3.5日目:『クレンの宿』201号室





二人で丸太小屋から、誰もが寝静まったペンションに、夜空のオーロラに見送られながら戻った後、俺は、夢に見た内容を全て、メモに書き出してみた。母親の見舞いでのこと、長老達の前での親父の会話、その後の長老達の恨み言、親父が出ていく一日前の会話、そして………雪山での二人の会話。

「………はは」
笑いたくなった。
どうしてこうも、伝説通りなんだろう。
二人は出会ってすぐに恋をして、そしてすぐ結ばれた。だが雪女である母親に、都会の熱気は毒でもあった。田舎に移って少しは楽になったとはいえ、体調を崩しがちの母親の姿に、親父は、ある種の罪の意識に捕われていたのかもしれない。
自分が愛してしまったから、母親は苦しんだ、と。
だがそれはある意味、一人よがりな考えでしかなかった。




母さんは、愛しているからこそ、自ら苦しんだのだ。




だからこそ、村の人が母親を引き取った後の、親父の叫び。




そして二人は…………。





「…………泣いているの?」
ヤヨイが俺に声をかけてきた。そんな筈はない、と思って、俺は頬の辺りを拭ってみた。




珠の、涙。




メモ用紙が、雨の降りだしたアスファルトのように、徐々に丸い染みを広げていく。
知らずに俺は、嗚咽を漏らしていた。止まらない。止まらない、止まらない。
………何とか声を振り絞って、俺は、彼女に伝えた。
「…………今は、独りに、してくれ………」




その晩、俺は一人、独り泣き明かした。
十年分の思いが詰まった涙を、全て空に還すかのように………。






あの夢は、親父と母さんの最後の記憶が、この首飾りに刻まれたものだった。
親父は、死ぬ間際まで母さんを愛し、母さんも、最後まで親父を愛し続けていた。
同時に、最後まで、
二人とも俺のことを思ってくれていた。
二人とも俺の元に戻ろうとしていた。





三人で、
俺が大人になるまで、
――一緒に幸せに暮らそうと。




叶わぬ事だと分かってしまっても、
叶わぬ夢だと知ってしまっても、
そう思わずにはいられなかった。




そう、
親父達は『親』であり、
それ以前に『人』だったから。




あの二人の魂は、
天に昇ったのだろうか。
それとも、清めの池で、
二人、蝶となったのだろうか。





いずれにせよ。




親父、




母さん、






――ありがとよ。俺を愛してくれて。






――今は二人の魂が、末永く結ばれていることを祈ろう。











――二人の息子として――



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