Phase 6:pHAntOM





――――西 by eRAseRmOToRpHAntOM――――


兵器製造プラントへと向かう道中、おれはいつぞやの戦いを思い出していた。
B-1。
それは、Bemani最強の譜面を競う制限付きバトル。その制限とはDoublePlay譜面などを封印すること。
当然、申し込むにはSP―シングルプレイ―難易度が足りない俺は出場を断念したが、ここで一つ、同僚にして陽気な破壊魔のGo Berzerkから誘いがあったのだ。

『俺のセコンドを頼むぜポンデステ〜ン』

お気楽モードの彼奴だったが、その目は明らかに俺を見ていなかった。既に来るべき対戦者の姿を脳内に浮かべていたのだ。
だが……?
「おい、DPは使えないんじゃないのか?」
こいつの持ち味は最強最悪のDPだ。それ無しで大会参加はしようなどと思わないはずだが……?
俺のその一言に、彼奴は陽気に――明らかに戦意を滲ませて答えた。

『エキシビジョンに呼ばれたんだぜ。DP指定でな!』

――今思い出しても、あの戦いは凄まじかった。
AC最強のDP譜面の持ち主であるquasar氏との一騎討ち。圧勝かと思われたあのバザークが、が初めて顔を地を着けた、DKOの試合。
互いの攻撃の余波を、セコンドが受け続ける戦い。それがDP頂上決戦である以上、一撃一撃も非常に重くなる。
あちらのセコンドは、直前までギタドラ最強最悪の蒼い悪夢の遣い、DAY DREAM氏と戦い、惜しくも破れ去ったクエ氏の妹、One More Lovely氏だったが、試合中の互いの信頼、それは並々ならぬものがあった。こちら側に勝るとも劣らない、力。それが試合中にありありと、目に見えない壁となってさらに自分に叩きつけられてきた。
医務室に運ばれたバザークが目を醒ました瞬間、俺はようやく自分が相当疲れているのを理解したぐらいだったのだから。
それ程の好カードを演じたバザーク――そいつを招待するのも、また手間がかかったのも事実だ。
さて――。

先端が蠍の尾か、あるいは炎を思わせるような束ね方をした髪を一束持つ、特徴的なウェービーヘアー。
きれいな撫で肩を惜しげもなく曝すキャミソールを見に纏うその瞳は、根底に流れる意思の強さを感じさせる。

「蠍火……のレプリカか」

ピアノ協奏曲第一番'蠍火'。それが彼女のオリジナルが持つ名前だ。
あの大会のあの戦いで、彼女とその護衛者にして彼氏であるGENOCIDE氏、そしてDPでは詐称の名を欲しいままにしたGOBBLE氏は解説者としての席にいた。DP界における強力な重鎮として。
解説者と、セコンド。見守る距離と立場は違うとはいえ、あの衝撃を身近で体験したもの同士だ。まさかこのように合間見える事になるとは。
「………」
とは言っても、相手はカーボンコピーの戦士に過ぎないのだが。
黒蠍火は、既に両手に炎を纏っている。成る程。DPで来るらしい。流石はDP皆伝か。
俺は亡霊と名のつく通り、火には弱い。相性的には最悪とも見えるだろう。だが――、

「久々に、本気を出すとしよう」

俺は、両腕と両足につけた補助のウェイトを外し、地面に落とした。
それがゴングの代わりだ。

前半は互いに様子見だが、それでも蠍火は最初にいきなり殺しが来る。俺の周りを燃え盛る炎で一気に囲い始めた。一撃で昇天させる狙いらしい。
だが俺もそう簡単に殺られてやるつもりはない。遅い速度なりに炎から離脱し、火の粉を払う。この時に俺は迂闊に攻撃できない。もしも相手の中盤、二回目の発狂の時に回避できる速度が無ければお陀仏だからだ。まずは相手の攻撃を見極めるしか――道はない。
やはり速度差か、じわじわと炎の幅が狭まっている。蠍火の基本戦略は、こうやって動ける範囲を狭めてから、一気に消し炭にする戦略だろう。だとすると、このまま幅を狭められれば、確実に強力な一撃が来る!
「なら――ッ!がっ!」
俺はそのまま包囲する炎を飛び越え、攻撃範囲外に出た。軽く全身を焼かれたが、まだ支障が出るレベルのダメージじゃない。
そういったものは――忘れもしない。B-1の前に起こった、誰も知る筈の無い戦いで、既に経験しているのだから。

――――――――――――

「……寒いな、流石に」
これが、北の大地に降り立った俺が一番最初に発した言葉だ。情けないことに。
降りて早速、俺はGENOM大兄から渡されたメモと、周辺市街の地図を見た。
「………此所か」
メモに書かれた場所を地図で探したところ、どうやら本通りの側を通る、いわゆる裏通り的場所にその男はいるらしい。
今回の俺の任務は――その男を本国に迎え入れること。手段は『出来る限り』平和的手段で。

裏通りに入ったとき、俺は正直、自分の覚悟を改める必要があると感じた。
裏通りに掲げられた看板の大半が、ビールジョッキとそれを持つ手が二つ、中心線対称に描かれていたのだ。
「これは……」
この国で密かに行われている、闇格闘。それを扱う店の目印が、互いに向かい合うように描かれたグーである。
ビールジョッキを持つ手、というようにカモフラージュされているのは、そこが酒場を兼ねてもいるからだろうが、何より酒場のオーナーが、この闇格闘のチャンピオン格である場合が多いからだ、と出発前の情報で、俺は大兄から聞いていた。
ここに……目的の相手がいるのか………。
俺は戸を引き、店の中に入った。

「………ん?何ダ?あんた」
明らかに筋肉隆々とした、バーのマスターらしき男が、突如入ってきた来客に訝しげな目を向ける。俺はそれを気にせずにそいつに近付くと、一枚の紙を見せながら無感情に告げた。
「この男を知らないか?」
その紙に書かれていたのは、Go Berzerkに関する資料一式だ。IXIONやLOVE IS DREAMINESSが必死で調べてくれただけあって、資料の精度と密度は高い。
バーテンらしき男はその紙を一瞥すると、そのままライターでその紙を燃やしてしまった。
(コピーをとっておいて正解だったな)
そして今出した資料がコピーだ。本物は俺のバッグの中にある。
「残念だが、知らねぇな。他を当たんな坊主」
予想通りの回答。素直に話す筈はないと踏んではいたが、こうも定石を踏んでくれたとは。俺は肩を竦めて、もう一枚の細長い紙を取り出した。

男達は一瞥しようとして――固まった。

「ロッテル兄弟からの紹介だ。俺――eRAseRmOToRpHAntOMは、この男に挑戦する権利を行使する」

――――――――――――

「――ッ!」
炎の輪から逃れた俺が次に目にしたのは、呆れるほどに巨大で、しかもどこか仄暗い、火山の噴火を模したような炎だった。
危なかった。もしもあのままこの輪の中にいたら、一発で天に昇っていただろう。物理的にも生命的にも。
じりじりと焼ける感覚。俺は徐々に蠍火から距離を取るが、bpmの差は歴然。逆にじりじりと近づかれていく。
だが、慌てる必要はない。相手の中盤の発狂と同時に、俺は――。

―――――――――――――

「よぅ、お前が挑戦者か?」
バーテンに連れられてやって来た地下闘技場。そこはリングが金網で囲われ、その周囲を取り囲むように沢山の観客が、ガヤガヤと騒ぎ立てている。
リングの上には今は男が一人。そいつが俺を見ての第一声がこれだ。
「ああ。eRAseRmOToRpHAntOMだ。Go Berzerk殿とお見受けするが?」
その男――バザークは豪快に笑うと、そのまま俺を睨み付けて言った。
「おうよ!俺様がGo Berzerkだ!おいファントム!」
いきなり呼び捨てか、まぁパフォーマンスとしてこれほど印象的なものはそうそうあるまい。
「ん?」
俺が軽く返事をすると、奴は歯と同時に闘志を剥き出しにして叫んだ。
「テメェのバックの要求を呑んでやんよ!俺様が勝てば1000万GP!テメェが勝てば俺様がテメェに着いていく!それで良いんだな!?えぇ!?」
会場が一気にどよめく。やはり奴、相当の強さを持っているらしい。
「あいつ……正気か?」「いいドル箱だぜ」「伝説にまた……」
……色々と後ろで騒がれてはいるが――

「――無論だ」

俺は両手両足のウェイトを外した。

『ルールは簡単!先に意識を失うか、ギブアップを宣言した方の敗けだ!なお、凶器の類いは一切禁止!当たり前だ!ここは闇格闘!パフォーマンスの代わりに相手を倒せ!』
ワォォォォォォォォォォッ!
実況者の声を受け、叫ぶギャラリー。
「いいのか?見たところタダ者じゃねぇが、逃げんなら今のうちだぜ?」
バザークが俺を小馬鹿にするように囃す。普通ならヒールに落ちる所だが、現にこいつの力は本物だ、と肌に伝わるビリビリした気迫とも気配ともとれる空気が証明している。
間違いない。本気を出さなければ落とされる。尤も――元より本気を出さないつもりも無いが。
「………」
気迫を無言で受け流し、俺は金網の内側へと足を踏み入れた。
『それでは――レディー……ファイッ!』
カァ――――ンッ………
澄んだゴングの音が、戦いの幕開けを告げた――。

「オラァッ!オラオラァッ!ゴォバッザァッ!」
「くっ……ん……むぅっ!」
さ……流石だ。一撃一撃がデカイ上に、攻撃の後のリターンも素早い。防御を少しでも弱めればお陀仏だろう。かといって、防御し続けても削られるだけだ。攻守ともに、相当のレベルが必要だろう。
俺は相手の攻撃を受け流し続けている……が、それでもじわじわとダメージは溜まってきている。一方――、
「ハッ!口ほどにもねぇなぁ!」
明らかに余裕のあるバザーク。攻めに転じたいところだが、今攻めに転じたら、恐らく一瞬で負ける。
だからこそ――今は待ちだ。

問題なのは、強いと言われつつも、ここまでの攻撃は俺と同レベルかそれより下の回数しか打ってこない事だ。
奴の性格から考えて手加減は考えられない。だとすると――!?

シュンッ!

今の攻撃で、俺は答えを確信した。
こいつ――!?
「本領発揮させてもらうぜ!去ねやぁっ!」
こいつ――今まで俺を使ってウォームアップしてやがった!成る程、定石通りの攻めだったのはこういう事か。
成程……。


ふふ……。


「……何がおかしい!?」
闘志を俺に叩き付けながら、バザークは叫ぶ。だが俺は……笑うのを止められなかった。


「奇遇だな。俺もここから本領発揮だ」


愉快だった。
面白かった。
高揚感があった。

まさか奴も――俺と同じ体質だったとはな!

「へっ……そうかい!」
奴も気付いたのだろう。今目にしている相手が、己と同類であることを。そして、真の汗で彩られる宴の準備が、たった今整ったという事も――!

「だりゃあああああああっ!」
「うぉぉぉおおおおおおっ!」

二人の獅子の影が、交錯した。

―――――――――――

偽蠍火は一瞬、対象を見失った。
センサー感知も出来ないレベルで、文字通り『MISSING!』したのだ。
なのに生命反応はある。そんな異様な状況に、一瞬戸惑った偽蠍火は――。

次の瞬間、顎を強烈に撃ち抜かれ、空を舞った。

――――――――――――

「だりゃああっ!」
「ふぁっ!しっ!しゃあっ!」
……流石、最強と言われるだけある!ここまで正確に攻撃を当てるとは――!
俺の能力――それは速度倍加と気配収斂。
突然消え、知らぬ間に近づき、一撃をお見舞いする。視界や気配探知の能力を一瞬無効化でき、その後もアドバンテージを取り続けることの出来る能力。ただし、それは中盤以降でないと働かないが。
通常なら、ここで大方の奴は落ちるのだが――この男は、その気配すら読み取っているのか、正確に俺の拳に合わせて攻撃を当ててくる!
「へっ!中々やるじゃねぇかっ!おらよぉっ!」
目に見えないスピードで迫る、大量の拳。最早突き出しているのか引いているのかすらわからないほどの超高速で繰り出される連打を、俺は紙一重で避けていた。
正直、これは捌ききれない。一発でも食らえば、後は引きずり込まれるままに打ち付けられてKOは確定だろう。だからこそ、俺は――、

「ファァイッっ!」

高速移動を応用した乱打戦に持ち込んだ!
ズドガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
拳と拳がぶつかり合い、打撃音のスコールが辺りに降り注ぐ!
右右左左左下右上上右右……。
攻撃パターンも有ったもんじゃない。
「――」
「――!――」
「――!」
客席の声など、最早ノイズでしかない。
「――!」
「――!」
俺達自身が何を叫んでいるか、それすら自分で理解できない。
ただ――この瞬間は、生涯で忘れる事はないだろう。

速度で押す俺と、
破壊力で押すバザーク。

その拳が――!


ズ     ド     ガ     ァ     ッ     !


互いに交差した次の瞬間、俺の意識は光に包まれた――。

―――――――――――――

――あの時と同じ技を、俺は今、偽蠍火に対して使っている。ただし、宙に浮かして、だが。
自分の拳の残像で、相手の姿は見えないが、手に感じる打撃の感触が、相手の存在を確固としている。
徐々に天に昇っていく俺と偽蠍火。このくらいなら標的が見えるだろうか。
「――見えた!」
地上に映る、黒い円柱状の建物。間違いない。あれが兵器製造プラントだ。黒光りするだけの、武骨としか形容し様がないフォルム。出入り口は一つのように見えて無数にある。この全ての出口から兵器が出撃すれば――終わる。
だからこそ――!

「ウォォォォォォォォァァァァァアアアアアアアァアアッ!」

拳にありったけの力を込め、超高速で叩き付けた。

空気抵抗など関係しないかのように、叩き付けられた力と重力加速度を受け、偽蠍火は一気に落下していく。その落下地点は――!?

――ドガァドッガァァァァンッ!

兵器プラントの天井をぶち破り、階層を貫いて一階に、さらに下にある動力のためのオイル貯蔵庫にまで一気に落下した偽蠍火は、自身の能力である炎が辺りに引火して、結果――兵器プラントもろとも吹っ飛んだ。
「……ふぅ」
ゆっくりと地上に降り立った俺は、あの日の戦いを思い返していた……。

――――――――――――

「……ははっ、まさかオメェに倒されるとはな」
「こっちも……倒せるとは思わなかった。だが――」

「DKOだ」

俺が気付いたとき、両方ともリングの上で寝転がっていた。金網の外では金網に掴みかかる人、乱闘を起こす人、心配そうに俺達を見つめる人など様々だった。
バザークは、体力が一足先に回復したらしく、寝転んだままの俺に手を差し伸べた。
「ま、約束は約束だ。1000万GPを受け取りに、お前んとこに行ってやらぁ」
そう告げるバザークの顔は、やはりどこか闘気のようなものが感じられた。きっとこの男は、わくわくしているのだろう。新たなる強者との戦いを――。
「……あぁ。だが、勝負を挑む前に、ちゃんと果たし状とセコンドは用意してもらうからな」
そう言うと俺は――、

奴の手を、握りしめた。


―――これが、俺とあの男との出会いだ。



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