2日目:パーティ準備




………何の夢だ。
どうもアラスカに来てから妙な夢ばかり見る。霜月?母親か?あの声は親父…………あぁもぅ、夢のことであ〜だこ〜だ考えてどうする!?どうかしてるぞ俺。
…………落ち着け。
とりあえず今は何時だ。………ライブ終了から大体五十分か。あとちょいで着くな。
………ん?右手が………まだ弾き足りないのか。仕方ない。あの曲を弾くか。




宿に着いた後、俺は愛用のギターを部屋に置いて、クレン氏の夕飯が出来るまで、部屋でゆっくりと過ごす………筈だったんだが。
『おう。ライブお疲れさん』
ギターを置いた後、突然部屋に入ってきたニクスの挨拶に、俺は驚きながらも「お互いにな」と返す。
『ははは………まぁ確かにな。他の面子も疲れてはいるんだが………』
と言いながらこちらに近づいてくるニクス。な、何だ?何か怪しいぞ?し、しかもなんか距離が滅茶苦茶近いぞニクス!この距離は人が不快感を示す範囲に丸被り………しかも筋肉質のニクスだから不快感が倍増だ!
『ごめんよっ!クレンさんの命令だ。我慢してくれ!』
そう一声、ニクスは俺の体をひっ掴むと、脇に抱えたまま部屋を出た。………おい。
「俺の意思はどうなる!」
『お互いに飯抜きは嫌だろ!?クレンさんに理屈が通用しないのは初日の様子から予想つくはずだ!こっちも何度もジャックに愚痴られてんだ!
「………あの人の命令聞かないと………、飯、抜かれんだ。………最高五食」ってな!』
…………どんな宿経営者だよ。
「…………分かった。天災だと思って諦めるよ」
『そうしてもらえると、こちらとしても気が楽だ。本当はこんな事、俺もライブん時のヨール以外にしたくねぇからな!』
つまりやったことがあるわけだ、と。ニクス………。お前の筋肉は何製だ?平均体重結構割ってる俺は兎も角、ガタイがお前と殆んど変わらないヨールを抱えて走れるお前の筋肉は。
「………で、このまま調理場まで直行か?」
『ああ。他の奴はドミナイン除いてもう調理場に来てる』
………お前が拉致し(つれ)てきたんじゃないだろうなぁ?……とはいっても、ジャックがあれだけ忠告してるってことは、まず間違いなく真実の出来事だろう。ジャック氏に心の中で合掌。
ていうか何故にドミナイン?………っとその前に。
「…………それより、目的地教えてんのに、いつまでお前は俺を抱えるつもりだ?降ろして走らした方が早く着くぞ」
『あ』
あ、じゃねぇよ。
「つーか三半器官がヤバいことになってるから早く降ろしてくれ」
『おぉ、すまねぇ』
そう言うと、ニクスは俺を、まるで棒を立てかけるように、壁際に置いた。
………やっぱしくらくらする。回復するまで暫くはかかりそうだ。
『………メイはすぐ、ここから真っ直ぐにある厨房に向かった方がいいぜ。行けば椅子がある。クレンさんもそこまで分からずやではないだろうさ』
「………出来ればそうさせてもらうさ。ニクス。お前はこの後何する気だ?」
『ドミナイン、回収だ』
わぁお。言い切っちまった。まぁ頑張れ。運ぶ途中で眼鏡を割らないように気を付けな。


「さぁさ!男共は働いた!働いた!」
………現実ほど甘くならないものはないらしい。この逞しき女将は俺がほうほうの体で部屋に着くなり、「はいはいあんたは皮剥いて!今日はパーティだから忙しいよ!」とおいおい全く聞いてないよそんな事という俺の思いはお構い無しに、大量の茹でられた(この辺りが気遣いか?)馬鈴薯を、俺の前にどんっ!と置いた。横にはボウルと木の棒とマヨネーズ…………成程ね。
その横を見てみた。………明らかにきゅうりと人参、玉葱と、ピーラー、包丁とまな板、そしてボウルが三つ………確定だな。
俺はどうやらポテトサラダ担当らしい。………まぁ楽な方で良かった。………これが気遣いか?
早速、皮剥きに取り掛かるとするか。


しばらくして、俺が粗方皮を剥き終った頃、
『ドミナイン連れてきたぜ〜』
………やっと来たかニクス。遅い………って何だその魚は!でけぇよ!でかすぎるよ!一体どこでとってきやがった!?
『な?予想通りだったしよ?あの場所は当たると脳内アンテナにビビビッときたのよ!分かる?あの感覚』
『あぁあぁ分かるから早く捌こうぜ、その魚』
ドミナイン………。お前電波系だったのか………。つーか初めて声聞いたよ………。
………おい、キース。何が言いたいか分かったからこっちを見て微笑むな。むしろこっち見んな。つーかお前は何担当なん―――横の瓶はワインか。
『キースはソムリエの資格も持ってんだェ〜。すげェ〜lo』
おわっ!マッキン!
「いつの間に俺の横にっ!しかも何で酔ってんだよ!」
『あは〜?さっきまで俺がワイン担当やってたんだよ〜。クレンのおばちゃんに引きずlaleて〜。でも俺酒弱いんだよな〜』
なら断れよ、と言いたいところだが、まず無理だろうな。あの言動からして、クレン氏は普通に根性論の信奉者であるだろうし。
「……んで、どうして俺の横に来た?」
仕事しなきゃマズイんじゃないのか?飯抜かれるぞ?
『あ〜。メィ〜?ペンを持ってねェかァ?』
「ペン?ボールペンでいいならあるが」
『Thanqx〜』
ほらよ、と胸からペンを出すとマッキンの手に置いた。マッキンはふらふらとした足取りで自分の持ち場へ戻っていった………。
…………
さて、馬鈴薯を潰すか。


馬鈴薯を潰し終え、キュウリと人参の形を調え終ったとき、ふと気が付いた。
「………ヨールはどこだ?」
そう、あのルールブレイカーの姿が見えないのだ。
『ヨール?』
キースが俺の独り言を耳さとく聞き付けたらしい。丁度良い。聞いてみるか。
「ヨールはどこ行った?」
キースは一瞬怪訝そうな顔をし、その後に合点の行ったように手を打って、
『あぁ、ヨールなら………』
と厨房を指差した。
そこには豪快な包丁捌きで、ドミナインの釣って来た魚を捌くニクスと、その隣でこれまた豪快にフライパンで巨大な肉を焼くヨールの姿があった。………何だこの取り合わせは。俺は幻覚を見ているのか?あのヨールが、俺のイメージの中では食う専門だったヨールが、明らかに料理を作る側とは無縁そうなヨールが、俺の目の前でプロ顔敗けのフライパン捌きを見せている。
「………」
『ヨールは基本的に天才肌ですからね(笑)』
(笑)じゃねぇよ。何か?元レストラン勤めとか実は調理師免許持ってるとか、そんなご都合主義は嫌だぞ。
『「うまいものが食いたいから」って事で、ドミナインを試食役に独学した、と言ってましたが………まさかあそこまでの実力とは。ニクスは店でアルバイトしてましたが』
「………あれで独学か?」
神様は、本当に、不公平だ。

………どうでもいいが、二人が並ぶと暑苦しいな、本当に………。


………一先ず、料理の準備はDoomと俺の尽力で、何とか終了した。その間クレン氏は広間にてテーブルや椅子の類を一人でセットしていた。………何つー力だ。俺が知る限り、一人で持てるもんでもない………………そういえばあと一人いたか。クレン氏の手伝いに行ける人物が。
俺は調理場の奥に何故か置いてあるソファーを見た。真っ黒なソファーの上に、真っ白なシャツを着た金髪の細身の男が、うつ伏せに寝転がっているのが見える。その体からはほんのりと白い煙が立ち上っている。………ジャック………………お疲れさん。あと少ししたら起こされるだろうから今は寝てろ。

調理場を出たら、食堂がいつの間にか飾り付けされていた。電灯の部分から壁の部分にかけて、折り紙で創った輪っかがつけられ、もみの木(縮小版)の上には綿やプラスチックの星やら電飾が置かれ、木製テーブルの上にはどこから引きずり出したのか、白い、フリルつきのテーブルクロスが敷かれていた。椅子にも白い布が掛けられ、まさにパーティと言った感じの空間を作り出している。………折り紙からほんのり漂う糊の香り………ほぼ一人で作らされたに違いない。ジャック氏に合掌。

まぁ、この飾り付けでお祝いされる対象は、俺らでない事は確かだな。祝われる奴を働かせる主催者がどこにいる?となると残り一人の客か、あるいは別の客が来るのか………。

ま、いずれにしろ、俺とDoomの面々にとっても楽しめるものであることを願いたいものだな。


カーンカーンカーンドカカーンドゲシッ!
『はいはい野郎共とお客様!宴の時間だよ〜!』
クレン氏の豪快な、ある意味女性を捨てている呼び出しが辺りに響きわたった。………明らかに変な擬音語が入ったよな?何をしたんだ?クレンさん。
皿いっぱいに盛られたポテトサラダ(製作:俺)をテーブルの上に置いて、俺は音がした方に顔を向けた。
「………うわ……」
ジャックに対する容赦無さが存分に発揮されている起こし方をしていた。脇腹に一発、蹴り。
ん?あと一発は………あ。
ソファの陰にもう一人、脇腹を押さえて悶えている人が一人。マッキン………こんなところで酔い潰れてたのか?そんなに弱かったとは。
そしてそんな軟弱な男達には目もくれぬ女帝は、次々とへろへろになっていた男を文字通り'叩き'起こしていく。
『ふぅ………危ない危ない』
いつの間にか後ろにいたキースがそんなことを漏らす。どうやら叩かれる前に離脱していたらしい。
………っつーか、
「………何で俺の後ろにいる?」
キースは事も無げに答えた。
『居ては悪いですか?』
「んなわけじゃないがいつの間に来た?少しは気配を出してくれ。つーかどうしてマッキンといい俺の後ろに立つ?」
『マッキンの場合、別にメイはゴルゴ13じゃないですから、後ろに立っても支障がないとでも思ったのでしょう』
どんな認識だよ。流石バスでアニソンを俺に頼んだ男、マッキン。キースにこんな認識されてるぞ。
『あ、私の場合はワインセラーからとったワインをデキャンタージュする道具を、裏の倉庫から持ち出してきまして』
デキャンタ………って何だ?まぁいい。ブルジョワの趣味を聞いたらそれだけで日が三度ほど暮れそうだ。聞かないでおこう。………キースが手に持つ道具がそれか。
道具を洗いに行くキースの背中を見つめながら、俺は改めて、今やるべき事を確認することにした。
ポテトサラダは置いた。
肉類はニクスが置くだろう。
取り皿は………置いてないから置いとくか。

早速、俺は食器棚に向かった。



そして、皿を置き終ったころ、主賓も登場。ここに、全員集合し、宴が始まった。

【BACK】【目次】【NEXT】【TOP】