3日目:お土産店




『あンらぁ、珍しぃねぇ。こんな日に、お客さんとは。いらっしゃいま〜せ〜』
お土産店のカウンターにいたのは、年が80を越えていてもおかしくなさそうな老婆だった。
軽く会釈すると、老婆――名札にはキヨラ・キララと書かれている――は、下手したらそのまま寝てしまうんじゃないかという程にすさまじく遅い速度で、こっくりと頷いた。
さってと………とはいっても品物を見てもどれがいいのか分からないしな…………。
『なンにがお探し、ですかぁい?』
そんな俺の態度を察してか、キヨラ氏はにこやかに聞いてきた。
「何かお薦めのお土産はありませんか?」
俺がそう訪ねると、キヨラ氏はある点を指差して、
『あれなンか、いぃンじゃないですかぁい?』
と、気色満面の笑みを浮かべた。



サーモン。
それも、2mはある特大サーモン。
明らかに脂ノリノリのサーモン。
エスキモーがイクラをソリ犬の餌にすると言われているあのサーモン。
………当然手持ちで持ち帰れるわけがない。



俺は顔が引き攣っているのが必要十分に分かった。キヨラ氏の方に振り返ると、彼女は既に宅配便用の用紙を取り出していた。
ちなみにいくらか尋ねたところ、
『はぃな。えぃと…………宅配便代と合わせて15ドルですよぉ』
相場としては確かに安い。しかし………誰が調理するんだよ、日本で。
俺?無論無理だ。



当然のようにすいませんと断り、当たり障りのない絵葉書を二セット(一つは自分用)買った。………少し悲しい気がしたがな。
あとは………メープルシロップが思いの外安かったのでそれを二瓶ほど。ホットケーキは貧乏人には炭水化物補給源として必要十分量役に立つ。
『あンがとぉござぁい。また来てくンださいなぁ』
キヨラ氏の声を背中に、俺は凍った湖に向けて、アクセルを踏んだ。
………もう来ることはないだろうが、あの店にまた行ったら、またあの婆さんに特大サーモンを薦められるんだろうかな………。






これは、皐月が出てから数分後のこの店内の声。

『いっけなぁい!お客さんが来ないと思ってたから店開けちゃったわよぉっ!今日はワタシ以外誰も店員がいな………あれ?お金が置いてあって………これは、レシート?
おかーさん!店番やってくれたのー?』
『zzz...』
『…………あれ?あの調子だとずっと寝てるっぽいし………泥棒の類ならこのお金を持ち去ってるだろうし………何なんだろ?
…………特大サーモン。誰か買うのかしら、これ。…………そういえば、おばあちゃん、サーモン料理が好きだったなぁ………




あ、いらっしゃいませ〜。
………え?サーモンですか?はいはい。えぇと………10ドルです。………はい。お買い上げ、ありがとうございました〜』

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