その13:物語は終わり、そして続く





――――――――――――――

「……壮観だな」
「……ええ……」
「……これは何とも言えませんね……」
口々に感想を漏らす彼らの目の前で、箍を失った城は倒れていく。五百年か、下手をしたら千年近く止められていたかもしれない時を、一瞬で進めたが故に起こる出来事なのだ。
「………」
「………」
「………」
メイデン城最期の瞬間をぼんやりと眺めながら、私達は、己に憑いた霊達について考えていた。
彼女らと私達の結合は既に解かれている。後は、彼女らと別れの一時を過ごすだけだ。
「………」
話すことがない私は、ただ静かに座っているだけだ。他の二人は、それなりに色々と話しているみたいだったけど………。
(Tangerineさん)
「……何?プルミーユ」
私達の沈黙を破ったのは、プルミーユからだった。
辿々しくも言葉を絞り出していく彼女。それを私は、ただ耳にしていた。
(……私はそこまで、歴史に語られるような英雄ではないんです。むしろ英雄とはほど遠い、他者の犠牲無くして生きてはいけないような人物なんです。
でも……そんな私でも助けられる人がいましたし、そんな人を助けた事も、何度かあります。理由?そうしたいから、で十分ですよ)
「………」
(でも、『誰かを助けたい』って、誤解されやすい感情なんですよね。裏があるんじゃないかとか、所詮は事故満足でしかないとか。損か特か。でもそう考えてしまうのも仕方がないと思うんです。人間とは、そういう生き物なんですから)
「………プルミーユ」
(でも……でも、もし許されるのなら……。

私が、心から全ての解放を願っていたこと。
私が、心からサンチェス公国の解放を願っていたこと。
それを――自らのエゴで行ったなんて思わないで欲しい……。

エゴという言葉は恐ろしいです。自分の意思の如何に関わらず、行ったこと全てを醜悪な事象に変えてしまう……。
国民を逃がしたことは確かに己のエゴも入っていました。この願いも、昔はエゴも入っていたかもしれません……でも!それでも!……それでも……)

「……大丈夫よ、プルミーユ」

今にも泣き出しそうなプルミーユの体を、私はぎゅっと抱き締めた。彼女はそのまま、私の胸に顔を埋め泣き出していた。
きっと彼女は、この城に閉ざされている幾百年もの間、ずっと泣くのを堪えていたのだろう。かと言って、何かヴォルファンに向けて出来るわけでもない――だからこそ彼女は涙を流さないことを抵抗としていたのかもしれない。
涙は、敗北。少なくとも彼女にとってはそうだった。
だからこそ……解放されたからこそ、こうして泣いているのだ……。

私自身も、自分のために他人を助けることはある。それをエゴと言って、差別し蔑視してしまうのはあまりにも簡単だ。
でも……違うんじゃないのかな?
大事なのは――何をやったか。エゴでも親切でもいい。何か行動を起こし、それが相手にどんな影響を与えたか。それを真に判断すべきなんじゃないのかな?
彼女は'何のため、誰のため'と目的の置き場に困っていたけれど、本当は、彼女は迷う必要なんか無かったのかもしれない。
'国のために'民を逃がした、じゃない。
国のために'民を逃がした'んだ。
それが、彼女自身の'意思'なのだから……。

「どうも、HAPPY☆ANGELで〜す。閻魔様が裁きと封印でてんやわんやして幸せ、下降しているので、私が貴女達を輪廻の輪に戻したいと思いま〜す!」
数分後、NAOKI氏が知り合いの曲に連絡を取っていたらしく、彼女が来てくれた。頭上に浮かぶ天使の輪を広げ、そこにビジョンを映し出す。
分かりやすい天国の風景だ。
「閻魔様から許可は取ってますよ〜。だからご心配なく〜」
にこやかに天使の笑顔を浮かべるHAPPY☆ANGELさん。
(………)
プルミーユは私を寂しげな顔で見つめると、やがて一礼した。
(……本当に、有り難うございました。これで、私達は無事に終わりを迎える事ができます)
「………」
別れの時。
一時でも体を共有したものが、二度と手に届かない場所へと行ってしまう。引き留めることが出来ないと分かっていても、自然と目頭が熱くなっていく……。
「………」
口を開いたら、行かないで、と叫んでしまいそうだった。いけないと分かっていても、心がそれを容易には受け入れない。そんな状況である以上、私は何が出来るわけでもなく、ただ俯いて彼女の話を聞いているだけだった。
ぽたり、と靴に落ちた、涙は、地に潤いをもたらすように沈み込んでいく。
「………」
このままじゃダメだ!私は心を強引にねじ伏せ、彼女に叫ぼうとして――!

「――〜〜っ!」

彼女に唇を塞がれた。ううん、彼女の唇に塞がれた。
深く、深く結ばれた私達の唇は、そのまま溶け合って自分が消えてしまいそうな程――。
「〜!!!」
為すがままにされていた私の意識が、徐々に遠ざかっていく。まるで、思考力が奪い取られていくかのように――。

「――んっ」

彼女の唇が、私のそれから離れたとき、私の心臓は非常に高く鳴っていた。鼓動の速度を抑えられないままに、彼女は続ける。
(落ち着いて下さい……早まっちゃいけません……)
「………」
自分は、今何を叫ぼうとしたんだろう。
多分――「行かないで!」だったかもしれない。でもそれはまた、彼女を縛り付ける言葉でしかないのだ。
私は考える。私が何を言うべきか、何を彼女に告げるべきか――私が彼女にしてあげられる事は何だろう?
時間はただ過ぎていくばかり。でも焦ったら、自分の心すら見失ってしまう。駄目だ、焦ったら――。

視界にREINCARNATIONの姿を捉えたとき、私は、自分が何を願うか、頭のもやが晴れていくように感じた――。

「……いつか」
(……はい?)
「……いつかまた何処か、別の時代、別の存在でもいい。貴女と出逢うことがあれば――」

「――その時は、ゆっくり話しましょう」

産まれ死に巡り行く。それが生きるという事なら、この先また道が交差することもあるかもしれない。それが何時になるかは分からない。こうして巡り会うことすら、偶然の産物である以上、出会わずに終わるかもしれない。

――でも、決してゼロじゃない。もしかしたら、またすぐに会えるかもしれない。これは、また出会うだろうその時までの、暫しの別れなんだ。
そう、私は――私は、心から思った。
……紛れもない、正真正銘の私の本心に、プルミーユは笑顔で、
(……はいっ!)
答えてくれた。

気付けば、他の人達はもう輪の前に集合していた。残るのはプルミーユだけらしい。
(……では、皆さん、本当に有り難うございました。何度感謝をしても足りません)
深々と、笑顔で私達に頭を下げるプルミーユ。その体が、ぽう、と光に縁取られ始める。
(………)
彼女はその様子を見て、やや寂しげな笑顔を浮かべる。私はそんな彼女を、笑顔で送り出そうとして、見事に失敗した。目尻に浮かぶ粒、草に乗る朝露のようなそれは、私の感情のままに次々と溢れ出していく。それでも、口許は笑顔を作ろうとした。けれど、その唇すら震えてしまう。
NAOKI気の皆さんも、同じ感情を抱いているようだった。INSERTiONさんは目を瞑り、胸に手を当てていた。liverteさんは両手を胸の前で組み、祈っていた。Tearsさんはジョシュアさんを涙目で見つめ続けていた。Preludeさんは直立のまま俯いていた。
NAOKIさんは、体の都合からもう現実世界に帰ってしまったらしい。何日間もずっと鯖MAXさんの体を使っていたから、そろそろ時間切れが近付いていたみたい。
そして――この一件の仕掛人であるリンカネは、カイドさんに向けて、互いに深々と頭を下げていた。
「(ごめんなさい)」
彼らはその前に、私達に一度謝っている。当人たちなりに、巻き込んでしまったことに引け目を感じているらしい。当然――私達は赦した。糾弾する必要も無いし、その意味も無いから……。

「んじゃ、そろそろ時間だ」
GHOSTBUSTERSさんの声が、私の耳に届くと同時に、光の輪が一際強く輝いた。プルミーユたちの体が、次第に光の中に消えていく……。

『サンチェス公国よ、永遠なれ』

彼女らが向かい合って、手を高く挙げる影を一際強く映し出すように輝いて――光の輪は消えた。

消える光の輪を、私たちは見送った。
逃げはしなかった。弱かったわけでもない。
ただ――引き留めることは、私達には出来なかった。
それが――時の中に生きる私達の全て――。

「―――っ」
――光の輪が消えた直後、私は猛烈な疲労感を覚え――そのまま力を入れる間も無く、草原に倒れた。
「――ぃ――neさん――ange――」
遠くで、Preludeさんが、何か叫んでいた気がした。
土と草の香りが――。

――――――――――――――

――滅びとは悪か?
――維持こそが正義か?

――滅びとは闇か?
――維持こそが光か?

――創られし物はいつかは滅ぶ
――故に人は維持を尊ぶ

――だが人はまた
――人はまた、滅びの時を望んでいるのかもしれない

――終えること
――それは絶対の闇でもなく、唯一の光ともなり得ない

――終えること
――それは即ち、始まり

――光と闇の境から、新たに産まれるための須臾の暇――

【名も無き伝承、結びの一節】


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目を覚ましたのは、NAOKI家の自家用機の中。私とTearsさんがベッドに寝かされていた。
心に穴が開いた感じ……はしなかったけど、どうにも体が重たかった。瞼も重く、目が醒めてもすぐに夢の中へと誘われてしまいそうな気さえした。……実際にそうして、二三度目を覚ましては寝て、を繰り返していたけど。
GHOSTBUSTERSさんの話では、憑依された状態は非常に体力を使うらしい。厄介なことに、憑依している間は特に疲れを感じることがなく、解けてからどっと押し寄せてくるという。あの光の輪が消えた直後の異常な疲れは、そこから来たのだろう。
Tearsさんの場合、それがミサンガによって多少軽減されていた。けれど軽減された分の体力は踊りに用いられていたので、疲労具合は私と大して変わらないらしい。実際、彼女は……私と同じくらい寝ていた。

機内の、他に誰もいない部屋。壁の形から、防音加工がされているその部屋で私は、目を瞑って、彼女から受け取ったメロディを、こっそりと歌ってみた。
「〜♪」
歌っているだけで、様々な景色が浮かんでは流れていく。
彼女の見た景色、私が見た景色。それらがまるで色付き版画のように組み合わされて刷られ、ひとつの不思議な空間を作り出している。
彼女のいた景色、私のいた景色、それらが絵本の一ページとなって、互い違いに組み合わさって、物語を描いていく。
そしてそれらは――夕焼けのメイデン城が、ゆっくり崩れていくところで完全に交差した。

風に千切られた草が、太陽に向けて飛んで行く。
スカートが、長い髪の毛が、風の方向に大きくはためいている。
崩れ行く城を丘より見つめながら、ただ祈るように、胸の前で手を組む私。
歌声が、私の歌声が響く。
滅び逝くものを惜しみ、弔うような、あるいは新たなる誕生を得るための安らぎを与えるような、儚くも美しい残響……。

――いつしか、私の声にプルミーユが重なり、美麗なるハーモニーが奏でられ――

「………」
――歌い終えた私の頬を、知らず流れた涙が伝う。
気付かずに開いていた心の穴が、涙と共に溢れた感情、そして私が奏でていたメロディによって埋められていく……。

「……いつか、また、会えるよね……?」

誰に聞かせるわけでもなく、私は小声で呟いていた。
到着まであと五時間程という放送が機内に流れ、私はゆっくりと客席に戻っていった。
……涙はそのままに。

――――――――――――――

――これで私――Tangerine Streamの、リミックスの時に経験した哀しく、儚く、そして――淡く輝いた物語は、理想的な形で終わりを迎えた。
けれど、物語はもう少し続いていたりする。

DDR国に着いてすぐ、liverteさんはNAOKI氏に呼ばれていた。何でも、ミサンガの効力を自分で発揮できるようにさせるんだとか。AM-3PさんやDYNAMITE RAVEさん、DEAD ENDさんやD2Rさんとも一緒に何かするらしい。
彼女は『力の受け皿は出来ているから、すぐに終わるみたい』と、幽かに嬉しそうだ。

GHOSTBUSTERSさんは、退魔師としてのランクが今回の一件で上がったらしい。でも、『やれやれ……これで裏方役が増えんだな』と、嬉しいのか悲しいのか分からない溜め息を漏らしているんだとか。

REINCARNATIONだけは、終わってから全く会っていない。どこにいるのか気になるけれど、きっと、彼には彼なりの事情があるんだと思う。
連絡の一つくらいは欲しいけど…。

……一体、何しているんだろう?

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「――須臾の暇――と」
サンチェス公国を巡る哀しくも美しい物語をPC上に書き記した僕は、原稿を保存、メモリースティックにも保存した。
次にメール画面を開き、'神'のアドレスを宛先に入力。先程のワードデータを添付した。

「『この国の事を、伝えてくれ』……確かに、完了しましたよ」
彼との約束を果たした僕は、伸びを一つし、何気なく外を眺めた。

あの日サンチェス公国を照らしていたような、綺麗な夕焼けが、空一面に広がっていた。 fin.



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