に、説明文章らしきものがずらっと書かれている………レイ、俺の発言はほとんど無視かよ。
まぁいい。………何て書いてあんだ?その本。俺は文字が読めんから読んでくれ。
「えっと………、

『フェンリル:世界を飲み込むと予言されている魔狼。魔法の紐グレイプニルと戦神チュールの手によって封印されたが、ラグナロク到来によって封印が解ける。
主神オーディンとの戦いでオーディンを倒すも、息子のヴィザールによって倒され、再度封印される』

………って書かれてるけど」
ん〜、当たらずとも遠からず、だな。
「え〜?それってどういうことなの?」
………説明がめんどい。
「駄目だよ〜。ちゃんと説明してくれないとぉ」
………あん時、俺はオーディンを倒せなかった。再起不能させるだけの傷は負わせたが、俺も相当傷が深かったんで、殺すことろまではいってねぇ。
「じゃあヴィザールに倒されたっていうのは?」
それはホントだ。もっとも、あいつの剣、あれが一発入ってなかったら、確実に痛み分けだったな。
「ふ〜ん?」
ロキが他の神々のリンチにあってる時に、俺らはまた力を封印されて、俺は時の狭間に投げ込まれた。ヨルムンガルドはどうなったか知らねぇが、ヘルのババアは地獄の戸籍帳をつけ続けさせる無償の仕事を今まで通りずっと続けさせられる事になった。
「ヨルムンガルドって?」
書いてねぇのか?
「待って…………あ、あった。

『ヨルムンガルド:人間界ミッドガルドを一巻きにするほどの大きさを持つ世界蛇。トールとの戦いで痛み分けとなる。
この戦いの後、ヨルムンガルドは再度ミッドガルドの海に落とされることになる』

って」
イラストが妙に生々しいのが気になんだが………説明は大体そんな感じだ。
「え?じゃあ違うところがあるの?」
違う、じゃなくて付け加えることだ。あいつはやけに思考がたるい性格でな、自分からは滅多に攻撃しねぇんだよ。
「のんびり屋なのね」
そういうこった。ただ食い意地だけはやけに張ってて、食事の邪魔されたときはマジで暴れまくる。トールが来たときは、大体あいつの飯時だったから………行く時間を間違えたのかもな。そういや、ロキもあいつの飯の調達だけは面倒臭がって俺に全部押し付けたな………。
「そのロキなんだけど、……こんなイラストだよ」
なっ!何だこの人の良さ三十五割増しの顔は!?
「性格悪いの?」
悪いの域を遥か越えてやがる。こいつより根性悪い奴がいるなら見てみてぇよ。
人を人とは考えねぇし人にいたずらを仕掛けて困った姿を見るのがヨルムンガルドにとっての飯よりも大好きで言葉を発したらそれだけで誰かが怒るわ泣くわムカつくわ恨むわ取り乱すわ!
「へ、へぇ…………」
少なくとも良いのはルックスだけだ。レイ、こんな男に騙されんなよ。
「………?どういうことか分かんないんだけど」
そのうち嫌でも分かるさ。
…………こうなると、ヘルのババアも気になるな。どんなんだ?
「ロキの説明は?」
聞いててムカつきそうだからいらん。
「ん〜、分かった。………あ、これだ。何かわりと綺麗だね」
外見はな。中身は高飛車、高笑い、プライド高すぎの三高そろったアバス………オンナだ。
「あばす?」
忘れてくれ。むしろ忘れろ。頼むから。
「………人の記憶って、なかなか消えないよ?」
それよりもヘルの説明はどうなってやがるっ?
「はいはい。えっと………

『ヘル:ニブルヘイムにある死者の国、ヘルを支配する冥界の女王。ロキの娘で半身は生き、もう半身は死んでいる怪物。
ラグナロクの際には冥界の猟犬ガルムをロキに貸し出した。
ラグナロクの生き残りの一人』
だって」
これに関しては俺も言うことないな。そのまんまだ。
「え?ホントに?」
ああ。
これは余計な事だが、レイにはこれだけは覚えといて欲しい。
「何?」

………顔が良い奴は、まず性格を気にしろ。見抜け。

「難しいよ〜〜〜」
難しくてもやんねぇと、酷いことになるぜ。
「…………分かった。やってみるよ」
年輩者の忠告は聞いとけよ。俺の今までの経験から言ってんだからな。
「年輩者って………リルはまだ子犬じゃない?」
狼だっ!犬じゃねぇっ!って何度言わせんだ!
「普通なかなか信じらんないよ〜。リルが実は神様で、私の…………えっと…………とにかく私より遥かに年上だってことが」
その信じらんない大年増の生物とレイは話してんだぞ。俺にしてみりゃ、レイの方が信じらんねぇ。普通の奴は気味悪がって話さないからな。
「え〜?昔から話してたからそんなもんだな〜って思ってたんだけど」
…………やっぱりあの母にしてこの子あり、かよ。
「ん?」
何でもねぇ。
…………もう終わりか?
「え?あ、うん。これだけ〜」
そうか。じゃ、寝かしてくれ。眠い。
「うんっ!」
………しっかし、あのロキの顔は許せねぇ。もうちょい意地悪く描けよ………。

「………でも狼って確か犬科だったような………」


だから俺は犬じゃねぇ!



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