その11:黒き騎士は願い、剣を振るう





「――!?」
私は驚くしかなかった。まさか――こんなところで会うなんて――いや、この場所に彼が来ていたなんて――!?
プルミーユも、同じような目線で彼を見つめている。どうして、と彼女に問うより先に、黒い騎士は大声で私達に叫んだ!

「姫様!この場は私、カイドが食い止めます!ですから姫は先をお急ぎ下さい!」

「!!!!!!」
カ……イド……?
カイドってあの……プルミーユの側近の……。でもどうして……?
(Tangerineさんっ!)
プルミーユの叫びで、私は我に返った。そうだ。今は足を進めなければならない。彼が――何故そう名乗ったのかを考えるのは、後で十分なんだ。
「感謝します!」
私はそのまま、黒い騎士の背中に隠れるように走った。
『!?ノガサァヌゥッ!』
巨大な狼が私達に迫ろうとする!人がそのまま潰されそうな大きさを誇る前足が、その先端に付属する人体を容易に刺し貫けるだろう爪が私達に向かう――!?
「相手は私だっ!」
その全てを剣で受け流し、逆に押していく黒騎士。その背中を振り返ること無く、私達はプルミーユの部屋のドアを開いた――。

――――???――――

'彼'が僕に話しかけてきたのは、今から何年前だっただろう。
いくつも転生を繰り返して来た中で、かつて僕だった存在は、思いを達成したら思い出と記憶を残して消える。それが通常だったし、そもそも霊が残ることなど殆どありえなかった。あったとして、それが犯罪者であるときに冥王が禊ぐからだ。
――けれど、'彼'の存在は消えることが無かった。消えず、罪も犯さず、けれど僕の中にいる。
'僕'が'僕'として生まれたときから、'彼'は僕の中に居て、もやもやとした感覚を抱かせていた。
時を経ても、消えることのない不整合感は、やがて数年前から頭に響く幻聴のようなものへと変化した。

――姫様……
――プルミーユ様……

姫、とプルミーユ、という名前が同一のものであることから考えて、僕は一時、大ビーマニ図書館に入り浸っていた時期がある。プルミーユの名のつく姫、それがどの国であったのかを探すために。
結論から言うと、それはあっさりと見つかった。ふんだんに残された資料や史料。しかし研究者が立ち入れない、立ち入ったものは帰ってこない呪いの国――サンチェス公国を。
ここまで精巧に書かれた歴史を、僕は知らない。恐らく、相当量の証言と文章が作られ、また広げられたのだろう。それらは公国民の立場とはいえ、主観部分を除けば十分に史料として扱えるものだった。
読み進めるうちに、僕の中にいる'彼'が様々な表情をしているのが、僕の中に何となく伝わって来た。恐らくも何も、ここまで明らかな態度ならば'彼'がサンチェス公国の関係者であることは疑い様のない事実だ。
僕はさらにページを進めて、彼の名前が何であるかを探した。僕自身は霊と話せない。でも、名前を知れば、その存在を顕現できるから――。
それは、またしてもあっさり見付かった。

――カイド・レイエイト
プルミーユ公女の側近にして公国騎士団長、兼教育係。

その瞬間、僕の中に流れ込んできたのは彼の記憶。生い立ちから登用、プルミーユとの出会い、城での日々、そして――蛮族との戦いの中で流れ毒矢に当たって倒れるまでが、ありありと僕の中に流れてきたのだ。
心に感じる痛みに、僕は思わず呻き声を漏らしてしまった。図書館の中に響き渡ったのが何とも気まずかったとはいえ……それを気にする余裕なんて僕には無かった。
結局、痛みが収まるまで僕はそのまま、机に突っ伏して蹲っていたのだ。

その日から、夢の中で僕と彼の会話が始まった。彼の心残り、願い、それらを僕は何回にも分けて聞き、起きたらメモをする日々が続いた。彼の願いのための時が、十分に満ちるのを待ちながら。
そして、父によるリミックス計画を風の噂で聞いたとき、僕は父に向けてサンチェス公国の資料を送ったのだ。それが解決の糸口になると信じて……。
賭けは成功した。父はNAOKI氏にTangerineのリミックスを頼む際に、この資料を見せたのだ。氏はこれを受け取り、忙しい時間の合間を縫って僕らの世界に降りてきた。
そこからは、霊退治のスペシャリストであるGHOSTBUSTERSとも共に計画を練り――とは言っても殆どNAOKI氏の計画だったけど――互いに役割分担をした。
そしてその数日後、氏は先に城に向かった。自分に課した役目を全うするためだ。
僕はまずGHOSTBUSTERSを通じてCaptivate三姉妹に、周辺の浄化状況を確認するよう頼んだ。あの電話で彼女が念のため、と言ったのは、恐らく彼女自身も感じたからだろう。本陣を叩かなければ浄化してもキリがないことを。
けれどDJ YOSHITAKA一家もI'm In Love Againを招く身。浄化三姉妹がこぞって出ると招く人が殆ど出てしまうことになる。彼女達の力は、今のところは三人いて正常に働くのだ。だからGHOSTBUSTERSを派遣する――完全に僕らの読み通りだった。
そして――。

「永かった……」
僕の口を使って、カイドが野獣に向けて呟く。刃溢れ一つ無い僕の剣『環(たまき)』を、彼の愛剣の形へと変性させ、目の前の狼に対して構えながら。
「蛮族に破れ、幾多の人生を体験し、思いを募らせ――ようやくここまで来た」
ヴォルファンを見つめるカイドの瞳は、何処までも澄んでいた。恨み、憎しみなどを既に超越したのだろう。僕の中で、数多くの'僕'の前世と共に過ごした日々の中で、角が削れたのかもしれない。
それとも――プルミーユ公女を無事に行かせたことで思いの一つが解決したのかもしれない。
何れにせよ、今彼を現世に縛る鎖は一つ。目の前の――我を忘れた怪物だ。
『ワガシロニタチイルロウゼキモノガァァァァッ!』
再びその腕を振り落とすヴォルファン。その衝撃で床が大きく抉れる。
『ノガサヌヴゥゥゥッ!ノガサヌゾォォォォォォッ!』
二回、三回、四回と僕がいた場所に拳を――前足を叩きつける。理性の欠片もない――本能的憎悪に身を委ねた攻撃。それが己の欲したであろう文化を無惨な瓦礫へと変えている。
「………不味いね」
このままだと確実に部屋が沈む。そうすると、公女の部屋も無事では済まない可能性があるのではないか……?
そこまで考えて、脳内のカイドが否定した。影響はない、少なくともこの部屋が沈むぐらいでは壊れはしない、と。
「………」
なら……この作戦で行けるかな?
(ええ。それが最善でしょう)
脳内会議は一瞬でついた。
『シネェェェェェェェッ!』
再び降り下ろされる前足、僕は――カイドはそれを避け、そのまま奴の背中に飛び乗ると――首に対して剣を振り下ろした!
ザシュッ!
『ヌガァァァァァァァッ!』
浅い、だが確実に傷は入った。もう一発入れば奴を倒せるだろう。
だが――痛みに叫ぶヴォルファンの体が、突然、床に沈み始めた!
「くっ!」
やはり床に限界が来たらしい!
カイドは口惜しそうに怪物の背を蹴り、謁見の間の入り口へと跳んだ。一方の怪物は――!

『ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!』

何階層もある床を突き破りながら、その身を落下させていった……。
「………」
多分、追撃は無理だろう。この高さから飛び降りるのは、あまりにも無謀に過ぎる。だが、もしも次に姿を見たら――仕留める。
そう決意する僕らの体が――突然、光り輝き始めた。
(!?)
驚いているカイド。その感情を受け入れながら、僕は――思わず口にしていた。

「始まった……」

――――――――――――――

――黒き騎士は、滅びの巫女に仕える魔の騎士。魔に染まる剣を手に、野獣の王と見えん。滅びの巫女をその背に逃がし、自らは野獣の王に手傷を負わし地へと落とさん。
斯くして滅びの巫女は約束の地へと行き着く。
大崩壊まで、あと――

【名も無き伝承】


――――――――――――――

REINCARNATIONがカイドだった。
多分カイドが、彼の前世の一つなのだろう。それが今までずっと彼の中にいたのだ。私と一緒に話している時も、彼の中ではカイドが彼に話しかけていたのかもしれない。
(……)
プルミーユも、心境複雑そうだ。思いもしなかった場所での再会、そして一瞬での別離。
でも――それを選んだのは彼女自身だ。そして私も――同じ状況ならきっとそうするだろう。それが『信じる』という行為なのだから。
(………Tangerineさん)
「何?プルミーユ」
私の前には扉がある。恐らく、これがプルミーユの部屋なのだろう。
ドアノブに触れ、握り、開く。
閉じられていた、閉じ込められていた空気が動き出す。古きままで留まろうとする空気が、新しきものと混じり合い、溶け出していく。時が、新たに動き出していく……。
私は混沌とした空気の中へと足を踏み入れて……。

(これが、'私'の体だったものです)

プルミーユの言葉、それは哀れみとか、悲しみとか、そんな感情はなく、寧ろ何か吹っ切るかのような響きを持っていた。
決別。
閉じられていた自分との別れ、古き殻からの脱却。解放。例えそれが、自らを消すものであったとしても、彼女は願っていたのだ。
私はと言うと……目の前の風景に唖然とするしかなかった。
胸の辺りから円状に黒ずんだドレスを着た、青白い肌をした、どこか私に似た少女。それをプルミーユと見ない者はいないだろう。でも、なぜ彼女の体は――こんなに現存している?
「ねぇ……これも、ヴォルファン王の呪い?」
(はい。全て、己が欲しいと思ったものを奪い取りたい、逃さない。それがヴォルファン王の望みでした。それはこの私の体であっても、例外では無かったようです)
心の中でため息をつくプルミーユ。呆れているのか、おぞましいと思っているのか……。
私は辺りを見回した。幾多の本が納められた本棚、慎ましやかな宝石箱、公国一の職人が趣味で作り差し上げたという化粧台と机………。その全てが当時のままの姿で時を止めていた。そこまでこの国をそのままの姿で手に入れたかったのだろう。その光景に、私も内心吐き気のする思いだった。
「………」
(………)
沈黙。破ったのはプルミーユからだった。
(……Tangerineさん)
「……何?」
(……この部屋に来るまで、私が何回か黙ってしまった時、ありましたよね……?)
「……うん」
曲がり道を選ぶとき、分からなくなって動けなくなったことが何回かあった。そのときのプルミーユは、まるで何も聞こえていないのかのように、私の声に反応一つ返さなかった。
理由を聞くのを後回しにしていたけど、ここはNAOKI氏の指定した終着点。これを訊くくらいの行為をしても大丈夫だろう。
彼女は……ゆっくりと口を開いた。
(この部屋に近付くにつれ、私の頭の中に流れ込んできたものがあったのです。ヴォルファン王の猛りではなく、どこか物寂しく、哀しく、そしてどこか優しい――そんな曲でした。
聞こえてきたのは断片でしたので、頭の中で繋ぎ合わせるのに四苦八苦していて……それで反応できなかったのです。申し訳ございません)
「………」
曲、と聞いて私の中には、まさか、という思いが渦巻いていた。
まさか、NAOKI氏が指定した起爆条件と言うのは――。
(Tangerineさん……受け取ってください。私がNAOKIさんから渡された――貴女の曲を)
そのまま彼女は――私の頭の中にゆっくりと、曲を流し始めた――。

――――――――――――――

――デカダンスの魅力――

――滅びへと進むものが放つ、最期の輝きは――

――剰りにも儚く――

――そして――

――剰りに美しい――

【名も無き伝承に書かれた、著者不明の落書き】


――――――――――――――

――今、私は自分が何を為すべきかを知った。
曲に描かれた風景、それが本来この城が在るべきだった姿だ。
それを奇妙なまでにねじ曲げ、偽りの美を体現させてしまった。
今一度、時のあるがままに戻すこと。それが……。

「プルミーユ」
(……はい)
私達は、同時に、頷いて、叫んだ。

「「今ここに、歪められし時を輪廻の輪に戻さん!'大崩壊'の名の元に!」」

直後、私達の体を光が包み込んで――!



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