Phase 8:GUILTY





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目を開けると、そこは暗闇だった。
上もない。
下もない。
そもそも自分が立っているかすら分からない、完全な闇。
そもそもオレ自身の肉体の感覚すら曖昧だ。ふわふわしているようで、そのまま崩れちまうんじゃねぇか、んな気持ちになっちまうような……。

『……全く、今日は仕事がやけに多いと思ったら……』

凛とした、まるでグラスを打ち鳴らしたような声。聴く者の心を心から凍りつかせ、同時に魅せる特徴的な波長を持つ中性的なそれの持ち主は――。

「ヘルスケ……」

HELL SCAPER……。
GENOM氏の同僚にして妹である、L.E.D.気最古参の一人である。だが、彼女の名を語られるとき、大概は畏怖、あるいは恐怖の対象として語られる。その所以は――。

『……まさかお前がこの世界に来るとはな。日の当たる生から隔絶された、闇に満ちた死の世界――削除界に』

真っ黒のローブを羽織り、フードの下から覗く骸骨の面と月光のような輝きの銀髪、そして手に持つ鮮血の赤の刃を持つ鎌。ここまで描写して分からねぇ奴は幸せだ。『死神』、そう呼ばれる存在を知らねぇんだからな。
「……そうか」
オレは納得した。あの時、オレはスケイプに胸を一突きされ――死んだのか。
『……?』
明らかに様子のおかしかったスケイプ。最後に見せた涙は、まるであいつの心が痛みに耐えかねて出したもののように見えた。
「……なぁ」
だとすんなら、オレがやるこたぁ決まってるよな?
「なぁヘルスケ」
『駄目だ』
まだ何も言ってねぇよ。
「何だよ、まだ何も話しちゃいねぇだろうが」
オレが普段の軽口のように反論したが、ヘルスケはとりつく島もねぇ。
『お前の事だ。早々に復活させろ、とでも言うつもりだろう。それは冥界の規約に反することだ。私が勝手に実行出来るものでもない』
こんな役人じみたお決まり文句で……ん?出来るものでは?
「……なぁヘルスケ?」
『……』
オレが顔を覗き込もうとすると、奴は顔を背ける。はは〜ん。成る程な。
「……お前、実は歯がゆいんだろ?親父があぶねぇのに何も出来ねぇ、そんな状況が」
当然だ。こいつの持つ削除能力を乱用されたら、コンマイ神からしたらたまったもんじゃねぇわな。危険すぎらぁ。
ホントはこいつも、親父を助けたいんだろう。だが……力がでかすぎたせいで、与えられた役割のせいで何も出来ずにいる。
『……』
ヘルスケの奴は、きっと仮面の下では唇を噛み締めているだろう。それこそ、血が流れるほどに。
そのまま攻めれば、こちら側に堕ちるかもしれない……が。
「……」
オレはそれを敢えて選ばねぇ。

「……閻魔様はどっちにいる?」

『?何故そんな事を私に……!?』
流石冥界の使い走り。オレの言おうとしてる事を即座に理解したらしいな。
『む、無駄だ!例え直訴したところで、お前の訴えなど通る筈が――!?』
「――なぁヘルスケ、可能性が0%ってなぁ、この世界に存在すると思うか?」
『――っ!?』
絶対に、ない。それをヘルスケは言うことが出来なかった。出来る筈がねぇよな、んなもん。
「絶対できねぇ、ってのが存在すんなら、絶対できる、ってのも同時に存在すんだよ。100のプログラムがありゃ1くらいはバグがある。逆に、100のバグがありゃ、その内1つくらいは正常なプログラムより良いものがあんだよ。
オレが言いてぇのは、んなもん、ハナっから決めつけんな、ってこった」
……オレはまだ、カードを全てこいつに見せちゃいねぇ。判明してる事実からの推測……聞こえやいい方法だが、実際は氷山の一角だってのはよくある話だぜ?
ま、その大半がハッタリだったりするのがオレだったりもするが――。
オレは改めて死神に向き直り、尋ねた。
「さぁて……閻魔様は何処にいるよ?」

一歩足を進める度に、重々しい空気が俺にのし掛かってきやがる。だが、その重々しさすら、何処か懐かしい、そんな感じがした。どうと言うことはない。所謂『同族』の気配だ。
「……噂には聞いちゃいたが……」
正直に言おう。オレはこの時、内心少しビビっていた。ここまでの圧倒的な気配、体に浴びる機会なんざ全くねぇからな……。
体の感覚は、ヘルスケが現れた時に完全に戻っていた。やっぱり、『存在を確認される』事が、この世界に存在できる条件らしいからな。
オレはヘルスケ言われた方向に、ただひたすら歩き続けた。
「同行してほしかったぜ……まっ、無理だろうたぁ思っちゃいたが」
流石にあいつにも職務規定はある。そこを無理言うほど、オレは空気を読めない男じゃないんでね……っと。
「ようやく辿り着いたらしいな……」
オレの目の前に、禍々しくもどこか神々しくすらある椅子と、そこに腰かける、彫りの深い顔をした白黒が中心で分けられた髪の男。『閻魔』――それがこの男の役職であり、呼称であり、誇称でもある。
だが、目の前にいる、奴が発する気配は――。

「……久しいなSpiral。父の誕生日以来か」

「実際に顔を合わせんのは初めてだがな――GUILTY兄貴。噂では聞いていたぜ。五鍵唯一のSET UP名義の兄がいるってな。……まさかこんな形で出会うことになるたぁ思わなかったが」
今はlower world兄に同行しているNEMESIS兄が、ちょい前にオレ達にしてきた話だ。「俺達は四人兄弟じゃない。実はさらに上に一人、俺達と同じ名義を持つ存在がいる」ってな。さらに、そいつはヘルスケと同じ職場で働いていて滅多に姿を現さねぇって。
で――コアの過去データを軽くハッキングしたらこの通り。オレの兄貴は閻魔様っつー状態になったわけだ。
「ネメシスは元気か?」
「あぁ。相変わらず無言だし寡黙だぜ」
あの無言ほど怖いものはねぇ………。周りまで確実に沈黙に巻き込むからな……。
「ジュデはどうだ?」
「最後に会った時は――ガクブルしてたか」
まぁあの特攻野郎の親父じゃな。desolationの崩壊リミックスしたらしいし。
「ロワーの奴は……」
「パーティん時から変わらず、だな。まぁバイクであちこち走ってるらしいが」
噂ではギタドラ国のL.A.RIDER氏と一緒に走るようにもなったらしい。っつーか憧れみたいなもん抱いてやがったし。
「……で、お前は――」
「この通り、今は幽体さ」
そうして、オレは今までの経緯を全て語った。リミックス、電人、黒の兵――スケイプ。
全てを語り終えたとき、兄貴は手元の紙にそれを記すと、暫く何かを待つように目を瞑っていた。

パリン

何かが割れるような音がしたかと思うと、兄貴の椅子についていた飾りつけが割れ、そこから何かが飛び出してきた。よく見るとそれは、一枚の封筒のようにも見える。
兄貴はそれを手で開き……そして溜め息をついた。
「こいつは……神直々の要請か」
見てぇ。
何が書いてあんのか、凄まじく見てぇ。
たぶん職務規定があんだろうから自重はするが……。

「………スパイラル」
「ん?」
暫くして、兄貴がオレに話してきた。何だ?と思うオレは次の瞬間――、

発される気配に息を呑んだ。

「――!?」
これは……ヘルスケとかネメシス兄とかそんなレベルじゃねぇ!これを受けたが最後、どんな判決ですら甘んじて受けてしまいそうな、あまりに厳格な気配――!
「我――GUILTYは冥界司法の元首たる閻魔の名の元に汝に命ず」
「は――はぁ」
知らず、地面にひれ伏しているオレに、次の言葉に何が来るかなど、予想できる筈もなかった。

「死神たるHELL SCAPERを率いて、現世にて敵を討て!その成功をもって、汝の蘇生の条件とする!」

「!!!!!!!!!!」
お……おい……つまりは――!
「……と、まぁそういう神直々のお達しだ。異論は――無いだろ?」
喜びにうち震えるオレに対して、GUILTYはオレの兄貴として、片目を軽く閉じて微笑んだ。

『肉体の修繕は完了した』
現代世界に戻る前、ヘルスケはそうオレに告げた。これでオレの肉体は、いつでも精神を受け付ける状態になったらしい。
「ありがとよ」
オレが心からそう言うと、何故かこいつ、顔をオレから背けやがった。
『べ……別にお前に……感謝を言われる筋合いなど……(ブツブツ)』
小声で何か言ってやがるし。
それより――こいつ、完全に臨戦態勢だな。
ローブの面を取り、極端に白い肌に赤い瞳を爛々と輝かせた美人の顔に浮かんでいたのは――憎悪を通り越して殺意とも言えるものだった。
あまりにも澄んだ――澄み渡りすぎた攻撃性は、ここにいるオレですら、本能的な危険を感じるぜ……こいつ、相当怒ってやがったな。
『では――行くぞ!』
「おおっ!」
待ってなスケイプ!L.E.D.氏!OUTER LIMITS氏!


――――――――――――


寒い。
心が寒い。

「止めてっ!」

届かない。
声が届かない。

「取り出さないで!それを持たないで!」

体が――体が思うように動かない。
彼が――私も助けに来た彼が――!

「駄目ェェェェェェェェェェェッ!」

こ・こ・か・ら・ニ・ゲ・テ………。

私の意識は、黒の将によって私の体の奥底に封じられてしまった。
今私を動かしているのは、黒の将の意のままに動くバグプログラム。
私の力では、とても自分を解き放てなかった。
そして私は――私の体は、彼を殺してしまった。
もう助けは――望めない。

――でも、もし誰か来てくれるなら、もし誰か助けに来てくれるのなら……。

――助けて――

ドガァッ!

―――――!?

視界が白くなった次の瞬間には――暗転した。


―――――――――――――


「データ――ハック……書き換え、バグデータ解除……よし」
起きた後の脳内の影響が心配だが……まぁいい。
気配をヘルスケの力で一時的に消して一気にスケイプに近付き、首に一撃を食らわして気絶。そのままデータハックをしたが――。
「……なぁ、ヘルスケ」
『言うまでもない事だ。私かて同様の感情を抱いている』
ヘルスケも、人の記憶を探る能力を持っている。それは前世の罪を探る必要があるから付加されたものだが、そのこいつが覗いた記憶と、オレがハックして覗いたそれは、確実に同一だろう――。

「……スケイプ……」

オレはよ、茶化したり怒鳴ったりはするが、怒ったりはなかなかしねぇ。ましてや逆上なんざ、縁遠いもんだと思っちゃぁいた。
それは今思えば、余裕があったからかもしれねぇな。心のどこかに。


だが、そろそろそれが自分自身に対する誤解だってことに、いい加減気付こうぜ、オレ。


――流  石  に  ブ  チ  キ  レ  タ


―――――――――――――


拐ってきて改造を施した人質素材との接続が、突然切れた。
『奴等』は自分の事を『黒の将』と呼ぶらしい。それはどうでも良いことだ。名前など、識別する必要の無いところでは意味を為さないのだから。必要なのは、『敵』『味方』『道具』この三種類だけ。
今回はその『道具』が『敵』の手に落ちた、それだけの事である。
ともすれば、自分がやるべき事は兵を召集、増産してその迎撃に備えることだ。

『黒の将』の判断は、戦術としては至極真っ当、寧ろ当然と呼ばれるものであった。
あえて失敗を挙げるとするならば、それは慢心とでも言うべきだろうか。
かつての最強メンバー、戦闘用に精製したそれを配置したことによる、鉄壁の守り。これを打ち破れるものなど、この世界にはいやしないと言う、過去のデータから引き出した勝率を眺めての慢心。
故に――

『カードは、目に見えているものが全てじゃない。人は誰しも、切り札の一枚や二枚は隠し持っているものである』
(Spiral galaxy:2005〜)

――音もなく大半の兵が消失するまで『黒の将』はそれが間違いであった事に気付かなかった。



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