2日目:『Underground Carnival』




バスに再度揺られて一時間。ようやくこいつらの異常なテンション(バス内)にも慣れてきたところで、会場がある町に着いた。………運転手さん、あんたすげぇよ。よく集中できるよこの電車通過のガード下波の騒がしさを誇る乱恥騒ぎの中で。
「…………aaaaaaaaaaaaaN!!」
つーか車内で他のグループのハードロックを歌うなよヨール。ライブ前に喉壊しても知らね〜ぞ?
『………もうすぐ着きますから、そろそろ自分の必要最低限の持ち物を忘れないで下さいね』
………キース、それじゃ扱いがガキだぞ。まぁ一部は確かにガキっぽいが………。っとおっと、俺もそろそろ荷物確認しなきゃな。


会場は市民ホール、なわけがなくライブハウス。しかもこの日はハードロックの祭典の日ときた。入っていく客の時点で何か有り得ねぇ。中にはニクスの比じゃねぇ威圧感を誇る、メイクをして来ていた奴もいた。………ガキがいたら泣くな、絶対。
俺とDoomの面々は手持ち楽器とアンプを運び始めた。どうでもいいがこれ、地味に重いんだよな………良い音するやつは。
楽屋に運び終えた俺達は、ジャックのキーボードで楽器のチューニングを始めた…………っと、ヨールがいないぞ?まぁあいつにはチューニングは必要ないが。楽器無いし。
『ヨールなla発生練習してっぜ』
マッキン、説明ありがとよ。
しかしあの男が真面目に練習とはな。信じられん。
といささか失礼なことを考えながらチューニングは終わり、演奏のためのアップ運動………もとい、指練を行うことにした。
さってと、俺も爪弾きま


trrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr...


速ぇっ!誰が弾いて………あいつしか有り得ないが………やっぱり。
音速の貴公子、キース。名前に偽り無し。
…………というか最早人間技じゃねぇよ!なんだこの速さは!今まで見た事もねぇよ!左指はまるでパソコンのタイピングを見るかのように、あるいは幻想即興曲や革命のそれのように押さえては離され、また押さえては離され。右手はもはや痙攣してると言っても良いほど小刻に震えて………。
それだけ速く弾いてるのに音は一つ一つはっきりとして……………こいつ、ただもんじゃねぇ。つーか、これ、練習か?
俺の中でキースの評価がかなり上がった。同時に、Doomの実力を相当過小評価していた自分にも気付いた。やばい。マッキンの発言の意味も分かった。そりゃあんだけのオルタが出来んとついてけないからな、この慇懃な貴公子の超速指技に。
『………ふう、やっぱり一日弾かないと落ちますね、スピードが』
今ので落ちたんかいっ!
「………今のでも十分速いぞ。弾く速度は」
キースはにっこりとして、
『お誉め言葉どうもありがとうございます。ですが、普段であればBPM180で32分音符を弾けるのですよ』
それは音として認識出来るのか?オーバードライブな音だと聞こえるか分からんぞ。
だがそんな思いとは別に、俺はわくわくする自分も感じていた。
「ライブ、楽しくなりそうだな」
『寧ろ楽しくなければおかしいですよ。このメンバーの演奏は。メイさんも含めて、ね』
不敵にも笑いながら返事しやがった。本当に楽しくなりそうだな、これは。

事前のミーティングで、俺はキースに、アルファベットと数字が書かれた譜面――いわゆるタブ譜――を渡された。
『コード進行はこんな感じですので、よろしくお願いします』
出来ればもう少し早く渡してくれ、こういうのは。んっと………弾き倒し地帯があんのか………。
『それはゲスト来客時専用曲です。コード進行は決められているのですが、思う存分弾き倒してください』
言わずともそうするつもりだが………ん?………成程。
「………んでその前と後にお前さんのソロが入ると」
『ええ』
「つまりが弾き倒しバトルだな」
『ええ。そういうことです』
こいつは負けてられねーな。ますます面白くなってきやがった。
………ところで、
「他の曲では俺は何をすりゃ良い?」
『曲を聴きながら合わせられたら合わせてください』

………無理だな、絶対。



ワァァァァァァァァァァァァァォァォォォァァァァァァ………。



………。
…………。
…………………………………。
…………これはいわゆる満員恩礼どころの騒ぎじゃないぞ。



超・満・員・恩・礼・感・謝・祭!



マジかよ。結構いるもんだなハードロックファンって。普段は目立たないが、集まるところには集まるもんなのか。
俺はギターの最終調弦を終らせ、指を再度ほぐした。こいつは………面白そうだ。Doom、どんな曲か聞かせてもらうぜ。



そして俗に言う、狂気と狂乱の宴が始まった。



ギュォォォォォォォォォォアォオオオオォンッ!!



一瞬で引き込まれた。身を構える暇すらない、そんな衝撃。
ギターのバッキングが響いたと思うと、ベースがそれに便乗するかのように駆け回り、荒々しくも音をまとめるかのように暴れまわるドラム、狂気のコードを奏で回るキーボード、そして、


『―――――――!』


今まで、色々なロックグループの曲を聞いてきたが、ここまで力のあるボーカルを聞いたことは………歴史上の有名バンドくらいしかない。
後ろで行われている狂気、凶器、狂喜の宴。それを一身に受けながら、なおそれを大きくまとめ、怒涛となって全てのものを巻き込み、巻き上げるようなパワー。気を引き締めなければ精神を全て持っていかれそうな、そんな衝撃。
下手したら壊れてしまうかもしれない音楽を、音楽として成立させている。圧倒的声量。破壊的なのにバランスは正確。それぞれのメンバーのアクの強さが、アクの強さで相殺され、一つの世界を成立させている。
「………すげぇ」
想像通り、いや、想像以上だった。Doom…………今まで知られていないのが不思議なくらいだ。
『―――――!』
ヨールの天才的ボーカルから、キースのソロへ移る。


GyoooooooooooooooooowooooooooooooWOOOOOOOOOOnNNNNNNNNN!!!!
trrrrrrRrrrrrrrrrrrRrrrrrrrRrrrrRrrrrrrrrRrrrrrrrr


「………うわぁ、ありえね〜」
マジでオーバードライブ音で全て聞こえるよ。かき鳴らしてやるよのレベルじゃねぇ。悲鳴じゃなく喜鳴をあげてやがる、ギターが。大衆を虜にさせ狂わさんとするその任務を確実に遂行させてやがるぜ。………部長を連れてくれば一発OKしただろうな。

Zooooooommmmmmnnnnnnnnnn!

お、三曲終ったか。

『よう!みんな!今日も始まるぜェ、ゲェェェェェェSsトォォォォォォォォォォォ、タァァァァァァァァァァァァイMm!』
ヨールの絶叫と共に観客が沸き上がる。
『今回の生け贄はこいつだAa!メェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェイIi!』
…………生け贄?まぁその表現にはマイクパフォーマンスだと受け止めるとして、俺は勢い良くステージに上がり、腕を振り上げ叫んだ(打ち合わせ通り)。
曲が始まる。まずはキースの番。小手調であろうフレーズを難無くこなす。上等だ。レベル1ってとこだな。
俺はレベル1強のフレーズで返した。ここで弾き倒すのは気が早すぎる。もう少しじらすか。
キースはレベル2に上げたらしい。少し技が高度になる。面白い。俺も負けじとレベルを上げる。
レベル3、4とそのような応酬が続き、レベル5のあたりになった時だ。
キースがこちらを向いて―――笑った。愉快でしょうがないという笑みだ。こっからが本気だろう。さぁ、ジェットコースター並の急降下は目の前だ。俺は内心、興奮で鳥肌が立っていた。
そして、キースが本気を解放した。



trrrrrrRrrrrrrrrrrrRrrrrrrrRrrrrRrrrrrrrrRrrrrrrrrRrrrrrrrrRrrrrrrrr
GyoooooooooooooooooowooooooooooooWOOOOOOOOOOnNNNNNNNNN!!!!



………やっぱりありえねぇ。あいつのマジの弾き倒しはレベルが人を越えてやがる。じゃっ、俺も本気を出すかっ!


trtrrrrrrtrtttrrrrrrrrrrrrtrrrrrrtrrrrrrrrrrrrrrrrrtrrrrrrtrrrrrrrrr
GyOOOOwOOOOwOOnNNNNNNNNN!!!!


………っはぁ、どんなもんだい!


キースの顔を見た。笑ってやがる。しかもさっきより笑いが深い。………また来るな。よっしゃ!俺もそれに応えるぜぇ!


いつしか、俺とキースは背中合わせにギターを弾き倒していた。ダブルメロディの曲。それなのに不思議と調和していた。背後ではベースやドラム、キーボードがクライマックスへと向けて疾走。そして、




DogggggggggggooooooooooooooOOOOO
OOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNNN!!!!!!!!!!!!!!!



…………。
…………。
…………。


カ・イ・カ・ン!


もうここまで本気出して弾くことは無いのかもしれない。それくらいの勢いで、力を出しきって、弾いた。弾き倒した。それだけ激しかった。

『THAAAAAAAAAAAAAANq Uouuuuuuuuuuuuuuuu!!!!!』
ヨールの叫び声で我に返った。そうだ。まだライブは終っちゃいない。最後に、おれは腕を振り上げ、高らかに叫んだ。



「THanq U!」





『いやぁ、流石ですね。僕もつい本気を出してしまいましたよ』
「速弾きじゃあんたには勝てないよ、俺は」
腕の痛さで分かる。当分ギター欠乏症は発症しないだろう。………あつつっ。後でちゃんとほぐしとくかな。
『それでは………はい。DoomのデモCDです』
キースはそう言うと、俺にCDを三枚渡した。………三枚?
『あれ?変ですか?日本ではCDを買うとき、一枚は鑑賞用、一枚は保存用、一枚は宣伝用として、三枚同じものを買うと聞いたのですが』
………誰だよ、ホントに誰だよ。明らかにパンピーじゃねーよその行動は。
「………ありがとよ。………部長にはちゃんと伝えとく」
受け入れなかったらゴネてゴネてゴネてやるつもりだ。
「………日本の風習でこんなんは知ってるか?別れ際、あるいは出会ったときにする儀礼」
『あぁ名刺交換ですね』
キースは即答した。やはりな。
「ああ。生憎俺は今名刺を持ってないが………」
俺はメモ用紙を取り出し、俺のPCと、部長のPCのメルアドを書いて渡した。
「日本に来るときにはここに連絡してくれ。あ、こっちにはバスやら機材をチャーターしたい時に」
『わかりました。では、こちらも』
キースもメモ用紙にアドレスを書いて、俺に渡した。
『こっちはDoomのサイト用アドレスです。そしてこっちは僕の。メイがイングランドやオランダに行くことになったら連絡してくださいね』
何故にオランダ?………まぁいいか。
「そうさせてもらうさ。…………またやろうぜ、あれ」
俺が何気無く言った提案に、
『ええ。楽しみにしてます』
キースは手を出しながら答えた。相変わらずの笑顔で。

それから俺らは、固い握手を交した。

帰りのバスは、かつて無いほど静かだった。理由?
一度のライブにほぼ全力を使うDoomの面々は、ライブ終了後は体力を使い果たしてしまう。だから全員寝ているのだ。………バスが半端に広いスペースとられていたのはそのためか。


まぁ、…………かくいう俺も途中から寝ていたがな。

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