その12:'catastrophe'





――――――――――――――

ぐじゅり、がりゅ、ざゅ

城の地下、響き渡るのは何かを食らう音。

がしゅ、めき、ぶち

繊維が寸断され、それすらも飲み込まれていく。スクラップを精錬した筈の強化装甲が、牙に貫かれ、壊され、喰われていく。

ぐじゅ、ぐにゅ、めきょ

喰らうものの体が、少しずつ、だが確実に巨大なものと化していく。やがて――。

――グルル……

足元の『黒の将兵』が全て体に収まる頃には、ヴォルファンの体は従来の五倍超にまで巨大化していた。その赤々とした瞳に、全ての憎悪と執着を湛え、剥き出しの牙には、『黒の将兵』の食べ滓が明確に残存している。

――ノガサヌ……ユルサヌ……ノガサヌ……ユルサヌ……

壊れたレコーダーのように怨念を振り撒く獣は、次の瞬間には驚愕の雄叫びを挙げることになった!

『グ………グウオアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

自らの手に入れたものが、突然崩れ出す。必死で保ってきたものが、それを嘲笑うかのように箍を外して落ちていく……。
『ヌガァァァァアアアアアアアアアアアアッ!』
まだだ、と獣は叫ぶ。まだ終わってはいないと。まだ崩れきってはいないと。それならば、壊す者を倒し、喰らい、捕らえてしまえばいいと――!
『グウオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
獣は、崩れゆく天井に向けて吼えた。

――――――――――――――

――真に滅びの巫女となった者が邪なる魔術師に伝えられた言葉を唱えた瞬間、閃光が辺りを満たした。
その光は神官達と魔騎士の体を包み込み、空間よりその姿を消し去った。
残るのは、先程まで群がっていた数多の亡霊のみ。

――崩壊の準備は整った。後は――

【名も無き伝承】


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風が、ストリングスを奏でる。
水が、鍵盤楽器を打ち鳴らす。
閉ざされた時の崩壊を、私達に――'私'達に託すように。
砂の声は、全てを受け入れる準備が出来た証拠。
(……では)
それは彼女も同じだった。私としては、引き留めたい気持ちも少しはあった。けれど、彼女がそれを望まないことくらい、百も千も承知だった。
少なくとも――私に引き留める権利はない。私が行うべきなのは――。

「ええ」

――この物語に、ただ悲しいだけの物語に、終止符を打つこと。

既に他の皆さんは私と同様の光に包まれ、この場所に集っている。
それはNAOKI氏が魔方陣に仕掛けたギミックでもあった。
滅びをもたらす準備が完了した時――プルミーユが私に歌を伝えた時、自動的に城の外に転移させること。
この城の中にいるのは、もう亡霊だけ。ならば――。

「「さぁ、'catastrophe'を始めましょう」」

――崩壊の調べを、私達は奏でる事を始めた。

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――滅びの巫女は見た。城の中より幾束の光が現れた事を。
巫女に仕えし者が、巫女の元に降り立たんとしている事を。
目にした巫女は、己の役目を果たすべく、その瞳を虚城へと向け、そして――

――そして、滅びをもたらす歌を奏で始めた。

【名も無き伝承】


――――――――――――――

「♪――――」

崩れていく。
風景が元に戻ったのとは違う。ただ――崩壊していく。
壁が、中の柱もろとも崩れて落ちていく。
広間のステンドグラスが、一気に風化しひび割れ、木枠が折れ曲がり木片が飛び散る。
外壁を形作る煉瓦に皹が入り、内側に崩れ土煙が舞う。尖塔が倒れ、他の塔を巻き込む。
塔の重さに耐えきれず――あるいは既に限界が来ていたのか――土台とも言える下層部が、次々に崩落していく。
炎の姿はない。燃え尽きた命に火の手はないからだ。
『AAAaaaaa....』
『OOOoooouu...』
『Gyaoooooo...』
亡霊達が歓喜の声をあげながら天へと昇っていく。ある者は苦痛の声をあげて地より延びる手に引き摺られていく――。

「――――♪」
全ては、彼女――プルミーユが私に託した旋律が導いたものだ。

(時から外れた者の末路は、私達のようにセカイに繋ぎ止められて亡霊となるか、最悪、自然に還ることの出来ないまま、我を忘れた化け物になります)
周辺の蛮族達はすべからくそれと化した。エントランスで私達を襲った亡霊兵士、それが彼らの成れの果てだったのだ。
(しかしバルザダー王は、己の妄執のままに精神を保ち、天に民を帰そうとした私達を地に繋ぎ、その牢獄としてこの城を保ったのでした。周囲に呪いをかけて、私達をいたぶり、我を忘れさせてしまうために――)
ところがそこに現れたのは、PARANOIA surviver MAX氏の体を借りたNAOKI氏だった。彼は敵に気付かれない速度でプルミーユの場所へと近付き、彼女から話を聞いた。
REINCARNATIONから話を聞いていたNAOKI氏は、城の中に隠れながら曲を――崩壊の暗号を描いた。
NAOKI氏が私を選んだのは、転生者REINCARNATIONの助言、さらに言うのなら――彼の中に眠るカイドの記憶からだった。
彼女と私は、本質的に似ていた――魂の質が、生まれ代わりではないかと思えるほどに似ていたのだ。

私は、三番街の終わりを告げる曲。終焉ではない。ただ、次の始まりを告げるまでの一時の安らぎをもたらす曲だった。

だからこそ、同じ魂を持つ彼女の願いを満たすのは、私でしか駄目だった。浄化氏だと、過ごした年月の差で、完全に解放することが出来なくなってしまうから……。

『ウオオオオォォォォォォッ!』
突然、大地を揺るがすようなけたたましい咆哮が私達の体を震わした。その衝撃に一瞬、歌声が途切れそうになる。何とか持ち直して、私は続けた。続けないといけなかった。
『ユルサン……ユルサンゾぷるみーゆ!キサマダケハ、キサマダケハノガサン!ワレトトモニチノハテヘトオチヨォォォッ!』
叫び声の主、バルザダー王は完全に巨大な三つ首の獣と化し、崩れ落ちる足場から必死で這い上がろうとし、城壁だったものを砕きながら私達を捕らえようとした。
私達は、城から離れること無くバルザダー王から逃れようと、城を基点に巨大な円を描くように逃げた。獣の腕が、延びても届かない距離を保ちながら。
『ヴォォォォォォォォッ!!』
王は雄叫びをあげ、まだ無事な霊に私達を捕らえさせようとした。逃げる暇すらなく……追い付かれる!
(きゃあああああっ!)
プルミーユが金切り声をあげた。捕らえられてしまう、その恐怖に心が耐えきれなくなったのだ。
私も叫びだしたかった。出来るものなら。でも――!
(ここで私が叫んだら、何もかもが終わってしまう!)
NAOKI氏の計画、undergroundの皆さんとGHOSTBUSTERSさんの協力、REINCARNATIONの剣、そして――プルミーユの願い。
恐怖に負けちゃいけない。例え口を塞がれても、私は歌い続ける!
そう覚悟を決めた私の肩に、亡霊の手が触れた――その瞬間だった。

「――GHOSTBUSTERS!!!!!!」

触れたのが気のせいかと思えるタイミングで、その感触が消えた。同時に、苦しみの呻き声、何かに引きずられるような音が辺りに響く。
そちらの方に私が目を向けると――。
「……へっ。監禁にストーカー、手下を使っての誘拐と来たか。見苦しいぜ、往生際が悪すぎなんだよ野獣王ヴォルファン!」
幽霊退治屋、GHOSTBUSTERSさんが、体と同じくらいの大きさを誇る兵器を亡霊に向けていた。彼の横には、どこから持ち運んだのかわからないくらい巨大な設置式の兵器が、標準をバルザダー王に定めていた。
その彼の足元に、突如闇が大きく渦を巻きながら出現した。そこから伸びた真っ黒な無数の腕が、バルザダー王に向けて伸び、全身を絡め取っていく。
『ヌガァァァァァァァァァッ!』
王の体が、地に開いた穴から伸びた手に引き摺られていく。その後ろではGHOSTBUSTERS氏が、設置式亡霊吸収装置を全力で稼働させ、バルザダー王を穴の中へ引きずり込んでいく――!
設置式兵器のリミッターを解除したGHOSTBUSTERS氏は、そのまま何やら唱え――叫び出した。

「死を統括する冥府の王よ――盟約に依りて汝に異端の屍を引き渡さん!称は野獣王、名はヴォルファン!生時も私欲の基に幾多の者をたぶらかし、罪も無き生者を肉塊へと変じさせた!肉が朽ちてなお私怨のままに幾多の屍を随え、幾多の霊を屍へと貶めた!
さぁ問う!冥府の王よ!屍の真名を唱うることを是とするか!」

彼は手を地に向けた。すると、渦を巻く闇の中から、彼の両手ほどの大きさの紙が、闇の掌に乗せられて現れた。
『!?ヤメロ!ヤメロォォオオオォォッ!』
それに気付いたバルザダー王が彼を狙って暴れまわる!だが彼はおろか、兵器にすら体が届かない。全ては闇の手によって防がれている。
「………」
GHOSTBUSTERSさんは、その紙を手に取り眺め――笑んだ。
途端、彼の手に持つ紙が五枚に分かれた。その紙には、何か分からない細かい文字が書かれている。その一枚をGHOSTBUSTERSさんは掴んで――叫んだ。

「我、冥王の令をその身に承けん!さぁ!裁きの間へと咎持つ屍を葬提せん!盟約の名の元に我は咎持つ屍の名を汝に委ねん!名はヴォルファン!
真の名は――トライデジール!」

『グゥッ!ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
気が狂いそうになるような雄叫びをあげながら、巨大な穴に引き込まれていくバルザダー王。幾つもの黒い手が、この巨大な獣の体を何重にも包み込んでいく。哀れなる暴虐の獣は、このまま地へと吸い込まれるかと思われた――だが!

『ヌウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!ユルサヌ!ユルサヌゾォォォォォッ!』

その闇の拘束すら引きちぎり、地上に再び出ようとしていた!
「なっ……Tangerine!逃げろ!」
慌てて、GHOSTBUSTERSさんが私に向けて叫ぶ。でも私は逃げられなかった。まるで、足が石になってしまったかのようだ。
――滅びを歌い終わるまで、巫女の体は動くことができない。
「………?」
私の中に、浮かんでは消えていく言葉の数々。それは私が、辿ってきた道を告げたものだった。そして――未来も。

――故に滅びは避けられぬ。動けぬものに、動けし者は触れること能わず。

『ヌヴヴヴヴゥッ!?』
バルザダー王の掌が、私の体をすり抜けた。まるで私が幽霊か何かになってしまったかのように。
『ヌゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
そのまま再び引きずられていく王。だが、それでも抵抗は続いていた。

「……前に私は誓いました。次に貴方の姿を見たら――確実に仕留めると」

風に乗って、誰かの声が聞こえてきた。それが誰かと判断する間も無い、次の瞬間!

グサァッ!
『ガァァ……ァッ!』
獣の胸元に、突然誰かが飛びかかり、剣でその胸を刺し貫いた!
黒き一陣の風――。
それは紛れもなく、カイド――REINCARNATIONの姿であった。

「ハァッ!」
剣を引き抜き、間合いをとるリンカネ。次の瞬間――。

『………ァ、ァァ……ッ』

叫び声すら飲み込まれ、ただの闇の塊へと変化した巨大な獣は――地に空いた巨大な闇の中に、食われるように消えていった。

――後に残るのは、元通りの草野原のみ。
彼女達を縛る鎖の大元が、今ここに滅んだのだ………。



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