♪ピンポンパンポ〜ン
「……ん？」
段ボールに隠れて息を潜めている俺――スネーク……じゃなかった、解堂は、突然鳴ったチャイムに驚いた。今まで、確認できるだけで二時間経っているが、その間、一度としてチャイムが鳴ったことはない。壊れてやがんのかも知れねぇが、そうそう壊れるほどうちの学校が老朽化はしてねぇ。少なくとも壊れんなら先週くらいから兆候が合っても良い筈だ。っつー事は放送室に誰かいんのか？居るとしたら一体……？
『……んんっ☆(ずぷっ)……(ぬぷっ)あんっ★……(ぬちゅ)あはぁんっ☆……たっ☆……ただ今っ☆……十二時をっ★……お知らせしま……(ずぽっ)あはぁんっ★☆★☆(ブツッ)』
ピンポンパンポ〜ン♪
真っ最中で時報かよ！しかもマイクを体内にINSERTiONすんな！
だから時報は嫌だァァァァァァァァッ！
趣味悪いわ！悪すぎるわ！んな場所で少女、性欲を持て余すなっ！
「………」
落ち着こうか。
さて、こっからどうやって脱出するかだが……流石にPC関係の用具倉庫にある段ボールに隠れっぱなし、と言うわけにもいかねぇ。っつーかなんで倉庫が二階に在んだ？ぜってー一階にねぇと足腰に要らん負担が掛かるだろ……JK。
「………」
流石に下半身スッパ!!!!!!の状況でリノリウムか何かの冷たい床に直に長時間座んのはキツい。だが、気配的に何人か部屋の前にいるからな……くそっ！何で廊下がびっしょり得体の知れねぇ液体で濡れてんだよ！特に階段！滑って転ぶところだったじゃねぇか！しかも手すりまでそれだぞ!?ぬるぬるぬらぬら鰻の舞い〜ってやかましいわ！
あぁったくっ隠れる前にトイレ行ったらそこも真っ最中の学園ドラマだ！
「せ、先輩……わ、私……☆」
「ふふっ……いいのよ……先輩なんて言わなくて……☆今の貴女は、私の'妹'なんだから★」
「おっ……お姉さまぁっ☆」
「さぁ……思うままに甘えなさい……この私の胸の中に……★」
何と言う少女接合中……。あぁ、埋めた後に交わす熱烈なキスの音で入る気も失せたよ。マジだ。マジでだ。「んちゅ……くちゅ……」とか音鳴らしてるんだぜ？完全に二人だけのPERFECTWORLDだ。
そんなわけで俺は逃げ出して、誰もいない倉庫に一人で来たのだった。
「………笑えねぇ」
マジでウホッ寸前だったからなぁ。いや、外見上は確かに女だが、精神も≒女の部分はあったが、元々奴は男だし。
兎に角、今はこのソドムとゴモラの地から逃げ出さなければ……！
「体育どうだった〜☆」
「まーちゃんがすごかったよ☆★私が内股で転ばした筈なのに〜、いつの間にか上下逆転されちゃってたんだもん☆」
「あはは〜★サキュバスになってから、体が軟らかくなってね〜☆
その後みんなでマットを良い香りにしたよね〜★」
「ハードルって、あんなに気持ち良くなるものだったんだね……☆三擦りでイッちゃった……☆」
「鞍馬も……☆★騎乗位って、こんな気持ちなのかなぁ……★☆」
学生サキュバスの会話が聞こえるが……聞きたくねぇっ！お前ら体育の授業で何勉強してんだ！つーか道具の使い方を間違えすぎだっ！
「………」
……よしっ、通りすぎて静寂。速攻行くかっ！
♪ピンポンパンポ〜ン
こんな時に限って校内放送……一体何だ……？ただ一つ言えるのが――やな予感しかしねぇ。
『……あ、あ〜あ〜、マイクテス、マイクテス、感度良好……ぁっ(ぬぷっ)……ぁぁっ……(ぬちゅっ)はふんっ☆★
みなさ〜ん☆こ〜んに〜ちは〜★突然ですがTSHKからニュースですっ★』
……何だ？どっかで妙に聞き覚えのある声だが。つーかだからどこの感度が良好なんだよ。
『この学校におけるサキュバスの割合が、ついに98％になりましたぁ〜☆★パチパチ〜☆』
「――!?」
どんだけ犯したんだこいつら……これが何つーか吸血鬼症候群(ヴァンパイアシンドローム)とやらか!?
さぁ落ち着け……いや落ち着け……まずはどう動くかを考えるんだ……。
『みんな〜☆★男の子の取りこぼしはないですかぁ〜!?』
あちこちの教室から「はぁ〜い☆」とか言う女生徒の大合唱が行われてやがる。――いや、確実に元男生徒が混ざってるに違いねぇ。
『はぁ〜い元気な声援ありがとう☆元気があれば何でもできるっ★ば〜い予真』
声援って何だよ！しかも猪木かよ！果てしなく女声だと似合わNeeeeeeeee！つーか取りこぼしがねぇってことは、つまり某の発言はマジだってことか……え？
……予真？
この聞き覚えのある甘っとろい声に元気印、、そして妙に手慣れた放送手腕……!?
「!!!!!!!!!!」
某局女子アナの山本予真か！わりと新人ながら、熟練アナとの掛け合いの見事さと作業の手際の良さで朝の人気者になった！何でその予真さんがこの学校に……!?つーかやっぱりサキュバス化してんのか！
そんな俺の共学は元より、予真さんは聞き覚えのある声で続ける……!?
『で……も……？』
『実はま〜だ、一人げっちゅ☆し忘れている男の子がいるんだ〜☆』
はいっ！やな予感を彼女が見事に現実にしてくれやがりましたよっ！この展開はっ……！ぜってぇ……！
『では聞いてみましょうっ★上空のミーティさんっ☆★』
淫魔放送担当が元気良く声を張り上げた、次の瞬間――！
『ィィィィィィィィイイイイイイヤッホォォォォォォォォ☆☆☆』
あまりにも……あまりにもデジャヴバリバリな声が俺の元に届いた！
「なぁッ!?」
あ……あのロリ魔法使い!?この学校の上空に居たのかっ!?
『みんな見てるぅ☆★あっ★教室から手を振ってくれてみんなありがとーっ★☆』
アイドルじみた行動を平然としているであろうミーティ。ちょおま待てやいろんな意味で！ここはどこぞのコンサート会場か！
そんな俺の思いが段ボールに阻まれて届かないまま、奴は堂々と続けやがった！
『え〜★次のターゲットの位置はぁ〜☆☆☆』
「やべぇっ！」
あいつの事だ！確実に俺の位置を当ててきやがるっ！こうなったら堂々と学校の外まで逃げ延びてやるっ！
俺は段ボールを脱ぎ捨て、靴と靴下以外は何もつけていない下半身のままで一気に駆け出した！
『校庭に出るよっ☆みんなぁ〜★捕まえちゃって〜☆☆☆』
「「「はぁ〜いっ★☆」」」
学校全体を震わすような大合唱！右から、左から、牛乳に相談するCMのラブレターの如く大量の生徒――いやサキュバスが押し掛けてくる！
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイッ！流石に捕まったら途轍もない事態になんのだけは予想つく！
俺は全力で体を動かしてこの場所から逃げ去った！逃げ道は一つ！兎に角グラウンドへ出るんだ――っ！
『――以上、R.N.上空のミーティさん☆どうもありがとうございましたぁ★』
ラジオネームの意味がねぇ！匿名性の欠片も認識してねぇのかよ！
『では続きましてぇ〜☆今の風景を歌ってもらいましょう★P.N.上空のミーティさん☆☆』
ペンネームじゃねぇだろ！しかもラジオネームと一緒かよ！あぁ突っ込む体力が無駄だが突っ込みたくなる！それが妙に腹立たしいっ！
『はぁ〜いっ☆Welcome to my Party☆★☆★☆Today's atmosphere is――【ダイナマイト】feat.SMAP★☆★』
フューチャーしてねぇだろ！寧ろそっちが元だろ！それっぽく言って英語間違えてんじゃNeeee!!
……で、俺の背後では何やら「キャアアアアアアアアアッ☆★」とか黄色い声援が飛び交ってるし……つーか中には「あはぁぁぁぁぁんっ★☆」とか蝶★ピンクな声が飛び交っているのですがどうでしょう？誰も答える筈など無い！そもそも質問に意味なんか無い！
「ちくしょおおおおおっ！」
俺は猛烈な勢いで光の指す方へ疾走、時を翔る少女の如く外へと飛び出した！タイムリープの能力は無いから校内に戻る心配はないし！そのまま出口に向かおうとして――背後に猛烈な嫌な気配を受け思わず振り返ると――！
「「か☆い★ど☆う★きゅ〜〜んっ☆★☆」」
窓から、校舎入り口から、すさまじい量のサキュバスが、俺に視線を投げ掛けている……！主に食的なのか？性的なのか？どっちにしろ……女性恐怖症な男だったら失神するレベルの風景だぜこれは……。寧ろサキュバスが外に出られた事の方が俺にとって究極にヤバイ事態なんだが。
『ダイナマイトなハッニ〜☆でもいんじゃな〜い★でもいんじゃな〜い☆めまいお〜こし〜そお〜★』
ミーティの音もリズムも外しまくりの歌が空から響く。ようやくサビに入ったらしい。PVの中で大量の女子高生に追いかけられるキムタク羨ましす(´・ω・｀)……じゃねぇっ！状況的に今の俺も変わんねっつか客観的には羨ましいだろうが主観的には羨ましがる奴の気が知れねぇ！
理由？え〜簡単に言うなら……命の取り合いだよな？これ。知ってるぜ？俺。
サキュバスって、命を吸い取るじゃねぇか。
吸い取って殺す生物じゃねぇか。
捕まったら、死んじゃうんじゃない？
……さて、脳内現実逃避はそろそろよそうか。今は――！
『ぎらぎらのめ〜☆ともだちもみ〜な〜★どうしよ☆』
強く願うことか……適当でも……良くねぇよ！いつ曲変えたんだよミーティ！
こうなったら――！
「へるぷみ〜！えー(ry」
いや、ちょい待て。たとえ腕を上下してもえー〇んに扮したサキュバスが来るに違いねぇ！そしたらむしろ逆効果だ！危ないお薬を打たれちまう！下手したら……う〇んげを引き連れての座薬だよな？その薬は。
なら最終手段……脳内ライフカード！俺に道を！
【愛☆】
「脳内のバカヤロォォォォォォォッ！」
しかも何で☆が語尾についていやがるんだよォォォォォッ！完全に毒されてんじゃねぇか俺のライフカード！
「Noooooooooooooooooo!!!」
脳に期待を裏切られるというある意味貴重な体験をした俺は――そのまま脳内でマイ脳内ライフカードを無制限undoして、アスファルトの地面を蹴り出口へと走った。だが――！
「……不審者、発見。状況開始。直ちに、捕縛行動に移ります」
守衛所前にいたのは、いつものふっくら髭ダンディではなく、鼎二〇じみた巨乳の軍服お姉さんでした。わ〜い、これじゃ逃げられないぞ〜！
……多分あれが守衛さんの成れの果てだ、そう言い聞かせて、俺は校舎方面をパッと見た。
――戻れねぇ！既に凄まじい足音＋滑空で俺の方へ近付いてくる！
「「ィィィィィィィィイイイイイイヤッホォォォォォォォォ☆☆☆」」
叫び声までミーティと一緒かよ！どうする……どうする……!?
「――えぇいままよ！」
寧ろこれしか道がねぇ！俺は大学内を取り囲む森の中へと逃げ込んだ！
……おい読者一同。てめぇ「こんなに沢山の女性から好意持たれて羨ましいじゃねぇか」とか思ってんじゃねぇだろうなぁ！
だがよく考えてほしい。至って一般人である俺が、四百から六百、下手したら千いる相手と一人で交われるか？死ねるだろ？な？ハーレムとか言っても限度があるわ！
「……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおっ！」
俺は普通に彼女が欲しいと願っただけだ！なに何故にこんな目に遭わなならん!?
あの女か！ミーティか！あいつのせいか！願いを曲解しやがったあいつのせいか!?
他の奴に気付かれるのをお構い無しで、俺は感情のままに叫び続けた。
「くそぉっ！くそぉっ！くそぉっ！くそぉっ………」
正直、滅茶苦茶惨めだった。下半身スッポンポンで木にもたれ掛かる自分の姿をシュール以外の何で表現出来るだろう？俺はこんな思いまでして彼女なんざ欲しくねぇよ！
俺に向けられる好意、それすら全部食的な意味だろ!?
「それは違うよ〜☆★」
いつの間にか、俺の背後にはミーティがいた。モノローグを読んで、俺の問いに答えたらしい。
「お兄ちゃんはサキュバスについて誤解してるよ〜☆★☆」
間延びしている声すら、今の俺にとっては苛立たしい。甘っとろい声すら気にくわない。こいつが……こいつさえ居なければ……！
「……何が誤解だよっ！サキュバスは人の精を喰らって生きる存在だろ！そのために男共に媚を売るんだろっ!?無理矢理捕らえて媚薬飲ませて搾るんだろっ！そこに何の愛があんだよ只の捕食活動じゃねぇか！」
今までに受けた理不尽な状況が、俺の中にガンガンと怒りの石炭を注ぎ込んでいく。もう止められねぇし、止めるつもりもねぇ。怒りのボルテージは上がってらぁっ！
「俺は普通に彼女が欲しかっただけだ！一緒に居るだけで楽しい気持ちになれる奴！俺と共通の趣味を理解できる奴！互いに愛し合うことが出来る奴！それがどうしてこうなんだよ！どうして俺はサキュバスなんざに襲われなきゃならん!?どうして命のやり取りをしなきゃ――!?」
むちゅ。
「〜〜〜〜〜!?」
ガンガンと俺の黒い心を吐き出していた俺の口が、突然何か柔らかく濡れたものに塞がれた！マシュマロのように柔軟で弾力性があり、その奥から躑躅のように懐かしく初々しく、ペパーミントのように爽やかで、メープルシロップのように甘い香りを奥から放つそれは――！
「……んもう、お兄ちゃんってば〜☆サキュバスの事ぜぇ〜んぜん、分かってないんだからぁ☆★」
いつの間にか、俺は仰向けに倒れていて、少女の筋マンが俺の唇と熱烈な逢瀬を果たしていた。幽かに開いた彼女の下の唇からは、とろとろと黄金色の蜜が零れ、俺の口へと、体の中へと入っていく………。
俺の中のどす黒い靄が、黄金色の蜜にかき消されていく……。
心が、不自然に落ち着いていく……。いや、何かが、吸い取られていっている……？
尻尾を握られた孫悟空のように弱々しくなった俺に、ミーティは続ける。
「何もサキュバスだって、相手を吸い殺すばっかり、なんて事は無いんだゾ？そんな事するのは……ミーティの周りにはいないのダ☆だってそんなことしちゃったらさぁ〜、すぐみんな居なくなっちゃうと思わない〜？全サキュバス魔導師連合(つうしょーサマレン)会員の一人として、それはどうかと思うの☆」
「………」
俺はただ黙って、彼女の話を耳にしていた。真実かどうか、俺は分からねぇが、真実だと思い始めている俺がいた。
疑え、という意識の命令は、口移しで与えられる蜜によって薄められ、溶かされ消えていく……。
「そ☆れ★に☆ネ★サキュバスにも好き嫌いはあるんだヨ☆基本的にみんなぁ……好きな人しか襲わないから☆」
「……それが食的な意味じゃないのか？」
「ううん〜？性的な意味で☆」
あっけらかんと俺に告げるミーティは、「よいしょっ」と一声、俺の口許から下の唇を外した。垂らしかけの蜜がつ……と糸を引き、口元を伝って頬を滑り落ちていく。
完全に、俺は動くことが出来なかった。このままサキュバスに食われてしまうだろう、そうとすら思えた。
だが……そうはならないと言う確信が、俺の中にあった。嘘だ、と言う声がどこかから響いたが、それすら空虚に聞こえている俺がいた。
「ねぇ……お兄ちゃん☆」
ミーティは、瞳の中に幾つも星を浮かべて、俺を覗き込んできた。キラキラと瞬く星は、まるで俺に語りかけるように輝いて……俺の意識を吸い込むかのように動いていた。
「……永遠、須臾、背反にして同値……」
ミーティの唇が、彼女に似つかわしくない何かを奏でている……。それすら今の俺には、心地よい子守唄のようにしか聞こえない。
瞼が、自然と下の方に落ちていく……駄目だ……寝ちゃ駄目だ……！起きて……起きなければ！
そんな俺の思いは、無情にも自分の体の裏切りで幕を下ろした。
「……な……」
な……ん……だ……？まるでWindowsのように、強制的に脳内機能がシャットダウンされていく……止めようと様々なプログラムを打ち込んだが、全く効果はなく、そのまま……。
「………」
最後に目にしたミーティの顔は……どこかしてやったり、と言った顔のようにも見えた……。
☆★☆★ミーティの他人事一言★☆★☆
はぅ……☆危なかったぁ……☆
まさかあんなに嫌がるなんてね〜★もうっ☆まだ一昔前の認識なのぉ〜っ？
確かに一昔前はそうだったよ？周りは人間なんて吸い殺してナンボみたいな考え方してたっておししょーさま言ってたし……☆☆
ま、でも……これできっと……お兄ちゃんの願いは叶う筈っ☆☆
じゃーぁ最後に、とっておきの時間を……エンジョイプレイッ☆じゃなかった……★
「とぅいんくる☆らぶいず★えた〜にてぃっ☆
ねがわくばこのあいじょうよえいえんなれぇっ★
『エール・ド・ユートピア』ば〜じょん★えた〜にてぃ☆」
☆★☆★運命の分岐点★☆★☆
1.「……解堂君……」
2.「……先輩……」
3.「……解堂……」