その10:崩壊の始まり、夜明け前





一息で言い終えた後、NAOKI氏は地図の一点を指差す。
「この場所を目指して欲しい。そこに行けば、己が何をすべきか分かる。後戻りはしないで欲しい。後戻りをすれば、全てが水の泡と消えてしまう」
「ルートはどのように?」
指し示された場所へは、いくらでも道がある。もし決められた道があるのなら、その道を使わなければならないけど……。
「別にないよ。ただ一度通った場所に合流したときは、前通った方向と同じように移動して欲しいだけ。それ以外はどこを通っても自由だ」
つまり、引き返すことは出来ない、ということ。ドミノのようだ。一度倒してしまえば、後はただ連鎖的に倒れていくのみ。
進むなら、覚悟を決めて、道を選んで進むしかない。
(………道なら、私が案内します)
(ありがとう、プルミーユ)
幸い私には、この城の持ち主だったプルミーユが付いている。同じ道を選ぶことはないだろう。城の構造がそのまま残っている、この城だから。
「………」
改めて地図を見直し、目指す部屋が何処にあるかを確認した私達は――。

「……行ってきます」

NAOKI氏に一礼して、プルミーユの声に導かれるままにワインセラーを出た。
「走り続けろ!猛るままに!停滞させたものを打ち壊すために駆けろ!それが君達の未来を切り開くんだ!」
氏の絶叫を背中に受け、私達は走り出す。
――崩壊へと向けて。

――――――――――――――

「……ようやく始まった、か……ん?メールか?
……よし。こちらの準備も出来たらしいね。さて、ここまでは順調だ。イレギュラーは果たして何処で出てくるやら……」

「……ようやく着いた。全く、ここまで蛮族の霊が激しく抵抗するとはね……。お陰でAM-3P君には迷惑かけちゃったじゃないか。まぁ彼も戦いの中で混沌の能力を手に入れたみたいだから満更でもなさそうだったけど……ね。
さて、NAOKI氏にメールを送信して……っと。呪いの影響で電波が乱れるかと思ったけどそうでもないらしいし、まぁ届いただろうね。
――では姫様、今から助けに参ります――従者として」

「Team 'NAOKI underground'!!」
『Yeah!!』
「今宵も俺達――」
『舞踏会へとご招待!』
「星々が照らす前の時――」
「自由を削がれた雀らは――」
「涙の中に満ちる希望を――」
「――来る未来に繋ぐのみ!」
「行くぜ!俺達――」
『Team 'NAOKI underground'!!』
「四人を繋ぐ合言葉――」

『Jam!Jam!Jam!DDR!』

「……っと、これで罠配置は全部か。後はここにこれを描いて……よし。こちらは準備完了だ。あとは城の方で何か動きがありゃ、こいつを作動させるだけだな。
しっかし……NAOKI氏、よくもまぁこの巨大兵器を持ってきたよ。親父に許可をもらったのか?……かもしれねぇが。
さて――どうなるかな?」

――――――――――――――

今ここに、崩壊を招くピースは全て揃った。後は――先頭のドミノを宛がわれた者が、その指を動かすのみ――。

そして――時は来た。

――――INSERTiON――――

ヒュウ……何つーか、生気も色気もねぇ奴等だなぁ。楽しみも失せてんのか?生きてたら俺が極上のテクで愉しませてやるんだがな。
さっきから俺を熱視線で刺すように見つめてやがる、スケスケなギャラリーのエブリワン。おいおい、刺すんじゃなくて挿せよ。俺はいつでもクライマックスだぜ?そんな剣呑な目付きで俺を見つめんなよ。照れちまう。
「――って茶化してどうすんだよ、俺様」
まぁ……何だ。今の状況、普通に考えりゃピンチとも言い換えられっかもしんねぇ。あくまでも外面は。

親父の指令はこうだ。
『NAOKI undergroundを冠する君達にやって欲しいのは、撹乱役だ。この四ヶ所にそれぞれ散らばって、霊達に対して騒ぎを起こして欲しい。規模は――どこまでもでかく、フラストレーションを発散する勢いでね』
そういった意味じゃ、この状況は願ったり叶ったりだぜ。このミサンガ、どうやら霊に普通に触れられる力が有るらしくてなぁ。一体多数でも、負ける気はしねぇよ。
少なくとも、自己解放も出来ねぇ奴にはな。
じゃ、いっちょ……。

「さぁ、始めようか」

――――L'amoure liverte――――

「………」
他者に哀れみを抱くのは、優越者の傲慢。それは分かっています。でも、それでも私は思わざるを得ませんでした。

「………可哀想」

哀す可(べ)しと想う。彼らを、私に今にも食らい掛からんとする彼らを。自由を奪われ、ねじ曲げられ、狂わされた魂を。そして、今までずっと暗い牢獄に閉ざされていた――彼らの存在を。
「………」
自由は勝ち取るもの、と歴史を学ぶものは言います。ですが、それは心を持つ者の話。彼らには――その心すらない。いや、無くされてしまった。
それを可哀想と言わずして、何と言うのでしょう?
「………」
本当は、このようなことを想うのすらおこがましいのかもしれません。先程まで、何の力も持たなかった私が、彼らに上から目線で――救ってあげる、などと思ってしまうのは。
『liverte、君のミサンガだけ、少し力が強めになっている。他の三人より、浄化する力が強めになっているんだ。'水星の紋章'を刻んであるからね』
どうして水星か、何故私なのかは分かりません。ですが――力を与えられたのなら、私は全力で彼らと相対します。

「貴方達に、自由を」

――――Tears――――

ジョシュアは言っていた。城の兵士の何人か――いや、何十人かは魂をねじ曲げられ、ヴォルファンの傀儡へと化した、って。
(………)
彼女は何も言わない。けど、私の心へと直に伝わる彼女の気持ちは、私の予想通りの状況であることを証明している。
「………」
見事に、サンチェス兵達。幽かに揺らいでいるように見えるのは、私の中にいるジョシュアの気配が影響しているのだろうか。
「……クラスト……メルク……ダリナーディア……」
知らず私は、彼らの名前を呼んでいた。ジョシュアに、口の支配を委ねたのだ。

『Tears、君のところにはサンチェス公国兵の亡霊が来るかもしれない。名前を呼ぶのが霊を縛る行為だから有効になる筈だよ』
何処で仕入れたのだろう、そんな知識。でも効果は確かみたい。呼ばれた兵士らしき霊が、その動きを止めている。
「……シュタル……デシベル……ユカ……」
呼ばれた相手の動きを止めるだけ。それでも、私達に課された使命は十分全うできる。
「あの時は見えなかった、今だから見えるもの……」
私は語りかけるように口ずさみ………。

「……涙が拓く、未来」

――――Prelude――――

『貴方は羨ましいわ。だって始まりを奏でられるんだから』
STARS☆☆☆姉さんは、かつて僕にそう話していました。僕自身は、姉さんが居たから創られた、いわゆる付属品みたいな自分をあまり好きではありませんでした。
『始まりを奏でられる』
その一言は僕にとって、思わぬ救いとなりました。姉さんが奏でるのが'今の'世界であるように、僕は'かつての'世界を――世界の'始まり'を奏でられる。
始まりとは創造。つまり始まりがなければ世界も存在し得ないわけです。私は、姉の謳う世界を作り出している――夜明けの太陽のように、存在に光を投げ掛けている――。

彼らは――光にあぶれたのか、闇に囚われたのか。切り離された時の世界にて、停滞の中で意を薄れさせたのでしょうか。
言わば彼らは――死んでいるのです。死んだままなのです。
霊は死んでいません。少なくとも、本人の意があるうちは。無論、同時に生きてもいませんが。
死とは果たして何でしょう?それを『自分が自分じゃなくなることだ』と言ったのはGHOSTBUSTERS氏。『救うなんざおこがましい。俺が渡せんのは引導だ。それしか対処しようがねぇ……そう体で教わったからな』こうも告げていました。
僕はこれが正しいかどうかは分かりません。もっと別の方法があるのでは、そうとも考えてしまいます。ただ――引導を渡すことにより、相手が救われるならば――輪廻の輪に戻り、始まるための終焉を迎えるのならば――

「では、奏でましょうか――終わりの始まりを」

――――――――――――――

――滅びの巫女を祀る闇の神官達は、暗黒の舞踏を用いて兵を惑わした。惑わされた兵はハーメルンの笛を聞いた鼠のごとくふらり、ふらりと場を離れ、残る者は誰も無し。
斯くして無人の城を、滅びの巫女は汚された聖地へと歩みを進める。
城の崩壊まで、後数刻――

【名も無き伝承】


――――――――――――――

(その先を右です!そのまま真っ直ぐ行って、その先の階段を昇ってください!)
プルミーユからの指示に、私は体で応える。動いて、曲がって、走って、時々歩いて……。何せ動きの遅い私だ。歩いていたらただ時が過ぎるだけなのだ。
入り組んだ城の中、私達は一度として同じ道を通ることなく、目的地へと着実に近付いていた。

城の中心部の謁見の間、その奥に位置する――プルミーユの部屋に。

不思議なことに、進む過程で敵の亡霊に全く出会すことが無かった。――もしかして、NAOKI家の皆さんが居ないのと何か関係があったのかもしれない。もし関係があるのだとしたら……この物語が終わったときに聞こう。
そこまで考えて、私は思わず苦笑してしまう。不思議なものだ。終わりを自ら願うなんて。維持させるためでなく、崩壊させるために――終わりをもたらすために動くなんて。
でも……考えてみれば、この行動は私にとって、当たり前だった行動なのかもしれない。
タロットカードの13番、死神が『死』と同時に『再生』を司るように、物事や出来事に区切りをつける、それが嘗ての私の――。

(…………)
歩みを進める度に、プルミーユの口数が減っていった。道が分からない私は、自然と歩みが遅くなる。
「……プルミーユ?」
心細そうに出した声で、プルミーユは私が完全に足を止めている事に気付いたらしい。やや慌てたような口調で私に方向を指示した。……とは言っても、この道をずっと直線に行くこと、それが正しい道だったらしいけど。
「………」
何となく、釈然としない。一体どうして沈黙なのか。それを疑問に思いながらも、私はただ足を進めていった……。

――――――――――――――

――滅びの巫女の歩みし道は赤々と照らされ、如何なる存在もその後を歩むこと能わず。
斯くして背を取られること無く、滅びの巫女は汚された聖地へと足を踏み入れた。
城の崩壊まで、後数刻――

【名も無き伝承】


――――――――――――――

「ここは――」
プルミーユの部屋、そこに行き着くまでに必ず通らなければならない場所がある。
謁見の間。恐らくこの場所が――バルザダー王の成れの果てが居る場所……。NAOKI氏は外の隠し入り口から入ったらしいけど、私達は城の内部からこの部屋に入る必要があった。それが、氏の計画だからだ。そしてその必要性を、プルミーユは誰よりも感じている。
(……バルザダー王ヴォルファンは、武勇で名を馳せた人物でした。私などでは太刀打ち出来ないでしょう。理性や知性が、亡霊と化してからは掻き消えたので、付け入るとしたらその辺りでしょうが……)
でも、肉体速度的にそれは可能なのかしら?分からない。妹なら、まだ反応できるかもしれない。人並み以下の速度を持つ私だからこそ、捕まったら一貫の終わりなのだ。
どう入るべきか、悩んでいた私達だったが――!

――ガキインッ!

「!!??」
今……この部屋で剣の音……?どうして……?誰が戦っているの?

――キインッ!

少なくとも私達の中に、剣を使う人物はおろかその剣自体も持っている人はいない筈……。だとしたら誰が?
「プルミーユ!?」
(はいっ!)
私達がドアを開け、部屋に入り込むと――!

『ヌゥアアッ!』
「とぁぁっ!」
そこに居たのは、猟犬ガルムの如く巨大で毛むくじゃらな一匹の狼と対峙する、サンチェス公国の紋章を持つ剣を持って立つ、一人の黒い騎士であった。



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